2.フランは侯爵家に仕える
深々と頭を下げたフラン姉さんに、僕は慌てて駆け寄った。
「えっと、僕、アイビーです。お会いできて光栄です」
きっちりと結い上げられた金茶色の髪に、ダークブラウンの瞳。
落ち着いた色彩のドレスの端を、細い指が神経質そうに掴んでいる。
フラン姉さんは、僕の胸元をじっと見つめた。
「それは……ティオーラの《証》かしら」
「あ、ええ」
紐にぶら下がった金色の欠片を見ていたようだ。
「そうですよぅ。私が渡したんですぅ」
ティオーラ姉さんがヒョイと手をあげる。
「フラン、久しぶりですぅ」
「ええ、久しぶりね。ティオーラ。それからクローも」
フラン姉さんの言葉に、クローは無言で会釈する。
「あの……フラン姉さんは、ここで侍女として働いているんですよね」
「ええ、そうです。ガーデニア家当主の妹君、マリィ様の侍女をさせて頂いております」
するとそこで、鈴の転がるような声がした。
「フラン、みぃつけた!」
部屋の扉が影からひょこりと愛らしい顔が覗く。
飴色の髪。
透き通るような肌。
レースの白いドレスがひらりと舞った。
(まるでお人形だ)
突然現れた彼女は、くるくると踊るように部屋の中に飛び込んできて、フラン姉さんに飛びついた。
姉さんは咎めるようにため息をついた。
「マリィ様、ノックも無しに部屋に入ってはいけませんよ。今はお客様と――」
「フランの妹に会いたかったの!」
姉さんに抱きついていた彼女は、くるりと振り返りお辞儀をした。
「初めまして! わたくしはマリィ。そしてこちらは妹のリリィよ!」
ぴょこり、とマリィの脇からもう一つ顔が覗いた。
つぶらな瞳がじっとこちらを見つめている。
リリィと紹介されたその子は、よく見るとマリィとお揃いの小さなドレスを着ている。
「こちらが、私が仕えておりますカールリンネ侯爵の妹君、マリィ様です」
フラン姉さんの言葉に、僕は慌てて頭を下げてスカートの裾をつまむ。
「……は…初めまして、マリィ様。それからリリィ様。わたしはアイビーと申しま――」
そう言い終わらないうちに、マリィは一気に距離を詰めてきた。
(ち……近い近い!)
彼女の顔が目の前にある。
青い瞳はキラキラと輝き、艶やかな髪をレースのヘッドドレスが飾っている。
「アイビーっていうのね? 可愛いお顔!」
無邪気なマリィの様子に、クローもティオーラ姉さんも少し戸惑っているみたいだ。
まあ無理もない。
「フランは、わたくしの特別な侍女なの! フランとリリィだけがわたくしの味方。二人がいなかったら、わたくし、きっと死んでしまうわ」
そう言うとマリィは、僕の手をぎゅっと握りしめた。
「ねえ、一緒に遊ばない? かくれんぼってした事あるかしら?」
ニコニコと笑いかけるマリィになんと返すべきか悩んでいると、ノックの音が聞こえた。
「フラン様、来客中に申し訳ございません。あの……困ったことが……」
声をかけて来たのはエプロンを付けた若いメイドだった。困惑したように眉根を寄せている。
すると「ちょっとどきなさい」とメイドを押し除けて、つんと取り澄ました様子の恰幅の良い女性が現れた。
「よろしいかしら、フラン様」
そして僕らにじろりと視線を向けた。
値踏みするかのように僕らを順番に睨みつけていった彼女は、僕の金髪に視線を止めると「ふん」と鼻を鳴らした。
「フラン様が黄金の勇者の娘だなんて、半信半疑でしたけど、本当でしたのね」
彼女は不機嫌そうに言って丸い指を頬に当てた。
フラン姉さんが「あの……何かご用でしょうか?」と訊ねる。
恰幅の良い女性は、冷たい声で姉さんに告げる。
「ライラ様がお呼びですわ」
「ライラ様が?」
「ええ。あなたの妹君も含めて、お会いになるそうよ。支度をなさって」
そう言うと、失礼な女性はさっさと部屋から出て行ってしまった。
先ほどのメイドが慌てて頭を下げている。
「あの……今のは……?」
「ライラ様のお付きの侍女です。ライラ様は、マリィ様の二番目の姉君であらせられます」
「んむぅ、なんだか随分と感じが悪かったですぅ」
「侍女の間で派閥がありまして……」とフラン姉さんは顔をしかめる。
「マリィ様には二人のお姉様がいらっしゃいます。一人は、長女であり侯爵家の若き当主であるアイリス様。そして、もう一人が次女のライラ様です」
「ライラお姉様は、ご結婚をされて屋敷を出られていたのだけど、五年前に離縁をされ戻られたのよ」
マリィが「お姉様は恋多き方だから」とため息をつく。
(なるほど……嫁ぎ先で色々あったのかな)
姉さんの話だと、ガーデニア家では、当主のアイリス派と次女のライラ派で、侍女達の間で派閥があり、いさかいが絶えないそうだ。
もちろん侍女の頂点は、当主であるアイリスの侍女頭だ。
次女のライラに仕える者達は、それを忌々しく思っているようで、両者の間には深い溝があるそうだ。
「でも、三女であるわたくしの事は、みんな眼中にないの。取るに足らないと思われているのよ」と、マリィが口を尖らせる。
「私などは、他の侍女達からは『マリィ様の遊び相手』と呼ばれておりまして、扱いも雑なのです」
そう自嘲するフラン姉さんに、マリィが慰めの言葉をかける。
「でも、まだマシな方よ。わたくしに付いてくれていた他の侍女は、みんなお姉様方の侍女達に虐められて、やめてしまったのだから」
「そんな……フラン姉さんは、よくやめませんでしたね」
あまり自己主張をしない印象のフラン姉さんだけど、もしかしたら強い心を持った大物なのかもしれない。
(だからこそ、陰湿なイジメにも耐え抜き、マリィに仕え続ける事が出来たのか)
するとフラン姉さんは「いえ」首を振った。
「嫌味を言われるたびに『私は勇者アキレアの娘ですが』と言うようにしているだけです」
「……え?」
「父の知名度を大いに利用しています」
「……めちゃくちゃ小物ですね」
「嘘をついているわけではありませんし……」
「でも余計に嫌われませんか?」
「父親の名声を盾に隠れやがってと陰口を言われまくっております」
「でしょうね」
思っていたのと違った。
「家族って、そういうものでしょう?」
姉さんはそう言って小首を傾げる。
(さっきの侍女の憎まれ口も、姉さんのそういう所から来てるのでは……?)
「それにしても」とフラン姉さんは呟く。
「ライラ様が、何故わざわざ私の身内に会おうとするのか……」
フラン姉さんの言葉に、僕とクロー、そしてティオーラ姉さんは顔を見合わせた。
「何か企みがあるに決まっています。嫌な予感がします」
そう言ってフラン姉さんは不安そうに自分の耳をさすった。




