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プロジェクト【サハ】  作者: 諸星佑月
【第二章】鬼も地獄も人の内

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愛宕山

 那須野の静寂を切り裂くように、突如として一筋の火光が天へと立ち昇った。続いて轟音が響き渡り、驚いた無数の鳥たちが一斉に飛び立っていく。

 ヒヨリは目の前で粉々になった岩と、周囲で燃え広がる火の粉を見つめながら、悔しそうに右拳を握り締めた。

「はぁ……」

 タマモは大きな欠伸を一つ漏らす。

「せやから言うたやろ、ヒヨリ。おぬしがやっとるんは、ただハタの出力を無理やり引き上げとるだけや。浮想紋いう技はなぁ、ハタをどれだけ繊細に扱えるかが肝なんよ。おぬしと一緒におるフクロいう美人ちゃんは、その辺りがほんまに上手うてな。妾ですら、あと少しで手傷を負わされるとこやったわ」

「……俺だってあいつとの差が大きいことくらい分かってる!だから少しでも早く強くなりたいんだよ。それに今頃、平安京はどうなってるのか……イバラキは無事なのか……」

 そう言いかけて、ヒヨリはふと首を傾げた。

「そういえば師匠、どうやってイバラキたちと知り合ったんだ?」

「イバラキちゃんね……」

 タマモは細い目をわずかに伏せる。

「シュテンが首と胴を切り離された時のことや。あやつが妾のとこへ来てな、どうかシュテンを助けてほしい言うて頭下げよった。正直なところ、源氏の人形に首を斬り落とされた時点で、もう手遅れやと思うておったんやけどなぁ」

 狐は尾をゆったりと揺らした。

「せやけど、シュテンは話が別や。なにせ、あやつは――」

 途中からヒヨリには話がよく理解できなくなり、ぽかんと瞬きを繰り返す。

「……はて、おぬしに話すには、まだちぃと早いかのう。まあ、ともかくシュテンに限って言えばや。十分なハタさえありゃ、首と胴が離れようが何の問題もあらへん。蘆屋ドウマンが器に選んだんも、その性質を見込んでのことやろなぁ」

 ヒヨリは無意識に左肩を掴んだ。

 あの時、突然自分に近づいてきた蘆屋ドウマンの姿が脳裏によみがえる。だが、あいつが口にしていた言葉の意味は未だによく分からない。

「それはさておき、おぬしはずっと裂炎(クラック)ばっかり使うとるやろ?そないなことしとったら成長せぇへんで。ほれ」

 そう言って何か重そうな物を投げる。

 ヒヨリは慌てて数歩駆け出し、両手で受け止めた。

「うわっ!?なんだこれ……」

 手の中にあったのは金属製の腕輪だった。

残刻器(ざんこっき)くらいは知っとるやろ?」

「ああ、根印(ねしるし)持つ者の専用武器だろ?」

「その残刻器(ざんこっき)の材料になる金属を、()()()()()言うんや。根印(ねしるし)いうもんは目には見えへんけどな、確かに身体の中に存在しておる。根印(ねしるし)持つ者が死ぬと、その根印(ねしるし)は自然へ還って、長い年月をかけて霊脈と混ざり合い、この金属を生み出すんやえ」

 タマモは腕輪を指差した。

「実におもろい金属でなぁ。温度や加工の仕方ひとつで、根印との相性がこれ以上ないほど良うもなれば、まるで正反対にもなる。ヒヨリ、その腕輪を付けたまま能力を使うてみぃ」

「え?燃やせってことか……?」

 ヒヨリは半信半疑のまま根印(ねしるし)を巡らせ、両手に炎を灯そうとする。

 だが――何も起こらなかった。

「え?あれ?」

 何度試しても結果は同じだった。

「ふふっ、本当に分かりやすい反応しよるのう」

 タマモは楽しそうに笑う。

「それは根印(ねしるし)そのものを封じるわけやあらへん。ただ能力だけを抑える代物なんや。本来は根印(ねしるし)持つ者を捕らえるために使うんやけど、おぬしにはちょうどええやろ」

「……あ!つまりこれを着ければ、能力発動無しで根印そのものの操作だけに集中できるってことか!」

「その通りや」

「ありがとう師匠!本当に助かる!よーし――前に教わった陰陽術も含めて、一気に強くなってやる!」


「よーし――一気に愛宕山の山頂へ突撃や!と言いたいところだけど、男二人って本当に華がないなぁ。やっぱりハルカちゃんも誘えばよかったな。ちょっと残念な部分もあるけど、結構かわいい女の子だし……」

「いい加減にしろ、サダミツ」

 源ヨリミツの正式な命を受けた碓井サダミツと卜部スエタケは、愛宕山へ向かう道中にあった。京を出た以上、本来ならいつ敵に襲われてもおかしくない状況だ。しかし碓井サダミツは相変わらず気楽な調子である。

「でも意外だったな、本当にスエタケまで付き合ってくれるなんて。まさかセイメイ様にいいところ見せたいとか?それはダメだ!気が利く男は俺一人で十分だ!」

「誰がそんなことを……」

 白髪の武人は呆れたようにため息をついた。

「あなたと知り合って何年も経つが、未だにその思考回路は理解できんな。この平安京は理不尽な掟によって多くの悲劇を生み出している。だが、それは宇宙全体も同じことだ」

 卜部スエタケは静かに空を見上げる。

「僕は、ただ苦しむ者たちを見過ごせないだけだ。だから大将の傍にいる。しかし仮に平安京を変えられたとして、その先はどうだ?宇宙そのものは何も変わらない」

 卜部スエタケ――源ヨリミツ配下の武人であり、同時にブリットンス協定騎士の一人でもある。本部へ赴くことのできる彼は、誰よりも多くを知り、そして誰よりも多くを見てきたのかもしれない。

 碓井サダミツが不意に足を止め、同時に卜部スエタケの前へ腕を伸ばした。

 気づけば二人は愛宕山の麓まで辿り着いている。

「へぇ?つまりあんたは何かを変えたいけど、自分に宇宙を変える力なんてないって思ってるわけか?」

「……普通はそう考えるものだろう」

「順番が逆なんだと思うよ?俺が大将についてる理由は名をあげたいだけだし、その方が美女お姉さんやかわいい女の子にもモテそうだからだ!まずあんた自身の苦痛をなんとかしろよ、じゃなきゃ世界の苦痛なんて尚更だ」

「……本当に話が通じないな」

 卜部スエタケは仕方なく、それでも碓井サダミツの肩に手を置く。

 次に、青白い光が二人を包み込んだ。足元の草地は一瞬で消え失せ、代わりに巨大な樹木の根が張り巡らされた地面へと変わる。

「よし、到着!セイメイ様が味方に引き入れようとしてるのがどんな大物か、見せてもらおうじゃないか!」

 ほんの一瞬だった。

 どういう訳か、二人は一瞬で、あの青白い光が閃いたら山麓から愛宕山の頂上へと移動していた。彼らは即座に残刻器(ざんこっき)を構え、背中合わせになって周囲を警戒する。

 大江山とは違い、愛宕山は異様なほど静かだった。鬼の気配はない。鳥たちのさえずりだけが森に響き、澄んだ空気が肺を満たす。

 だがその静寂は、逆に不気味だった。木々はあまりにも生い茂り、陽光すら地面へ届かない。まるで山そのものが何かを隠しているようだった。

 その時――

「シュッ!」

 突風が吹き荒れた。枝葉が一斉に吹き飛ばされ、閉ざされていた森へ黄金色の陽光が流れ込む。眩しさに卜部スエタケは思わず腕で目を庇った。

 碓井サダミツは即座に碓氷鎌を振るう。蒼い閃光が放たれた次の瞬間、半径十メートル以内の大木がまとめて両断された。

 倒れゆく巨木。飛び立つ鳥たち。

 そして――隠れる場所を失った存在が、ついに姿を現す。

「……これが、愛宕山の烏天狗か。なるほど、噂に違わぬな」

 卜部スエタケは警戒を解くことなく、上空の異形を見上げた。

 空中から二人を見下ろしていたのは、一人の青年だった。淡い水色の長髪を風になびかせ、背には漆黒の大翼を広げている。鋭い紅の瞳には冷たい威圧感が宿っていたが、その奥には拭いきれない孤独の影も見え隠れしていた。左目はどうやら傷があるようで、黒い布と前髪に遮っている。

 身に纏うのは青を基調とした装束。背中は大きく開かれ、異形の黒翼を自由に広げられるよう仕立てられている。首元には紫の肩布を巻き、黄金の籠手と脚甲が戦士としての威容を際立たせていた。そして足元には、人ならまともに歩くことすら困難なほどの高下駄。

 人ならざる黒翼と端正な美貌を併せ持つその姿は、まるで天より堕ちた孤高の化け物のようだった。

「……源氏の者。何の用だ」

 青年は地に降りる気配も見せず、冷たい言葉を放つ。

「単刀直入に言う」

 碓井サダミツは鎌を下ろし、真っ直ぐ相手を見上げた。

「十年前に平安京を襲った大災害が、蘆屋ドウマンの再来によって再び起ころうとしている。俺たちは、あんたの力を借りたい」

 烏天狗は眉をひそめた。

「……力を貸せだと?鬼である僕が、お前たちに?源氏の将軍もずいぶんと都合のいい夢を見るものだな」

 卜部スエタケは静かに後退し、いつでも弓を引ける態勢に入る。

「今の俺たちは、それほどまでに追い詰められているんだ」

 碓井サダミツは深く息を吸った。

「分かるだろう、烏天狗……いや、セイメイ様によるとあんたはちゃんと名があるらしいな――カクシ、だっけ?」


「バシッ!」「ドンッ!」

 竹刀同士がぶつかり合う音が絶え間なく響く。

「シュッ!」

 渡辺ツナの斬撃をかわしたハルカだったが、空を切った竹刀はそのまま彼女へと迫った。咄嗟に引き戻して急所こそ外したものの、一撃をまともに受けて吹き飛ばされ、地面へ転がる。

「うっ!」

「まだ甘いな」

「ちっ……本当に強いな、あんた……」

 渡辺ツナは竹刀を軽く振った。

「これから共に戦う相手だから忠告しておく。根印(ねしるし)を持たぬ身でありながら、残刻器(ざんこっき)を扱えるのは確かに大したものだ。だが勘違いするな。ようやく根印(ねしるし)持つ者と肩を並べられるようになった程度では、その先にいる連中には到底及ばん。根印(ねしるし)持ってる奴らは、上へ行けば行くほど強くなる」

 ハルカはすぐに立ち上がり、大きく息を吸って体勢を整えると、再び渡辺ツナへ突っ込んだ。

 彼女が繰り出したのは、つい先ほど自分が見せた技によく似た動きだった。数合打ち合ううちに、彼女の竹刀捌きは目に見えて洗練されていく。足運びも呼吸も太刀筋も、素人目には渡辺ツナとほとんど変わらないようにすら見えた。

「貴様……」

「どうした?まだまだこれからでしょ!」

 ハルカはさらに後ろへ飛び退き、竹刀を腰だめに構える。次の瞬間、一気に踏み込み、居合刀さながらの鋭い一撃を放った。その鋭さに渡辺ツナは数歩後退を余儀なくされる。

「まさか……大将の技まで……」

 渡辺ツナは信じられないものを見るような目で少女を見た。

「刀ってのはフクロのところで先に見てたけどさ。やっぱり色んな人の使い方を見たほうが覚えるの早いんだよね」

 ハルカは得意げに笑い、今度は源ヨリミツそっくりの構えを取る。

「続ける?」

 ――冗談じゃないぞ。

 渡辺ツナには分かっていた。この少女はただ形だけを真似しているわけではない。驚異的な理解力と応用力によって、武器の扱い方や流派の本質を短時間で吸収しているのだ。完璧ではないにせよ、少なくとも六割以上は自分のものにしている。そしてそれは十分に実戦で通用する域だった。

 だが、あまりにも早すぎる。

 源ヨリミツの戦いを見たのは一度だけ。渡辺ツナの技を見るのも今回で二度目。それなのに、たった数分でここまで辿り着くとは。

 そういえば、この少女は前から剣も矛も使っていた。まさか――。

「おい、小娘」

「だから私ちゃんと名前があるって!」

「貴様、生まれつき武芸百般に通じる類か」

「は?何それ」

「短時間で異なる武器や戦い方を習得できるかと聞いている」

「短いかどうかは分かんないけど、覚えるのが早いのは本当だよ。ルシウスもそう言ってるし」

 そう言ってハルカは誇らしげに竹刀を振った。

「何?怖くなった?」

 渡辺ツナはしばらく黙り込んだ後、深く息を吐いて再び構えを取る。

「……ハルカ、か。その名は覚えておこう」

 その言葉を聞いた瞬間、ハルカの目がぱっと輝いた。

「ははっ!いいねいいね!イケメンに名前呼ばれるのって気分いいな!さあ、続きだよ、ツナ!」


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