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プロジェクト【サハ】  作者: 諸星佑月
【序章】名も無き夢の鼓動

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宙への歩み

 ハルカが一体を一瞬で倒したとはいえ、フクロはすぐに気を緩めるべきではないと悟った。ざっと見積もっても、まだ少なくとも十五体は残っている。もう手の内を隠している場合ではない。

「おい、聞け!俺が突破口を開く。包囲が一番薄いところから扉へ突っ込める。でも時間が要る、二十秒だ!」

 ほとんど同時に、黒い機械兵士たちが空を覆うように腕をこちらに差し伸べてきた。先ほど地面を揺るがした巨大な手のひらが、今やいくつあるのか数え切れないほどで、すべて最前線にいるハルカに向かっていた。

 轟音とともに、ハルカは渾身の蹴りで巨大な鉄塊をとめ、そのまま関節にまで亀裂を走らせ、地を揺らすその腕を完全に無力化する。機械兵士の黄色い目が赤に変わり、高速で点滅していた。

 ヒヨリは、ハルカの戦いぶりに目が奪われた。

 これらのロボットが決して弱いのではない。すべてが同じ強度と機能を持ち、この世界の常識では計れない兵器ばかりだ。

 しかしハルカは、巨大な敵の間をまるで水の流れのように自在に動き、むしろ楽しそうにすら見えた。

 ハルカに倒された兵士が何体かあり、包囲網の一番薄い部分にさらに大きな隙ができた。門の方向には兵士が二体しかいない。

 そこでフクロは左手を掲げた。

 彼の腕の周囲に火花のような閃光が現れ、破裂音とともに瞬間的に黒い雷が炸裂した。

「ドドン——ッ!」

 回避しきれなかった機械は、その恐ろしい黒閃の中で塵と化した。

 常識外れな破壊力だった。今度はフクロ以外の二人が呆然とした。

 瞬間の出来事だった。黒雷が走った地面はすべて焦げ、植物は燃え、焦げた臭いと煙があたりに広がっていた。

「すっげ……」

「何なんだこれ?!」

「ぼさっとするな!さっさと行け!」

 フクロの怒鳴り声に、二人は我に返り、包囲の隙間から飛び出した。巨大な兵士たちはすぐに後方に置き去りとなった。

 まばゆい光を放つ入口はさっきよりさらに大きくなっていた。幸いにも、まだ閉じていない。勝利が目前だった。

 不可思議な光の門からは、色彩が混じり合った妙な輝きが流れており、本当に通り抜けられるのか疑いたくなるような光景だった。

「ハルカ!上ッ!」

 ヒヨリの叫びに驚いてハルカが見上げると、いつの間にか二体目の赤い機械兵士が自分を狙っていた。

 その目から光が放たれ、高温レーザーが二条、ハルカを狙って射出された。

 遅かった。

 ハルカの動きがいくら速くても、光には敵わない。

「ズバッ!」

 少女の顔に血飛沫が飛んだ。

 ヒヨリが咄嗟にハルカを横に突き飛ばし、辛うじて回避に成功した。

 しかしヒヨリは、胸を貫かれた。

 二人は芝生に転がり、ハルカも慌ててヒヨリの様子を確認する。

「おい、ヒ……ヒヨリ!なんで……!」

「だ、大丈夫……」

「どこがだよっ!?」

 恐ろしい傷口から血が止まらない。金髪の少年は口からも血を吐き出し、苦しげに顔を歪めた。ハルカは混乱のあまり頭が真っ白になり、どうしていいか分からなかった。駆けつけたフクロとともに、彼らは信じられない光景を目にする。

「えっ」

 傷が、自己修復している。

 明らかに胸を焼き貫かれたはずの傷が、骨、血肉、皮膚が目に見える速さで再生し、瞬く間に元通りになった。服が穴空いているのに、体に傷痕すら残っていない。

「ゲホッ……くっ……せっかくのチャンスなのに……無駄にしちまったな……」

 血は服と口元に残っているが、ヒヨリは無理やり起こそうとする。

「お前は……いったい……」

 フクロとハルカがまだいまの出来事を受け止めきれないうちに、機械兵士たちが再び取り囲んできた。

 さっきレーザーを放った赤いロボットも含まれる。三人は再び身構え、フクロはさっきの黒雷をもう一度撃つ準備をした。

 しかし、あの赤いロボットは既に再びレーザーを撃とうとしていた。目が光り、狙いを定めている。

「くそっ……お前ら、先に行け!」

 ヒヨリが前に立ちはだかる。

「絶対にイヤだ!」

 ハルカは頑なに言い放つ。

「仕方がない。また別の日に……」

 フクロは流石に諦めようとした。

「ガンッ!」

 赤い機械兵士が、まるでぬいぐるみのように空中に吹き飛ばされた。

 レーザーの軌道が逸れて大樹の幹を焼き貫き、恐ろしい焦げ跡を残した。地面に落下したロボットは仰向けに倒れ、装甲には無数のヒビが入っていた。

 ハルカは信じられない顔でその巨大ロボットを叩き倒した人物を見つめた。

 そこに立っていたのは、彼女がよく知っている男だった。

 血の繋がりはないが、十七年近く育ててくれた——

「ル、ルキウス……?なんで……」

 ルキウスはハルカを見つめ、同じく唖然とするヒヨリとフクロにも目をやってから、舌打ちして叫んだ。

「何やってんだ、さっさと行け!門が閉るぞ!」

 振り返ると、確かに光の門の左右が徐々に閉じ始めていた。

「こいつらは俺がやる」

 そう言ってかかってきた黒い兵士を一体殴り飛ばした。

 あまりにも余裕すぎで、まるでただの大きいぬいぐるみを相手をしているのようだった。

「行くならとっとと行け」

「……」

 フクロはハルカと視線を交わし、早急に後退して門へと入った。

「行くぞ」

 彼の体は光に包まれ、一瞬で姿を消した。

「誰か知らねぇけど……ありがとうな!」

 ヒヨリもすぐに門に飛び込んだ。

 ハルカは門の前で立ち止まり、ルキウスを見つめた。

「なんだ?今さら迷ってんのか?冒険とかに行きたいって、こんな世界つまらないって、ずっと言ってただろうが」

 ルキウスの赤い瞳が怒っているように見えた。でもハルカにはそれが叱責ではないとわかっていた。

「……なによ、ルキウスはいつも、ガキとか、馬鹿なこととかで叱ってくるくせに」

「ああそうだ。俺の言う事も聞きやしねえって、わがままばっかりしやがって。お前ほど面倒くさいガキ、全宇宙探し回ってもいねぇよ」

「……」

「でもまあ……いまの生き生きしている目は、俺は気に入ったよ、ハルカ」

 ルキウスは、背を向けたまま少女に告白した。

 顔を見なくても、彼女はその男の全てを知っている。ハルカは拳を握りしめて、顔を上げた。

「……じゃあ、行ってくるね。リツ(にー)に、ごめんって言っといて、晩ごはんいらないって」

「……おう」

 そして振り返り、光の門をくぐった。

 光が彼女の全身を包み込み、不思議な空間へと吸い込んでいった。

「よく聞け、ハルカ!」

 耳をつんざくような大声が森の鳥を飛び立たせるほどだった。ルキウスの顔が見れなかったが、彼の声は確かに聞こえた。

「この先、どんなことがあっても、俺は必ずお前の側に立つ。必ず」

 視界が光でかすみ、十数年見続けた背中が、もう見えなくなった——


 道に残された、信じがたい裂け目——何が起きたのか、目撃者は誰ひとりいなかった。砕けた石畳は立ち入り禁止の囲いで封鎖され、しばらくは野次馬が集まっていたものの、夜になると皆家へと引き上げていった。

 ルキウスが山林から戻ってきたのは、もうかなり遅い時間だった。ついでに、先に道端に落ちていた荷物も拾ってきたが、玄関を開ける前に少しためらい、観念したようにドアを押して中に入った。

 だが、彼の目を疑わせたのは——さっきのあのマントの男が、なんと自宅のソファに腰かけていたことだった。

「やあルキウス、ディナーを一緒に食べても構わないかな?なんせ、久しぶりの再会じゃないか」

 今度男はもうフードをかぶっていなかった。ベージュ色の長髪を三つ編みにして胸元に垂らし、目はなんとオッドアイだった。一方は深い紫、もう一方はルキウスと似た赤い瞳。

「お前……!」

「落ち着けって、全く、何年経ってもその癖は治らないな。私だって君の成長を見てきたんだよ?もう少し年上に礼儀を払ったらどうなんだ、ルキウス・クィントゥス?」

「この人を泊めたのは僕だよ、ルキウス」

 ちょうどその時、リツが台所から料理を運んできた。その料理はクリームシチュー。男は大いに興味を示して香りに鼻を近づけた。

「……何でこの男を泊めたんだ、リツ」

 そう言いながらルキウスは手にしていた荷物を玄関の脇に全部置いた。リツはそれに目をやり、すぐに何かを察したようだった。

「……僕がこの方を泊めなかったら、ルキウス、ハルカが帰ってこなかったことを、今回はどう誤魔化すつもり?」

 ルキウスが言葉を詰まらせた。リツに説明しないといけないのは分かっていたが、まさか逆手を取られるとは。

「ずっと、あなたが自分の過去について僕たちに語る必要はないと思っているのは理解してるし、今まで僕も気にしなかった。でも——ハルカに関わることだけは、どうしてもはっきり知っておかなくちゃいけないんだ」

 ルキウスは返事を出せなかった。

「素晴らしい家族愛だな」

 マントの男は勝手に食卓に座り込む。

「オメェは口を挟むな。結局何の用で来た?まさか暇で隣のロボット盗んで遊んでたなんて言うんじゃないだろうな」

「うーん……リツくんに君の秘密を暴く前に、教えておこうかな」

 男はクリームシチューの香りを嗅ぎながら言う。

「私がここに来たのは、あの()()()()()()()のためさ」

 リツはルキウスの顔をちらりと見た。その表情は明らかに動揺していた。

「……は?何を言う……」

 天井のランプが恐れおののいたかのように揺れ、錆びた継ぎ目がギシギシと音を立てた。

「チッ、もう宇宙がこんな状況だ、何があってもおかしくねえっか。すまんリツ、この男にもう少し話を聞きたい」

「じゃあ、後で全部きちんと話すって約束して」

「ああ、誓うよ」

 ルキウスの言葉に、リツはうなずいて「お茶を淹れてくる」と言って立ち去った。

「本当にいい子たちだな。君に子育てが上手いとは、さすが私の教え子だ」

「調子に乗るな、メルリヌス」

 ルキウスは初めて相手の名前を呼んだ。

「ハルカにトンネルを開けたこと、覚えとくからな」

「開けたのは私だが、入ることを選んだのはあの子自身だ。君も手を貸したくせに、素直じゃないな」

 メルリヌスと呼ばれた男は肩をすくめる。

「そうだ、せっかくだから教えてあげようか。良い知らせと悪い知らせ、どっちから聞きたい?」

「悪い方から」

「悪い知らせは、この宇宙がもう長く持たないってことさ」

 ルキウスはそれを聞いても、さして驚いた様子はなかった。ただ、目の色が曇っただけだった。

「良い知らせは——あの三人の子たちに、私はとても興味があるってこと。彼らがどんな未来をもたらしてくれるのか、楽しみだ」


 リツが台所にお茶を淹れに行った時、ルキウスが持ち帰った荷物の中に「ワレモノ注意」と書かれた箱があるのに気づいた。

 送り主は自分自身だった。それは妹への贈り物で、精巧に作られた星空のようなスノーグローブ。夜光で星を壁に投影する仕掛けがある。道中に壊してしまうのを心配して、店から直接家に送ったのだ。

 リツはその箱を開け、中を見た。だが中身はすでに砕け散っていた。

 一片を拾い上げ、彼は寂しげに、そして悲しげに、目を閉じた。

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