表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プロジェクト【サハ】  作者: 諸星佑月
【第三章】天を閉ざすは誰が為

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
75/77

絶望な砕け音

「あいつ……!アルテミスまでどうして止めなかったんだ……!」

 フクロは焦燥に駆られた表情で、単身昊天へ向かって飛び出していったハルカの姿を見上げる。さっき必死に腕を掴んで止めようとしたというのに、一瞬の隙を突かれて振り切られてしまった。

 ヒヨリもまた、震える声を漏らす。

「……俺も行く。あいつ……本当にナタを……!」

 飛び出そうとしたその瞬間、腕がまたも掴まれた。驚いて振り返ると、そこにはタマモが立っている。普段の妖艶な笑みはどこにもなく、その瞳だけが冷たく鋭くヒヨリを射抜いていた。

「やめておくれやす、ヒヨリ」

 低く、決して逆らわせぬ声だった。

「妾は、おぬしを行かせはせぬえ。今行ったところで……犬死にするだけじゃ」


【アーマーアクセス:フレイ】

煌めく勝利の剣(レーヴァテイン)!】

栄光(フェルスタンド)――!」

 黄金の光が装甲を包み込み、一振りの一振りの聖剣へと姿を変える。

 ハルカは一気に昊天の眼前まで駆け上がった。両手に収束した黄金の光が剣身をさらに輝かせる。

「――ドラゴンハウリングッ!」

 裂帛の気迫とともに、全力の一撃が振り下ろされた。

 ――ゴォォォンッ!!

 天地を震わせる鐘のような轟音が響き渡る。

 しかし、黄金の巨体に刻まれたのは、かすかに光を乱す程度の浅い傷だけだった。

【軽い。あまりにも軽いな……。わざわざ死にに来たのか、トランスグレッサー】

「勝手に言ってろ!」

 ハルカは歯を食いしばり、真正面から怒鳴り返す。

「あんたをぶっ飛ばすまで、私は止まる気はない!」

【よく吠えるな。この世界をどう治めるかは、我の問題だ。貴様らには関係あるまい】

「関係あるかどうかは、私が決める!」

 わずかな沈黙の後、昊天の巨大な金身から低く響く声が落ちてきた。

【……愚かな根印(ねしるし)無き者め】

 次の瞬間、天より純白の雷霆が一直線に落ちる。

「っ!」

 ハルカは咄嗟に金身を蹴って後方へ跳び退き、大剣を解除して遺産(ヘリテージ)の飛行装甲へと切り替える。白雷はすぐに軌道を変え、彼女を執拗に追跡した。

【逃がさん】

 左右から巨大な岩塊が迫る。

 ハルカは身体をひねって辛うじて下へ潜り抜けるが、二つの岩は空中で激突し、砕け散る。その直後、大地から天を貫くほどの蔓が一斉に伸び、彼女の足首へ絡みついた。

「くっ!」

 左腕の砲門が火を噴き、蔓を撃ち砕く。

 だが一本を断った次の瞬間には、無数の蔓が四方八方から押し寄せ、空そのものを檻へと変えていく。逃げ道は、一つ残らず塞がれていた。


「ハルカ!」

 ヒヨリは再び飛び出そうとする。しかしタマモの手は微動だにしない。

「師匠!離してくれ!」

「……いや」

 その時、不意にフクロが口を開いた。

「タマモ、そのままでいい」

「……は?」

 ヒヨリは信じられないというようにフクロを振り返る。

「何言ってるんだよ!」

 だがフクロは彼を見ようともせず、ただタマモへ問いかけた。

「……お前なら、逃げる方法があるんだろ」

「ええ、無論」


 煌めく勝利の剣(レーヴァテイン)が黄金の軌跡を描き、一閃。

 迫り来る蔓は一瞬で断ち切られ、空へ舞い散った。だが、アルテミスは同時に一種類の残刻器(ざんこっき)しか顕現できない。飛行能力を持つ装甲を解除した今、ハルカの身体は重力に従い、そのまま落下を始める。

「ちっ……アルテミス、続け――」

【上だ!ハルカ、上ッ!!】

 アルテミスの悲鳴にも似た叫び。

 ハルカが反射的に顔を上げた瞬間、紺紫の瞳いっぱいに純白の閃光が映り込んだ。

 ――ドンッ!!

 雷が、彼女の身体を真正面から貫いた。

 誰の目にも、それははっきりと映っていた。

 ハルカは最後に残った力だけで煌めく勝利の剣(レーヴァテイン)を手放す。投げ出された剣だけは雷撃の直撃圏から弾き飛ばされる。

 その代わりに、何も持たない少女自身の肉体が、滅びにも等しい一撃を受け止めた。ツインテールを揺らす少女の身体は純白の雷光に完全に呑み込まれ、黒煙を上げながら空中へ弾き飛ばされる。

 防御も、回避も、生存の余地さえ存在しない。

 その姿は流星のように左手の山肌へ激突し、そのまま力なく地上へと落ちていった。

 フクロもヒヨリも、あまりに現実離れした光景を前に、その場で完全に思考を止めていた。脳がようやく状況を理解した時には、もう遅かった。

 根印無き者が、あれほどの雷撃を受けて生きていられるはずがない。

「――――――ハルカッ!!!!!」

 ヒヨリの絶叫が、山々へ木霊する。

 その叫びに応えるものは何もなく、ただ静寂だけが訪れる。


 ――カラン。

 ハルカの胸元で揺れていた黄金のペンダントが、小さく乾いた音を立てて砕け散った。


 アルテミスが変化した剣は遥か彼方へ弾き飛ばされ、甲高い金属音を響かせながら地面へ深々と突き刺さった。

 天空に浮かぶ巨大な金身から、大量の白煙が噴き上がる。

【……そこまで堕ちたか、ナタ。かくも脆く、かくも容易く死に絶える蟻のような存在のために、貴様は命を投げ出したというのか。その程度の者が、ドミネーターに挑めるとでも思ったか】

 ――ピカッ!!

 漆黒の雷光が大地から天を貫くように立ち昇り、幾重もの雲を突き破る。巨大な金身はゆっくりと向きを変え、その黒き雷の発生源へ視線を向けた。

 そこに立っていたのは、一人の少年だった。

 黒髪に赤い瞳。静かに天を見上げるその姿には、恐怖も焦りも見えない。

【貴様も死にに来たか、トランスグレッサー】

「……いや。俺は降伏しに来た」

【……ほう】

「もともと、ここであいつらと別れるつもりだった。もうブリットンズから逃げ続ける気もない」

 金身から再び白煙が噴き出す。

【聞き分けは悪くない……だが、トランスグレッサーは三人いたはずだ。残る一人を逃がすための時間稼ぎではあるまいな】

「好きに探せばいい。もう一人なら、とっくに逃げた。ナタが戻る前にな」

 昊天は長い間沈黙し、まるで世界そのものを探査するかのように微動だにしなかった。やがて低い声が響く。

【……確かに、半径百里以内に、この世界に属さぬハタの反応は存在しない】

 その瞬間、フクロの足元が激しく震えた。立っていた地面そのものが巨大な岩盤となって宙へ浮かび上がり、彼の身体を乗せたままゆっくり天空へ昇っていく。

【ならば、貴様というトランスグレッサーは我が直々に連行しよう】

「……好きにしろ」

 フクロは一切抵抗しなかった。ただ一度だけ、ハルカが落ちていった山の方角へ目を向ける。それだけだった。

 やがて巨大な金身は雲海の奥へと姿を沈め、フクロを乗せた岩塊ごと空の彼方へ消えていった。


 アルテミスがハルカのもとへ辿り着いた時、そこにあったのはあまりにも無惨な光景だった。

 折れた木々が身体に覆い被さり、泥にまみれた少女はぴくりとも動かない。目は閉ざされ、鼓動も呼吸も感じられなかった。

「ハルカ……!ハルカっ!」

 紫髪の少女は慌てて地面へ膝をつき、その身体を抱き起こす。

「いや……そんな……嘘……どうして……!」

 その刹那、彼女の前に一枚の鏡が何の前触れもなく現れた。アルテミスは思わず身構えるが、鏡の中から現れたのはヒヨリとタマモだった。タマモが袖を軽く払うと、鏡は水面のように揺らぎ、そのまま跡形もなく消え去る。

「ハルカ!」

 ヒヨリは駆け寄り、彼女の傍らへ崩れるように膝をついた。

「そんなはずない……あり得ない!ハルカが……ハルカがこんなところで死ぬわけない!お前は……こんな場所で終わる奴じゃない……!」

 アルテミスの瞳から大粒の涙が次々と零れ落ち、ハルカの頬へ静かに落ちていく。いつも無鉄砲で、放っておけば何をしでかすか分からず、気付けば心配ばかりしていた少女が、どうしてこんな姿にならなければならないのか。

「……落ち着きや」

 二人が顔を上げると、タマモはハルカを見下ろしたまま静かに言った。

「よう見てみい。あやつの周りを流れておるハタが、どこぞおかしいえ」

 アルテミスは慌てて観察を始める。確かに見たこともないハタがハルカの全身を包み込み、絶えず循環していた。干渉を試みても、まるで見えない壁に阻まれたように一切届かない。

 さらに胸元へ視線を落とすと、金のペンダントは半分だけ砕けていた。

「……これは……このハタ……外部からの干渉を全部遮断している……?」

「その通りじゃ。ハルカ自身の有様さえ、外からは認識できぬほどになっておる。あくまで妾の推測にすぎぬが、このハタの障壁が雷撃を受ける寸前にあやつを包み込み、命だけは守ったのじゃろう……とはいえ、受けた衝撃は凄まじい。このまま治療せねば、結局は助からぬ」

「師匠……!」

 ヒヨリは怒りを抑えきれず拳を握る。

「どうして止めたんだ!ハルカはもう少しで死ぬところだったんだぞ!」

「妾が止めんかったら、今よりなお酷い有様になっておったえ。幸い、あやつはまだ命を落としてはおらぬ。おぬしまで飛び出しておったら、それこそ目も当てられぬことになっておったとは思わんのかえ?ナタちゃんは命まで懸けて、おぬしらを逃がしたんじゃ。それを無駄にするつもりかえ」

 ヒヨリは何も言い返せなかった。

「待って……!ヒヨリもタマモも落ち着いて!あっ、フクロは?フクロはどこなの?」

「……あいつ、自分から昊天について行った」

「えっ!?それじゃブリットンスに……!」

「……あいつは言ってた。もう俺たちと一緒に行く必要はないって。ここから先は、自分の問題だからって」

 三人の間に重苦しい沈黙が落ちた。ナタは命を落とし、ハルカは瀕死、フクロもまた姿を消した。あまりにも最悪の状況だった。ヒヨリは強く目を閉じ、自らの無力さを噛み締める。

「おいおい、何やってんだよ、おまえら」

 その時、不意に背後から聞き慣れない男の声が響く。三人は一斉に振り返った。突風が吹き抜け、草木を大きく揺らす。

 そこに立っていたのは、遊牧民を思わせる装束の若い男だった。蛍光にも見える緑の短髪、人ならざる瞳、頭には曲がっている牛の角、そして背には濃い茶色の翼。耳をほじりながら、呆れたような顔でこちらを眺めている。

「ようやく姿を見せたかえ。二日も妾らの後をつけて、一体何が目的どす」

 タマモが一歩前へ出ると、男は肩をすくめて笑った。

「ははっ。俺が自意識過剰なのか、それとも噂のダッキ様が忘れっぽいのか」

 言い終わるより早く男の姿は消え、次の瞬間にはタマモの背後を抜けてヒヨリの目の前へ現れていた。

「おまえさぁ!」

 拳でヒヨリの胸を軽く叩き、呆れたように言う。

「あんな上物を昊天なんぞに持っていかれるとか、本気で馬鹿なのか?」

「えっ……フクロのことか?」

「へぇ。あいつフクロって名前なのか」

「おい」

 タマモの殺気は、ヒヨリにまで肌で感じ取れるほどだった。さすがの見知らぬ男も空気を察したのか、肩をすくめながら数歩だけ後ろへ下がる。

「まあええ。ここまで来たら、もう隠れ続ける意味もないか。俺はキュウキだ。どうだ、ダッキ。覚えはあるか?」

「……キュウキ?おぬし、あのコントンの傍におったキュウキかえ」

「え?誰なんだ、師匠?」

 ヒヨリが首を傾げると、タマモはしばらく口を閉ざしたまま答えない。

「師匠?はははっ!」

 キュウキは腹を抱えて笑い出した。

「ダッキ、おまえはいったい何をやってるんだ。まさかおまえ、自分が獣だってことすら、この坊主には話してないんだろ?」

「妾が妾の男にどう接しようと、おぬしには関わりのないことどす」

 タマモはにこりと微笑む。しかし、その笑みの奥には鋭い刃のような冷たさが潜んでいた。

「……獣?」

 ヒヨリは戸惑いを隠せず、二人を見比べる。

「はぁ……まったく、よりにもよって、こんな時分に説明する羽目になるとはのう。ヒヨリよ、根印(ねしるし)を持つ命あるものは、人類だけやあらへん――そのくらいは知っておるじゃろ?」

「あ……はい」

「この宇宙には、人類以外にも、ようけおるんどすえ。妾のようなもんは獣と呼ばれておるのじゃ。獣は生まれつき人よりはるかに多くのハタを持っておって、力をさらに増すために、人を喰ろう者もようけおる。……いや、正しくは、人を喰ろうたりせぬ獣のほうが、よっぽど珍しいと言うべきじゃろな」

「だってよ、もともと獣の食い物は人類だったんだからな!」

 キュウキは愉快そうに笑って肩をすくめる。

「今じゃ、変な草食主義者が多くなっているけど」

 ヒヨリはゆっくりキュウキを見据えた。

「……つまり、お前は、フクロを喰うつもりだったのか」

「お、察しがいい。だって、あんな血生臭いハタは何年生きても初めて見た。狩らない理由なんてないだろ?まさか昊天に先を越されるとは思わなかったが。おまえのハタは相当だが……俺は好き嫌いが激しくてね。まあ、ダッキの獲物みたいだし、横取りつもりはないよ」

 タマモは何かをまだ心配しているようで、今度はキュウキに問い掛けた。

「キュウキ、一つ聞かせてもらうえ。おぬしが本当にあのキュウキなら、軒轅国の在り処くらい知っておるはずじゃ。妾らをそこまで連れて行ってはくれへんかえ」

「えっ……軒轅国へ!?」

 アルテミスは目を丸くして声を上げる。

「そこって、獣ばかりが住んでいるっていう噂の国だね?今のハルカの状態で行くなんて、危険すぎる……!」

「妾が先ほど昊天の感知を欺いた術は、本来、人を隠すためのもんやあらへん。身を潜められるんも、ほんのひと時だけどす。このままやと、遅かれ早かれ昊天に見つかってしまうえ」

 キュウキは眉をひょいと上げ、腕を組んで考え込む。

「……まあ、それもそうだな。あれだけ昊天を怒らせちまったんだ。おまえらが身を隠せる場所なんて、軒轅国くらいしかねぇか。……だが、俺もただで他人を助けるような親切な奴じゃない。案内してほしいなら、何をくれる?」

 タマモは言葉を失い、アルテミスは気を失ったハルカを強く抱き寄せる。誰も答えられず、その場は再び重苦しい沈黙に包まれた。

 最初にタマモに情報を求めた時も、やはり何かを交換しなければならなかった。どうやら獣はみなこういう感じらしい。

「……今は、俺たちからあげられるものないかもしれんが、これからはあるかも……」

「わるいが、つけないてほしいな。どれどれ……」

 キュウキの視線が一人ひとりを順に見渡し、やがてヒヨリの右手の甲で止まる。そこに刻まれた五芒星の紋様を見た瞬間、彼の表情がわずかに変わった。

「……ん?おい坊主、おまえ、ずいぶん上等な神祇契約の術式を持ってるじゃねぇか。どう見ても自前じゃないな。誰にもらった?」

「え?ああ、これか……」

 ヒヨリは手の甲をそっと撫でながら答える。

「俺たちがとても世話になった人にもらった。何だ?」

「ふん……」

 キュウキは五芒星をじっと見つめたまま、口元を吊り上げる。

「おまえについて行けば、いずれあのフクロってやつにも、また会えるんだろ?」

「えっと……俺にも分からないけど……」

「よし、決めた!」

 キュウキは突然にやりと笑い、勢いよく指を鳴らした。

「おまえと契約してやるよ。契約を結んでくれるなら、軒轅国まで案内してやるぜ――どうだ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ