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プロジェクト【サハ】  作者: 諸星佑月
【第二章】鬼も地獄も人の内

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鬼と呼ばれる者

 ヒヨリがホシグマをどうするべきか迷っていた、その時。

 突如として白い閃光が走る。どこからともなく現れた門から飛び出した人影が、そのまま鋭い爪でホシグマの心臓を貫いた。

「ぐっ……!」

 ホシグマの血が水球の中へ広がっていく。透明だった球体は瞬く間に赤く染まった。

 蜜色の長いポニーテールを揺らす見覚えのある人物は、腕をホシグマの胸に突き刺したまま冷たく言い放つ。

「鬼の再生力がどれだけ強くても、心臓が再生するための場所を塞いでしまえば意味はない。しばらくすれば、オマエも死ぬ」

「お、まえ……!」

 ホシグマは怒りに顔を歪めた。しかし心臓を失った状態に加え、水球の中での窒息が容赦なく彼を追い詰める。もはや言葉を返す余裕すら残されていなかった。

 やがて完全に息絶えると、その人物はようやく腕を引き抜く。同時に水球も崩れ去り、ホシグマは焼け焦げた大地へ倒れ込んだ。二度と動くことはない。

「……イバラキ」

 背後から聞こえたヒヨリの声に、イバラキは振り返る。左腕と振袖は血で真っ赤に染まっていた。

「これは、ボクとホシグマの間でつけるべき決着だ。できれば、オマエたちトランスグレッサーにはあまり手を出してほしくなかった」

「そうか……。でも久しぶりだな、イバラキ。大丈夫なのか?あの時、かなり重傷だっただろ」

「この命が残っている限り、ボクは来なければならなかった」

 イバラキは京の東の空へ視線を向ける。蘆屋ドウマンがいる場所を、彼も理解しているのだろう。

「……オマエはこれからどうする」

「仲間たちと合流する!イバラキは?」

「ボクも蘆屋ドウマンを止めに行く。だが、その前にやるべきことがある」


 蘆屋ドウマンは、源ヨリミツによって負わされた傷が再生しないと気付いた瞬間、その場で防御を続けることをやめた。周囲を守っていた鋸斧を散開させると、そのまま屋根へ飛び乗り、一気に後方へ駆け出す。

「まずい……!」

 源ヨリミツはすぐにその狙いを察した。

「追え、キントキ!」

「おう!」

 蘆屋ドウマンの狙いは、ずっと高所から援護を続けていた卜部スエタケだった。

 卜部スエタケの異能力著聞(チョブン)。いわゆる幻術系の能力である。本来は人の五感へ干渉する能力だが、戦場では一定範囲内の敵に対して視覚、聴覚、触覚、さらには嗅覚までも欺くことができる。先ほど蘆屋ドウマンが術中にはまりかけたのも、以前に卜部スエタケの矢を受けたことで幻術の対象になっていたからだった。

 だが同じ手が何度も通用するほど甘くはない。敵に厄介な幻術使いがいると分かれば、真っ先に排除しようとするのは当然のことだった。

 ほどなくして、卜部スエタケの居場所は見つかる。先ほど放った矢によって位置が露見していたのだから、ある意味では避けようのないことだった。

 浮想紋をまとった蘆屋ドウマンの腕が容赦なく襲いかかる。卜部スエタケは手にした弓でどうにか数度受け止めるが、連続する猛攻に押されて後退した。足場を踏み外し、屋根から転落しかける。

 甲高い金属音が響く。

 蘆屋ドウマンの腕を受け止めていたのは、異様なほど長い赤紅の大太刀だった。

 黒髪の少年が卜部スエタケの前へ立ち塞がり、冷ややかな視線を向けている。

「……ああ、あの時のトランスグレッサーか」

 蘆屋ドウマンは思い出したように呟く。

「妙なものだな。アナタたち、本気で源氏に肩入れするつもりか?」

「どういう意味だ」

「たとえワタシを倒したとしても、源氏がアナタたちを見逃してくれると思っているのか?いずれブリットンスへ報告され、追われる身になるだけでしょう」

 返答の代わりに、天譴と呼ばれる大太刀が鋭く振り抜かれた。

 斬撃の衝撃で蘆屋ドウマンは十数歩も後退させられる。

「考えてみれば、ワタシたちは同じ側のはずなのだがな。ワタシは源氏の敵。アナタたちはブリットンスに追われる身だ。ならば、なぜわざわざ争う必要がある?」

「……そうだな」

 フクロは小さく頷く。

「確かに、お前と戦わなければならない理由なんてない。本来の俺なら、きっとここには立っていなかっただろう」

「ほう?」

 しかし、その言葉とは裏腹にフクロは天譴を構えたままだった。

 切っ先は真っ直ぐ蘆屋ドウマンへ向けられている。

「仕方ない。少し前にこの京の甘味処で世話になったからな」

 フクロは淡々と告げる。

「借りを返さなきゃならない。だから、大人しく斬られてくれよ」


「はぁ……はぁ……」

「セイメイ様、ご無事ですか」

「……やはり、十年もの間、一時たりとも休まず結界を維持し続けたツケが回ってきたか」

 安倍セイメイは苦笑した。

「大丈夫だ。まだ持ちこたえられる。それより、戦況はどうなっている?」

 渡辺ツナが答えるより早く、聞き慣れたエンジン音が遠くから近づいてきた。

 二人が庭の外へ目を向けると、ハルカが空からゆっくりと降下してくる。地面へ着地すると同時に全身の装甲が解除され、無数の白い金属粒子となって消えていった。

「よう!」

 ハルカは軽く手を上げた。

「住民はみんな愛宕山にいる。都の鬼もほとんど片付いた。さっきはヒヨリも手伝いに来てくれたし、サダミツは残りを掃討中だ。今頃、フクロもヨリミツの大将たちの援護に向かってるはずだよ!」

 そう言って拳を握る。

「――だから今度は、私も蘆屋ドウマンのところへ行かせてよ、ツナ!」

「……先ずは、礼を言う」

 安倍セイメイは頷いたが、その表情は晴れない。

「だが油断はできない。シュテンの力を得たドウマンがどれほど危険な存在になったのか、我々にはまだ分からない」

「ああ、そういえば、前にシュテンの能力を少し見ただけなんだけど、あれって結局なんなんだ?全然理解できなかったんだけど」

「シュテンの能力は、八熱地獄(ナラカ)だ」

 ここで渡辺ツナが答えた。

「どこにでも展開できる結界に近い能力だ。ただし特殊なのは、一種類ではないことで、複数の異なる地獄を再現できる。現在判明しているのは三つ。等活地獄(サンジーヴァ)は、溶岩と末劫火に満ちた結界。黒縄地獄(カーラスートラ)は、無数の鎖鋸が現れる結界。衆合地獄(サンガータ)は、巨大な鉄槌が降り注ぐ結界だ。それ以外については、我々も把握していない」

「はぁ!?それ全部まとめて一つの能力なのか!?」

「だからこそ、ドウマンはシュテンを選んだのでしょう」

 安倍セイメイが、そう推測する。

「それだけではない。シュテンの能力に加え、ドウマン自身の播磨呪(ハリマジナイ)も極めて厄介だ。当時あの血の雨を降らせたのも、その能力のためだったのだろう。おそらく彼女に触れられた者は、支配の対象となる……」

 カチリ、と音が響く。

 渡辺ツナが刀を抜いていた。一瞬で安倍セイメイの前へ立ち、その場には何もないはずの方向へ刀を構える。

 誰かが庭へ入ってくる。草を踏む音が、少しずつ近づいてくる。やがて、その人物は姿を隠すことなく彼らの前へ現れた。

 渡辺ツナの声は怒りで震えていた。

「……やはり来たか」

 相手は何も答えない。ただ静かに渡辺ツナを見つめ返す。

「イバラキ!」

 庭の空気が一瞬で凍り付いた。誰もがどう動くべきか分からず沈黙する。

 ――ただ一人を除いて。

「ふぅ」

 ハルカは大きく息を吐くと、渡辺ツナの前へ出た。

「よう、イバラキ。久しぶりだな」

 あまりにも気軽な口調だった。まるで街中で知り合いに声をかけるように。

「ハルカ、どけ」

 渡辺ツナは歯を食いしばる。

「今回も私の邪魔をするなら、貴様ごと粛清する」

 イバラキは拳を握り、一歩前へ出た。

「……戦うつもりはない。ボクは頼みに来たんだ、渡辺ツナ。ボクにかけたオマエの能力を解いてほしい」

 渡辺ツナの眉が険しくなる。

「かつてオマエはボクの能力を完全に封じようとした。だがボクは、あえてオマエに右腕を斬り落とされ、オマエのハタの侵食を阻止した。それでも効果の一部は今なお体内に残っている。渡辺ツナ、以前オマエはボク言ったことはある、オマエの能力――居所知(イソシリ)は解除することもできると」

「……笑わせるな。とうとう気でも狂ったか。今から鬼どもを根絶やしにしようという時に、なぜわざわざ敵を助けなければならない?」

「ボクには、蘆屋ドウマンを止める力がある」

 その言葉に、安倍セイメイは深く考えているようだ。

「ボクは、シュテンを取り戻したいだけだ。そしてオマエたちは蘆屋ドウマンを追い払いたい。今のボクたちの目的は一致しているはずだ」

「シュテンだと……!結局貴様はあの悪鬼に従うつもりか!そんなことを言うならなおさら私の能力を解くわけにはいかん!」

 刀に赤い光が宿る。電光石火速度でイバラキへ斬りかかっていた。

 だがイバラキの背後に白い門が開く。渡辺ツナが到達するより早く、イバラキは一歩後退して羅生門(ラショウモン)へ入り、そのまま姿を消した。

 直後、別の門が渡辺ツナの背後に出現する。浮想紋をまとったイバラキの左腕が鋭く振り下ろされた。

 しかし渡辺ツナも同じ手に何度も苦しめられてきた。振り向きざまに刀を構え、その爪を受け止める。

「私は、鬼を甘く見ていた。人を喰らうだけの化け物だと思っていた。まさか人の心まで惑わすとはな……イバラキ!」

「っ!」

 強烈な一撃がイバラキを吹き飛ばす。そしてイバラキの顔に、鋭い斬撃を振りかざす。

【――アーマーアクセス、ヘイムダル】

 渡辺ツナの視界を虹色の光が埋め尽くした。

虹の守護者(ビフレスト)!】

 耳をつんざく衝撃音とともに凄まじい風圧が吹き荒れる。周囲の木々は大きくしなり、石畳の破片が宙を舞った。

 イバラキの前には、ツインテールの少女の背中があった。

 眩い光に包まれたその姿は、まるで夜そのものを昼へ変えてしまうかのようだった。

 渡辺ツナの刀は巨大な銀色の盾に受け止められている。黄金の紋様が刻まれた金属製のカイトシールド。宝石のような虹色の輝きが流れ、その巨大さゆえに盾の向こうの人物すら見えない。

 全力の一撃を防がれた直後、盾が勢いよく押し返す。渡辺ツナは咄嗟に盾を踏み台にして後方へ宙返りし、着地した。

 ゆっくりと盾が横へ動く。予想通り、その背後に立っていたのはハルカだった。

「……ハルカ」

 渡辺ツナの怒りはもはや限界だった。

「イバラキがそこまで言うならな。私はあいつに協力して、蘆屋ドウマンを止めるよ」

「貴様……!」

「ツナ」

 安倍セイメイが彼の肩へ手を置く。

「私の顔に免じて、ひとまず争いを止めてくれないか」

「何をおっしゃるんですか、セイメイ様!あいつは人の信頼を利用することしかしない!前だってそうだ!鬼であることを隠して、私を騙した!そうでなければ、今日の大災害も起こらなかった!私が、全部私が甘かったせいで……!」

 イバラキは数歩後退し、荒い息を吐きながら渡辺ツナを見つめる。肩は震えていたが、それは恐怖ではない。

「鬼……鬼……誰も彼も、そう呼ぶ」

 イバラキは唇を噛んだ。

「人はいつもこうやって、自分たちに理解したくない存在を異類と勝手に決めつける……!そして異類を排除することを正義だと思い込む!」

 苦い笑みが漏れる。

「渡辺ツナ……オマエこそ分かっているはずだ。ボクとオマエは、京で何度も会ったというのに、それでも認めたくないのか」

「……何が言いたい。これ以上、私を惑わそうとするな!!」

 そこまで聞いて、安倍セイメイは首を振った。そして、危険も気にせず、渡辺ツナの前へ歩み出る。

「私の結界は、この十年間、先日強引に破壊されたことを除くと、一度も機能を失わなかった。ツナ、あなたも知っているはずだ」

 渡辺ツナは奥歯を噛み締める。

 認めたくない、認めようとはしない。

 だって認めたら――これまでは一体、何のために戦ってきた?

「鬼の侵入を拒む結界は、ずっと機能していた。それなのに――イバラキ、あなたは都へ入ることができた。何度も」

 そして、決定的な言葉を口にする。

「やはりあなたは……最初から、鬼ではないよね?」


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