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プロジェクト【サハ】  作者: 諸星佑月
【第二章】鬼も地獄も人の内

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浄瑠璃姫

「はぁ?」

 タマモはわざとらしく声を張り上げ、呆れたように肩をすくめた。髪がさらりと揺れ、その狐耳までぴくりと動く。

「源氏のあのヨリミツ、ほんま見る目あらへんのう。おぬしたちで、あの蘆屋ドウマンとやり合おういうんかえ?」

 源氏の屋敷で一通り話を終えた後、ヒヨリは結局、那須野へ戻ることになった。タマモに「戻らねば平安京を焼き払う」とまで言われては大人しくするしかない。平安京から那須野までは距離もあるため、飛行能力を持つハルカがヒヨリを送り届け、フクロだけが源氏の屋敷へ残る形となった。源氏側にしてみれば、極短い間の人質代わりでもあるのだろう。

 昼の那須野は、風が吹くたびに草原が波のように揺れていた。青に染まりかけた空の下、タマモは大きな岩の上に腰掛け、頬杖をつきながらヒヨリを眺めている。

「まぁ……せやけど、その判断も分からんでもないわ。今の平安京で、あやつの周りに集まっとる連中は、この第三空間(サード)でも指折りの戦力や。十年前から今日まで、どうにか均衡を保っとった。けど今やシュテンの力まで蘆屋ドウマンに渡ってしもうた。戦力不足も極まっとる。おぬしたちみたいなトランスグレッサーにまで頼らなあかんほど、追い詰められとるいうことやな」

「源ヨリミツも言ってた。今のうちにハルカとフクロを少しでも強くするって」

 ヒヨリは地面に胡坐をかきながら、少し言いづらそうに視線を逸らした。

「……俺も、強くならないと駄目なんだ。このままだと足を引っ張る。だからタマモ、もしよかったら――」

「駄目じゃ。妾が欲しい思うた男を、そう簡単に手放すと思うたか?帰らせる気なんぞあらへんわ」

 タマモは妖艶な笑みを浮かべながらヒヨリの顎を指先で持ち上げる。その仕草だけで、相手を惑わせるような色気があった。

「う……」

「……せやけど、強うなりたい言うんなら話は別じゃ」

 彼女はようやくヒヨリから離れ、ゆっくり立ち上がる。長い尾がふわりと揺れた。

「おぬしのその妙な体質、妾にもまだ全部は分からへん。けど少なくとも、源氏の連中よりは妾の方が、おぬしを強うする方法を知っとる」

「本当か!?」

「当然やろ。そもそも妾なら、おぬしをここに閉じ込めて、一生妾だけのもんにすることもできる。やけど無理矢理は好かへんのでな。せめて蘆屋ドウマンの前で真っ先に死ぬような真似だけはせん程度には鍛えたるわ。ヒヨリ、戦う時のシュテンの体に浮かんどった模様、気ぃ付いとったやろ?」

 そう言って、彼女は右手を持ち上げた。

 次の瞬間、その白い腕に暗い橙色の鋭い紋様が浮かび上がる。血管のようでもあり、炎の裂け目のようでもある不気味な模様だった。

浮想紋(ふそうもん)――そう呼ばれる技じゃ。根印(ねしるし)を巡らせ、ハタを身体の一部に集中させることで、肉体を一時的に強化する。強いもんほど全身のハタ循環が速うなって、無意識に全身へ紋が浮かぶんや」

 タマモは振り返りもせず、十メートルはある巨岩へ掌を叩きつけた。

「ドン!!」

 まるで豆腐でも砕くかのように、巨大な岩は一瞬で粉砕された。衝撃で地面が揺れ、森の鳥たちが一斉に飛び立つ。崩れ落ちる岩石が土煙を巻き上げ、その余波だけでヒヨリの髪が激しく揺れた。

 しばらくして砂煙が晴れる頃には、そこにはもう岩の原形すら残っていなかった。

「どうじゃ?」

 タマモはどこか得意げに微笑む。

「平安京を救いたいんやったら、蘆屋ドウマンと戦いたいんやったら、この程度できへんようでは話にならへん。もっとも、妾は自在に扱えるだけや。おぬしはまず基礎からやな」

 ヒヨリは呆然と瓦礫の山を見つめていた。やがてゆっくり拳を握り締める。

「……教えてくれ」

「ふふ、素直でよろし。ほなまず、師と仰ぐべきやないかえ?」

 ヒヨリは一瞬だけ躊躇ったが、すぐに頭を下げた。

「……お願いします、師匠!」

「うむ。ええ返事じゃ」

 タマモは満足そうに頷いた。


「おおぉ……」

 源氏の屋敷の庭へ降下してきたハルカを見て、その場にいた三人が思わず声を漏らした。

 金色と銀を基調とした機械鎧。背部から噴射された光が風を切り裂き、ハルカはゆっくりと着地する。装甲の表面には淡い光が走り、金属粒子が滑るように流れていた。

 ハルカが背中の飛行ユニットを解除すると、装甲は粒子状に分解され、そのまま空気へ溶けるように消えていく。

 格好良すぎる。

 その場の誰もが同じことを思った。だが、一応は正式な場である。口に出す者はいない。

 渡辺ツナは横目で碓井サダミツと坂田キントキを見る。二人とも完全に目を輝かせていた。

 ――絶対メカに惚れている。

「あんたたち、本当にあの九尾の狐と知り合いなのか?」

 碓井サダミツが興味津々で歩み寄る。

「しかもヒヨリを気に入っているとはな……」

「うん。めちゃくちゃ気に入られてる。まぁ分かるけどね!ヒヨリって結構いい男だし!あ、そういえばタマモって昔ここにいたことあるんだっけ?」

「ああ。かなり昔の話だ、あの時俺もまだ源氏の者じゃなかった。でも、ろくなことはしていなかったみたい」

「オレも危険な妖狐だって聞いてるぜ……絶世の美女なんだろ?男なら誰でも骨抜きにされるとか。オマエの仲間、一人で残して大丈夫なのか?」

「まあ、大丈夫でしょう!」

「……ふん」

 渡辺ツナは不機嫌そうに鼻を鳴らし、何も言わずにそのまま背を向けて歩き去った。

 ハルカはその背中に向かって思い切り変顔をする。

「感じ悪っ!顔が良くなかったらとっくに殴ってるし。そういえばフクロは?」

「大将に呼ばれてるぜ」

 坂田キントキが親指で奥を示す。

「手合わせだとよ」

「えっ!?ずるい!!私もやりたいよ!!」


「――そこまで!」

 卜部スエタケの鋭い声が響いた。その合図と同時に、二人はほとんど寸分違わぬ動きで刀を引き、鞘へ収める。

 源ヨリミツはむしろ楽しげだった。

「いやぁ、想像以上だ!かなりやるじゃないか、君!」

 フクロは静かに刀を抱えるように持ちながら、視線を落とした。

「……いいのか。これは元々、お前たち源氏の残刻器(ざんこっき)なんだろう」

「あー、それについては、キントキの代わりに謝っておこうかな。確かにそれは源氏の宝刀、薄緑だ。でも盗まれたのはずっと昔の話でね。キントキは俺から聞いただけなんだ。そもそもあいつ、元々は源氏の人じゃないし、詳しい事情までは知らない」

 そう言って、源ヨリミツはフクロの腰の刀へ視線を向ける。

「せっかくだ。少し見せてもらえるか?」

 フクロは無言で頷き、ゆっくりと薄緑を抜き放った。

 鞘から現れた刀身は、雨雲の下でもなお淡い輝きを放っている。美しい刃文、澄んだ光沢。名刀と呼ばれるに相応しい姿だった。

 だが――。

 源ヨリミツと卜部スエタケの表情が、僅かに曇る。

「……スエタケ、どう思う?」

「おそらく……百年以上、不穏なハタに侵され続けているのでしょう。切れ味そのものは失われていません。ですが、かつての薄緑とは別物でしょう」

「そうか……薄緑、これも君の定め、か」

 一瞬だけ滲みかけた感情を押し殺し、源ヨリミツは再びフクロを見る。

「構わない。その残刻器(ざんこっき)は、これからも君が持っていろ。今の薄緑を扱える主がいるなら、それはきっと悪いことじゃない。それに、君に使ってみたい他の残刻器(ざんこっき)もあるさ」

「……分かった」

 フクロが刀を収めると、源ヨリミツは今度は興味深そうに彼の周囲をくるくる歩き始めた。

「でも、君の技って結構欠点が分かりやすいな」

「……どういう意味だ」

「強いんだよ。速いし、判断も悪くない。でもな、君の斬撃から、覚悟が感じられない。ヒヨリやハルカは分かりやすい。あの二人は何を信じて、何のために戦ってるのか、ちゃんと芯がある。でも君には、それが見えないんだ」

「……何を言うのかと思えば」

 フクロは顔を逸らした。

「戦えて、勝てればそれで十分だろ。信じるものなんて、力がなければ意味がない。強者であればいいだろう」

「昨日の平安京で起きたこと、部下たちから全部聞いてる。君、逃げ遅れた民を庇って戦ってたそうじゃないか?それに、わざわざあの二人と一緒にシュテンを助ける必要もないだろう」

 フクロの手が、刀の柄へ触れたまま止まる。

「……笑いたければ笑え。俺にも分からない。どうしてあんなことをしたのか」

「俺は記憶を失ってる。昔の自分が何者だったのかも知らない。何を考えて生きていたのかも、どこへ向かえばいいのかも分からない」

「なるほどなぁ」

 源ヨリミツは納得したように頷いた。

「だから君、どこか噛み合ってないんだ。でも、別に悪いことじゃないと思うぞ?今は今、過去は過去だ。全部失くしたなら、逆に好きに選び直せるってことだろ?俺はむしろ、いい機会だと思うけどな」

 沈黙が落ちる。庭に吹く風だけが静かに木々を揺らしていた。

 やがて源ヨリミツは、不意に真面目な顔になる。

「……君がそこまで話してくれた礼に、俺も一つ教えてやる」

「大将……」

 卜部スエタケがわずかに心配そうな顔をしたが、源ヨリミツは首を横に振る。

「君たち、不思議だったろ。なんでこんな子供が、源氏の大将なんてやってるのか」

「……」

「これは、俺がセイメイに頼んで、体を改造してもらったからだ。いや、正確には――体を元に戻してもらった。何せ我々源氏は、人類ではないから」

 フクロの目が見開かれる。

「……何だと?」

 源ヨリミツは片方の袖をまくり上げた。そこにあったものを見て、フクロは息を呑む。

 関節部分に、球体を繋いだような明確な継ぎ目が存在していた。さらによく見ると、源ヨリミツの肌には毛穴一つなく、細かな筋模様が均一に走っている。

「俺たち源氏は、元々浄瑠璃姫という人形使いが造った人形なんだ。もっとも、あの人の作る人形は既に人類と見分けがつかない域だったらしい。代々こういう体で生まれてくるが、今じゃ普通の人とほとんど変わらなく、成長、繁衍、老化することもできる。俺は、この体に眠っていた本来の力を無理やり引き出した。その代償として、本物の人形に近付いてしまったんだ」

 源ヨリミツはどこか懐かしそうに笑う。

「……今の俺になるまで、かなり時間がかかったよ。でも、キントキに、色んな人に助けられた。だから、君も焦る必要はない」

 そして、フクロの胸元を指差した。

「ちゃんと自分のサハ()を見てみろ。何を選ぶのか、何を望むのか。それを理解して初めて、自分自身が見える。本当に強い奴ってのは、そういうもんだ」

 フクロは答えなかった。ただ静かに、自分の胸へ手を当てる。

 ぽつり、と頬に冷たい感触が落ちる。

 空を見上げれば、灰色の雲がいつの間にか空を覆っていた。やがて、静かな雨が降り始める。


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