表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プロジェクト【サハ】  作者: 諸星佑月
【第三章】天を閉ざすは誰が為
PR
87/101

集う者たち

「あれ以来……私は、一度も天宮へは戻っていない。幸い、ハクタクが私を軒轅国へ匿ってくれた」

 東華はハルカと並んで大きな岩へ腰掛ける。穏やかな風が白銀の髪を揺らし、彼女は無意識のように右目の下へ指を伸ばした。黒き竜の紋様をそっとなぞるその横顔には、長い年月を経ても消えない後悔と寂しさが滲んでいる。

「……ルキウスが生きていることだけは知っている。でも、その一件以来、ブリットンスと昊天との関係は悪化した。ルキウスもブリットンスの王によって騎士の任を解かれ、本部を去った。それ以来、この十数年……彼についての情報は、一つも耳に入ってこなかった」

「そっかぁ」

 ハルカは頬をぽりぽりと掻くと、気楽な笑顔を浮かべて東華の背中を軽く叩いた。

「でも安心しなって!あいつ、めちゃくちゃ元気だから。私なんか毎回怒鳴られてるし、声なんて超でっかいよ!」

 その言葉に東華は小さく笑みを浮かべた。嬉しいそうだが、その瞳にはすぐまた深い悲しみが宿る。

「……でも、私のせいで、彼はたくさんのものを失った。もし叶うなら、もう一度だけ会いたい。そして……私にできる限りのことをして、償いたい。けれど今の私には、彼に会わせる顔なんてない」

「何言ってるのよ!」

 ハルカは岩から飛び降りると、振り返って屈託なく笑った。

「ルキウスがどう思ってるかまでは知らないけどさ。東華に会えたら、絶対バカみたいに喜ぶと思うよ!ま、とりあえずルキウスの話を聞けただけでも収穫かな。まだ実感はあんまり――うっ!」

 勢いよく身体を動かした瞬間、体の奥で骨が軋むような嫌な音が鳴った。

「いっ……!」

 ハルカはその場でぴたりと固まり、顔を引きつらせる。

 東華は一瞬で表情を変えた。医師の顔になった彼女はすぐ立ち上がると、迷いなくハルカの身体へ手を伸ばし、全身を手際よく診察していく。数か所を軽く押しただけで、ハルカは思わず悲鳴を漏らした。

「いっ、痛い痛い痛い!」

「……肋骨が三か所に亀裂。右脛骨にも損傷。両腕の尺骨にもひび……それだけじゃない」

 淡い翠色のハタがハルカの身体を包み込みながら、東華はじろりと睨み上げた。

「筋肉の損傷は最近治療を受けた形跡がある。それだけが救いのようね……説明は?」

「えっと……その、ちょっと無茶をして……」

「説明を、詳しく」

 有無を言わせない口調だった。

 ハルカは観念したように頭を掻く。

「ごめん。昊天に真正面からケンカ売っちゃった」

「……」

「あいつ、あんな酷いことしたんだよ!?だって――」

「ナタを……殺したから、ね」

「えっ。もう知ってたの?」

「……もともと、軒轅国と天宮の連絡役は私でした。でも昊天と決別してからは天宮へ戻っていない。今、その役目を引き継いでいるのは、敖コウという()()の方だ」

 東華は治療の手を止めることなく続ける。

「彼は……もともとナタのパートナーで、長い付き合いだった。ナタがトランスグレッサーを庇い、昊天によって撃ち落とされたことも、彼から聞いた」

 ハルカの体へと優しい翠色のハタが染み渡っていく。だが、東華の表情だけは晴れなかった。

「……ハルカ。本当なら、ナタが見出したトランスグレッサーにそれだけの価値があるのなら、私も昊天をもう一度説得するために力を貸したでしょう。でも……駄目だ」

 彼女はハルカの手をぎゅっと握り締める。

「あなたはルキウスの家族だ……あなたまで失いたくない」

 ハルカは一度深く息を吸い、肩の力を抜いたまま笑った。

「東華、まずさ、ルキウスとちゃんと話もしないうちから、自分のせいであいつは何かを失った、なんて決めつけるのはやめようよ。今のルキウスが何を思ってるのか。昔と今、どっちが幸せなのか。それは本人しか分からないんだから。私のことを心配してくれてるのは、本当に嬉しいよ。でもさ――東華も分かってるでしょ?」

 彼女は東華の目を真っ直ぐ見つめる。

「一人が正しいと思うことが、誰かにとっても正しいとは限らないよ」

 その言葉に、東華は何も返せなかった。ただ静かに、握ったハルカの手へ力を込める。

「あと、敖コウってやつも全部知ってるわけじゃなさそうだね」

 ハルカはぱっと表情を明るくすると、今度は自分から東華の手を掴んだ。

「さ、東華!」

 勢いよく立ち上がり、そのまま前へ歩き出す。

「私の仲間を紹介するよ!」


「……どういうつもり?」

 ハクタクは鋭く問いかけた。

 双翼を広げ、木々の上空にハルカ然と浮かぶキュウキは、彼女の憎悪に満ちた視線を真正面から受けながらも、どこか愉快な様子だった。

「ずいぶん大人しくなったじゃないか、ハクタクちゃん。昔のおまえなら、俺の顔を見た瞬間に殴りかかってきてたぞ?」

「茶化すな。わざわざ僕の前に姿を現した以上、ろくでもないことなんでしょう」

 ハクタクは一歩も引かず、冷たい声で言い放つ。

「言いなさい。また何を企んでる」

「そんな警戒するなよ」

 キュウキは大きく伸びをし、欠伸でもするかのように翼を揺らした。

「今日はただ話しに来ただけだ……なあ、ハクタクちゃん。おまえは天宮と、あの昊天のことをどう思ってる?」

 その問いに、ハクタクはすぐには答えなかった。

 不用意な一言すら、この男の思う壺になる。そんなことは、長い付き合いの中で嫌というほど思い知らされていた。

「まあいいさ。こっちも、そろそろ動き出す頃合いだからな。そのことだけ伝えに来た」

「……動き出す?どういう意味?」

「ははっ、分かってるくせに。いやぁ、皮肉なもんだ。この軒轅国ってのは、もともと人と獣が共に生きるために造られた大結界だったろ?それが今じゃ、お互いすっかり距離を置いちまってる。昊天なんて、獣どもを厄介者扱いで、全然関わりたくないね」

 ハクタクは鋭く睨み返した。

「……あなたみたいに、人を喰らうことを楽しむ獣がいるからでしょう。少なくともあの男は、この世界の人を誰よりも守ろうとしている、これだけは確信がある」

「へぇ?」

 キュウキは口角を吊り上げる。

「ってことは、それ以外については別に擁護する気もないってわけだな、ハクタクちゃん」

「……」

 ハクタクは何も答えない。

 キュウキはゆっくりと彼女の周囲を旋回しながら、その反応を楽しむように目を細めた。

「おまえもずっと我慢してきたんじゃないのか?本当に天宮へ心酔してるんなら、俺なんかとこんな長話をしないだろ?」

「……どうして今なの。どうしてあなたまで昊天を狙うの?天宮がどうなろうと、ずっと軒轅国にいるあなたには関係ないでしょう」

「そのうち分かるさ」

 キュウキは意味深に笑った。大きく翼を畳み、その羽で全身をすっぽりと包み込む。

「逃がすか!」

 ハクタクが地面を強く踏み込む。大地が裂け、鋭い岩槍が何本も一斉に突き上がり、キュウキへ襲いかかった。

 だが、その一瞬早く。翼が風に溶けるように霧散し、岩槍は何もない空間を貫いただけだった。

「相変わらずだな」

 どこからともなく、キュウキの笑い声だけが森の中へ響く。

「ハクタクちゃんは、本当に考えてることが分かりやすい」

 その言葉を最後に、気配は完全に途絶えた。ハタも跡形もなく消え失せる。

「……ちっ」

 ハクタクは小さく舌打ちすると、追跡を諦めるようにゆっくりと拳を下ろした。静まり返った森には、風が木々を揺らす音だけが虚しく響いていた。


 ヒヨリは、ハルカたちが向かった方角をずっと見つめていた。

 先ほどまでは、あれほど凄まじいハタ同士の衝突が響いていたというのに、今では辺りは静まり返り、何の気配も感じられない。吹き抜ける風だけが草を揺らし、不気味なほどの静寂が続いていた。

「そないに心配やったら、様子を見に行ったらええやないか?」

 そう言いながらタマモが隣へ腰を下ろす。尻尾をゆったり揺らしながら、ヒヨリの横顔を覗き込んだ。

 少年は首を振る。

「ハルカが自分でやるって言ったんだ。だったら、きっと大丈夫だ」

「ふん……大した信頼やのう」

 タマモは頬を膨らませ、どこか拗ねたような声音で呟く。その言葉には、わずかに嫉妬の色さえ混じっていた。

 そんな彼女を見て、ヒヨリはふと思い出したように口を開く。

「そういえば、前から聞きたかったことがあるんだけど、師匠。どうして師匠は、俺とも神祇契約を結ばないの?」

「なんや、ヒヨリ。ようやく妾をずっと傍に置いておきとうなったんかえ?」

「いや……その言い方が変だろう。師匠には本当に何度も助けられてるからさ」

「ああもう、おぬしはほんまに色気いうもんが分かっておらへん。そこがええんやけど、同時によぉない」

 ため息をついてから、彼女はヒヨリの肩へ身体を預ける。

「まあ、それはさておき、神祇契約の話やけどな……単純に、妾はそない親切やあらへん。妾は自由気ままに生きるんが性に合うておる。呼ばれたらいつでも飛んで行くなんて、割に合わへんし、おぬしは残業代も払うてくれへんやろ?もちろん、おぬしのハタを受け取れるんは悪うない。せやけど、それだけで妾が何かを差し出すことはあらへん……いや、正確に言うなら、おぬしのすべては妾のもんや、いう前提でもない限り、妾は誰かのために尽くそうとは思わへんし、そうする理由も分からへん」

 ヒヨリは困ったように首を傾げた。

「そうなのかな……でも、師匠はもう十分いろんなことをしてくれてると思うよ。それって、もう俺のために頑張ってくれてるってことじゃないの?」

「違うえ」

 タマモは即座に言い切る。

「全部、妾自身の目的のためや」

「うーん……難しいな。でも、理由が何だったとしても、助けてもらったことには変わりないよ。たまにどう接したらいいか分からなくなる時もあるけど、本当に感謝してる。それは、本心だから」

 タマモの狐耳がぴくりと震え、耳元の鈴がちりん、と澄んだ音を鳴らした。

「……まったく。こんな時に、さらっと女の心を乱すようなこと言うて。まだ何一つ片付いてもおらへんいうのに。あの美人ちゃんのフクロがどうなったんかも分からへん。それに、おぬしも自分が何者なんか知ってしもうた……それでもなお、この先も別の世界へ行くつもりなんかえ?」

 その問いに、ヒヨリは珍しくすぐには答えられなかった。

 その時、大きな翼が風を切る音とともに、鳳凰――エンが二人の前へゆっくりと舞い降りる。彼の周囲には数え切れないほどの小鳥たちが付き従い、枝へ止まるものもいれば、臆することなくエンの肩へ留まるものまでいた。

「どうやら、一段落ついたようだな」

 エンが軽く手を上げると、森の両側から鳥たちが飛び立ってくる。やがて木々の向こうから、一方にはハクタク、もう一方にはハルカと東華の姿が現れた。

「ハルカ!」

 ヒヨリは勢いよく立ち上がる。

「東華様!ご無事で……って、ダッキ!?」

 ハクタクと東華は、平原の真ん中でくつろぐ九尾の狐を見つけるなり目を丸くした。一方のタマモはというと、まるで最初から知っていたかのように穏やかに微笑み、ひらひらと手を振るだけだった。

「ふぅ、助かった!この子たちが案内してくれなかったら、絶対迷ってたよ」

 ハルカは腰に手を当て、いつものように朗らかに笑う。

 その様子を見て、エンも静かに口元を緩めた。

「さて」

 一同を見渡しながら、ハルカはぱんっと手を叩く。

「せっかくだし、みんな改めて自己紹介しよう!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ