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プロジェクト【サハ】  作者: 諸星佑月
【第二章】鬼も地獄も人の内

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辰断の変

 果てなき広がりを持つこの巨大な宇宙。

 いつ、どうやって生まれたのかさえ定かではないその銀河には、数え切れぬほどの世界と空間が存在している。

 それらすべては、()()()と呼ばれるエネルギー帯によって結ばれていた。

 ソルスの内部を流れるハタは、永遠に循環し続ける宇宙の根源エネルギー。万物はハタより生まれ、ハタによって滅びる。さらに消費されたハタすら、どこかに存在する巨大な変換炉によって再び新たなハタへと還元され、宇宙は半永久的に循環し続けていた。

 ――だが。

 ある日、あの宇宙の毒瘤(ドミネーター)が現れた。

 神魔にも等しいその存在は、辰断の変(ラプチャー)と呼ばれる戦いの中で、ソルスそのものを断ち切った。

 その瞬間、合計七つの空間は本来一つなりの宇宙から分断された。ソルスの切断所から莫大なハタが漏出したとはいえ、閉ざされた七つの空間は同時に変換炉との接続も失った。つまり、新たなハタは二度と供給されない。

 この宇宙に残されたハタが尽きた時。

 それが――最期となる。


「ブリットンスはなぁ、その辰断の変(ラプチャー)の時、ドミネーターを止め損ねて、そのままこの宇宙に閉じ込められた連中や」

 タマモは退屈そうに尾を揺らしながら続けた。

「まあ、それでも諦め悪ぅ足掻いとるみたいやけどな。妾からすれば、何したところで無駄骨や。宇宙ごと斬り裂くような毒瘤、関わらんのが一番やろ?」

 フクロは黙ったまま、目の前の九尾の妖狐を見据える。

「……それは本当なのか、俺たちを止めるための嘘じゃなくて」

「ヒヨリはともかく、妾はおぬしらの生き死になぞ興味あらへん。それに妾が欲しい男で、逃げ切れた奴なんぞ一人もおらん。わざわざ嘘ついて脅す意味もないやろ。――これが現実や。この宇宙は、もう長くない」

 ハルカは手にした三叉槍を強く握り締めた。

「……そのドミネーターってやつは?」

「さぁなぁ。まだこの宇宙のどこかにはおるんやろうけど、妾も居場所までは知らへん」

「なら簡単じゃん」

 あまりにも当然のように、少女は笑った。

「あのソルスっというのは斬られるものなら、直す方法だってあるだろう?だったらその方法を見つけて、そしてあのドミネーターをぶっ倒せばいいだけだよ」

 タマモは数秒、ぽかんとハルカを見つめ、やがて袖で口元を隠す。

「……っ、ふ、ふふ……あはははははっ!!倒す!?あの宇宙規模の怪物を!?根印(ねしるし)すら持たんただの人類が!?」

 笑いすぎて涙まで浮かべながら、タマモは腹を抱える。

「あぁ……あかん、ほんま笑える……!何年ぶりやろな、こんな面白い戯言聞いたん」

「笑ってる場合じゃないだろ、タマモ」

 ヒヨリが鋭く睨みつける。

「そんな力を持ってるのに、お前はただ滅びを待ってるだけじゃないか」

 その瞬間、タマモの笑みが消えた。

「もしお前の話が本当なら、この宇宙の世界全部が終わるんだろ。だったら、なおさら止まってる暇なんてない。ここにはチヨみたいな普通の人がいる。前の世界には、ようやく生き延びたブルーハー血族たちもいた。そんな奴らの人生や命が、こんな理不尽で終わっていいわけないだろ!」

「……少し、がっかりやなぁ。ヒヨリ」

 タマモの金色の瞳が冷たく細められる。

「その言葉、そっくり返したるわ。妾ですら届かん相手に、おぬしが何を大層なこと言うとるん?自分のため言うんやったら、まだ分かる。せやけど、力も責任もあらへんおぬしが、なんで他人を守ろうとする」

 フクロは視線は、俯いたままの金髪の少年へ。

「……羨ましいからだ。怒鳴られて、襲われて、嫌われて、騙されて……俺の人生は、ずっとそんなのばっかだった。誰かが笑いかけてくれること、隣にいてくれること――みんな、当たり前みたいに持ってるのに、俺には何一つなかったから」

 ハルカはそっと視線を逸らした。

 だがその時、ハルカは不意に目へ飛び込んできた光景に息を呑んだ。

 ――フクロが、泣いている。

 いや、泣いているとは言えない。表情は普段と何も変わらない。感情をわざと押し隠しているわけでもない。静かな顔のまま、いつも通り平然としている。

 それなのに、目尻からたった一滴だけ、小さな涙が静かに零れていた。

 本人すら気ついていない、あまりにも僅かな雫だった。

 ハルカだけ、それを偶然に見ていた。

「だから、俺は誰とも繋がれないとしても、守りたいんだ。誰かの大切な人生を。昔の俺みたいな奴を、見たくないから」

「……そうかい」

 タマモの声は、先ほどまでより少しだけ柔らかかった。

「悪ぅない答えや。上から目線の情けや正義なんぞより、よっぽど妾の好みやわ」


 ――バンッ!!

 安倍セイメイが勢いよく両手で盆をひっくり返した。哀れな盆はそのまま無惨にひっくり返り、茶器がガタガタと音を立てて床へ転がる。

 碓井サダミツはそっと隣の坂田キントキに顔を寄せ、小声で囁く。

「セイメイ様って、また昼間から酒でも飲んでたのか? 今日はやけに短気だな?」

「知らねぇ……俺かれ見るとずっとこんな感じだけど」

「そこ!! サダミツ! キントキ!」

 安倍セイメイが振り返り、ぴしゃりと二人を指差した。

「すみませんっした!」

「いててててっ、セイメイ様もっと優しくお願いしますよ!麗しい美人なのに、いつもそんなに怒ったら台無しですよ!」

 二人は反射的に背筋を伸ばして立ち上がったものの、次の瞬間には安倍セイメイに耳を掴まれていた。

 鬼を何体も斬り伏せてきた猛者が、情けない声を上げている。

「あなたたち、誰も事の重大さを分かってません! いい歳して他人事みたいな顔して……まったく! 口では協力だなんだと言っておきながら、こっちが大変な時には援軍の一つも寄越さない……やっぱりブリットンスってのは――……あっ」

 言葉の途中で、部屋の隅で、俯いたまま黙っている源ヨリミツを気付き、安倍セイメイは気まずそうに目を逸らすと、掴んでいた二人の耳を離した。咳払いを一つして、手を後ろに回しながら源ヨリミツの前へ歩いていく。

「……やっぱり、俺が間違っていたのか。セイメイ」

 少年は顔を上げないまま、ぽつりと問いかけた。

「……いえ。すみません、今のは私の言い方が悪かったです。ブリットンスからの情報がなければ、我々は現状すら把握できませんでした。本当に申し訳ありません、ヨリミツ様」

 源ヨリミツは困ったように笑った。

「俺からもごめん。セイメイはちゃんと休憩しなくちゃならないのに、心配してもらって。でも、今日聞いた話も、セイメイが言った大災害のことも……今の俺たちに全部を乗り越えられる保証なんてない」

 小さな将軍は静かに立ち上がり、彼女の横を通り過ぎる。部下四人の前を歩き、そのまま御簾の前で足を止めた。

 彼は振り返った。

「でも、昔誓っただろう?」

 幼い姿のはずなのに、その瞳だけは誰よりも真っ直ぐだった。

「どれだけ厳しい状況でも、俺がいる限り全部希望に変えてみせる、俺の故郷は何があろうとも護り通せって」

 その空気を破ったのは、坂田キントキの豪快な笑い声だった。

「ははっ! 当たり前だろ! 大将がどこへ行こうが、オレたちはついて行くって!」

「この命は既に大将のものです。悪であれば、斬るべし」

 渡辺ツナは両眼を閉じた。

 碓井サダミツも口元を緩め、軽々しく立ち上がった

「何が来ようが、派手に暴れてやりましょうよ、大将」

 卜部スエタケも真っ直ぐに少年を見据える。

「必ず全力を尽くします。どれほど強大な敵だろうと、我々はあなた様の隣に立ち続けます」

「……ありがとう」

 源ヨリミツは彼らに頷いて、御簾へ手をかけた。


 ――また、この場所だ。

 淡紫、薄紅、白の花々。

 どこまでも透き通るような、現実味のない蒼空。木々の枝葉が空の一角を覆い、その隙間から零れ落ちる黄金色の陽光が、柔らかな草地を静かに照らしている。

 ……俺は今、芝生に寝転がっているのか?

 妙だな。

 こんな場所、来た覚えなんて一度もないのに。

 ――また、足音だ。

 誰なんだ、一体。

 どうして俺は、何度もこんな夢を見る?

 どうして――


「ヒヨリ、おはようさん♪」

 目を開けた瞬間、タマモの顔がぐいぐい迫ってきた。

「うわぁっ!?」

「やっと起きたん?すまんなぁ、妾も人を起こすん久しぶりで加減忘れてもうたわ。どない?気分は」

 そこでようやく、ヒヨリは自分の状況を理解した。

 タマモが、またしても完全に自分の上へ覆い被さっている。体はぴったり密着し、柔らかな感触が胸元へ押し当てられていた。着崩れた胸元から覗く危うい谷間まで、至近距離ではっきり見えてしまう。

「……なぁ」

 朝から頭痛を覚えながら、ヒヨリは呆れたように口を開いた。

「そういえば……なんでそんなに俺に興味持つんだ?」

 タマモの耳がぴくりと揺れるたび、飾られた鈴がちりん、と心地よい音を鳴らした。

「あら、ヒヨリ。やっぱり気になってたんや?そらもう、体と顔がど真ん中で好みやからや♪それに、おぬし……ハタもえらい濃いしなぁ。普通の人よりずっと量が多い、搾りがいありそうやわぁ……」

 そこまで言ったところで、タマモは急に袖で口元を隠し、わざとらしく身をよじった。

「やぁん、嫌やわぁ♪ヒヨリったら、朝から妾に恥ずかしいこと言わせるんやから♡」

「いや俺悪くないだろ……!?ハタ、か……」

 ヒヨリはふと、以前の出来事を思い出した。

「そういえば前の世界でも似たようなこと言われたな。フランっていうロボットが、俺の体質は普通じゃないって。致命傷でも、すぐ直るぐらい変な体質で……」

「ほぉ?」

「タマモは、宇宙のことにも詳しいだろう?何か知ってるか?」

「んー……」

 タマモは顎へ指を当て、少し考え込む。

「難しいところやなぁ。ヒヨリの場合、根印(ねしるし)がえらい強いより、ハタが異様に多いんや。同じようなんは妾もあんまり――」

 そこで、タマモの狐耳がぴくりと震える。


「フクロみーっけ!」

 林の奥から現れたハルカが、腰へ手を当てたまま崖際に座るフクロへ歩み寄った。

「本当に空気読めないやつ。誰だって、一人になりたい時くらいあるだろ」

「言ったでしょう、私って好みの男に対して結構勘が鋭いんだよ?」

 ハルカは隣へ腰を下ろし、唐突にそんなことを言い出した。

「いい男ほど、色々抱え込んで隠したがるんだよね。でも私、大体当たるんだ」

「……何が言いたい」

「今、頭の中ぐちゃぐちゃでしょ?むしろ今まで平気そうだった方が不思議だよ。あんた、全然記憶喪失っぽくないもん」

 フクロの手が、強く土を掴んだ。

 ――その通りだった。

 胸の奥に渦がある。ぐるぐると回り続け、心臓を掻き回してくるような不快感。

 苦しくて、気持ち悪い。

 だが、理由が分からない。どうして自分がこんな風になるのかも。

 ただ、一つだけ確かな感覚があった。今の自分は、きっと以前の自分とかけ離れている。弱者に価値などないと思っているくせに、自分は一人でいるべき人のはずなのに――

「……お前らのせいだよ。俺の何もかもが混乱している」

「そっか」

 ハルカはむしろ楽しそうに笑う。

「でもね、昔聞いたことあるんだ。宇宙って、最初からずっと混乱そのものだったんだって。そこから少しずつ形になって、今みたいにたくさんの世界が生まれて、面白い奴らも増えてったんだよ」

「……慰めてるつもりか?」

「だってさ、そんないい顔して、ずっと不機嫌なの勿体ないじゃん?私はただ自分のためにいまの話をしたんだよ」

 呆れた。

 だが同時に、胸の奥へ微かに灯る感情があった。

 たとえ今はまだ、それが何なのか、自分でも分からないまま。

「……軽薄な女だな」

「へへ!」

 崖の上に並んで座っていた二人は、まだろくに言葉も交わしていなかった。

 突然に、遠くの空を貫くように、黒紅色の光柱が突如として立ち上る。

「――っ!?」

 二人は同時に顔色を変え、慌てて立ち上がった。

 あの方角は――平安京だった。


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