1.アイビーは屋敷を訪れる
この章からは、別の投稿作品『異世界を渡る吟遊詩人は怪談が専門です。』を下敷きに、大幅に改稿したエピソードとなります。
僕らの訪れた屋敷は、湖のほとりにあった。
政治的にも財源的にも力を持つカールリンネ侯爵家。
その屋敷の小部屋で、僕とクロー、そしてティオーラ姉さんは、ぼんやりと窓からの景色を眺めていた。
湖が鏡のように輝き、水面に屋敷の影が黒々と映っている。
侯爵家の屋敷といえば、さぞかし華々しい場所なんだろうと身構えていたけれど、こうしていざ訪れてみると、随分と印象が違った。
例えるなら閉ざされたお城のような、どこかジメついた閉塞感がある。
「あながち間違ってないですよ、ビー様」とクローが肩をすくめる。
「ほら、そこの扉。侯爵家の家紋が彫られてますよね?」
「ああ……これはお花かな?」
「それ《朽無》の花ですよ」
「クチナシ?」
するとティオーラ姉さんが「ここの庭にたくさん咲いてましたねぇ」と顔をしかめる。
「あの甘ったるい香り、苦手なんですよぅ。鼻が効かなくなりそうですぅ」
思い返してみると、屋敷の庭に咲き乱れていた白い花々は、扉に彫られた家紋とよく似ている。
「もともと『朽ちる事の無い花』から来て《朽無》なんて呼ばれてる花ですぅ。栄華を極める侯爵家の家紋にはぴったりってわけですぅ」
「ビー様、『ガーデニアのクチナシは、無駄口ナシの出口ナシ』って知りません?」
クローの言葉に「なにそれ」と僕は首を傾げる。
「侯爵家の秘密主義を揶揄してるんですよ」
そう言いながらクローは口の端をクイッと上げた。
「カールリンネ領を治めているガーデニア家ってのは、代々、女性が当主を継いでるんですがね、徹底した秘密主義なんですよ」
「使用人達も口が固くて、絶対に屋敷内の事は外に漏らさない。まさに『クチナシ』ってわけですよぅ」
「扉の全てに、この家紋が彫られてるらしいですよ。まるで見張られてるみたいですな。扉内にあるものは全てガーデニアの物であり、人も財産も情報も、扉から外に出すことは許されない。そんな所でしょう」
二人の言葉に僕は頷いた。
「なるほど……それで、フラン姉さんがここにいるって言うのは本当なの?」
「もちろんですよぅ」
ティオーラ姉さんは肩に乗せた《天眼鼠》を指先で優しく撫で、「この子達の眼に間違いはないですぅ」と言った。
フラン=デンタータ。
僕の十九人の姉さんの内の一人だ。
姉さんの 《天眼鼠》達が、フラン姉さんがここにいると突き止めてくれた。
なんとか面会の約束をこぎつけ、屋敷を訪ねた僕らは、無表情な使用人に案内され、フラン姉さんがやってくるのをこうして待っているのだ。
「……あれ? でも、フラン姉さんがここで雇われているんだったら、僕もアキレアの子供だってバレるよね? 変装の必要はないんじゃ――」
「いえ」とクローが首を振った。
「一筋縄では行かないのが貴族ってもんです。出来るだけ手の内は見せない方がいいかと」
「どんな風に利用されちゃうかわからないですぅ。私達はフランに会いに来た姉妹、という設定でいきましょぅ。とにかくアイビーが『跡継ぎ』って事は隠した方がいいですぅ」
ティオーラ姉さんもそう頷く。
「緊張するなぁ。フラン姉さんってどんな人だろう」
「せっかく私の《証》を渡したんですよぅ。アイビーは胸を張って、ドーンと構えてれば良いんですよぅ」
「そんな簡単に言わないでよ……」
僕は思わず胸元の《証》を握る。
それはティオーラ姉さんから受け取った、石の欠片に紐を通しただけの無骨なペンダントだ。
日の光にかざすと金色に輝く。
「その石は、私たちが黄金の勇者アキレアの子どもである証なんですぅ。姉から認められた証拠として、十九人分集めてくださいよぅ」
(あと十八人分か……僕はいつになったら家に帰れるんだろう)
バッチオークの屋敷に想いを馳せていると、ティオーラ姉さんが天を仰ぎながら小さくうめき声をあげた。
「それにしても、こんだけ待たされると喉が渇きますぅ」
「そこにお水があるけど」
僕は使用人が持ってきてくれた水差しを指さす。
けれど姉さんは「水じゃ癒せない渇きがあるんですぅ」と首を振った。
僕は大きくため息をついた。
「こんな所でお酒が飲めるわけないだろ」
「ええ?」
「ええ? じゃないよ。心外だ、みたいな顔しないでよ」
僕は「クローからもなんとか言ってよ」と護衛に助けを求める。
するとクローは「確かに、そろそろ待っているのにも疲れましたな」と言ってやけに大きな声で扉の方に向かって声をかけた。
「そんなわけなんで、いつまでもそこに隠れてないで、どうぞ中へお入り下さい」
いきなり何を言いだすのかとびっくりしていると、遠慮がちなノックの音がした。
恐る恐る「どうぞ……」と返事をすると、ゆっくりと扉が開き一人の女性が入って来た。
「申し訳ございません。入るタイミングを逃してしまい……立ち聞きするつもりはなかったのですが……」
どうやらその女性は、ずっと扉の外にいたらしい。
(全く気配を感じなかった……さすがクローだな)
「初めまして。フランです。私のような者のためにわざわざお越し頂いて、申し訳ございません」
そう言って、僕の姉――フラン=デンタータは深々と頭を下げた。




