1.アリウムは村で暮らす
扉が開いた。
そこには小柄な女性が立っていた。
ピョコリと寝癖の立った頭にゴーグルを被り、農作業中の村人のような簡素な服に身を包んでいる。
湿った土の匂いがふわりと漂った。
この人が、僕の十九人の姉さんのうちの一人、アリウム姉さんだ。
『守り人の村』インディゴ。
南側は農地が広がり、小川の水音が耳に心地良い。のどかな村の奥まった土地に、アリウム姉さんの家はひっそりと佇んでいた。
と言っても、その家から出てきた姉さん本人に『ひっそり』という印象は全くなかった。
「いやいやいやいや! よく来た弟よ! それからクローにティオーラ! 久しぶりじゃないか!」
僕らを家の中に招き入れたアリウム姉さんは、早口でそう言って手を振り回し、積み上げてあった本の山を二つ程崩した。
小規模な雪崩を気にする様子も見せず、白茶色の寝癖をピコピコと揺らす。
「申し訳ない! 散らかっている所に伯爵家の跡取りを招き入れるなんてね! まあその辺に座ってくれ!」
(その辺……と言われてもなぁ)
姉さんの家は、文字通り物で溢れていた。
片側の壁に並んだ本棚には何かの専門書が詰め込まれていて、そこに収まらなかった本が床に積み上げられている。
もう片方の壁には薬品棚だろうか。
天井からは、干した植物や骨がぶら下がっていた。
そして、陽の差し込む窓際に目を向けると、大柄な男性が座っていた。
「あ、えっと……お邪魔します」
そう言って僕はペコリとお辞儀をした。
雑多なものがぎゅうぎゅうに詰め込まれた部屋に、彼の大きな身体がスポッと収まっている。
まるでパズルみたいだ。
灰色の髪の毛の隙間から、透き通った緑の瞳がのぞいている。
彼は僕らの方を横目で見ると、大きなあくびをしてそのまま何も言わずに膝を抱えた。
「彼はコバ。家族みたいなもんさ」
アリウム姉さんはそう言って奥の部屋へと姿を消した。
乾燥させた植物を編んだシートの様な物の下から、座れそうな椅子を発掘し、僕らはその上に腰を下ろした。
「悪いなティオーラ! ウチは酒を飲まないんでね! お茶でかまわないかな!」
奥の部屋からガチャンガチャンと音をたてながら、アリウム姉さんがお茶を運んで来た。
「お気遣いなくですぅ。あたしは自前のがありますぅ」
「姉さん、その酒瓶はしまおっか」
僕は冷たい視線をティオーラ姉さんに向ける。
アリウム姉さんは気にした様子もなく明るく笑う。
「そうかそうか! だったらつまみでも用意すれば良かったな!」
「いえいえ、私は人生を肴に酒が飲めますのでぇ――」
「お願いだからお茶を飲んで」
このままだと酒盛りを始めかねない。
ティオーラ姉さんは僕をチラリと見てやれやれと肩をすくめる。
(やれやれはこっちの台詞だ!)
「それにしても、村の方々から随分と信頼されてるみたいですな、アリウム先生」
出されたお茶を飲み、その苦さに顔をしかめながらクローがからかうように言った。
アリウム姉さんはワタワタと慌てながら頭をかく。
「ちょっとクローやめてくれ! 君から先生なんて呼ばれるなんて!」
「村の人達も言ってました! アリウム姉さんは優秀な発明家なんだって」
僕の言葉に、姉さんは「いやいやいや、優秀なんてそんな!」とさらに慌てふためく。
ティオーラ姉さんの《天眼鼠》達によってアリウム姉さんの所在を知った僕らは、馬車を乗り継ぎ、悪路を歩いてインディゴ村にたどり着いた。
辺境の地では余所者は目立ってしまう。
訝しげにこちらを伺う村人達に、恐る恐るアリウム姉さんの名前を出すと、彼らは途端に顔を輝かせて姉さんの家を教えてくれた。
姉さんの事を『アリウム先生』と呼ぶ村の人達は皆どこか誇らしげだった。
「凄い研究をたくさんしてるって聞きましたけど……えっと、なんだっけ?」
「確か『ヤドリ器』でしたかな?」とクローが首を傾げる。
すると、姉さんは突然前のめりになる。
置かれたカップがガチャリと音をたてる。
「いやいやいやいや、聞いたかい、『ヤドリ器』の話。そうさ! ウチはここで『ヤドリ器』を研究したり、村人の手伝いをしたり、ゆったりのんびりスローライフを送ってるワケだ!」
「スローライフ……ですか?」
「そうさ! 畑を耕し水をやり、採集と研究に明け暮れる日々。あ! そのお茶もウチが育てた茶葉なのだよ!」
ウヒェイっと変な笑い声をたててアリウム姉さんは首を傾げた。
(……そもそもだけど、『ヤドリ器』ってなんだろう)
「『ヤドリ器』ってのはだねぇ!」
僕の心を読んだのか、姉さんは嬉しそうに言葉を続ける。
「誰でもヤドリ術を使えるようになるアイテムなのだよ!」
「……え? どういう事ですか?」
「まあ、見てもらうのが一番手っ取り早いだろうな! そら、これだよ!」
そう言って、姉さんはゴソゴソと棚を漁り、小さなロッドを取り出した。
「ほら、これを見てくれ! ウチが作ったヤドリ器なんだが――」
「ああ!」
姉さんの手元を見て、僕は思わず大声をあげた。




