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プロジェクト【サハ】  作者: 諸星佑月
【第三章】天を閉ざすは誰が為

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ニュークリアス

裂炎(クラック)

 少年の全身を、眩い黄金の炎が一気に包み込んだ。凄まじい熱量に周囲の空気は揺らぎ、近くの枝に止まっていた鳥たちは驚いたように一斉に飛び立ち、慌てて距離を取る。

「ヘルロア!」

 両手へ集束した炎は巨大な獣の頭部を形作り、大きく口を開いたまま一直線に鳳凰へ襲いかかった。

涅槃(ニルヴァーナ)

 鳳凰も袖を払う。その動きに呼応するように濃紅の業火が渦を巻き、巨大な火炎竜巻となって真正面から激突した。

 黄金と深紅、二色の炎は平原全体を飲み込み、熱波が四方へ吹き荒れる。

 タマモは即座に鏡を一枚呼び出し、自分とアルテミスの前へ展開した。結界のように広がった鏡面が、押し寄せる衝撃波を辛うじて受け止める。

 燃え盛る炎の壁で視界が閉ざされ、炎を切り裂くようにヒヨリの姿が飛び出す。

 鳳凰自身の炎すら強引に突破し、その拳が目と鼻の先まで迫った。

「フレイムバースト!」

 拳から砲撃のような炎が噴き出す。

 鳳凰は寸前で身を翻して直撃を避けたが、その余波だけで背後の森は一直線に焼き払われ、木々は灰となって崩れ落ちた。

 間髪入れずヒヨリの膝蹴りが腹部へめり込み、そこから拳、肘、掌が目にも止まらぬ速度で打ち交わされる。受け流されても止まることなく、死角へ潜り込み、横薙ぎの蹴りで鳳凰を大きく吹き飛ばした。

 だが、鳳凰は楽しげに口角を吊り上げる。

「燎原火」

 片手を地面へ叩きつけた途端、ヒヨリの足元から無数の炎柱が噴き上がった。逃げ場もなく、少年の姿は瞬く間に炎へ呑み込まれる。

「戦い方が少々甘いぞ、小僧」

 そう言いかけた鳳凰は、ふと空を覆う巨大な影に気付き、反射的に顔を上げた。そこには、隕石のような巨大な火球群がいくつも降り注いでいた。

 大地が激しく揺れる。

 炎と爆煙が入り乱れ、どちらの火焔なのか判別もつかない。ようやく煙が薄れると、ヒヨリも鳳凰も全身に火傷を負いながら立っていた。

 しかし、それでも互いに決定打はない。ヒヨリは一歩踏み込み、そのまま再び突撃する。

 鳳凰も両拳へ深紅の炎を宿し、真正面から迎え撃った。拳と拳が激突し、衝撃で地面が砕け散る。

「ははっ、悪くないぞ、トランスグレッサー。だが、それがオマエの全力なら……あの娘は諦めてもらおう!」

 次の瞬間、鳳凰の全身を深紅の炎が包み込んだ。

 生き物のように蠢く炎は鋭い鳴き声を上げながら天へ立ち昇り、巨大な瑞鳥の幻影となってヒヨリへ襲いかかる。

「ピーッ!!」

 灼熱の奔流がヒヨリを呑み込んだ。肌は焼け裂け、鮮血が飛び散る。

「ヒヨリ!」

 アルテミスが思わず叫ぶ。タマモも苦々しげに呟く。

「……あやつめ、そこまで本気になることあらへんやろ……。いくらなんでも、ヒヨリ相手に全力を出すもんやない」

 ヒヨリは何度も地面を転がりながらようやく勢いを殺し、焼け野原となった大地へ片手を突き立てて立ち上がる。

 その姿を見つめていた鳳凰は、思わず目を細めた。

 少年の身に先ほど負わせた火傷が、目に見える速さで癒えていく。

「……面白い体質だ。生まれつきの何らかの加護か。ならば、もう少し楽しませてもらおう」

 ヒヨリは答えず、再び駆け出した。

「また真正面か。甘い――」

 そう鼻で笑った時に、鳳凰は足元に違和感を覚える。

 いつの間にか、両脚が厚い氷に拘束されていた。

清淼(スピンドリフト)

 鳳凰は、ヒヨリの手に集うハタに寒気を覚えたのか、それとも少年から放たれる剥き出しの闘志に圧倒されたのか、自分へ向かって迫る凍てつく気配が、急速に膨れ上がっていくのを感じていた。

「寒天――」

 ヒヨリの右腕を覆うように無数の巨大な氷柱が生え広がり、鋭い氷刃を纏ったまま螺旋を描いて鳳凰へ突き進む。

「――円舞!」

 甲高い破砕音が響き渡る。

 つい先ほどまで灼熱に焼かれていた空気は、一瞬で極寒の冷気に塗り替えられた。少年の前方には、人の背丈を遥かに超える氷柱が幾重にも林立し、青々とした草木の中で異様な輝きを放つ。

 だが、深紅の炎が勢いよく燃え上がり、氷柱は端から溶け崩れていく。水滴となった氷は土へ染み込んで消えたが、その向こうには、もう鳳凰の姿はなかった。

「珍しいな、トランスグレッサー」

 頭上から声が降ってくる。

 ヒヨリが顔を上げると、鳳凰は悠々と空中へ浮かび、彼を見下ろしていた。

「複数の異能力を持つ者か……昊天のジジイ以外では、初めてこの目で見たぞ」

 ヒヨリは悔しげに奥歯を噛み締めながら、その姿を睨み返す。

「おい!」

 タマモが空へ向かって叫んだ。

「本気でやるつもりかえ?これ以上暴れれば、おぬしの縄張りごと吹き飛んでしまうえ」

「条件は最初から言ってある。オレを倒すことだ。娘を救う気はなくなったのか、小僧」

「……救うに決まってる!」

「なら来い。空へ逃げたオレを、どうやって地上へ引きずり下ろす?」

「ヒヨリ!」

 アルテミスが声を張り上げる。

「私を使って!遺産(ヘリテージ)のような装甲なら飛べるよ!」

 しかしヒヨリは振り返らなかった。

「大丈夫だ、アルテミス。俺がハルカを救うから、俺のやり方で勝つ」

「はっ、その覚悟は嫌いじゃない」

 鳳凰は両腕を大きく広げる。

「オレもオレの民まで巻き込みたくはない。次の一撃で終わらせよう。この攻撃を受け止め、その上でオレを地へ引き戻せたなら、オマエの勝ちと認めてやる」

 ヒヨリは静かに息を吐き、まっすぐ見据えた。

「……全力で倒せと言ったのは、そっちだろ」

「何?」

「手加減なんていらない。俺はお前を地面へ引きずり落とす。それだけじゃない。完全に勝ってみせる」

「ヒヨリ!何を煽っておるんや!あやつはそない生易しい相手やあらへん――」

「……いい度胸だ」

 鳳凰の全身から怒りの炎が噴き上がる。灼熱の炎は空を真紅に染め、天地を焼き尽くさんばかりの熱を放った。

「気が変わった。その無礼、まずはその身で償え!」

 ヒヨリは腰を落とし、迎え撃つ構えを取る。

 やがて巨大な炎の翼が天を覆い尽くした。

 人の姿は炎の中へ溶けるように消え去り、その代わりに現れたのは七色の羽を持つ巨大な神鳥だった。長く優雅な尾羽を翻し、その周囲を無数の火の粉が王の衛兵のように舞い踊る。

 百鳥の王は、そのまま灼熱の流星となってヒヨリへ急降下した。

 ヒヨリは静かに息を吐く。その足元から、淡い蒼色の水流が輪を描くように渦を巻き始めた。

 タマモは本来、その意図が読めなかった。しかしヒヨリの周囲だけを覆う異様な冷気を感じ取った瞬間、その狙いに気付く。

 鳳凰が冷気の領域へ飛び込むと、明らかに速度が落ち始めた。

 飛べば飛ぶほど翼や身体には氷晶が張り付き、勢いは目に見えて削がれていく。

 十分に減速した、その一瞬。

 ヒヨリは炎を纏った拳を迷いなく振り抜いた。

 紅と蒼。炎と氷。極熱と極寒。相反する二つの力は巨大な奔流となり、火花と氷片を撒き散らしながら天へ向かって解き放たれた。

 紅蒼二色の渦は鳳凰へ真正面から激突し、そのまま空を貫いて厚い雲を吹き飛ばした。

 巨大な神鳥の姿は霧散し、鳳凰は人の姿へ戻ったまま、さらに高空へ弾き飛ばされる。

 その表情には驚愕が浮かんでいた。

 戦術は見事だった。だが、それだけではまだ自分を地面へ落とすには至らない。

「悪いな、鳥の王様」

 突然、背後から聞き慣れない男の声が響く。

 鳳凰が振り向く暇もなく、ドンッと強烈な拳が背中へ突き刺さり、そのまま地面へ一直線に叩き落とされた。

 鳥たちが一斉に悲鳴を上げて飛び立つ。

 土煙の中、身体を起こした鳳凰の前へ、巨大な翼を広げたキュウキがゆっくりと降り立った。蛍色の短髪を揺らしながら、楽しげに笑う。

「そんな睨むなって。ヒヨリは反則なんかしてねぇよ。式神も契約者自身の力のうちだろ?」

「オマエ……キュウキめ……!」

 言い終えるより早く、大きな影が覆いかぶさった。

 ヒヨリだった。

 鳳凰の肩を片手で押さえ込み、もう一方の拳を静かに構えたまま見下ろしている。その拳は今にも振り下ろせる距離にありながら、彼は懸命に力を抑え込んでいるようだった。

 キュウキは他人事のように口笛を吹く。

「……悪い。結果的には助けを借りる形になっちまった。でも、俺はどうしてもハルカを助ける」

 百鳥の王が、他者に見下ろされる。それは生まれて初めての屈辱だった。

「……なぜだ」

 鳳凰はなおも納得できない。

「複数異能力を持つ者の根印(ねしるし)は、負荷も倍増する。それなのに、なぜそこまで膨大なハタを操れる?昊天ですら、オマエほど二つの能力を自在には扱えん!まして、この出力……!オレは数え切れぬほどの根印(ねしるし)持つ者を見てきた。だが、オマエほど異常な存在は一人としていない!キュウキが式神だったことには別の話だが、オマエ自身は明らかに普通ではない!一体何者だ!」

 ヒヨリは拳を下ろさないまま答えた。

「……負けを認めないのか」

「答えろ!納得できる答えを聞かせろ!そうすれば負けを認める!」

 少年は苦く笑った。

「……それを知りたいのは、俺の方なんだ。自分が何者なのか分からない。だから、こうして世界を渡って答えを探してる」

 鳳凰は鼻で笑い、今度はタマモへ鋭い視線を向ける。

「そんな話、他人なら騙せてもオレは騙せん。ダッキ、オマエは知っているだろう。この小僧の正体を知っているからこそ、そこまで執着して守っているんじゃないのか」

 その言葉に、ヒヨリもタマモを見つめた。

「……師匠?」

 九尾の狐は、心底嫌そうに眉をひそめる。

「師匠……本当にもう知ってるのか?」

 返事はない。

「師匠!お願いだ!知っているなら教えてくれ!」

 ヒヨリは鳳凰から離れ、タマモの前まで駆け寄った。

「俺はずっと知りたかった!しかも今はハルカの命まで懸かってるんだ!お願いだ!」

「……」

「師匠!頼む!!」

 タマモは鳳凰を見て、続いてキュウキへ視線を移し、深々とため息をつく。

「……ちっ。ほんまに気に食わへん。妾だけの秘密にしておきたかったんやけどのう」

 諦めたように肩を落とし、やがて口を開いた。

「よう聞き。ヒヨリの正体は、ソルス中の誰もが喉から手が出るほど欲しがる至宝――三大聖物のうちの一つ。宇宙のいずれかに気まぐれに生まれ落ちる、無尽蔵のハタそのものが結晶となった存在――」

「――ニュークリアスや」


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