4.スミは伝説を語る
吟遊詩人の少女達にせがまれて、あたしは渋々、村に伝わるアキレアの伝説を話し始めた。
「その昔、シオン村に勇者アキレアがやってきました。
村にはある兄妹がいました。
兄の方は剣の道にたけていましたが、妹は痩せこけ、寝床から起き上がる事もままなりませんでした。
彼女は恐ろしい呪いに苦しんでいたのです。
ぐったりとした妹の様子を見た勇者は『いつからだ?』と短く尋ねました。
『二年前から、徐々に身体が弱ってきて……』と妹は弱々しく答えました。
勇者は兄に告げました。
『妹の呪いはすぐには解けぬ。お前は剣の訓練に集中しろ。妹の看病は他の者に任せ、近づいてはならん』
兄は戸惑いました。
『それはできません。昔から一緒に剣の訓練をした大切な妹なんです』
するとアキレアは、兄に一粒の種を渡しました。
『これは願いを叶えると言われているヤドリ草だ。名前を《悲願花》と言う』
兄はそっとその種を受け取った。
『このヤドリ草は、その刀身に血を吸わせる事で、主人の願いを叶えると言われている。このヤドリ草と共に修行を重ね、刃に自分を映し、お前の真の願いが何であるのか、自分の心に問いただすのだ』
勇者の言葉に従い、兄はヤドリ草を腕に植え付けました。
するとその種は三日もしないうちに発芽しました。
《悲願花》の薄緑の茎はレイピアのように細くまっすぐと通った刀身となり、火花が飛び散るような赤い花が、剣の柄の部分を禍々しく飾りました。
兄はその姿を眺めながら、妹のことを思いました。
そして夜が明けた時、シオンの村人達は驚きました。
血で染まった《悲願花》の傍で兄が倒れていたのです。
おそらく彼は呪いに苦しむ妹を救おうと、自分の胸を貫き、血をささげたのでしょう。
兄の亡くなった後、ヤドリ草の力によって、妹はみるみるうちに回復しました。
呪いに打ち勝ったのです。
アキレアの言った通り《悲願花》は宿主の血を吸い、願いを叶えたのでした」
そこまで語ると、あたしは「はい、おしまい」と手を叩いた。
「ほぉーう。願いを叶えるヤドリ草ね。さすが勇者って感じ」
トトが腕を組んで、感心したように頷く。
そして伸びをしながら言った。
「あんた、吟遊詩人でもないのによくこんなスラスラと話せるね」
「まぁ、子供の頃から嫌って程聞かされるからね」
あたしは、ため息をついた。
「こんな小さな村だとさ、娯楽も少ないしさ。勇者が来た村なんだっていう事が支えっていうか、誇りっていうか――」
「ところでスミ、この村にはお屋敷はありますかっ?」
突然、モモがそんな事を尋ねる。
「屋敷ぃ? ないない。あるわけないよ。村長の家だって、そんな立派なもんじゃないし。その辺の家と変わらないよ」
「そうでしたか……」
そう言うと、モモは少し考えるようなそぶりを見せた。
「……え? なに? なんなの?」
すると、今までずっと無言だった三つ編みのココが口を開いた。
「さっき『お屋敷に行く』って言ってた」
「……え?」
ボソリと言われた言葉に、顔が引きつる。
モモも「そうですそうですっ」と頷く。
「スミが先程『お屋敷に行く前に死ぬわけには行かない』っておっしゃってましたよねっ? お屋敷ってどこの事です?」
(しまった)
思わず顔をしかめる。
命が助かった安心感から、口を滑らせてしまった。
なんとか誤魔化したい所だけど、この三人が村に戻って「お屋敷ってどこですか〜?」なんてベラベラ喋られてはかなわない。
チラリとモモの顔を見ると、興味津々と言った表情で、こちらを見つめている。
こうなってはしょうがない。
あたしは辺りを見まわし「絶対に誰にも言わない事」と前置きをしてから、自分が貴族の隠し子である事を打ち明けた。
初めて会った人に話すような内容ではないけれど、命の恩人だし、何よりあたし自身が誰かに話を聞いて欲しかったのかもしれない。
少女達は黙って話を聞いていたが、あたしが話し終えると、複雑そうな顔をした。
「こう言っちゃなんだけどさ、胡散臭くない? そんな事を突然言われて、あんた、それを信じるの?」
賭け事の好きな伯爵家の護衛なんているかぁ?、とトトは首をひねる。
「まあまあトト。素敵じゃないですかっ。そういう『姉妹の物語』って人気の演目ですよねっ」
「まあねー」
「……? 人気の演目って、どういう事?」
思わず尋ねると、トトが頭をかきながら「うちら吟遊詩人が人前で披露する演目の事だよ」言った。
「姉妹のうち片方だけ家族から冷遇されてるんだけど、実はその家族は血が繋がってませんでした、主人公は自分を認めてくれる本当の居場所を見つけてハッピーエンド――みたいな物語がさ、最近は客ウケがいいんだよね」
「最近……というより、昔から兄弟や姉妹モノって人気だったみたいですよ。古典と言えば古典ですっ」
モモの言葉に、ココも無言で頷いている。
「そりゃさ、嘘みたいな話だと思うよ。あたしが実は伯爵の娘だなんて」
確かに、まるで吟遊詩人の奏でる物語のような話だ。
『実は貴族の娘でした』『実は勇者の末裔でした』なんて、よく聞くストーリーだ。
だけど、あたしの胸にストンと収まる。
「ずっと思ってたの。キョウみたいになりなさいって言う事で、村の大人たちは、あたしに毒を盛っている。それはね、あたしを村に縛り付けるための毒なんだ。よそへ出て行かないように、お姉ちゃんみたいに村の役に立つ人になりなさいって、あたしをここに閉じ込める毒」
死ぬことはない。
けれど、動けなくなる。
そんな麻痺毒だ。
あたしの本当の家族は別にいたんだ。
どんな理由があったかわからないけれど、ちゃんとあたしを迎えに来てくれた。
早く、あたしはあたしの家族に会いたい。
初めて会う弟に会いたい。
家族って、そういうものだと思う。
「だからさ、魔獣に襲われて死ぬわけにはいかなかったんだ。本当、助けてくれてありがとうね」
あたしの言葉に、吟遊詩人達は曖昧に頷いた。
ココが、ポツリと言った。
「さっきの《角岩蛇》……魔獣だったらいいんだけど……」
「え? それってどういう意味?」
あたしがそう尋ねた時だ。
「おおぉい! モモ、トト、ココ!」
遠くで彼女達を呼ぶ声がした。
「あ、ミャーマ様だ!」
三人の少女が一斉に跳ね起きる。
「ミャーマ様! こっちです!」
「スミ、ごめんなさいっ。私たちもう行くねっ!」
「あ……うん。ありがとう」
駆け出した三人を背中を見送るっていると、かしましい会話が聞こえてくる。
「ちょっとぉみんな聞いて! 珍しいスパイスを売ってもらえそうなの」
「良かったですね、ミャーマ様! これで故郷の味に一歩近づくかもしれませんねっ!」
「ミャーマ様、諦めたらどうですか? 前に作ってもらったのは、なんつーか、個性的な味すぎてちょっと――」
「まずかった……」
「いや、それはね、スパイスの調合がうまくいかなかったからなの! 材料さえあれば、誰でも絶対美味しく作れるはずなんだから!」
向こうは随分と盛り上がっている様子だ。
ぼんやりと見つめていると、モモがくるりとこちらを振り返り、走って戻ってきた。
「スミ、私たち、多分今日中にここを発つことになりそうですっ」
「そうなの? 一晩くらい、泊まっていけばいいのに……」
「うん……そうしたいところですが、次の街での公演があるんですっ」
モモは、あたしの手を両手で握りしめた。
「スミ、どうかお気をつけて」
真剣な様子に、あたしは思わずたじろいだ。
モモはあたしの手を離すと「それじゃあ、どーもですっ!」と元気よくかけて行った。
途中で振り返り手を振ってくる。
つられたようにあたしも小さく手を振りかえした。
急に静けさが戻り、あたしはため息をついた。
一度にいろんな事が起こって、頭がついていかない。
(せっかく助かったんだ。チャンスを逃さないように、今夜の計画をたてなくちゃ)
あたしは腰を上げて、村へ戻る事にした。




