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プロジェクト【サハ】  作者: 諸星佑月
【第三章】天を閉ざすは誰が為
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円環の番人

 天空を覆う青龍が、幾度も昊天の金身へと突撃を繰り返していた。

 巨大な龍体が天空をうねるたび、空気は震え、蟠桃園の木々は暴風にあおられて大きく揺れ動く。敖コウは鋭い牙で金身の一部へ食らいつくと、そのまま全身の筋力だけで強引に地上へ引きずり下ろした。

 黄金の巨体が大地へ叩きつけられ、蟠桃園全体が地震のように激しく揺れる。土煙が舞い上がる中、周囲の桃樹から無数の蔦や枝が生き物のように伸び、青龍の巨体へ次々と絡みついた。しかし、それらは龍が一度身をよじるだけで次々と千切れ飛び、何の足止めにもならない。

 続いて今度は地面そのものが唸りを上げ、巨大な岩塊が四方から押し寄せた。幾重にも積み重なった岩壁が青龍の胴体を押し潰すように挟み込み、その巨体をようやく拘束する。

【……理解できんな。まさか貴様、本当に力任せだけで我に抗おうというのか】

 その言葉が響き終わるより早く、岩壁の内側から轟音が炸裂した。

「ォォォォォォォッ!!」

 青龍の咆哮が天地を揺らし、全身の筋肉が膨れ上がる。次の瞬間、山ほどもある岩塊が一斉に粉々に砕け散った。

 飛び散る岩石をものともせず、蒼龍は再び黄金の神体へと一直線に突進、激突する。

 衝撃で金身は何度も地を転がり、あと一歩で蟠桃園の中央にそびえる古樹――その幹と一体化した青銅の大鼎へ衝突しかけた。

「くっ……!」

 あと少しだった。だが制御中枢は無傷のまま。

 敖コウは即座に判断を切り替える。龍の瞳が鋭く細められ、その視線は鼎から少し離れた場所に立つ翡翠色の髪の少女――ジョウガを捉えた。

 龍は空気を裂き、一瞬で彼女との距離を詰める。しかし、その行く手へ黄金の光が割って入った。

「……っ!」

 昊天の金身が正面から龍体を受け止め、二つの巨躯が空中で激しくぶつかり合う。

【まったく……長年付き合ってきたせいで忘れていた。貴様は実直で温厚だった。だから見落としていたよ。覇坤(クヴェレリ)の時代より生き続けるドラゴンの血筋である以上、たとえ根印(ねしるし)を封じても、これほどまでに厄介な相手だったとはな……!】

 無数の岩槍が生み出される。槍は豪雨のように青龍へ降り注ぎ、その鱗へ容赦なく突き立った。

 だが甲高い音だけが連続して鳴り響く。硬質な龍鱗は一本たりとも貫かれず、岩槍の方が次々と砕け散っていった。

 敖コウは全身に岩片を浴びながらも退かない。

「何があろうと……今日だけは、君を止める!」

 龍の瞳には、決して折れない意志だけが宿っていた。

「でなければ……私は、ナタに誓った約束を守れない!」

【……身勝手だ、あまりにも身勝手だ、敖コウ。貴様には、我以上にドミネーターを倒せる策などない。それを理解した上でなお抗うとは……世界を滅ぼしたいと言っているのと同じだ】

「分かっている!」

 敖コウは迷いなく叫び返した。

「そんなことは最初から分かっている!だから私は、君は正しいと言った!だがな、昊天――いや、ポラリス!生きとし生けるものが、皆ただ正しいだけの道を歩めるわけじゃない!私は今まで十分に妥協してきた!世界のため、人類のため、未来のため……何度も自分を押し殺してきた!それでもなお、ここでまで妥協しろというのなら――」

 その声は、龍の咆哮にも似た怒りとなって天地へ響いた。

「――その時こそ、私は私自身のサハ()を失うことになる!」

 蟠桃園には再び激しい衝撃が走り、二体の巨躯がぶつかり合うたび、大地が鳴動し、桃の花びらが嵐のように舞い散っていく。

 その光景を、ジョウガは少し離れた場所から静かに見つめていた。

 白兎は主人を守るように彼女の足元へ身を寄せている。

 それでも彼女は一歩も前へ出ない。どちらへ加勢するでもなく、ただ二人の言葉を最後まで聞き届けるように、静かに目を伏せる。

 その細い指先だけが、誰にも気づかれぬよう衣の袖をぎゅっと握り締めていた。


裂炎(クラック)!」

 ヒヨリが放った灼熱の炎が前方を薙ぎ払い、最後に残っていた天兵たちをまとめて吹き飛ばした。銀色のカラクリ兵士たちは火花を散らしながら地面へ転がり、そのまま完全に動きを止める。

 戦いが終わると、ヒヨリは大きく息を吐き、全身に巡らせていたハタを静かに収めた。額の汗をぬぐいながら辺りを見渡し、すぐに足を動かし始める。

「桃園……桃園……まだ見つからないな。師匠、何か心当たりはない?」

【うーん……ありそうな気ぃもするし、あらへん気ぃもするし……妾、忘れてしもうた】

「そうか……じゃあ、やっぱり自分で探すしかないか……あれ?」

 やがてヒヨリが辿り着いたのは、すでに無残な姿となった牢獄だった。

 あたりには破壊された天兵が無数に転がり、牢の鉄格子は大きくねじ曲がり、まるで巨大な獣に引き裂かれたかのように壁際へ放り投げられている。二つあった牢房はいずれも扉が完全に壊され、中はもぬけの殻だった。

 ヒヨリはしばらくその光景を見つめ、小さく呟く。

「……ここには二人、閉じ込められていたのかな。これって、ついさっき誰かが脱獄したってことだよね」

【その可能性は高そうやねぇ。片方は、おそらくあのフクロを閉じ込めとった牢やろう。ほんで、もう一人は……十中八九、あの気性の荒い猿や】

「猿?」

【昊天は、この世界の住人からサハを奪うなんて真似をした。せやったら、真っ先に警戒せなあかん相手は決まっとる。シャカの円環の番人や】

 ヒヨリは思わず首を傾げた。

「円環の……番人?それって何?」

 タマモは少し楽しそうに笑う気配を漂わせる。

【ちょうどええ機会や、説明したる。サハについては、もう知っとるやろ。記憶であり、人格であり、魂であり、心そのものや。ヒヨリ、おぬし、生きとった頃のサハは、どこから来た思う?ほんで、死んだあと、そのサハはどこへ行く思う?】

「えっ……」

 ヒヨリは頭をかきながら考え込む。

「そんなこと考えたこともなかった……もしかして、本当にどこかから来て、どこかへ帰っていくものなの?」

【その通りや。そのどこかこそが――シャカの円環や】

 姿こそ見えないものの、タマモがどこか愉快そうに笑っているのが声だけで伝わってくる。

【円環は、空間で説明できるような場所やあらへん。今は宇宙の果てにある思うとけば、それで十分や。あらゆる生命のサハは、肉体を失うたら円環へ還り、そこで一度、すべての記録を消される。ほんで、何も刻まれてへん新たなサハとなって、新しい命へ宿るんや。そして、その番人いうんは、円環の循環を管理し、サハに異常が起きへんよう見守っとる五人の管理者たちのことや】

「うわぁ……難しい……つまり、この天宮にはその番人がいるってこと?じゃあ昊天のやってることって……」

【ああ。あの猿こそ、この世界で真っ先に昊天へ反旗を翻した存在やったはずや】

 タマモの声音が少しだけ真面目になる。

【せやけど、牢へ閉じ込められとったところを見るに、この切り離された宇宙では、円環との繋がりも断たれてしもうたんやろう。本来やったら番人であるあやつは、もっと強かったはずや。せやけど、その何より大きな優位を失うてしもうた】

 その時遠くから腹の底まで響くような音が鳴り響き、天宮全体が激しく震えた。ヒヨリの足元の雲海まで大きく波打ち、身体がぐらりと揺れる。

「うわっ!?な、何!?」

【ふむ……凌霄宝殿の方角やあらへんな】

 タマモはすぐに状況を見極めたように呟く。

【誰かが先に中枢へ手ぇ出したんかもしれへん。ヒヨリ、その音のした方角へ向かうえ】

「うん!」

 ヒヨリは力強く頷き、駆け出そうとした――その瞬間だった。

 雲海の向こうから再び整然とした足音が響き、白い霧を割るようにして新たな天兵の一団が姿を現す。ヒヨリの姿を認めるや否や、一斉に武器を抜き放ち、瞬く間に彼を包囲した。

「侵入者を発見!」

「捕らえろ!」

 無機質な声が四方八方から重なり響く。

【ちっ……昊天の作った鉄くずども、ほんま鬱陶しいのう!一体どれだけ暇やったら、こないな数を作れるんや!】

 タマモのあきれたぼやきに、ヒヨリは思わず吹き出した。

「ははっ。でも、そのおかげで中枢を壊さなきゃいけない理由が、ますますよく分かったよ」

 少年は腰を落とし、まっすぐ天兵たちを見据える。その瞳にはもう迷いはない。

「さあ、来い!俺はこんなところで立ち止まるつもりなんてない!」


「――ッ!」

 ガキィン!

 刃と刃が激しく噛み合い、金属音が立て続けに響き渡る。火花が散り、二人の姿は残像を残すほどの速度で何度も交錯した。

 ドォォン!

 凄まじい斬撃が宮殿の屋根を一直線に切り裂く。まるで最初からそこに継ぎ目など存在しなかったかのように滑らかな断面を残し、切り離された屋根の一角が崩れ落ちた。

 舞い上がった瓦礫と土煙が視界を覆う。しかし、その煙すら次々と走る斬撃によって真っ二つに裂かれ、二人の姿が再び姿を現す。

 ガンッ!

 再び刀同士がぶつかり合い、火花が弾けた。

「どうした。俺を相手に、まさか本気を出す気はないのか?」

 薄緑が最小限の軌道でハルカの剣を受け流す。絶妙な角度で逸らされた一撃に、ハルカは大きく体勢を崩しかけたが、とっさに腰を落として踏ん張り、どうにか吹き飛ばされるのを防いだ。

 乱れた呼吸を整えながらも、少女は口元に笑みを浮かべる。

「それ、フクロのほうじゃない?」

 ハルカは剣を構え直し、楽しそうに首を傾げた。

審判(トライアル)は使わないの?私相手だから、手加減してくれてる?」

 フクロはわずかに眉をひそめる。

「……お前は、本当に命が惜しくないんだな」

「はぁ?何言ってるの?私、そんな簡単にフクロに殺されるほど弱くないよ!」

 ゴロォォン!

 空を裂くような轟きが鳴り響く。青緑色の雷がフクロの身体を駆け巡り、薄緑の刀身には幾筋もの雷蛇が絡みつくように這い始めた。放たれる圧力が一気に跳ね上がり、空気そのものが震える。

 それを見たハルカは、どこか嬉しそうに笑う。

「うん、それでこそフクロだ!」

「……フッ」

 フクロは自嘲するように鼻で笑った。

「俺も、お前たちと長く一緒にいすぎたらしい。考え方まで甘くなった。昔の俺は、加減なんて知らなかった」

「へえ?もしかしてフクロ、私に惚れちゃった?」

「……そうかもしれないな」

「えっ!?なになに、告白!?」

 ハルカは慌てて両手をぶんぶん振りながら一歩後ずさる。

「ちょ、ちょっと待って!フクロは確かにすっごく好みだけどさ!?でもあの人もあの人もあの人も超絶いい男だし!?一人なんて選べないっていうか、その……!」

【何を本気で悩んでるの、この痴女……】

 姿こそ見えないものの、アルテミスが今にも呆れ返った視線を向けているのが容易に想像できた。

 しかしフクロは、そんなやり取りにも微笑むことはなかった。絶望を押し殺したような眼差しでハルカを見つめ、小さく呟く。

「……だから危険なんだよ、ハルカ。俺には……お前と、あいつを消す以外に、この俺自身と向き合う方法が分からない」

 ハルカは何かを理解したように、ふっと肩の力を抜いて微笑んだ。

「……そっか。フクロが怖かったのは、それだったんだね」

 彼女はゆっくりと剣を構え直す。

「だったらなおさら――これは全部を懸けた勝負だ」

 フクロも静かに両手で刀を握り直した。切っ先をわずかに持ち上げ、肘を柔らかく曲げる。刀身を這う雷光は激しさを増し、獣が牙を剥くような威圧感を放つ。

 対するハルカも深く腰を落とし、一歩踏み込む。黄金の剣を背後へ引き、螺旋を描くように光が刀身へ集束していく。

 互いの視線がぶつかる。

 その一瞬だけ、世界から音が消えた。

「――審判(トライアル)

「――栄光(フェルスタンド)

 蒼き雷光と黄金の奔流が真正面から激突する。衝撃波が四方へ爆発し、周囲数里に建ち並んでいた宮殿群は紙細工のように吹き飛ばされ、跡形もなく瓦礫へと変わっていった。


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