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パラサイトな僕の十九人の姉さん達  作者: 輪二
第三章 僕は毒を盛られたくない
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5.スミは毒を盛られる

 夜になった。


 待ち侘びていた暗闇。

 村は寝静まっている。


 そんな中でも絶え間なく聞こえるのは、虫や鳥、獣の鳴き声、木々のざわめき、それに風の吹く音。

 昼間よりも、こんな真っ暗な夜の方がやかましく感じる。


 何よりもうるさいのは、あたしの心臓の音だ。


 村の奥にある蔵に身を潜めて、あたしは待ち合わせ場所に向かうタイミングを見計らっていた。

 静かに深呼吸を繰り返して、足音を殺しながら蔵を出る。

 林の中を一気に駆け抜けた。


『あの人』との待ち合わせは今夜。

 村はずれのあの丘で。


 走っている間、胸に抱えた籠を強く抱きしめ続けた。

 必要な物は入るだけ詰め込んだ。

 この籠と共に、あたしはお屋敷に行くんだ。


(大丈夫。絶対に出来る)


 丘にたどり着いた時、あたしの息はすっかり上がっていた。

 昼間に吟遊詩人の少女達と出会った場所は、夜になると雰囲気がまったく違う。


(また魔獣に襲われたらどうしよう)


 そう思うと急に怖くなり、必死に呼吸を整えて、息をひそめる努力をする。


(もう少ししたら、迎えがくるはず)


「本当の家族の元に行くんだ」


 あたしが小さく呟いた、その時だった。


「本当の家族ってなぁに?」


 耳元で、そうささやかれた。


 思わず飛び退いたあたしの手をがっちりと掴んだ白い手。

 暗闇の中で光る瞳。

 切り揃えた前髪がサラリと揺れた。


「……ねぇ…ちゃん……」

「ねぇ、スミ。どこに行くつもり?」

「離して!」

 

 あたしは姉ちゃんの手を振り払った。

 無我夢中だった。

 背を向けたその時――


「……え……あれ?……」


 ぐらり、と視界が傾いた。


 抱えていた籠が地面に落ちる音が遠くで聞こえた気がした。

 次の瞬間、顔の右側に痛みを感じる。

 視界が草むらに埋まる。

 右から左の方へ籠が転がって行くのが見えた。


 どうやらあたしは、地面に倒れているようだ。

 身体を起こそうとするが上手くいかない。


「……どう……いうこと……?」

「麻痺毒よ」


 姉ちゃんがあたしを覗き込む。

 ガラス玉みたいに透き通った美しい瞳からはどんな感情も読み取ることが出来ない。


「……ど……く……?」

「そう。スミ、あなた村を出るつもりだったのね」


 姉ちゃんはそう言ってため息をついた。


「本当はじっくり話して説得したかったんだけど、あなた、私の話聞かないじゃない? だから、ちょっと乱暴な手を使わせてもらったわ」


 彼女はスルスルと右腕の裾を捲り上げる。

 そこには淡く光るヤドリ草が巻き付いていた。


「さっき腕を掴んだ時に、私のヤドリ草があなたを刺したの。気がつかなかったでしょう? とても細い棘だから」

「嘘よ……そんな……姉ちゃんに毒なんて使えるわけない……」


 あたしは、床に這いつくばった体勢のままで声を絞り出した。


「だって……姉ちゃんのヤドリ草は、あたしと同じ《黄泉木(よもぎ)》でしょ……」


 傷を治癒させるヤドリ草――《黄泉木(よもぎ)》。


「麻痺毒なんて……そんな事……」

「出来るわよ」


 姉ちゃんは「スミってば、全然研究会に来ないから。困るのは自分なのよ? 自分のための勉強なのに、『なんの役にたつのかわらかない』なんて言い訳する子、本当に嫌だわ。じゃあ、あなたは何の役にたつの? 役に立つモノしか価値がないなら、あなただって無価値なんじゃない? って言いたくなっちゃう。可哀想だから言わないけど」とため息をついた。


(いや、もう言っちゃってるけど)


 あたしの顔が引きつったのは、麻痺毒のせいだけじゃないはずだ。


「あのね、毒と薬は紙一重なの。言ってみれば量が違うだけ。このヤドリ草、なんで《黄泉木(よもぎ)》なんて名前だと思う?」

「……あの世に行きかけた人……死にかけの人も治せるから……」

「違うわよ」


 姉ちゃんは右腕のヤドリ草を優しく撫でる。


「これを使うと、あの世――黄泉(よみ)の世界が見えるから。つまり死にかけるって事ね」


黄泉木(よもぎ)》の幹が、姉ちゃんの皮膚から浮き上がり、その姿をくねらせている。


黄泉(よみ)(いざな)う木、それで《黄泉木(よもぎ)》と名がついたのよ。量を加減すれば、治療薬にも麻痺毒にもなるんだから」


 姉ちゃんはそう言って、今度は左腕をまくってみせた。

 そこには、見た事のない白い幹のヤドリ草が、皮膚から浮き上がってその姿をくねらせている。


「話していなかったけど、私、他にもヤドリ草を植え付けているの」

「そんな……なんのため……に」


 姉ちゃんはにっこりと「こういう時のために」と笑ってあたしの前に腰を下ろした。


「ちょっとお話ししましょうか」


 嫌だと言えるわけもない。


「この村に伝わる勇者の物語は流石に知ってるわね? 勇者アキレアと願いを叶えるヤドリ草の物語」


 ほんの数回出た研究会を思い出す。

 キョウ姉ちゃんの声はその時とそっくりで、幼い子供に教えるように優しかった。


「でも、その()()は知らないんじゃないかしら?」


 姉ちゃんは、いつもと変わらない口調のまま、勇者の物語を語り始めた。



   ♢   ♢   ♢



「その昔、シオン村に勇者アキレアがやってきました。 

 村で暮らす兄妹のうち、兄は剣の道にたけていましたが、妹は恐ろしい呪いに苦しんでいました。

 アキレアは、兄に一粒の種を見せました。


『これは願いを叶えるヤドリ草《悲願花(ひがんばな)》だ。刀身に血を吸わせる事で、主人の願いを叶えると言われている。このヤドリ草と共に修行を重ね、刀に自分を映し、お前の真の願いが何であるのか、自分の心に問いただすのだ』


 勇者はそう言って、ヤドリ草の種を兄に渡したのでした。

 発芽したヤドリ草の細く鋭い剣身を眺めながら、兄は妹のことを思いました。


(もし、言い伝え通り、俺の血を吸う事で願いを叶えてくれるならば……)


 そして、彼は試しに指の先を少し切り、剣先に垂らしてみたのです。  


 兄が思い浮かべたのは、妹の姿でした。


(どうかお願いだ……俺の願いを叶えてくれ)


 しかし、血のついた《悲願花(ひがんばな)》は、光を放つわけでもなければ、謎めいた声が聞こえてくるわけでもありませんでした。


 何も起こらず、兄はがっかりしました。


 夜になり、兄は誰にも見つからないよう、そっと妹の部屋に忍び込みました。

 妹はその気配に気がついて起き上がりました。


『兄さん、来てくれたんだね』

『ああ、少し顔色が良くなったか?』

『うん。今日は少し調子が良くて』


 ベッドの上で上体を起こした妹は、頰もこけ、やせ細っていました。


『勇者様が、兄さんとあたしを会わせたがらない気持ち、わかるんだ』


 妹は、静かに微笑みながら言いました。


『たぶん、あたしは長くないんだと思う。あたしの弱っていく姿を見たら、兄さんは修行に集中出来ないだろう? だからアキレアは、兄さんにあたしと会わないよう言ったんだ』

『そんな事言うもんじゃない』


 兄は優しく言いました。


『お前には剣士としての才能がある。あと数年もすれば、俺など追い抜かされてしまうだろう。呪いが解ければ、いつか必ず俺以上の剣士になるよ』

『そんな……』

『ほら、水でも飲んで、ゆっくり身体を休めるんだ』


 兄がベッド横の水差しに手を伸ばした、その時でした。


『何をしている』


 部屋に入ってきたのは、険しい顔をしたアキレアでした。


『妹と会うなと言ったろう』

『勇者様、なぜ俺達を引き裂こうとするんですか。俺は妹のそばにいてやりたいんです』

『それが、お前の願いか』


 アキレアは兄を睨むと『外へ出ろ』と短く言いました。


『剣の腕を見てやろう』


 外は月明かりが煌々と眩しく、虫の声がやけに大きく聞こえました。


『お前の願いを叶えるわけにはいかない』


 勇者は静かに言いました。

 兄は《悲願花(ひがんばな)》を構えて対峙しました。


『なぜ俺を妹から引き離そうとするんですか』

『わかっていないとでも思ったのか』


 アキレアの声は昏く、悲しみに満ちていました。

 そしてこう言葉を続けました。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 兄は大きく狼狽えました。


『妹が死にかけているのは、お前が盛っていた毒のせいだ。だからこそ、お前にそのヤドリ草を渡したのだ。刃に自分を映し、自分の本当の願いとは何か向き合うために』


 兄は、剣先に自分の血を垂らし願ったのです。

 ()()()()()()()()()()()()


 血を与えた《悲願花(ひがんばな)》は、光を放つわけでもなければ、謎めいた声が聞こえてくるわけでもありませんでした。


 だからこそ、兄は部屋に忍び込んだのです。

 ヤドリ草などに頼らず、自分の手で願いを叶えるために。


 誰にも気がつかれないよう忍び込み、妹の水差しに手を伸ばしました。


 毒の粉末を混ぜるために。


『ヤドリ草は願いを叶えてくれなかった。ならば、やはり俺の手でやるしかないのです』

『妹を蹴落とすのではなく、自分を磨こうと何故思わぬ』

『優秀な剣士は、俺だけでいい』


 兄は、淀んだ瞳のまま呟きました。


『あいつには剣士としての才能がある。あと数年もすれば、俺など追い抜かされてしまう』


 兄は、先ほど妹を励ますために言った台詞を、今度は憎しみのこもった声で吐き出しました。


『お前の出した答えがそれであるなら、もう何も言わん』


 そう言ったアキレアの黄金の髪が、風に揺れました。


『毒とは、小さき者、弱き者が使うものだ』


 雲間から差し込む月光が、彼らを照らしました。

 草が、岩が、白い光に縁取られました。


 そして、次の瞬間。


 動いたのは二人同時でした。

 地面に倒れたのは一人だけでした。

 勝負がついたのは一瞬でした。


 アキレアは、血濡れた自分の顔をゆっくりと拭いました。


 そして、今まさに生き絶えようとしている、若い剣士を見下ろしました。


 彼の腕は血溜まりにひたり、《悲願花(ひがんばな)》も血に濡れていました。


 血を吸い、願いを叶えるというヤドリ草。

 しかし、不思議な光が放たれる事も、厳かな声が聞こえる事もありませんでした。


 何も起きませんでした。

 血濡れた花は、ただの花のままでした。


 その後、妹は回復し、優秀な剣士になりました。

 アキレアは、兄が毒を盛った事実を隠し通したそうです。

 若者は、妹を殺そうとした卑怯者ではなく、妹を救おうとした献身的な兄として、葬られました。


 そして新たな伝説が生まれました。


 呪いに苦しむ妹を救おうと、自分の胸を貫き、血をささげた兄がいた、と。

 兄の亡くなった後、ヤドリ草の力によって、妹はみるみるうちに回復した、と。


 アキレアの言った通り、《悲願花(ひがんばな)》は宿主の血を吸い、願いを叶えたのでした」

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