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プロジェクト【サハ】  作者: 諸星佑月
【第二章】鬼も地獄も人の内

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相性最悪

 烏天狗――というより、カクシの表情はひどく険しかった。

 漆黒の双翼をゆっくりと広げながら空中から地上へ降り立つ。高下駄が土を踏みしめた瞬間、乾いた砂塵が輪を描くように舞い上がった。

「……あのお方に伝えろ。頼る相手を間違えた、と」

 敵意は感じられない。二人はわずかに警戒を緩める。

「間違えたって?愛宕山にはあんたしかいないんだろ。セイメイ様がそんなことを見誤るとは思えないけどな」

 碓井サダミツの問いに、カクシは冷たく言い放った。

「鬼を力として当てにしたことが、間違ってるさ。あのお方なら誰よりも知っているはずだ。この平安京で一番、理性とは縁遠い鬼こそが僕だということをな」

 黒翼が大きく羽ばたく。轟くような風圧が吹き荒れ、二人は思わず足を踏ん張って残刻器(ざんこっき)を握り直した。

「あのお方の顔を立てているから手を出さないだけだ。今すぐ、僕の視界から消え、愛宕山から出て行け。大人しく従わないなら、瞬きする間にお前らを追い出してやる」

 話し合いの余地がありそうだと安堵したのも束の間だった。ここまで強く拒絶されるとは思っていなかった。とはいえ目的は協力を求めることだ。本人にその気がない以上、無理強いは――

「誰が引き下がるかよ!」

 そう叫んだのは碓井サダミツだった。先ほどまでの軽薄な口調とは裏腹に、氷青色の大鎌を軽々と振り回し、その刃先をカクシへ向ける。

「ここまで来たんだ。絶対に納得させて、手伝わせてやる!」

「……サダミツ、正気か。協力する気がないなら仕方ないだろう。大災害を前にしている今、無用な戦いは避けるべきだ」

 呆れたように眉をひそめる卜部スエタケに、碓井サダミツは胸を張る。

「俺はセイメイ様の前で大口叩いちまったんだぞ?絶対にこの任務を成功させるってな!それに、これをやり遂げればセイメイ様もきっと俺を見直してくれるはず!へへへ……尊敬と憧れに満ちた眼差しで見つめられて、サダミツのおかげ!なんて言われたりして――うわぁっ!?」

 最後まで言わせなかった。

 カクシが一気に間合いを詰め、飛び蹴りを放ったのだ。碓井サダミツと卜部スエタケが身をかわさなければ、砕け散った石と同じ末路を辿っていただろう。

「軽薄な男め。セイメイ様は、お前など一瞥もしない」

「はぁ!?今のは聞き捨てならねえな!スエタケ、手を出すなよ!こいつは俺が相手する!」

 卜部スエタケは弓を引きかけていたが、大きくため息をつきながら後方へ下がった。

 碓井サダミツの大鎌と、甲冑にも劣らぬ硬度を持つカクシの高下駄が激しくぶつかり合い、火花を散らした。

 幾度となく刃と下駄が交錯する。膂力では明らかに碓井サダミツが勝り、その大鎌の扱いも見事なものだった。しかしカクシには背中の翼という大きな優位がある。自在に空を飛び、縦横無尽に間合いを変えられるため、そう簡単に捕まらない。

 一見しただけでも、勝負がすぐにつくとは思えなかった。

 やがて甲高い金属音を響かせながら両者は距離を取る。その瞬間、カクシは片手を差し出し、掌を碓井サダミツへ向けた。

「――是害(ゼガイ)

 次に、碓井サダミツの姿は消えていた。気配すら残さず。

 あまりにも唐突な消失に卜部スエタケは目を見開く。しかし驚愕に呑まれる暇はない。即座に弓を引き、ハタを変じた矢の切っ先をカクシへと向けた。

「……何をした」

「別に。山の外へ送り出しただけだ。麓へ行けば見つかるだろう」

「……なるほど。愛宕山に誰も近づけないというのは、このことか。侵入者を今のように全て追い返していたのだな。いったいどんな能力だ」

 カクシは卜部スエタケへ向き、ゆっくりと歩み寄る。

「少なくともお前は話が通じそうだな。能力については、教えてやってもいい。その代わり、一つ答えろ」

 赤い瞳がわずかに揺れる。

「……セイメイ様は、今どうしている」

 やはり。この烏天狗――カクシは、かつて安倍セイメイと深い縁を持っていたのだとでしょう。

「……我らの大将の傍らで、平安京を守るために戦っている。蘆屋ドウマンの再来を前に皆が不安を抱えているが、少なくとも今は安泰だ」

「そう……」

 カクシは静かに目を伏せる。安堵したようにも見えたが、その表情には消えない苦さが残っていた。

「僕の能力は、周囲の物体や生物を、瞬時に別の場所へ移動させることだ。誰にも近づいてほしくなかったから、感知範囲の愛宕山に入った者全員、山の外へ放り出してきた。……もっとも、僕が眠っている隙に山奥まで入り込み、姿を見た連中も少しはいたようだがな」

 そう言って背を向ける。

「源氏の者よ。僕は、この世のあらゆるものとは、もう関わりたくないんだ。さっさとお前も――」

「へぇ?」

 背後から聞こえた声に、カクシは息を詰まらせた。

「あんたってそういう能力なんだ?相性最悪じゃねえ?」

 青白い雷光が閃く。カクシは咄嗟に振り返り、しかしその時にはすでに遅かった。碓氷鎌は蒼雷を纏いながら鋭く振り下ろされる。

「ドンッ!!」

 激しい衝撃が炸裂した。碓井サダミツはその反動を利用して軽やかに後方へ宙返りし、そのまま仲間の前へ着地する。

 卜部スエタケは再び深いため息をついた。

「……本当に手を貸さなくていいんだな?」

「おお!」

 雷撃で巻き上がった土煙を、カクシは翼の一振りで吹き払う。再び空へ舞い上がり、苛立ちを隠そうともせず碓井サダミツを睨んだ。

「お前……なぜ戻って来られる。そういえば、さっきも突然山頂へ現れたな……」

「別に?俺は一瞬で好きな場所へ移動できるんだよ。いわゆる瞬間移動ってやつだ。二、三人くらいなら一緒に連れて行けるぜ」

 カクシの顔色がさらに悪くなる。対して碓井サダミツは腹を抱えて笑った。

「はははっ!まさかこんな能力の相手とやり合うことになるとはな!世の中ってのは――」

 カクシは最後まで聞かなく、すっと手を掲げる。

 次に、碓井サダミツの姿がまた消えた。

 ――なのに、また青白い雷光が弾ける。

「おい、人の話を――!」

 碓井サダミツは何事もなかったかのように元の場所へ戻り、カクシの眉がぴくりと引きつって、再び手を振る。

 消失させ、だが次の瞬間には帰還。

 もう一度消失、また帰還。

 さらにもう一度消失、それでも帰還。

「ちっ、いい加減にしろ!戦う気があるのかないのか、どっちなんだ!」

 木杭の上に立つ碓井サダミツは不満そうに叫ぶ。

「……信じられん。こんな馬鹿げたことが……」

 カクシの額を冷や汗が伝う。歯噛みしながらも、彼はようやく両手を下ろした。これ以上意地になったところで意味はない。

 その直後だった。蒼い雷光が閃く。碓井サダミツは一瞬で間合いを詰め、カクシの眼前へ迫った。

 振り下ろされる碓氷鎌に対し、カクシは反射的に能力を発動する。碓井サダミツの姿は遥か彼方へと弾き飛ばされた――はずだった。

 しかし次に、やはり青雷が閃いた。

「おらぁっ!」

 碓井サダミツは再びカクシの目前へ舞い戻っていた。

「っ!」

 もはや能力を発動する暇はない。カクシは咄嗟に高下駄を振り上げ、迫る鎌を受け止めた。

 ――甲高い衝突音が響く。

十一荒神(エーカダシャムカ)

 碓井サダミツの全身から眩い雷光が迸った。

「白轟閃ッ!」

 叫びとともに雷光が炸裂した。

 あまりの眩さに卜部スエタケは思わず目を閉じる。やがて光が収まった時、先ほどまでの流れからすれば優勢なのは碓井サダミツのはずだった。――だが、目の前の光景は予想を完全に裏切っていた。

 碓井サダミツは宙に浮かんでいた。まるで見えない檻に閉じ込められたかのように、四肢に力を込めて必死にもがいているにもかかわらず、その身体はぴくりとも動かない。

 カクシは鼻を鳴らし、指を軽く動かした。すると碓井サダミツの身体は糸に引かれるように引き寄せられる。

「僕がお前を離させるなら、留めておくこともできると考えなかったのか?捕まえた以上、もう逃がしはしない」

「くっ……!」

 碓井サダミツの全身を再び雷光が駆け巡る。しかし何も起こらない。

「……本当に厄介な能力だな、お前は。それに、まさかセイメイ様が、まだ僕なんかに期待をかけているとはな。笑うべきか、泣くべきか……」

 カクシはゆっくりと右手を鋭い爪に、碓井サダミツの胸へ向けられる。

「どうやら、お前の命を奪ったほうがいいらしい。そうしてようやく、僕はこの世のすべてと決別できる」

 碓井サダミツはなおも必死に抗う。だがカクシの爪は容赦なく振り下ろされた。

 もがいた拍子に大きく開いた碓井サダミツの胸元から、一本の竹笛が覗く。ほんの半分だけ姿を見せたその笛を目にした瞬間――カクシの身体が凍りついた。

「えっ……?」

 振り下ろしかけた手が止まる。呼吸が止まる。碓井サダミツを拘束していたハタまでもが力を失ったように緩んでいく。

 もちろん碓井サダミツは、その隙を逃さなかった。蒼雷が弾け、激しい閃光が隠の残された右目を焼く。そのまま拘束を抜け出し、地上へと降り立った。

 空中でカクシは右目を押さえている。碓井サダミツも胸元の竹笛へ視線を落とし、何かを悟ったようにゆっくり顔を上げた。

「……そういうことか。なるほど。十年間、落とし主といつ会うだろうと、ずっと身に持っているが……まさかこんなところにいるとはな、道理で」

「どうして……」

 カクシの声が震える。

「どうして……どうして……どうして……どうしてお前が、それを持っている……?!どうして今さら、また僕の前に現れるんだ……!」

 カクシは両手で頭を掻きむしった。先ほどまでの冷静さは跡形もない。激しく揺れ動く感情を抑え切れていなかった。

 碓井サダミツはそんな彼を見上げ、肩を竦める。

「なんだよ。世界の何とも関わりたくないとか偉そうに言ってたくせに、ちゃんとあるじゃねぇか。まだ捨てられないものが」

 カクシはゆっくりと手を下ろした。わずかに戻った視界で地上を睨みつける。

「お前に何が分かる……!お前なんかに……何が分かる?!その笛を……返せ、今すぐ返せ!!」

「おう、いいぜ」

 碓井サダミツはあっさりと言った。

「返してやるよ。その代わり、平安京に来て手伝え」

「ふざけるな!どうして僕がお前の言う通りにしなきゃならない!」

 碓井サダミツは碓氷鎌を肩へ担ぎ、その切っ先を真っ直ぐカクシへ向ける。

「まだ勝負は終わってねぇ。今日、あんたが俺に負けたら俺の言うことを聞け。もちろん、俺が負けたら好きにしろ、笛も返す。大将の名とその配下の誇りに懸けて誓う。嘘は、言わねぇ」

 しばしの沈黙の後、カクシは彼に問うた。

「……本当だな」

「ああ」

「……お前、名は」

「碓井サダミツだ!」

 その名を噛みしめるように、カクシはゆっくりと繰り返す。

「いいだろう……碓井サダミツ。この身は既に罪に塗れた身だ。赦されることも、救われることも望んでない……それでもなお、僕に罪を償う定めが残されているというのなら――従おう。さあ、全力でかかって来るがいい!」


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