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プロジェクト【サハ】  作者: 諸星佑月
【第三章】天を閉ざすは誰が為
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交わる刃と想い

 ハルカはヒヨリを連れて雲海の上を飛び続けた。やがて前方に巨大な門が姿を現す。白玉で築かれた壮麗な城門は雲の上にそびえ立ち、淡い金色の光を放っていた。門の上には南天門と記された額が掲げられている。

 周囲にはまだ天兵の姿は見当たらない。ハルカは門をくぐったところでひとまず着地し、ヒヨリを地面――いや、雲海の上へと降ろした。

「どう、ヒヨリ?昊天がどこにいるかわかる?」

 ヒヨリは目を閉じ、周囲へ意識を巡らせる。しかしすぐに眉をひそめて首を振った。

「……駄目だ。この辺り、どこもかしこも昊天のハタで満ちてる。多すぎて、居場所を判別できない……」

 ハルカは辺りを見回し、遠くにひときわ壮麗な宮殿を見つける。七色の光に包まれたその建物は、他を圧倒する威容を誇っていた。

「あそこ!あれだけ派手なんだから、きっと昊天の宮殿だよね!私はそっちへ行く!」

 そう言ってから、彼女はヒヨリへ向き直る。

「ヒヨリ、中枢の場所はまだわからないんでしょ?大丈夫?」

「ああ。さっきエンがなんかの桃園にあるって言ってたし、探せば見つかるはずだ。ハルカこそ気をつけて!」

「うん!ヒヨリもね!」

 短く言葉を交わすと、二人はそれぞれの目的地へ向かって駆け出した。


 複雑な紋様が刻まれた鉄棒と三尖両刃刀が激しくぶつかり合い、耳をつんざく金属音が凌霄宝殿に響き渡る。

 戦いの余波だけで石柱は砕け、壁には幾筋もの亀裂が走っていた。だが、そんな損傷など二人の目には映らない。互いの視線は、ただ目の前の相手だけを捉えていた。

 ガァンッ!

 残刻器(ざんこっき)同士が噛み合い、二人の顔が数センチという距離まで迫る。

「ほんっと聞き分けのねぇ奴だな……楊ゼン!」

「聞き分けがないのはあなたの方だ、孫ゴクウ」

 楊ゼンは冷え切った眼差しで言い放つ。

「すべてを陛下に委ねずして、あなたはどうやってあの宇宙の毒瘤――ドミネーターに勝つつもり?」

「そんなもん決まってんだろ!」

 孫ゴクウは足で三尖両刃刀を弾き飛ばし、その勢いで大きく距離を取る。手の中の残刻器(ざんこっき)を軽やかに何度も回転させた。

「俺が直々にぶっ飛ばしに行く!」

 楊ゼンは軽く後方宙返りを決めると、音もなく着地し、そのまま静かに構えを取り直した。

「……あなたが?」

 その声音には、露骨な失望が滲んでいた。

「今のあなたが、そんなことを口にする資格があるとでも?」

「……何だと?」

「認めるのがそんなに難しいか。宇宙が分断されるなど前代未聞だ。常識外れの出来事が起きても不思議ではない。ましてや――シャカの円環の番人であるあなたなら、なおさらだ」

 その言葉が終わると同時に――

 カキンッ!

 孫ゴクウの右腕と残刻器(ざんこっき)が、一瞬にして氷に包まれた。

「っ!?」

 反応する暇すら与えない。楊ゼンは一気に間合いを詰めると、三尖両刃刀の石突で孫ゴクウの腹部を鋭く打ち抜き、その勢いのまま身を翻して柄の反対側を頭部へ叩き込んだ。

 吹き飛ばされた孫ゴクウの身体は壁へ激突し、石壁を粉砕しながら瓦礫の中へと埋もれる。

 楊ゼンは淡々とその姿を見下ろし、小さく息を吐いた。

「……弱い」

 感情のこもらない声だった。

「宇宙が分断される前のあなたは、シャカの円環と繋がっていた頃のあなたは……今の十倍、百倍は強かった」

 彼女は瓦礫へ歩み寄ると、しゃがみ込み、孫ゴクウの顔を片手で乱暴につかみ上げ、無理やり自分のほうへ向かせる。

「だから言っただろう」

 氷のように冷たい碧眼が、真正面から孫ゴクウを射抜く。

「聞き分けがないのは、あなたのほうだ。このまま私の言うことを聞かないというなら、私は何度でもあなたを牢へ送り返す。宇宙が元に戻るその日まで――二度と日の光を拝ませはしない」

 その透き通るような冷たい容姿とは対照的に、楊ゼンの戦い方は苛烈そのものだった。

 あるいは、それほどまでに容赦がないのは――相手が孫ゴクウだからなのかもしれない。


 ハルカは凌霄宝殿を目指し、天宮の宮殿群を結ぶ回廊の上を低空飛行していた。周囲にはまだ人影一つもなく、緊張感とは裏腹に、彼女はあちこちへ視線を巡らせながら、まるで観光でもしているかのように目を輝かせている。

「うわぁ……!昊天の縄張りを褒めるのは癪だけど、すっごく綺麗だね……!」

 白玉で造られた橋、鮮やかな朱塗りの柱、黄金に輝く瓦屋根。そして、どこに根を張っているのかも分からないしなやかな柳の木々が、仙気をまとった雲間に静かに揺れている。

 ――天上の宮殿。

 その言葉だけでも十分幻想的だが、初めてこの場所を訪れた者なら、誰もがこの光景に目を奪われるに違いない。

「でも結局、なんで宮殿が雲の上に建ってるんだろ?アルテミス、知ってる?」

【楽しそうなところ悪いけど、今はそんなことを考えてる場合じゃないよ!ハルカ、敵だ!】

 その声と同時に、一本の矢が宮殿の陰から一直線にハルカの顔面目掛けて投げ放たれた。

「っと!」

 ハルカは空中で身体をひねって軽やかに回避し、体勢を立て直す。

 その瞬間にはすでに四方八方から無数の天兵が姿を現していた。屋根の上には弓を構えた兵まで並び、一斉に狙いを定めている。

「――サプレッション・ロック!」

 花弁のように展開された防御障壁が降り注ぐ矢をすべて受け止め、そのままハルカが身体ごと高速回転すると、障壁に弾き飛ばされた天兵たちが次々と宙を舞った。

 その衝撃でハルカはすぐに気付く。

 吹き飛ばした兵士たちは血を流すどころか、傷一つ負わない。剥がれ落ちた外装の下から覗いていたのは塗装された表皮と金属製の腕だった。

「わぁ!だからみんな同じ顔だったんだ!ロボットだったの!?」

【ポラリスはカラクリに長けているらしいからね……これだけ大量にいるとなると、中枢を壊さないと話にならないのも納得だよ……どうする、ハルカ?ヒヨリのほうもきっと同じ状況に遭ってるはずだよ?】

「ヒヨリなら大丈夫!あいつを信じよう!とにかく、まずはこいつらを全部片付ける!」

 一気に上空へ舞い上がると、両腕の砲口を眼下へ向ける。

「エンバーノヴァ!」

 無数の砲撃が降り注ぎ、天兵たちの装甲を次々と撃ち砕く。金属が砕け散る甲高い音が連続して響き、硝煙が辺りを覆った。やがて煙が晴れる頃には、包囲していた機巧兵たちはすべて地面に倒れ伏し、炉心の光も完全に消えていた。

 ハルカはゆっくりと着地し、動かなくなった天兵の一体をしゃがみ込んで覗き込む。

 胸部には、どの個体にも同じ構造の炉心が組み込まれていた。

「これって……フランやネモたちの擬似根印(ねしるし)と同じようなものなの、アルテミス?」

【原理はたぶん近いと思う。私もそこまで詳しいわけじゃないけど、ポラリスは大量生産を前提にしていたんでしょうね。だから、この天兵たちの炉心は遺産(ヘリテージ)のものよりずっと簡略化されてる】

 少し言葉を切り、アルテミスはしみじみと呟いた。

【……今思い返しても信じられないよ。目的はポラリスとはまったく違うとはいえ、ルーク・インヘリットも、ソロ・エターニティも……根印(ねしるし)無き者にして普通の人類が、あそこまで辿り着いたなんて】

 ハルカが再び歩き始めた、その時だった。

 向こうから足音が響く。反射的に視線を向けると、石柱の陰から姿を現したのは天兵ではなく、一人の少年だった。

「――あっ!フクロ!!」

 ハルカの表情がぱっと明るくなる。両手を大きく振りながら、嬉しそうに駆け寄っていく。

「なになに?わざわざ会いに来てくれたの?」

「……あれだけ騒いでいれば、誰だってお前が来たって分かる」

 ぶっきらぼうな返事にも、ハルカはまったく気にした様子がない。

「えへへ!でも、やっと会えたね!ヒヨリから、急に一人で昊天に降参したって聞いて、私もう何が何だか分からなくなっちゃってさ。でも元気そうでよかった!私――」

 キィン――

 白い閃光が走る。

 ハルカの足がぴたりと止まった。いつの間にか抜き放たれていた薄緑の切っ先が、彼女の喉元へ真っ直ぐ突きつけられていたのだ。

 二人の間の空気が、一瞬で凍りつく。

 ハルカは剣先を見つめ、困ったように笑った。

「……何も話してくれないまま、いきなりこれなんだね。正直、私だって傷つくんだよ?」

「男を見る目には自信があるじゃなかったか?その顔、さほど驚いてないな、もう気づいてるんじゃない?

「……記憶が戻った?」

 フクロは首を横へ振った。

「全部じゃないが、心当たりはある……結論から言えば、俺は、お前たちとはまるで違う」

「違う、か……奇遇だね。私もそう思ってた。あんたたちは、自分に何も持っていないことに悩んでいるのに、私は、自分が持っているものから離れて、ここに来た」

「……お前がそんなことを考えてたなんてな」

「驚いた?でもね、私は嬉しかったんだよ。ヒヨリやフクロに出会えて、一緒にいて。本当に一人だったら、きっと今でもあの貫通トンネルさえ見つけられなかったと思う」

「……そう」

 フクロは目を伏せ、息を吐いた。

「俺は逆だ。お前たちと出会ったことも、お前たちとここまで来ていることも……全部、取り返しのつかない間違いだったと思ってる」

 ハルカの笑みが、ゆっくりと消えていく。

「ここへ来るべきじゃなかったよ。特に、お前はな」

 フクロは一歩、彼女へ近づいた。

「どんな世界にも、そこなりの秩序と命があるよ。昊天はすべてを見据えた上で、この世界を最強の存在として守ろうとしている。ハルカ、お前はただの通りすがりの人だ。他人の世界に干渉する資格なんてない」

「……私は誰かの世界を変えたいから、ここまで来たんじゃない」

 ハルカは真っ直ぐに彼を見返す。

「ここまで一緒に来たみんなは、それぞれ自分の意思で進んでいる。私も私の目的のために、この道を進んできた。最初から何も変わってないよ。私はただ、やりたいことを、自分の意思でやりたいだけなんだ!」

「……そこが、お前の一番恐ろしいところだ。ブルーハー血族、遺産(ヘリテージ)、シュテンとイバラキ、源氏……今回もだ。お前にその気がなくても、お前は世界を変えてしまう。世界そのものを覆すことさえできる。その力は、根印(ねしるし)持つ者の異能力なんかより、よほど恐ろしい。ハルカ、お前は幸運だった。今までは全部、お前の望みどおりになった。でも、その幸運がいつまでも続くなんて思うな」

「それは幸運なんかじゃないよ、フクロ。ヒヨリも、アルテミスも、あんたがいなかったら……私はこんなところにいるはずがない」

 そう言って、彼女は右手を差し出した。

「こっちへ来い、フクロ。私たちが一緒なら、誰が相手でも、どんな困難でも、乗り越えられるよ」

 なのに、フクロの全身から黒い雷が弾けた。ハルカはとっさに後方へ跳び退く。

「……もう余計なことはするな、ハルカ。いつかお前も分かる。ここで立ち止まることこそ、お前たちにとって本当の幸せなんだ」

「私の幸せを、勝手に決めないで!」

 ハルカは鋭く言い返したが、すぐにふっと笑みを浮かべた。

「でもね……ありがとう。フクロは、フクロなりのやり方で私たちを守ろうとしてくれてるんでしょ?よかった。ヒヨリも私も、ちゃんとあんたの空っぽだった心の中まで届いてたんだね」

「………」

 フクロは何も答えない。

「まともな記憶がないから、あんたの行動もどこかつかめいないでしょう。でも、正直私から見て、今のあんたは、本当のあんたじゃない」

「……俺自身より、お前の方が俺を知ってるって言うのか?」

「うん!」

 ハルカは迷わず頷いた。

「私やヒヨリがあんたの心に入れたように、私の心の中にも、ちゃんとフクロがいるからね」

【アーマーアクセス:フレイ】

煌めく勝利の剣(レーヴァテイン)

 燃えるような黄金の剣がその手に現れる。ハルカは剣先を薄緑を払い、まっすぐフクロへ向けた。

「だから、勝負しよう!」

 凛とした声が、静まり返った宮殿へ響く。

「ルキウスだって言ってた。言葉よりも、身体でぶつかり合う方が、ずっと本音が伝わることもあるって。さあ、私が知ってるフクロが本当のあんたなのか――思いっきり語り合おう!」

 薄緑の刀身から溢れる黒い雷が、次第に青紫色へと染まり始める。

「……もし本当の俺がお前の期待を裏切る人だったとしても、謝るつもりはないぞ」

「男を見る目は、自信あるんだからね、フクロ。私と出会ってからのあんたこそが、本当のあんたなんだって、実力で証明してみせる!!」


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