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プロジェクト【サハ】  作者: 諸星佑月
【第三章】天を閉ざすは誰が為

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蓮華の最期

 ナタと行き違いにならないよう、今日は全員で宿に残って待つことにしていた。朝からずっと待ち続けているというのに、すでに正午近くになってもナタは戻ってこない。

 ここまで来れば、さすがに何か異変が起きたと考えるしかなかった。ハルカたちも次第に落ち着きを失い始める。

 だが、この状況では他に打つ手もない。もしナタが戻れなくなったなら、自分たちの力だけで第五空間(フィフス)へ向かうしかなかった。

「……っ!」

「ヒヨリ?どうしたの?」

 ハルカが尋ねると、ヒヨリは顔色を変えて立ち上がった。

「……みんな、外へ!最悪の事態が起きたかもしれない!」

 そう言うや否や、彼らは勢いよく部屋を飛び出した。

 外では凄まじい風が吹き荒れていた。昨夜灯していた提灯は幾つも吹き飛ばされ、地面を哀れに転がっている。空では雲が歪な渦を描きながら広がっていたが、不思議なことに黒雲は一つも見当たらない。それにもかかわらず、雷鳴だけは絶え間なく轟いていた。

 一行は昨日訪れた湖畔まで駆け出した。鏡のようだった湖面には暴風が幾重もの波を立て、木々は大きくしなり、緑の葉が空いっぱいに舞っている。打ち捨てられた小舟の中には転覆しているものまであった。

 タマモは遠くの空を見上げながら沈着に言った。

「ヒヨリ、気付いたかえ」

「ああ……ナタがいる。あそこだ!」

 彼の指差す先を追い、ハルカとフクロも空を見上げる。雲はまるで無理やり穴を穿たれたかのように裂け、その遥か彼方に、小指の先ほどにも満たない小さな影が浮かんでいた。間違いなくナタだった。しかし、こちらへ向かって来る様子はない。

「何やってんだよ、ナターーー!」

 ハルカが暴風に負けじと叫ぶ。

「声を出すでない!」

 タマモが鋭く制した。

「あやつが来る!」

 その瞬間、天空を覆っていた雲の渦が一気に弾け飛び、眩い黄金の光が山々と大地を呑み込んだ。暴風はさらに激しさを増し、誰もが思わず身を屈めて目を閉じる。

 やがて万丈の光が消え去り、風も静まった頃。彼らは再び空を見上げた。

 未知にいつも興奮するハルカでさえ言葉を失った。

 幾重もの白雲の間に現れたのは、黄金に輝く巨大な金属の塊だった。その影は湖全体を覆い尽くし、人の顔や手足を思わせる輪郭が表面に浮かび上がっている。山々をも凌ぐほど巨大であるにもかかわらず、それは空中に浮かび、比類なき神々しい光を放っていた。

 あまりにも巨大だった。

 あの天空城の半分ほどはあるかもしれない。

「……なんだよ、あれ……」

「あれが昊天の身体どす。ちっ、相変わらず趣味の悪いお方やこと」

「……あれが昊天?」

 フクロも目を見開いた。

「あんなの、人の体じゃないだろ」

「せやから妾は言うておるのや。趣味が悪い、とな。まったく……わざわざご自身で出て来はるとはのう。どれほどトランスグレッサーがお嫌いなんやろなあ」

 その時、巨大な金身全体が震えた。異なる周波数の振動が重なり合い、やがて言葉となって天地に響き渡る。

【なんと愚かなことをしたものだな……ナタ】

 ナタは答えなかった。ただ正面の黄金の巨体を見据え続ける。

【天条鉄律――貴様が知らぬはずもあるまい。つまり承知の上で破ったということか。我が世界に、素性も知れぬ余所者の存在は許されぬ。貴様はトランスグレッサーどもを我の前へ連れて来るどころか、密かに送り出そうとしたな】

 巨体の隙間から白煙が噴き出した。それはまるで怒りそのものを吐き出しているかのようだった。

「陛下!」

 ナタが声を張り上げる。

「彼ら三人についての報告は受けているはずです!あの者たちはどの世界にも害をなしていない!オレは直接話をしました、憂いはいらん!」

【トランスグレッサーの甘言を信じるとはな。我がこの世界のために行ってきたことに、一つでも誤りがあったか。我は誤らぬ。トランスグレッサーなんざ、我の民を惑わす雑音に過ぎん】

 雷鳴のような声が続く。

【ナタ、貴様自身が何よりの証だ。奴らに何を吹き込まれたのか、天宮の規律に背くほどの愚行を犯すとは】

「オレは……!オレの目的は、最初から変わっていない!同じくドミネーターを敵としているなら、なぜ敵対しなければならないんです!ここに留まらせず、外へ送り出すだけならオレたちに害はないはずだ!」

【笑止】

 昊天の声が空を震わせる。

【我はモニターの座すら捨て、この世界を何年も守ってきた。天条を定め、天兵を率い、その全ては宇宙の毒瘤たるドミネーターへ挑むためだ。その我に、正体も知れぬ三人を信じろと言うのか。蟻にも等しい存在に、宇宙の病巣を討てと?】

 ナタは歯を食いしばった。

【我も甘かった。貴様の功績を思い、これまで幾度も目を瞑ってきた。だが、貴様はこうも容易く裏切るのだな】

「裏切りだと?」

 ナタの身体が怒りに震える。

「いったい、どっちが誰を裏切ったんだよ。オレがここに残ったのは……紫微天宮に仕え続けたのは、オマエが本当に賢明だったからだ。だけど……もう違う。オレが見たかった世界は……オレが守りたかった場所は……こんなんじゃない!」

 ナタは昊天を真っ直ぐ睨みつけた。

 やがて、巨大な金身の全身を銀白色の閃光が駆け巡った。

【……分かったぞ、ナタ】

 その声は先ほどまでよりも遥かに冷たかった。

【そこまで抗うというのなら、我自らが刑を執行しよう】

 天を覆う巨体がゆっくりと輝きを増していく。

【この場で果てよ――反逆者め!】


「はぁ!?あいつ、今なんて――!」

 ハルカが反射的に飛び出そうとした瞬間、フクロが慌ててその腕を掴んで引き戻した。

「待て!少しは冷静になれ!今ここで姿を見せたら、向こうの思う壺だろう!」

「……師匠!今の話、本当じゃないよね!?ナタはあいつの部下なんだろう!?」

 その時、背後で凄まじい爆発音が轟いた。ヒヨリが振り返ると、空には無数の火花が散り、雷鳴が天地を揺らしている。

 しかし、それ以上に異様だったのは周囲の光景だった。

 湖面の水が自ら持ち上がるようにして天へ昇っていたのである。鏡のようだった湖の水位はみるみる低下し、膨大な水量が一点へ集まりながら空へと吸い上げられていく。続いて大地が激しく震動し、太い樹木が根ごと地面から引き抜かれて空へ舞い上がった。さらに両側の山々までもが轟音と共に崩れ始め、砕けた巨大な岩塊が町全体を覆い隠すほどの影を落としながら宙に浮かぶ。

 雷が走る。暴風が唸る。洪水が天へ逆巻く。

 樹木も岩石も、山そのものさえも。

 この世界に存在するあらゆるものが、一つの場所へ向かっていた。

 ――ナタのいる場所へ。

 いったい、何なのだ、これは。

 タマモは空を見上げたまま、口を開いた。

「見たやろう。あれがあやつの力――弥羅宝浩(ムジョウテン)どす。この世界の絶対法則そのものを握っておるのや。風も雨も雷も、大地も樹木も山河も、あやつがひとたび念じれば思うままに動く。まさに意思を持った天災そのものどすえ」

 そこで一度言葉を切り、険しい表情を浮かべる。

「忠告や――いや、警告と言うた方がええかのう。見つかる前に、今のうちに逃げておき」


 その頃、空ではナタが必死に抗っていた。黄金の乾坤圏が飛来する巨大な岩石を次々と粉砕し、火尖槍から噴き出す紅蓮の炎が巨木を貫いて焼き尽くす。だが四方八方から押し寄せる自然そのものの猛威に対し、一人で対抗するには限界があった。

 閃光のような雷撃が目前まで迫る。ナタは咄嗟に乾坤圏を呼び戻し、その雷光を吸収させた。しかし次の瞬間には凍てつく激流が天から叩き落とされる。正面から直撃を受けたナタの身体は大きく揺らぎ、危うく地上へ墜落しかけた。

 昊天の声が空を震わせる。

【……なぜ抗う。貴様が誇りとしていたヴィジュ元素は、すでに失われているというのに。元々この世界で我に勝つことなど不可能だ。まして今の貴様ではな】

 ナタは荒い息を吐きながら睨み返した。

【それとも、あのトランスグレッサーどものために時間を稼ぐつもりか】

 その言葉にナタは奥歯を噛み締める。やはり昊天には隠し通せなかった。

【無駄だ。あやつらは第四空間(フォース)から逃げられぬ】

「……あいつらは逃げないよ」

【なぜそう言い切れる】

「だって、あいつらは馬鹿だからだ」

 ナタは苦笑した。

根印(ねしるし)も持たないくせに、ドミネーターを倒すなんて本気で言う連中だよ。馬鹿以外の何者でもないだろう」

【……そのような者どものために命を捨てるというのか、ナタ】

 その瞬間、世界が静止した。空中に浮かぶ岩石も、水飛沫も、折れた樹木も、全てが時を止めたかのように動きを止める。

 ナタは火尖槍を握り締めたまま、静かに答えた。

「命を賭ける価値があるかどうかなんて考えたことはないんだよ。ただ、今のオレよりも……あいつらの方が、紫微天宮を変えられる気がする。この世界を変えられる気がする。そして、故郷から離れた人たちを、帰してやれる気がする」

 昊天の声は氷のように冷たくなった。

【もうよい。貴様は完全に雑音に汚染された。蓮根の人形であれば、最期も大人しく泥へ還れ】

 次に、静止していた全てが一斉に回転を始めた。岩石も洪水も樹木も雷光も、あらゆるものが混ざり合い、天地を繋ぐ漆黒の竜巻へと変貌する。白雷が何度も走り、世界そのものが怒号を上げているかのようだった。

 その中心で、ナタは静かに、火尖槍を下ろした。

 ――ああ。

 まさか自分が、こんな終わり方をするとは思わなかった。

 あいつらは、もう逃げただろうか。ダッキの逃げ足だけは、信用できる。

 出会ってからまだ数えるほどしか経っていない。それでも分かる。このままではドミネーターには勝てない。ここであいつらを守れなければ、本当に未来はなくなる。

 命を失おうが構わない。

 どれほど小さな希望でも掴みたい。

 どんな代償を払ってでも。

 もしこの本来ならとっくに終わっていた命が未来を変える鍵になるのなら、それでいい。

 頼んだぞ、ハルカ、ヒヨリ、フクロ。

 ……結局、敖ヘイの後に、オレと気の合う奴とは出会えなかったな。悪いな、敖ヘイ。そっちへ行くのが、こうも遅くなってしまった。


 純白の雷霆が竜巻そのものを貫いた。

 雷光はナタの胸を撃ち抜き、その心臓部から砕けた珠が飛び散る。火尖槍は手を離れ、風火輪の炎も消えた。傷だらけになった身体は、よく見れば血肉ではない。無数の繊維で繋ぎ合わされた蓮根の身体だった。

 意識を失ったナタは、崩れゆく嵐の中を真っ直ぐ落下していく。そして大きな水音と共に湖へ沈んだ。

 やがて群山は元の姿へ戻り、水位も回復する。暴風は止み、樹木は再び地中へ沈み込んだ。天空を覆っていた黄金の巨体も、ゆっくりと雲海の奥へ退いていく。

 全てが終わった。

 そう思われた、その瞬間だった。

擬録(ディスガイス)

 鋭い光条が地上から天を貫いた。

「エンバーノヴァ――ドゥオデシム!!」

 轟きが連続して炸裂する。十二発もの爆発が黄金の巨体を次々と飲み込み、その衝撃に金身は巨大な鯨のような咆哮を響かせた。

 空には一人の少女が飛んでいた。

 全身を覆う不可思議な金属装甲。背中には六枚の金の機翼。風に揺れるツインテール。そして瞳には、これまで見たこともないほど激しい怒りが燃えている。

 世界そのものを支配する唯一の法則を、少女は真正面から睨み据えた。

 昊天の怒声が天地を震わせる。

【トランスグレッサー……!まさか自ら姿を現すとはな!】


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