表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プロジェクト【サハ】  作者: 諸星佑月
【第二章】鬼も地獄も人の内

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
42/72

那須野

 この突然の襲撃を受け、さすがに一行も少し休息を取ることになった。三人はイバラキの提案に従って休んでいた場所へ戻り、イバラキ自身は一人、山道を下っていく。

 片腕で生い茂る枝をかき分けながら進み、やがて巨大な岩の下で足を止めた。イバラキは顔を上げ、岩の上へ向かって声を投げる。

「ホシグマ、降りてこい」

 しばらくして、人影がひらりと飛び降りた。

 墨色の短髪に、赤茶の浴衣を纏った男。胸元には大きな傷痕が走り、赤みがかった瞳がイバラキを見下ろしている。

「那須野へ行ってくる。すぐ戻るが、一応伝えておこう」

 ホシグマは、軽薄そうに両手を頭の後ろへ回した。

「へぇ、こういう時だけ律儀なんだな? シュテンが勝手に他人をここへ連れてきた時は、ずいぶん突然だったじゃねぇか」

「……シュテンのやることに、オマエが口を挟むな」

「はいはい」

 ホシグマは肩を竦め、そのまま岩へ飛び乗る。

「なぁイバラキ。お前、一体何のために大江山にいるんだ? 俺も、この山の鬼どもも、本能に従ってシュテンの強さに惹かれて集まった。あいつがその気なら、平安京の結界なんざ簡単にぶち破れる。なのに本人は妙に大人しい上、自分の力まで抑え込んでる……何考えてんだか分かりゃしねぇ」

「何が言いたい」

 イバラキの視線に、はっきりと怒気が宿る。

「じゃあはっきり言ってやるよ。俺らのような人の血肉なしじゃ生きられねぇ化け物共が、いつまで待たれると思う?シュテンだって、そんなざまじゃあいつまで正気でいられる?どうせ、いつかは……」

 ――ゴッ!!

 イバラキの拳が岩へ叩き込まれた。

 ホシグマの足元から、巨大な亀裂が音を立てて走る。

「ホシグマ。またそんな挑発をやってみろ。次はオマエの頭を吹っ飛ばしてやる。前に大江山が討伐されたこと、オマエが関わっていることくらい知っている」

「……やっぱお前異端だよ。イバラキ」

 イバラキは左腕を振り払うように背を向けた。

「もう用はない。余計な真似はするな」

 ホシグマは岩の上へ腰を下ろし、林の奥へ消えていくイバラキの背を、冷え切った目でじっと見送っていた。


 イバラキが腕を大きく振るうと、空中に橙色の光を帯びた渦が現れた。円形の門のようなそれはゆっくり拡大し、中では乳白色の液体めいた何かが不思議に揺らめいている。

「これって……」

「ボクの能力、羅生門(ラショウモン)だ。くぐれば、すぐ目的地に辿りつけるから」

「なんだが……縮小版の貫通トンネルじゃん」

 ハルカが思わず呟いた。

「貫通トンネル?オマエたちには、そう見えるのか?」

「うーん……まあ、かなり」

 イバラキは少し考え込んだが、それ以上は追及せず門の中へ足を踏み入れた。三人も後に続き、やがて羅生門ごと姿が消える。

 眩い光に、フクロは一瞬目を閉じた。

 次に目を開いた時、彼らは別の山中の空き地へ立っていた。足元には岩が散らばり、細い川の流れる音が響いている。どうやらどこかの山腹らしい。

「おぉ……俺たち、もう別の場所に来たの?同じ山の中だからあんまり実感ないけど……」

 ヒヨリが辺りを見回す。

「ここは那須野だ。周りをしっかり見よう、平安京はもうどこにも見当たらないはず。大江山からはかなり離れている」

 確かに。フクロの視界に、都の影はどこにもなかった。

「そういえば、イバラキ。これから会わせる相手も、鬼なのか?」

「……会えば分かる」

 イバラキはそれだけフクロに答え、さらに山道を進んでいく。

 林を抜け、小川を渡り、岩場を越えた先で、彼はようやく立ち止まった。

 ヒヨリが周囲を丁寧に観察しようと、その時だった。

 ――チリン。

 鈴のような澄んだ音が響く。

 音は次第に近づき、空気に甘ったるい香りが混じり始めた。頭がぼうっとするほど甘美で、骨の奥まで痺れるような香り。

「ふふっ」

 艶やかな声が降ってくる。

「久しぶりやなぁ、イバラキちゃん。今日はまた、どないな風の吹き回しどす?」

 巨大な岩山の中腹。そこへ、いつの間に現れたのか、ある女が腰掛けていた。

 ふわりと風に揺れる浅い橙色の髪。その頭には狐を思わせる大きな耳がぴんと立ち、楽しげに揺れている。瞳は琥珀色に輝き、細めるたびに人を惑わせるような艶やかさを帯びていた。額には紅の紋様が刻まれており、妖しい雰囲気を醸し出している。

 肩を大胆に露出した桃色の和装は、胸元が大きく開かれていて、豊満な肢体をこれでもかと強調していた。白い毛皮の縁取りが施された羽織は高級感に溢れているが、その着崩したような装いのせいで、どこか退廃的な色香まで漂わせている。

 腰の後ろには、幾重にも広がる巨大な狐の尾。陽光を浴びて金色に輝くその毛並みは柔らかそうで、まるで上等な絹のようだった。彼女が身じろぎするたび、尾がゆったりと波打ち、甘ったるい香のような妖気が周囲に満ちていく。

 そして何より印象的なのは、その笑顔だ。

 無邪気で愛らしく笑っているはずなのに、視線を合わせた瞬間、体の奥底まで見透かされるような錯覚を覚える。まるで獲物を誘惑する獣そのもの――男であれ女であれ、気づけば彼女から目を離せなくなってしまう。

 まさしく、人心を誑かす金毛の妖狐。

「邪魔する、タマモ」

 イバラキが前へ進み出る。

「用件だけ言おう。こいつらはトランスグレッサーだ。シュテンに頼まれ、情報を与えてほしいと、連れてきた」

 タマモは脚を組み替え、面倒そうに頬杖をついた。

「ほんま、人使いの荒いこと。シュテンも、おぬしもや。妾はてっきり、久方ぶりに貢ぎ物でも持って来たんかと思うたわ。……で?なんで妾が助けなあかんの?」

 そこで彼女の金色の瞳が、ハルカたち三人を順番に眺める。

「ごめん、えっと……タマモ、でいいのか?確かに、今の俺たちにはお前に助けてもらえる義理なんて、どこにもないと思う」

 それでもヒヨリは真っ直ぐ彼女を見上げた。

「でも、今はなくても……将来は違うかもしれない!もし今、力を貸してくれるなら、俺たちも絶対、いつか全力で恩返しする!」

「……」

「信じてもらえないかも……うわぁっ!?」

 誰一人反応する暇もなかった。次の瞬間には、タマモが岩場から飛び降り、そのままヒヨリへ抱きついていたのである。

 盛大に押し倒されたヒヨリの上で、タマモは尻尾をふわふわ揺らしながら上機嫌みたいだ。

 フクロとハルカは呆然なままだ。

「ちょ、待っ――おい!何すんだ!?」

 ヒヨリは慌てて彼女を引き離そうとするが、見た目に反してタマモの力は異様に強い。ぴったり身体を押し付けたまま、まるで離れる気配がない。

 しかも彼女はヒヨリの頬を両手でむにっと掴むと、真剣な顔で左右からじろじろ観察し始めた。

「むむ……」

「な、なんだよ……」

 しばらく無言で見つめ続けたあと――ぱあっと花が咲くように笑った。

「なんやイバラキちゃん、最初から言わんかいな!こんな妾好みのええ男、よう連れて来てくれたわぁ!」

 タマモは満面の笑みでヒヨリへ抱きつき直す。

「ふふ、今日はほんまにええ日やなぁ。さ、お名前聞かせて?妾のお気に入りさん?」

「ヒ、ヒヨリ……」

「うんうん、決めたわ。今日からおぬし、妾のもんや♪」

 ヒヨリの顔が、完全にタマモの胸へ埋まっている。

「ぷはっ! あの、ちょっと離れて!」

「おっと、すまんなぁ。あんまり好みど真ん中やったもんで、ついはしゃいでしもうたわ。ほれ、知りたいことがあるんやろ?妾に聞いてみぃ。なんでも教えたるよ?」

「……なんでも教えてくれるって、本当か?」

「ほんまやとも。――せやけど、おぬしがここに残って、妾のものになってくれるなら、なぁ?せっかく見つけた可愛い子が、自分から死地へ向かうなんて、妾は嫌やわ。……なあ、ヒヨリ。ここに残って、ずっと妾のそばにおり?な?」

 美女妖狐は、するりとヒヨリの腕へ自らの腕を絡め、そのまま甘えるように胸元へ身を寄せた。花が綻ぶような艶やかな笑みと、鼻腔をくすぐる甘い香り。柔らかな感触までもが容赦なく理性を揺さぶってくる。

 ――こんなにも蠱惑的な誘いを、果たして拒める者などいるのだろうか。

「……なんでだ」

 ヒヨリの低い声に、タマモは少し驚いたようだった。

「まだ俺たちのこと何も知らないのに、どうしてそんなに俺たちが、進めば死ぬって決めつける?」

 ぴくり、と獣耳が揺れる。タマモは数歩下がり、背を向けた。

「……そうやなぁ。ほんならまずは、力で教えたげる。立ち止まって生きることこそ、本当の幸せやってことを、な」

 ――ドォン!!

 直後、雷鳴が天地を揺らした。

 稲妻が空を裂き、いつの間にか頭上には黒雲が渦巻いている。白い雷光が雲の奥で脈打ち、今にも三人へ襲いかかろうとしていた。

【これは……!】

「どうした、アルテミス?」

【……思い出した。彼女は、かつてブリットンスの協定騎士の一人、元召喚使いよ。それに名前だけだが、ずっと前から聞いたこともある……間違いなく、とんでもなく強い!】

「ちっ」

 フクロは露骨にヒヨリを睨みつけると、即座に刀を抜いた。

「ほんと、厄介事ばっか連れてきやがる」

 その直後――白く眩い光が天から降り注いだ。厚い黒雲の中から三条の雷が一直線に落ち、轟音と共に地面を爆ぜさせる。焼け焦げた黒煙がゆっくり晴れていく。

「ーーサプレッション・ロック!」

 その奥で、黄金の光子円盤を盾のように構えていたのは、純白の装甲を纏ったハルカだった。だが彼女の後ろに、ヒヨリとフクロの姿はない。

「――っ!」

 タマモが咄嗟に身を翻した瞬間、燃え盛る拳が彼女のすぐ脇を叩き抜いた。背後の岩肌が轟音と共に砕け散り、黒く焦げた痕が刻まれる。

「わぁ……ヒヨリはん、美女の扱いが雑やなぁ」

裂炎(クラック)!」

 ヒヨリは答えもせず、そのまま一直線に突っ込んだ。

「メギドフレア!」

 四方八方から巨大な火球が殺到する。至近距離にいたタマモは、一瞬で爆炎の渦に呑み込まれ、その姿すら見えなくなった。

 ――だが。

 唐突に吹き荒れた暴風が、炎そのものを巻き返す。

「っ、ぐ……!?」

 ヒヨリは自らの炎をまともに浴び、そのまま猛烈な風圧に吹き飛ばされて地面へ叩きつけられた。

 相手の能力のはずだ。だが、何だこの能力は――。

 ゆるりと歩み出たタマモが、ふと目を細める。咄嗟に、彼女は地を蹴って前へ滑った。わずかに遅れて、足元を黒雷が焼き裂く。

審判(トライアル)

「雷極」

 空気を切り裂く鋭い刀鳴り。

 しかしタマモは袖を払っただけだった。彼女の傍らに突如現れた鏡面から、白い雷光が奔流のように溢れ出す。

 白と黒。二つの雷は空中で激突し、互いを喰らい合うように弾け散った。

【アーマーアクセス――アレース】

嗜血の無敗矛(フロガドーリュ)!】

 タマモがフクロへ対処していた、その隙。彼女の額すれすれを、赤の矛が唸りを上げて突き抜けた。遠方からそれを投擲したハルカが、敵意に満ちた瞳でタマモを睨み据える。

「……洪水、招来」

 またしても鏡。

 そこから噴き出した激流が矛を呑み込み、そのまま放電していた鏡がフクロへ激突する。勢いのままハルカとヒヨリまで巻き込み、三人まとめて空地へ叩き落とした。

「どうや?」

 タマモは高い岩上から見下ろす。

「自分らが、どれほど未熟かよう分かったやろ?」

「まだだッ!まだ負けていない!」

 ハルカは落ちかけた矛を掴み、そのまま前転して立ち上がる。

「……ほんま、妾がいっとう苦手な手合いやわぁ」

 タマモが呆れたようにため息をついた、その時にぞわり、と背筋を凍らせる殺気が空気を裂いた。

「平地轟雷!」

 地面から噴き上がった黒雷が檻のように彼女を囲み、その隙を縫ってフクロの斬撃が走る。

 技を放て、刀も確かに斬った。

 だが次の瞬間、フクロは違和感に眉をひそめた。斬れたのは尾だった。大きな狐尾が、即座に再生する。

「ブレイズバースト!」

 今度はヒヨリの爆炎。岩山ごと焼き尽くす勢いの火柱が炸裂する。だが再び暴風が巻き起こり、炎を吹き飛ばした。

 その中心で、タマモは何事もなかったように尾を揺らしている。

「無駄どすえ」

 ひらり、と袖が翻る。

 空中に巨大な水流が現れ、濁流となって三人へ襲いかかった。

「よーし、これを待ってた!行くぞ、アルテミス!」

 ハルカが笑って、矛を抱えたまま激流へ飛び込んだ。

【アーマーアクセス――ポセイドン!】

世を司る巨神の三叉槍(エナリオストリアイナ)!】

 白銀の穂先が深海のような蒼光を迸らせる。

 刹那、一本矛だったそれは三つの刃を持つ神威の武器へと姿を変え、荒れ狂う濁流の中心へ鋭く切っ先を向けた。

海神(パントギガス)!」

 タマモの洪水が、まるで意思を持ったように軌道を変えた。ハルカを避け、そのまま槍の示す先――タマモ自身へ牙を剥く。

「へぇ……!」

 タマモも即座に新たな濁流を呼び出した。二つの大水流が正面衝突し、凄まじい水飛沫が辺り一面を呑み込む。岩山も空地も、一瞬で水浸しになった。

 ハルカは着地した瞬間、膝をついた。

「はぁ……っ、はぁ……!」

 恐らくまた無理矢理残刻器(ざんこっき)を使った反動だが、それでも彼女は強がりで顔を上げる。

 タマモは濡れた振袖を軽く払った。

「……なるほどなぁ。シュテンが気に入るのも、よう分かるわ。せやけど――」

 タマモは再び岩上へ腰掛け、もう戦いたくないようだ。あるいは、飽きたかもしれない。

「全体的にゃ、まだまだ弱い。いうより、おぬしら三人、まるで噛み合うてへん。誰一人、仲間と息が合っとらんのや。青二才にも程があるえ」

「だから前に進むんだ!」

 ハルカが叫んだ。

「成長しようとしなかったら、それこそ一生変われない!」

「……イバラキちゃん。この子ら、自分らの宇宙が今どうなっとるか、ちゃんと分かっとるん?」

 それまで静かに戦いを見守っていたイバラキが、重々しく一歩前へ踏み出した。

「詳しくは話してない。だが……ドミネーターについては知らないみたいだな」

 その言葉に、フクロが即座に反応する。

「ドミネーター……?お前ら、知ってるのか?」

「はぁ……」

 タマモは深々とため息をついた。

「ほんま、なんも知らへんのやなぁ」

 彼女は高い岩へ座り直し、指先で髪をくるくる弄びながら考え込む。

「どうしたもんやろなぁ……。まぁ妾としては、ヒヨリは帰したないんやけど。イバラキちゃん、おぬしは先に戻り。こいつらは妾が預かるえ」

「……分かった。本当に妙なことはするなよ?」

「ふふ、シュテンの顔くらいは立てたげるわ。あの男、妾もわりと気に入っとるしなぁ。……ああ、もちろんイバラキちゃんのことも好いとるえ?」

 その台詞に、ヒヨリとフクロが同時にハルカを振り返った。

「……何?」

「いや」

 フクロが淡々と言う。

「お前みたいな痴女が他にもいるんだなって思っただけだ」

「失礼だな――!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ