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プロジェクト【サハ】  作者: 諸星佑月
【第二章】鬼も地獄も人の内

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薄緑

 二人は慌てて立ち上がった。光柱は遥か遠く、ここからでは指先ほどの細さにしか見えない。だがフクロには分かる、あれがただ事であるはずがない。

「ハルカ!フクロ!」

 声に振り向くと、ヒヨリがこちらへ駆けてきており、その後ろにはタマモの姿もあった。

「ちょうどいい、タマモ。あれ何なんだ?」

 ハルカが黒赤の光柱を指差す。タマモは狐耳をぴくりと揺らし、その方角をじっと見つめた。しかし光柱は徐々に薄れていき、やがて跡形もなく消えてしまう。彼女は小さく息を吐いた。

「あの方角は平安京や」

「はぁ!?」

 ヒヨリが思わず声を上げる。

「十年前の大災害くらい、聞いたことはあるやろ。当時の平安京にも、ああいう光柱が現れとったんや」

「いや意味分かんねえって……じゃあまたあの血の雨が降るのか?誰もが鬼に変えるっていう……」

 ハルカが眉をひそめると、タマモは首を横に振った。

「……せやけど、十年前とは少ぉし違う。ハタの量もそこまで多ぉないし、あの時みたいに雨雲が京へ寄ってきとる気配もあらへん。血の雨は起こらへんと思うけど……碌でもない兆しなんは確かやなぁ。まぁ、源ヨリミツも伊達に名ぉ売っとるわけやないやろ。前も京を守り抜いたんやし、今回も何とかしよるんちゃう?」

「何とかで済ませる話じゃないだろ!」

 ヒヨリは今にも怒鳴りそうな勢いで叫んだ。

「俺、平安京へ行く!」

 タマモは呆れたように肩を竦める。

「阿呆やなぁ。源氏の連中と鉢合わせするつもりかえ?第一、どうやって行くんや——」

「ハルカ、お前の翼ならどれくらいで行ける?」

「少し時間は掛かるけど、行けると思う!」

 九尾の狐は額を押さえた。どうやらこの連中に常識を説こうとしたのが間違いだったらしい。

「あぁもう、しゃあないなぁ。京へ行く言うんやったら、昔、陰陽師はんらのとこから失敬してきた便利なもんがある。妾がそれで送ったげる」

「え、本当か!?」

「うむ。一瞬じゃ」

 タマモは袖から三枚の符を取り出すと、軽く手首を返して三人へ貼り付けた。すると足元に白い光が広がり、複雑な陣がゆっくりと展開し始める。ハルカは思わずしゃがみ込み、その紋様を覗き込んだ。

 ――術式。

 その言葉が、なぜかフクロの脳裏へ自然と浮かび上がる。彼は戸惑いながら頭を押さえた。

 どれだけ過去を探っても、自分の記憶には何もない。なのに、どうしてこんな知識が残っているのだろう。

「でも陰陽師って京の中にいるんじゃなかったのか?タマモ、お前昔あそこにいたのか?」

「ひ・み・つ♡もちろん、ただで送るわけやあらへんよ?」

 タマモは妙に眩しい笑顔を浮かべた。

「ヒヨリはちゃんと戻らへんかったら……妾、平安京ごと焼き払うさかいな?」

 とんでもないことを軽い口調で言われ、ヒヨリは全身に鳥肌を立てた。


「いや……いやぁっ!たすけっ……!」

 机の脇へ倒れ込んだチヨは、震えながら目の前の異形を見上げていた。紫色に膨れ上がった身体、剥き出しの牙、青黒い巨体が彼女の目前で立ち止まる。鬼は巨大な腕を振り上げ、そのままチヨの頭へ叩き付けようとした。人の頭を砕くなど、鬼にとっては豆腐を潰す程度のことなのだろう。

 チヨは悲鳴を呑み込み、固く目を閉じた。

 その瞬間、轟く雷鳴が響いた。

 恐る恐る目を開けると、自分の前には刀を手にした黒髪の少年が立っていた。

「お、お侍様……?」

 鬼は店の中央で仰向けに倒れていた。だが首だけが存在しない。チヨは思わず口を押さえる。フクロは静かに刀を鞘へ収め、荒れ果てた店内を見回した。砕けた壁、へし折れた木材、血を流したまま動かない死体。

「ぁ……ありがとうございました……」

「礼を言うのはまだ早い」

 フクロは眉を寄せる。

「外には出るな。もっと酷いことになってる。……平安京で何が起きた?」

「わ、わたしにも分かりません……!ずっと陰陽師様の結界があって、鬼なんて入れなかったのに……急に京の中心から大きな光柱が現れて、それから鬼が一斉に……!」


 通りは地獄だった。

 逃げ惑う人々、血走った目で獲物を追う鬼。屋根から飛び降りて人の首へ食らいつき、噛み千切られた死体を壁際へ放り捨てる。かつて灯火で賑わっていた街並みは、見る影もなく崩れ果てていた。

「どけぇっ!」

 ハルカの剣が鬼を真っ二つに裂く。襲われていた男を助け起こした直後、裂かれた鬼の肉体がぐちゃりと蠢いた。断面同士が繋がり、驚異的な速度で再生していく。

「うわ、マジかよ……!」

 赤い炎がハルカの背後で燃え上がる。その直後、ヒヨリの拳が鬼の胸へ叩き込まれた。紅蓮の火華が爆ぜ、巨大な火蓮が鬼を呑み込みながら一直線に突き進む。石畳を抉りながら吹き飛ばされた鬼は、二枚目の木壁を突き破ってようやく止まった。

「駄目だヒヨリ!普通の倒し方じゃっ!」

 その言葉通り、焼き払われたはずの鬼が再びゆっくり立ち上がった。

 ――ブゥゥン……

 奇妙な音が響き、ハルカが助けた男の体を青白い光膜が包み込む。表面には青い呪符が浮かび上がっていた。

「何だこれ……?」

 ヒヨリが周囲を見回すと、通りの人々全員が同じモノに守られている。鬼たちは狂ったように叩き、噛み付き、暴れているが、光膜はびくともしない。

「ハルカ!ヒヨリ!何が起きてる!?」

 店からフクロが飛び出してきた。三人が話している間にも、鬼たちがこちらへ近付いてくる。血走った眼で三人を見据え、飢えた獣のように唸り声を漏らしていた。

「――雷極!」

 抜刀と同時に、不吉な黒雷が刀身へ纏わり付いた。漆黒の雷撃は一瞬で鬼の巨体を貫き、焼け焦げた肉塊を散らす。鬼は膝をつき、そのまま重く崩れ落ちた。

 今度は再生しない。

「あれ、フクロの能力が効いている……」

 しかしハルカに問い暇もなく、また鬼たちが通りの奥から殺到してきた。フクロが再び刀を構えた、その瞬間だった。

 大地が激しく震動する。足元から突如として鋭い岩柱が突き上がり、飛び掛かってきた鬼たちを串刺しにした。鮮血が滴り落ちる。

 そこに立っていたのは、金色の逆立った髪をした大男だった。黄色い紋様が走っていた黒い巨斧を肩へ担ぎ、ゆっくりこちらへ歩いてくる。

「オマエら、何者だ。どこから京へ入った」

「え、えっと……その……」

 ヒヨリが返答に詰まる。

「……まあいい。危険は大方片付いた」

 男は斧を地面へ叩き付ける。それだけで足元が微かに揺れた。

【ハルカ、気を付けて!】

 ハルカは慌てて煌めく勝利の剣(レーヴァテイン)を背後へ隠し、小声で尋ねた。

「どうした、アルテミス?」

【この人、源ヨリミツの部下だ。確か、坂田キントキ……!絶対にトランスグレッサーだと知られないて!】

 坂田キントキは周囲を見回し、状況が落ち着いたことを確認すると再び斧を担いだ。

「京から離れた方がいいぞ。セイメイ様の護符は前からもう配り切った。悪いが、オマエらの分は無い。この先しばらくここは荒れるぞ」

「一体何が起きたんだ」

 フクロが一歩前へ出る。

「結界があったんだろ。どうして急にこんな状況に?」

「それは——」

 答えかけた坂田キントキの視線が、フクロの左手の残刻器(ざんこっき)で止まった。

 瞬間、その目に剥き出しの敵意が宿る。巨大な斧が何の前触れもなく振り下ろされた。

「ッ!」

 フクロは咄嗟に刀で受け止める。しかし重い。あまりにも重過ぎる。火花を散らしながら後方へ跳び退くと、地面へ叩き付けられた斧が石畳を五メートル以上も裂いていた。

「何をする!」

 坂田キントキは斧を握り締め、鋭く睨み付けた。

「何を、だと?源氏の名刀、薄緑を盗んだコソ泥が、よくもそんなことを聞けたもんだな!――トランスグレッサー!」

 坂田キントキの態度が突然変わったことに、三人もさすがに呆気に取られていた。だがすぐに、どうやらとんでもない誤解をされているらしいと気付く。

「……俺たちがトランスグレッサーなのは事実だ」

 フクロは観念したように口を開いた。

「でも、この残刻器(ざんこっき)第二空間(セカンド)で手に入れたものだ。薄緑なんて、俺は全く知らなかった」

「ほ、本当だって!」

 ヒヨリも慌てて続ける。

「この残刻器(ざんこっき)だって、前の世界でブルーハー血族と一緒に見つけたんだ!俺たち、これがお前らの物だなんて知らなかった!」

 しかし坂田キントキは聞く耳を持たなかった。再び巨大な斧を構え、鼻で笑う。

「そんな戯言なんぞ、信じられるか。――俱利伽羅(クリガラ)!」

 斧が振り下ろされると同時に、三人の足元から土塊が隆起した。まるで意思を持つ生き物のようにうねりながら突進し、そのまま押し潰そうとしてくる。

 ハルカはもう煌めく勝利の剣(レーヴァテイン)を隠す気もない。振り抜いた一閃で巨大な土塊を真っ二つに裂き、ヒヨリも炎で迎撃する。フクロの斬撃は正確に土塊を切り裂き、三人は突然の襲撃にも全く崩されなかった。

 それを見た坂田キントキは、逆に豪快に笑い出す。

「いいじゃねぇか!ならオレも容赦は――」

「何をしている、キントキ!」

 突撃しかけた坂田キントキを、背後から鋭い声が制した。

 振り返ると、そこには赤い弓を持つ白髪の武将が立っていた。神職のような衣装を纏った男が、いつの間に現れたのか気配すら感じさせなかった。

「スエタケ!ちょうどいい。こいつら、薄緑を盗んだトランスグレッサーだ!今から捕まえて連れて行こうと思ってたところで――」

「だから盗んでないって言ってるだろ!あんた、人の話聞けないのか!?」

 ハルカが思わず怒鳴った。

 だが卜部スエタケは坂田キントキの腕を掴み、そのまま強引に引き寄せる。

「今は連中を構っている場合じゃない!元凶は御神木の方にいる。大将からも、すぐ向かえとの命令だ」

「いや、でも――」

「どちらを優先すべきか、まだわかってないのか?それとも大将の命令も聞き入れないのか?」

 坂田キントキは言葉に詰まり、不満げに三人を睨んだあと、ようやく舌打ち混じりに頷いた。

 その時、ヒヨリが一歩前へ飛び出す。

「待ってくれ!俺たち、京の人たちを助けるために来たんだ!元凶を倒すなら、一緒に行かせてくれ!」

「はぁ?」

 坂田キントキは本気で耳を疑ったような顔をした。

「誰がオマエらコソ泥なんか連れてくかよ!ここで叩き潰されたいのか?」

「うわ、あんたほんっと頭固ぇな!」

 ハルカが思わず噛み付く。三十センチ以上は背の高い大男相手にも全く怯まない。

「本当に盗んだなら、わざわざあんたの目の前に来るわけないだろ!?手伝うって言ってんのに何で嫌がるんだよ!」

「オマエ今なんつった――」

「キントキ!」

 再び卜部スエタケが止めに入る。

「事態は一刻を争う。この人たちは放っておいて、これ以上時間を無駄にするな」

「チッ……分かったよ!」

 坂田キントキは不機嫌そうに吐き捨てると、そのまま駆け出した。

「俺たちもついて行こう!」

 ヒヨリが二人へ声を掛け、三人も後を追って走り出す。崩れた建物と血痕に塗れた路地を抜け、彼らは平安京の更に奥へ向かっていった。

【あぁもう……やっぱりこうなったじゃないかぁ……】

 アルテミスの声は泣きそうだった。

【源氏に見つからないように頑張ってたのに……今までの苦労、全部台無しじゃないかぁ!】

「お?」

 全速力で走りながら、ハルカがニヤリと笑う。

「じゃあ今から一人で那須野に逃げ帰るか?」

【冗談言わないでよ、私だって見殺しになんてしたくないし……でも、これ絶対あとで面倒なことになるよぉ……!】



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