6.キョウはツタを伸ばす
アキレアの伝説を語り終えた姉ちゃんは、優しく自分の左腕に触れる。
白い樹皮を持つヤドリ草はみるみるうちに指先へと枝をのばし……いや、指先どころではない。
どんどんと先へ先へと伸びて行き、キョウ姉ちゃんの胸へとツタを這わせ、首筋にツルを絡ませ、顔を覆った。
気根が脇腹へ、足へと垂れ下がり、それを追うようにツルや葉が伸びていく。
緑色に光るヤドリ草は、お姉ちゃんの姿をそのまま飲み込んでしまった。
淡く光る巨大な葉の隙間から、声が漏れてくる。
「薬を研究するには、毒を研究する必要があるの」
ツタが震え始めた。
息をするのも忘れて見つめていると、揺れる葉の根元に、透き通った紫色の小さな粒がいくつも実る。
その一つ一つが、まるで姉ちゃんの瞳のようだった。
(ああ、そうだ)
こんな時なのに、あたしはぼんやりと思った。
(姉ちゃんは、植物に似ているんだ。静かで、優しいようで、とても怖い)
「あのね、宿主が鍛錬を重ねて魔力を高める事によって、ヤドリ草は成長するの。魔力の高い人ほど、ヤドリのポテンシャルを引き出し、さまざまな能力を使う事が出来る」
あたしが身動きが出来ないのは、毒のせいなのか、それともキョウ姉ちゃんの瞳のようなヤドリの実が、こちらをじっと見つめているせいなのか。
ガラス玉の瞳は、美しく輝いている。
あたしの心をだんだんと恐怖が支配していく。
あたしの知らない彼女の別の顔が徐々に現れていく。
「なんで……そんな事……」
「なんで? そんなの決まってるじゃない」
スルスルと伸びてきたツタが、あたしの頬を撫でた。
「弱いなりに、役に立ちたいからよ」
ふいに、頭の中で、昼間に会った吟遊詩人の少女の声が蘇る。
――毒を持つのは、小さく弱い者――
「姉ちゃんはあたしがお屋敷に行くのを止めようとしてるの?」
「そうよ」
「そんな、ひどい」
悔しくて、思わずあたしは涙ぐんだ。
姉ちゃんはなんでも持っている。
信頼も技術も知識も、美しい髪も。
それなのに、あたしが幸せを掴もうと伸ばした手を、払い落とすなんて。
「ひどい? どこがひどいの?」
姉ちゃんはヤドリ草のツタを器用に操り、転がっているあたしの籠を持ち上げだ。
「あ……それは……」
(あたしが、お屋敷に持って行く大切な――)
「これはなぁに?」
姉ちゃんは、籠を傾け、中身を地面に撒き散らした。
「ねぇ、スミ。これを持ってどこへ行こうとしていたの?」
そこに散らばったのは、あたしが籠に入るだけ詰め込んだ、ヤドリ草の種の数々――。
「ねえ、スミ。あなた、村の蔵に保管している貴重なヤドリ草の種、こんなに持ち出してどうするつもりだったの?」
あたしはグッと下唇を噛み締めた。
(なんで……なんで邪魔するの?)
『あの人』が言ってたのだ。
村の貴重な種を持ち帰る事が、あたしがシオンの村に預けられた証拠になると。
出来るだけ持ってきて欲しい、と。
だからあたしは――。
その時だった。
「おいおい、バレちまったのかよ」
野卑な声が後ろから聞こえた。
「使えねーなぁ。もうちょい時間を稼ぎたかったんだけどな」
視界に入ってきたのは、昨日会った『あの人』――赤茶の髪の護衛だ。
あたしの事をお嬢様だと呼び、迎えにくると約束したあの人。
紳士的で、気品のあった『あの人』が、何故か今は粗暴な様子で、目つきも仕草もまるでごろつきのようだった。
(いや……『まるで』じゃない……)
「ちょっと予定と違うけど、まあしょうがねぇな」
そう言って彼は舌打ちをする。
「お嬢さん方、悪いけどよ。ここで死んでもらうことになりそうだわ」
「ねぇ……待って……何言ってるの?」
あたしは必死に声を絞り出した。
「あたし……あたし、貴族の隠し子なんでしょ? あなた……あたしを迎えに来てくれたんでしょ?」
痺れる身体で、懸命に手を伸ばす。
あたしをここから連れて行って。
毒から救い出して。
けれど男はあたしを冷たく見下ろし、喉の奥で笑った。
「おいおい、流石にもう察してくれよ。わかってるんだろ? 騙されたってよ」
(だまされた?)
「ぜーんぶ、嘘だよ嘘。お嬢ちゃんぐらいの年頃の子が好きそうなお話をベラベラ並べただけなんだよ」
男はにんまりと笑って言った。
「なあ、お前ら」
林の中から二人、人影が姿を現した。
片方はでっぷりとした巨漢で、もう一人は対照的にヒョロリとした痩せ型の女だ。
(あたしの弟がいるというのは? 一緒に迎えに来てくれたんじゃないの?)
すると、でっぷりとした男がニヤニヤ笑いながら言った。
「いやぁ、追い剥ぎで奪った上等な服が、まさかこんな風に役に立つとはなぁ」
「ま、俺にかかれば、田舎の村娘を騙すのなんざ、わけねーよ」
「シオンの村の女を騙して、ヤドリ草の種を奪おうなんて大した野郎だぜ」
(……嘘……騙された……みんな……嘘……?)
あたしが貴族の隠し子だと言う話。
弟が迎えに来たと言う話。
身の証として希少なヤドリ草の種が必要だと言う話。
(……ぜんぶ……うそ……?)
「この村には『願いを叶えるヤドリ草』ってのがあるんだろ? 伝説の勇者アキレアが、ここの村人に渡したらしいじゃねぇか」
「そんな都合のいいヤドリ草なんてないわ」
男達の言葉に姉ちゃんが冷たく言い放つ。
「耳障りのいい物語はいつも裏がある。そんな事もわからないの?」
「別に嘘でもいいのさ」
痩せた女が馬鹿にしたように笑った。
「あたしらのようなモンから買うような方々だよ? 『シオンの村から奪った種らしい』『奪ってまで欲しい物だったのだ』『じゃあ本物だ』そんな風に考えるのさ。おかげさまで、高額でさばけるんだよね」
「さてさて。じゃあ、そこの貴重の種は、俺らヤドリ草コレクターが頂きますよ」
キョウ姉ちゃんは彼らを睨みつけた。
「何がコレクターよ。強奪した種を裏で売り捌くような輩でしょう? そんな奴にこの村の種は渡さない」
「へぇ、強気だねぇ」
赤茶髪の男はニヤニヤと笑った。
「そっちはか弱い女の子二人だろう。どう考えても勝ち目はない。それにな」
男はシャツを捲り上げた。
「こっちにはコイツもついてるんだ」
男の脇腹に、大きな瘤が一瞬見えた気がした。
次の瞬間、男の脇腹が赤く光る。
どことなく禍々しい光は徐々に広がり、うねうねと動き出した。
大きく長く伸びてゆき、のたり、のたりと草むらに身体を落とした。
光が収縮され、大木のような色をした鱗が出現する。
あたしには、見覚えのあるその姿。
「俺のヤドリ獣さ」
昼間、あたしが殺されかけた《角岩蛇》が、再び同じ地にその姿を現したのだ。
「……待って……ヤドリ獣……?」
「そうさ。昼間にお嬢ちゃんを襲ったのは、おれのヤドリ獣さ。ここで騒ぎが起こった場合、村にいる奴が気がつくかどうか確認したくてね。ちょいと脅かせてもらったのさ」
あたしは昼間、吟遊詩人の少女が言い残した言葉を思い出していた。
――さっきの《角岩蛇》……魔獣だったらいいんだけど――
ココという少女が危惧していた訳がようやくわかった。
あれは野生の魔獣ではなく、人に使役しているヤドリ獣……あいつらの計画の一部だったのだ。
(悔しい……それに……情けない……)
自分の馬鹿さ加減に涙が滲む。
こんなの死んでも死にきれない。
「あなた達、スミを騙して種を持って来させ、口封じで殺す予定だったのね。自分のヤドリ獣に殺させて、魔獣に襲われたように見せかけようとした――」
「そうさ、朝になって村の外れで魔獣に襲われた子供の死体が出る。大騒ぎだ。ヤドリ草の種がごっそりなくなっていてもしばらく気が付かない。だろ? そうして時間稼ぎしてる間に、俺らは遠くにトンズラってわけよ」
男は口の端で笑い、あたしをあざけるように見下ろした。
「お嬢ちゃんも、よくまあこんな話を信じたもんだぜ。ま、賭けは俺の勝ちだな」
そう言って、赤茶髪の男は太った男の方を見た。
「村の子供を騙すのに何日かかるか賭けただろ? 忘れたとは言わせねぇぜ」
「そうだな、この勝負お前の勝ちだよ。勝たせてくれたそこの嬢ちゃんに、ちゃんとお礼をいうんだぞ?」
「いやいや、ほんとだよ。ありがとな、『お嬢様』。言っただろう? 『こう見えて私、賭け事が好きなもので』ってな」
そう言うと男達はゲラゲラと笑った。
「ねぇ……無駄話はいいでしょ。早くすませて」
痩せた女が、姉ちゃんの方を顎でしゃくる。
「そうだな。騒ぎがバレちまったら元も子もない。じゃ、お嬢ちゃん方、悪く思うなよ」
《角岩蛇》が頭を持ち上げる。
口を開き喉の奥から威嚇音が飛び出す。
(ああ……こんな所で……あたし……)
「姉ちゃん……キョウ姉ちゃん……」
あたしは必死に手を伸ばした。
「ごめんなさい、姉ちゃん。ごめんなさい。お願い……」
後悔の涙が流れ落ちた。
「お願い……あたしを置いて逃げて……お姉ちゃん……!」
キョウ姉ちゃんの目が、大きく見開かれた。
その時だった。
「そこまでです!」
その場にそぐわない程あどけない声が聞こえた。
「しまった……村人か?」
男達が慌てる中、林の中から姿を現したのは――。
鳶色の短髪の長身の女性。
ローブをまとった銀髪の女性。
そして、薄緑のワンピースに皮のコートを羽織った金髪の少女――。
「助けに来ましたよ! 姉さん!」
突然現れた少女は、そう言って少しはにかんだ。




