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プロジェクト【サハ】  作者: 諸星佑月
【第二章】鬼も地獄も人の内

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招かれざる者

【なっ……ナタ……!?】

「そいつを知ってるのか、アルテミス?」

第四空間(フォース)には、紫微天宮という巨大な宮殿があるの。そこの将兵たちは、全宇宙においても決して弱くない者ばかり……。ナタ……私も名前しか知らないけれど、噂では、かつて本物の神から受け継がれた力を宿しているらしい……】

 ナタが左手を伸ばした瞬間、青銅の柄に紅い穂先を持つ長槍が識転を解除し、その手に現れた。穂先から、空へ突き抜ける火柱が噴出した。

【アーマーアクセス――フレイ!】

煌めく勝利の剣(レーヴァテイン)!】

 真紅の穂先がハルカの眼前に迫る。しかし、ハルカの方が早かった。アルテミスが瞬時に形態変化し、黄金に輝く剣へ変わる。鋭い金属音が響き、ぶつかり合った二つの残刻器(ざんこっき)が激しい火花を散らした。

 腕はハルカより細いはずなのに、ナタの腕力はまるで劣らない。続けざまの突きは肉眼で追うことすら困難な速度で、ハルカは防御だけで精一杯だった。

 ナタの横から、燃え上がる拳を纏ったヒヨリが突っ込んできたのだ。

裂炎(クラック)!」

 ナタは躊躇なくハルカを蹴り飛ばし、槍の柄でヒヨリの拳を真正面から受け止めた。

 ヒヨリは目を見開いた。あのアルジャーノンでさえ、自分の力を正面から受けようとはしなかったのに。

「やるじゃないか」

 ナタが口元を吊り上げる。

「だが、まだ甘い!」

 肩に掛けていた金色の輪が突然巨大化し、自ら空へ飛び出した。大きく弧を描いて戻ってきたそれは、容赦なくヒヨリを吹き飛ばす。

審判(トライアル)

 背後から黒い雷が襲いかかる。しかし輪は再びナタの手元へ戻り、一撃で雷を砕き、そのまま後方から迫っていたフクロの斬撃まで受け止めた。

 さらにナタは空いた槍をそのままフクロへ突き出す。だがフクロも読んでいた。右脚を振り抜き、ナタの脇腹へ叩き込む。

 互いの距離が一気に離れた。

 態勢を立て直したナタが顔を上げると、黄金の剣、燃え上がる拳、黒雷を纏った刀――三方向から同時に攻撃が迫っていた。

「ほう……」

 ナタは感心したように笑う。

「オマエたち、案外大物になれるかもしれないな。だが、オレはその未来を与える気はないさ!」

 どこからともなく現れた深紅の布がハルカの腰へ絡みついた。次の瞬間、そのまま勢いよく振り回され、残り二人へ叩きつけられる。

 三人まとめて古木へ激突し、大量の木の葉が舞い散った。

 赤い布はまるで生き物のように宙を漂い、ナタの背後へと浮かぶ。金色の輪も元の大きさへ戻り、再び肩へ掛かった。

「なあ、アルテミス……」

 ハルカが痛みに顔をしかめながら立ち上がる。

「今のって、まさか全部残刻器(ざんこっき)とか言わないよな?」

【……残念だけど事実よ。ハルカが複数の武器を扱えるなら、複数の残刻器(ざんこっき)を使役できる根印(ねしるし)持つ者がいても不思議じゃない】

「面倒な相手だな……」

 フクロが三人を相手にしながら余裕を崩さない少年を睨む。

 ナタは再び槍を向けた。

「トランスグレッサー。オマエたちの目的は何だ、なぜ世界を渡った。今この宇宙は十分混乱している、これ以上余計なことをするな」

 ヒヨリが歯を食いしばって踏み出そうとした時、ハルカが前へ出た。

「こっちから聞きたい。なんで渡っちゃ駄目なんだ」

「聞くまでもない。第二空間(セカンド)を見ただろう。あれが宇宙を好き勝手に行き来した結果だ。あんな悲劇を繰り返さないためにトンネルが常に制限されている。それで足りないとでも?」

「でも俺は、自分がどこの人ですら……!」

「ただ自分の出自を知りたいだけなら、ブリットンスの王は案外寛容だ。そのくらいの情報ならくれてやるだろう、わざわざ敵対する必要もない」

 今度ヒヨリはすこしびっくりした。戦えば今すぐ自分たちを捕らえられるはずなのに――このナタは、話し合いの余地を残していた。

「気に入らねぇな!」

 ナタが目を向けたのは、口を開いたハルカだった。

「なんで私があんたたちのルールに従わなきゃいけないんだよ。宇宙はこんなに広いのに、なんで自由に色んな場所へ見に行っちゃ駄目なんだ!天宮が何かなんて知らない。ブリットンスが何かも知らない。私が知ってるのは――」

 その瞳が真っ直ぐナタを見据えた。

「私の前に立ち塞がるなら、全部ぶっ飛ばすってことだけだ」

「……ただ宇宙を見たいだけで命を懸けるのか、身の程知らずの賊徒」

 ハルカは迷いなく笑った。

「自分らしく生きたいなら、命くらい懸けるよ。命懸けて、自由に生きるんだ!」

 ナタは、目の前のツインテールの少女の瞳を見つめたまま、一瞬、完全に動きを止めた。

「――ッ!」

 ハルカの言葉が終わったその瞬間だった。ナタの足元の地面から、突如として血まみれの腕が伸び、その足首を掴む。

「なっ!?」

 驚いたナタは咄嗟に槍を振り下ろし、その腕を貫いて拘束を振りほどく。そのまま三人から距離を取った。

「え、なにこれ!?いつの間にこんなの使えるようになったの!?」

 ハルカが振り返って少年二人に質問した。

「……違う」

 フクロは首を振った。

「俺でもない」

 ヒヨリもまた、ナタが退いた方向とは反対側へ視線を向ける。

 そこにいたのは――シュテンだった。

 濃紺の羽織を纏った角持ちの男が、頭を垂れたまま両腕をだらりと下げ、一歩、また一歩とゆっくり歩いてくる。

「え……シュテン?」

 シュテンが顔を上げた。本来なら鮮紅色だった瞳は異様な黒に侵され、白目は完全に消え失せていた。鋭い牙が口元から剥き出しになり、その視線はただ一点――ナタだけを見据えている。

 次の瞬間、地面が爆ぜた。

「ぐっ!?」

 ナタの身体が数メートル先まで吹き飛ぶ。しかしシュテンは止まらない。咆哮を上げながら追撃し、鋭い爪が槍へ何度も叩きつけられるたび、激しい火花が散る。周囲の木々が次々と薙ぎ倒されていった。

 そこに人らしさなど欠片もない。ただ獲物を喰らう化け物そのものだった。

 三人が状況を理解できず立ち尽くしていると、そこでイバラキが駆け込んでくる。

「イバラキ!」

 ヒヨリが慌てて近寄った。

「シュテンがどうしたんだ!?」

 イバラキは肩で息をしながら、悲しげな顔でその戦況へ見つめた。

「……言ったはずだ。鬼とはこういうものだと、今さら驚くことはないだろう。ボクたちは……平安京中から忌み嫌われる化け物なんだから」

 その時、シュテンが槍へ牙を立てた。両手で槍を掴み、そのままナタを地面へ押し倒す。

「この野郎……!混天綾(こんてんりょう)!!」

 その赤い綾がまた空中から飛来し、シュテンの身体へ巻きついて無理やり引き剥がした。

「はぁ……っ、はぁ……!」

 ナタが荒く息をつきながら立ち上がる。だがその瞬間、足元を何かが掴んだ。

 また血塗れの手だ、だが今度は一つではない。ナタを中心に黒い渦が広がり、その中から無数の手が這い出してくる。肉が裂けた死体たちが地面の下から現れ、腕が、脚が、次々とその身体へ絡みついていく。

「な、なんだこれは……!?」

 そしてナタが見たのは、深淵の底で、自分を見上げる無数の醜悪な顔を。

 ビリッと、赤い綾が引き裂かれる音が響く。

 自由になったシュテンがまた爪を伸ばした――その時、燃え盛る金色の輪が空から降り注ぎ、シュテンへ直撃した。輪はそのまま戻り、ナタはそれを掴んで血の池から飛び上がる。

 空中で一回転し、二つの輪の上へ宙に浮かぶ。シュテンに引き裂かれた赤い綾がゆっくり元の姿へ戻っていく。

「こんな強烈な破壊の匂いが纏うハタなんて……オマエまさか……」

 ナタは息を乱しながらシュテンを睨み、そしてふと横を見る。

「……ん?」

 イバラキの姿を見た瞬間、ナタはかなり動揺したようで、しかしすぐに舌打ちだけで後ろへ引いた。

「……トランスグレッサー!今回は運が良かったな!次に会ったら、天宮の牢屋行きだ!」

 青い光が空へ駆け上がり、そのまま彼方へ消えていった。

 三人が視線を戻した先で、シュテンがこちらを睨んでいた。

 ――まずい。

「グオオオオオッ!!」

 鋭い爪がハルカの剣へ叩きつけられる。しかし、その圧倒的な力にハルカは耐えきれず、そのまま吹き飛ばされた。

「ハルカ!」

 ヒヨリが叫んだ瞬間だった。足元から血塗れの手が這い上がってくる。フクロの方も同じだ。無数の死体が地面から現れ、二人の身体を拘束していく。

 その隙を逃さず、シュテンがヒヨリへ飛びかかった。狙いは首、だが――

「ぐっ……!」

 割って入ったイバラキの左腕へ、シュテンの牙が深々と突き刺さった。

「イバラキ!!」

 鮮血が腕から滴り落ち、地面に赤い花を咲かせていく。イバラキは至近距離でシュテンを見つめる。その表情は悲しみに満ちていた。

「シュテン……頼む……今度こそ、成功してくれ……」

 暖かな橙色の光が、シュテンの身体を包み込んだ。

 眩い閃光が走り、三人は思わず目を閉じた。そして再び目を開いた時には――シュテンは地面に倒れ込み、静かに眠っていた。ヒヨリとフクロを縛ってたものも一切消えた。

 イバラキもまた膝をついている。腕からはまだ血が止まっていないが、どうやら慣れたように自分で手当てし始めた。

「ハルカ!大丈夫か!?」

 ヒヨリが慌てて駆け寄る。

「いてて……平気平気……」

 頭を押さえながら立ち上がったハルカは、そのままイバラキへ視線を向けた。

「イバラキ……今のって何だったの?」

 イバラキは眠るシュテンを見下ろし、小さくため息をつく。

「……その前に教えてくれ。あの子供は何者なんだ」

第四空間(フォース)、紫微天宮の奴だって言ってた。知らないのか?お前を見たら急に帰ったが」

 フクロが彼に答えた。

「……いや、会ったことはない、知らない人だ。でも……しばらくは来ないと思う」

「っ……」

 シュテンがゆっくりと目を開く。まるで酷い酔いから覚めたのように、ぼんやりと周囲を見回していたが、皆の顔を見た瞬間、何が起きたのか理解したようだった。

「大丈夫か、シュテン?」

 ヒヨリが問いかけてきた。

 シュテンはゆっくり立ち上がり、その目を見る気もない。

「心配する余裕あるのかよ、小僧。お前ら殺しかけただろう、俺が」

 イバラキも立ち上がり、静かに口を開いた。

「……ここにいたくないなら好きにすればいい」

 シュテンは少し離れた場所で、背中を向けたまま黙っている。

「人を舐めるなって!あんた、本当お人好しだな」

「ほう?」

 シュテンがハルカに笑った。

「何故そう思う?」

「初対面の俺たちを、わざわざブリットンスから匿ってくれたんだから」

 ヒヨリがかわりに答えた。

「わざと近くにいなかったのも、さっきみたいになるのを気にしてたんだろ?」

 フクロだけは黙ったままだった。

「はっ。バカバカしい奴らだ。悪いが、力づくでもこの大江山には置かねぇ。イバラキ、こいつらを送り出せ」

「シュテン!」

 ハルカが強く異議したかったのようだが、シュテンは歩きながら手を振った。

「勘違いするな。ただ、お前らにもそろそろもっと情報が必要になるだろう。だから、別の所へ送る」

 ハルカとヒヨリがぼんやり顔を見合わせ、一番早く反応したのはフクロだった。

「……つまり、お前たちの知り合いに、他の世界の事情を知ってるやつがいるのか?」

「まあな。任せたぞ、イバラキ」

「はい」

「シュテン!」

 今回はヒヨリが、彼を呼び止める。

「……何かあったら絶対助けるから!助けてもらったら助け返すんだろ!」

 シュテンは背中を向けたまま笑う。

「いい性格してんな、小僧」

 少しだけ、その声が柔らかくなった。

「だが、優しすぎる奴は損するだけだぞ」

 そう言い残し、シュテンは林の奥へ消えていった。



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