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プロジェクト【サハ】  作者: 諸星佑月
【第三章】天を閉ざすは誰が為
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魔剣使いと化錬使い

 紫微天宮の一角にある宮殿――そこはかつて、東華仙姫とハクタクが暮らしていた住まいでもあった。

 カラン――

 小さな針が床へ落ち、澄んだ金属音を響かせる。

 ハクタクは茶を載せた盆を手に、長年大切に手入れしてきた精密な医療器具を誤って落としてしまった東華を、悲しげな表情で見つめた。

「……東華様。しばらく、お休みになられたほうがよろしいのではありませんか」

 東華は金属製の針を拾い上げ、大小さまざまな刃物と共に整然と並ぶ箱へ戻した。

「もう長いこと使ってきた道具だから……急に触れないなんて無理よ。でも……自分に向いているのか分からなくなってしまったな。あの人と比べたら、私はやっぱり医者には向いていないのかもしれない……」

「そんなことありません!」

 ハクタクは勢いよく湯呑みを机へ置き、その音に東華は思わず肩を震わせた。

「僕の命は、東華様が凶獣の爪から救ってくださったものです!僕は一生、東華様を命の恩人として敬い続けます。それに僕だけではありません。東華様に救われた方々も、きっと皆、心から感謝しています!」

「……では、救えなかった人たちは?」

 ハクタクは言葉を詰まらせ、それでも歯を食いしばって言った。

「それだって東華様のせいではありません!助けられなかったからといって、あの愚かな奴らはすべて東華様の責任にして、暴言を吐き、果てには手まで上げました!あんな連中なんて――」

「ハクタク」

 自分の言葉が過ぎたことに気づき、ハクタクは俯いた。

「……申し訳ございません、東華様」

「ありがとう、ハクタク」

 東華は無理に笑みを浮かべた。

「少しだけ落ち込むが、私はこれからも、人を救うことを諦めないわ。以前、陛下にもブリットンスで力を貸すと約束したもの。あそこなら、もっと成長できるかもしれない。それじゃ、そろそろ凌霄宝殿へ向かうわ」

「……かしこまりました。いってらっしゃいませ」

 東華は住まいを後にし、一人で紫微天宮でもっとも壮麗な宮殿――昊天の居所である凌霄宝殿へ向かう。

 どこへ根を下ろしているのかも分からぬ枝垂れ柳が風に揺れ、同じ顔立ちをした兵士たちが彼女へ一斉に礼を送る。白玉造りの仙橋を幾つも渡ると、やがて壮麗な宮殿の正門へ辿り着いた。

 門番は軽く頷くだけで東華を中へ通す。

 昊天は特別なことでもない限り、凌霄宝殿へ多くの者を同席させることを好まない。だが、この日は東華より先に、一人の人物がそこにいた。

 暗紅の全身甲冑に身を包んだ、二メートル近い巨躯の騎士。

 角の生えた兜が特徴的で、顔は完全に覆われている。黒いマントを背にまとい、赤と黒を基調とした重厚な装いは圧倒的な威圧感を放っていた。無数の傷が刻まれた鎧は、幾多の戦場を潜り抜けてきた歴戦の証であり、その寡黙で冷徹な雰囲気は、一目でただ者ではないと感じさせる。

 東華はその人物が誰なのか知らなかった。気に留める素振りも見せず騎士の隣まで進むと、正面へ向かって一礼する。

「昊天陛下、お約束どおり参りました。ご命令をお聞かせください」

 重々しい帳の奥には、巨大な金身の黒い影が鎮座していた。

【よく来た、東華。以前話した、ブリットンスの王が君を協定騎士として迎えたいという件は覚えているな】

「もちろんです。この宇宙はいま、ドミネーターによって危機へ追い込まれています。私も微力ながら、お力添えいたします」

【その心意気があれば十分だ。あの王は、切り離された世界すべてを結束させようと考えている。しかし我には、それは容易なことではないと思える。それぞれの世界は事情があまりにも異なるからな】

「……はい」

【それでも、力は多いに越したことはない。君の隣にいるのが、ブリットンス最強と謳われる首席円卓騎士――ルキウス・クィントゥスだ。さて、遠い星から来た騎士よ、こちらは東華仙姫、我が直々に育て上げた自慢の弟子だ。もっとも、とっくに独り立ちしているがな】

 重装の騎士は無言のままマントを翻し、一礼する。

 東華も静かに頭を下げて応えた。

【今回の任務は、君たち二人で第五空間(フィフス)へ赴き、とあるトランスグレッサーを排除することだ。この宇宙はすでに十分混乱している。我もブリットンスの王も、これ以上の混乱は望まない。速やかに出発し、必ず無事に帰還せよ】

 二人は同時に拝命し、凌霄宝殿を後にした。

 宮殿の外へ出ても、しばらく二人の間に会話はなかった。東華は、この騎士は寡黙な性格なのだろうと思っていた。すると突然、暗紅の騎士が彼女へ向き直る。

「初めまして。赤い髪紐が、とても似合ってるよ」

 低く、よく響く男の声だった。

 あまりに唐突な一言に、東華は返事に困ってしまう。

「え……はぁ、ありがとう」

「ポラリスの考えは、おそらく迅速に任務を終えて戻れ、ということだろう。俺はいつでも出発できる。何か準備があるなら待とう」

 かと思えば、話題はすぐに任務のことへ戻る。

「私も特にないわ。今すぐ出発しましょう」

「分かった。……ところで、仙姫とはどういう意味だ?お前のことは何と呼べばいい?」

 またしても急に話題が変わる。一体どういう人なのだろう。

「……役職のような呼び名に過ぎないわ。東華、と呼んでいいよ」


 第五空間(フィフス)

 東華は切り立った崖の上に立ち、遠くに朽ち果てた死体らしきものを見つけると、思わず顔を曇らせた。

 見上げれば、空はどこまでも鮮血のように赤く染まり、枯れ果てた木々や干上がった川床が広がっている。空気には硝煙の臭いと鼻を突く異様な悪臭が漂い、まるで世界そのものが死を迎えたかのようだった。

 ブリットンスから事前にこの世界の惨状は聞いていた。しかし、実際に目にすると想像を遥かに超えている。

「見ての通りだ」

 背後からルキウスが口を開く。

「この世界は、長年戦争が続いていた。もともと戦火の絶えない土地だったが、最近は第六空間(シックス)から流れ着いたトランスグレッサーのせいで犠牲者がさらに増えている。それだけじゃない。これまで見たこともない疫病まで発生し、多くの命が奪われているらしい」

「……本当に酷いわね」

 東華は小さく息を吐いた。

「他世界の私たちが派遣されるほど切迫しているということね……停戦の可能性はないの?」

「何年も続いた種族戦争だ。そう簡単に手を取り合えるものじゃ――」

 言葉の途中で、ルキウスは突然東華へ向かって腕を振り下ろした。

 東華は避けようともしない。凝縮された鋭いハタの斬撃は彼女の身体をかすめ、そのまま背後へ飛んでいく。

「ギャアアッ!」

 異様な叫び声が響いた。

 振り返ると、見たこともない巨大なトカゲが斬撃を受け、地響きを立てながら倒れていた。全長は五メートルほどもあり、全身からは濃密なハタが漂っている。

「ほう……これは」

 ルキウスは興味深そうに近寄り、巨大な身体を眺め回した。

 ――残刻器(ざんこっき)すら使わず、素手で放ったハタだけでこれほどの敵を倒した。

 東華は心の中で感嘆する。さすがは全宇宙にその名を轟かせた王国ブリットンス、その首席円卓騎士と呼ばれるだけのことはある。

「……おそらく、これは精霊だわ。人類でも獣でもない生命体よ。私も詳しく知っているわけではないけれど」

「精霊だと?俺は精霊自体は珍しくないが、知っている奴とはずいぶん姿が違うな」

 東華は違う方角を指差した。

「あそこに集落の跡があるわ。誰か生き残っているなら、話を聞けるかもしれない。早くこの世界の情報をもっと集めないと」

「ああ。行こう」


 赤い空には昼も夜も存在しない。それでも不思議と視界は悪くなかった。

 二人が歩いて辿り着いたのは、小さな村だったと思われる場所だった。高い建物はなく、低い木造家屋ばかりが並んでいる。しかし、そのほとんどは半壊し、焼け焦げた跡や砕け散った瓦礫が至るところに転がっていた。

「こんな場所にまだ誰がいるのか」

 ルキウスが辺りを見回した、その時東華が足を止める。

 崩れた家屋の陰から、一人の少年がこちらを窺っていた。

「ようやく見つけたよ。おい、そこのガキ!」

 突然声を掛けられた少年は驚き、慌てて逃げ出そうとする。

「驚かせたでしょう」

 東華は呆れたように言った。

「生まれつきこうなんだ。俺を見て怖がらなかったガキなんていねぇよ」

 ルキウスは一瞬で少年との距離を詰め、その手首を掴んだ。

「離せ!何なんだよ、お前!勝手な真似をしたら、デロル様が絶対お前らを許さないからな!」

「少し聞きたいことがあるだけだ……ん?」

 そこでルキウスは違和感に気付く。少年の肌には鱗のようなものがびっしりと生え、体温も異常に高かった。

 東華はため息をつきながら近づく。

「放してあげて。このまま帰したら、村のみんなが余計に警戒してしまうでしょう」

 ルキウスは肩をすくめ、素直に手を放した。

 東華は少年の前にしゃがみ込み、穏やかに微笑む。

「ごめんね。私たちは、ここへ来たばかりなの。あなたは、この村の子?」

 優しく話しかけられて、落ち着いてきた少年は戸惑いながらも東華を見つめる。

「お、お前らのほうこそ……どの種族なんだ?シルフィ?ノーム?」

 東華はルキウスを見るが、彼も首を横に振った。

「どちらでもないわ。それらは何だ?」

「はぁ?そんなことも知らない奴なんて――」

「きゃあっ!誰か!助けて!」

 悲鳴が村中へ響き渡る。

 少年の表情が一変し、そのまま駆け出した。東華もすぐ後を追い、ルキウスも無言で続く。

 角を曲がると、赭色の髪を三つ編みにした少女がそこに立ってて、その肌にも少年と同じ鱗があり、どうやら彼女が助けを求めた。

 その足元では一人の青年が倒れている。全身の皮膚は黒赤く変色し、白い泡を吐きながら苦しげにもがいていた。

「兄さん!」

 少年が飛び出そうとした瞬間、東華が腕を掴む。

「全員、その場から動かないで!」

「離せ!兄さんしか家族がいないんだ!」

「その家族を本当に助けたいなら動かないで!」

 東華の鋭い一喝に、少年は涙を浮かべたまま立ち尽くした。

「ルキウス、この子をお願い」

 そう言うと東華は青年の傍らへ駆け寄って、膝をつき、首を抱き起こす。

 左手の指先で身体の数か所を素早く押さえると、翡翠色の光輪が広がり、柔らかなハタが二人を包み込んだ。

「……ぐっ、ごほっ!」

 青年は激しく咳き込み、黒い血を吐いた。

 東華はすぐに彼を寝かせ、鼻を押さえ、顎を支えると、一切の迷いなく口づけるように人工呼吸を行った。自分の口で、青年の口に残っている血を吸って吐き出す。心臓の鼓動を確認しながら、青年の呼吸が正常に出来るように緊急処置を取っている。

 その迷いのない手際を見つめながら、ルキウスも感心する。

 ――宇宙でも名高いモニター、ポラリスが自ら育てた弟子か。この化錬使い、伊達じゃないな。

 やがて青年はゆっくりと目を開いた。全身の黒赤い鬱血は残っているものの、意識ははっきりしている。

「……うっ、きみは……」

「私は医者……ドクターだ。ひとまず命に別状はないよ、安心して」

「兄さん……!」

 青年は弟へ微笑みかける。

「ああ……危うく、きみに会えなくなるところだった」

「まだ近づいてはいけない」

 東華はこの兄弟を制した。

「病の原因が完全に分かるまで、患者とむやみに接触しない方がいいわ」

 その横でルキウスは、さっきの少女へ視線を向けた。

「そこの娘、俺たちはここの事情を何一つ知らないんだ。何が起きているのか、教えてくれるか」

「あっ……うん」

 少女は少し迷った末、小さく頷いた。


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