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パラサイトな僕の十九人の姉さん達  作者: 輪二
第一章 僕は姉さんと関わりたくない
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10.アイビーは姉と見つめ合う

 輝く黄金の短髪。

 猛禽のような金眼。

 衰える事を知らない鍛え抜かれた大きな身体。

 冒険者を引退した今でも父さんの姿は《黄金のアキレア》の名にふさわしいと言えるだろう。


「黄金の勇者の後継者になる……その意味がわかりますぅ?」


 姉さんは、どことなく責めるような口調でそう言った。


 あの伝説の勇者が、自分の息子を後継者に任命した――それが周知されれば、必ず、僕を狙う者が現れる。

 人質として、アキレアの弱味として、姉さんの言う通り、僕は父さんの足手まといになるだろう。


 だからこそ護衛のクローは、僕を変装させて身分を偽らせた。


「こぉんな格好したかわいい弟に、重荷を背負わせて大丈夫ですかぁ? 鍛えてるって言ったって、たかが知れてますぅ」


 屋敷で雇われている傭兵達は荒くれ者ばかりだ。

 それも全て、父さんが冒険者として生きていた頃の仲間だ。


『元英雄』ともなれば、倒して名を上げてやろうなどという無法者もやって来る。

 そんな奴らを軽くいなせるほど、屋敷のみんなは強い。


「貴族社会で上手くやってけますぅ? あんな有名人の後継って言ったら、凄いプレッシャーですよぅ。色々と言ってくる人も多いんじゃないですか?」


 父さんはお金で爵位を買った成金貴族だ。

 けれど表立ってそう揶揄する者は少ない。


 なぜなら、誰もが父さんの功績を知っているからだ。

 伝説の主人公にひと目会って、冒険譚を聞きたいのは、貴族だって例外ではない。


 でも、僕には何の功績もない。


「憧れだけで後を継ぐのは無理ですぅ。それに、『信じてない』ですよねぇ? 父さんの事」


 僕が世界一、尊敬している人。

 それは父さん以外考えられない。


 勇者アキレアは、小さい頃から僕のヒーローだった。


 だからこそ、こんな僕を後継者にと考える父さんの気持ちがわからない。

 信じられない。


 屋敷を出てふた月とちょっと。

 僕は不安で押しつぶされそうだった。


 ティオーラ姉さんがたたみかけるように放つ言葉は、すべて僕自身の弱音でもあった。

 僕自身が、僕を後継者だと認めていない。


 僕は、何も見えない。

 何も知らない。

 何もわからない。


 淀んだ湖のようなティオーラ姉さんの瞳。

 底が見えない琥珀色の水面。

 僕は何も言えず静かに沈んでいく。


 姉さんは本当にいた。

 残り十八人の姉さんも、探せば会えるかもしれない。

 父さんの言った事は本当で、心の底から僕を後継者にと思ってくれているかもしれない。


 でも、僕には、未来が見えない。


 僕なんかが、あの父さんの後を継いでいいのだろうか。許されるのだろうか。


 僕の十二歳の誕生日のあの日、父さんは一体何を思っていたのだろう。

 暗い水の中に取り残されたように、どこまでも深く沈んでいく。


 何か――光があれば。


 それを目指して泳いでいけるのに。

 溺れずに済むのに。

 必死に手を伸ばす僕に、あの日の父さんの声が聞こえた。


『世界を知り、家族を知り、そして己を知るのだ!』


 そうだ。

 僕はまだ何も知らないんだ。


 僕は顔を上げた。


「僕は、ヤドリ草もなかなか発芽しないような奴です。そんな僕が、父さんの後を継ぎたいなんて、笑われるかもしれません」


 ティオーラ姉さんだけじゃない。

 クローも、黙って僕の言葉を聞いてくれている。


「父さんに言われたんです。『世界を知り、家族を知り、そして己を知るのだ!』って」


 僕は、姉さんの目をまっすぐ見上げた。

 夕闇の中、哀しみと孤独と郷愁の混ざった美しい琥珀色は、さっきより透き通って見える。


「僕はまだ、世界の事も家族の事も、自分の事も知らない。何も見えていないし、何もわかってないんです。だから……」


 世の中に『絶対』はない。だから、絶対無理ということもない。

 父さんの教えだ。


「だから、まだ『僕には無理だ』と諦めるには早いと思うんです」


 見えないから。

 知らないから。

 わからないから。


 僕は占い師じゃないから、未来が見通せない。

 だからこそ。


「僕が本当に相応しくないかどうか、世界を見て、家族を知り、自分の事がわかってから、決めようと思うんです」


 僕を見つめる姉さんは、今にも泣き出しそうだった。


「僕は、十九人の姉さんを訪ね、認めてもらい、父さんの後継者になります。なれるように頑張ります」


 一歩、姉さんに向かって踏み出す。


「ティオーラ姉さん、お願いです。僕を、父さんの後継だと認めてもらえませんか」


 そう言いながら、僕は姉さんに占ってもらった時の事を思い出す。

僕は、()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だとすれば――。

 姉さんが言っていた、『お姉様とすぐに会えます』というのは、クローの事ではなかったのではないか。

 建前上の姉ではなく、僕が探していた、本当の姉。


――お嬢さんが探しているお姉様は、とにかくここで会えますぅ――

――お姉様の方も、お嬢さんを探してますぅ――

――ひとりで寂しいから早く会いたいって思ってますぅ――

 

 姉さんも、暗闇の中、溺れそうになっているのだろうか。

 光を探して。


 ティオーラ姉さんは、僕に背中を向けた。

 その背中が、小さく震えて見える。


「姉さん――」

「認めますよぅ」


 こちらを見ずに、くぐもった声で姉さんは言った。


「アイビー=デンタータ。あなたを後継者だと認めますぅ。それであなたは――」


 続く声は、とても儚く小さかった。


「あなたは、私を自分の姉だと……家族だと認めてくれますか?」


 僕はたまらず、ティオーラ姉さんの手を取った。


「当たり前じゃないですか」


 大人だったら、こんな時、抱きしめたりするのだろうか。小さな僕では、腰の辺りに抱きつくのが精一杯だろう。

 姉さんの細い指は、強く握れば折れてしまいそうだった。

 いつか姉さんに頼られるような、そんな後継者に、僕はなりたい。


 姉さんは「そう」と言って小さく笑ってからこちらを振り返った。


「だったら、あなたの旅に、私もついて行ってあげますぅ。クローだけじゃ、心許ないですよねぇ?」

「え……姉さんが一緒に?」 


 突然の申し出に、僕は目を白黒させた。


「そんな顔しないで下さいよぅ。私、ヤドリ獣の使い手としてはなかなかですよ?」

「でも……結構危ない事もあると思いますよ?」

「んむぅ、心配してくれるんですかぁ?」


 姉さんはフッと笑みをこぼした。


「私を潰せるのはお酒だけですよ?」

「うるさいなぁ」


 思わず声に出てしまった。


「お酒は飲んでも飲まれるな。涙は飲んでも飲まれるな、ですぅ」

「ちょっと黙ってもらえませんか?」


 ティオーラ姉さんは、髪をかきあげて空を見上げた。


「悲しみに飲まれると、抜け出すのに時間がかかる――ですよねぇ、クロー」


 話を振られたクローは、無言のまま視線を下に逸らす。


「……よくわからないけど、姉さん。お酒はほどほどにして下さい」

「ほどほどって、どのくらいですぅ?」

「どのくらいって……舐める程度とか?」

「人生とお酒は舐めちゃダメですぅ。深く味わい酔いしれなきゃですぅ」

「だから、意味がわかりませんって」


 僕は深い深いため息をついた。


「僕は、酔っ払いとは関わりたくないです」


 ティオーラ姉さんは「そう」と短く答える。


「だけど、ティオーラ姉さんだけは、例外です」


 ランタンの明かりが灯るオルレアの街で、僕は一人目の姉さんを見つけた。


 ティオーラ姉さん。

 未来を見通す占い師。

 お酒と悲しみに溺れる琥珀色の瞳。


「だって姉さんは、家族だから」


 気恥ずかしさから、呟くように言った言葉は、それでも姉さんに届いたようだった。


 水面が揺れる。

 淡く溶けてしまいそうな笑みを浮かべた姉さんの頬に、雫が一つ転がり落ちた。

 それはゆらめくランタンの明かりの中、流れ星みたいに煌めき、そして見えなくなった。

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