終末に咲く花
ヴラドは正気を失ったように地面を掘り返していた。
雨に濡れた大地は泥濘に変わっても、彼の指先は血に滲む。それでも彼は止まらない。
そして、手が――触れた。
彼の紅い瞳が震え、荒い息が漏れる。
抱き上げたのは、残骸と化した機械人形だった。
瞼は閉ざされ、二度と開く気配はない。
しかし、裂けた擬似根印に触れた瞬間――淡い蒼光が点った。
ヴラドの目に光が戻る。
「……すみません……ヴラド」
「……大変なこんな時に……こんなものを残して……」
途切れ途切れの電子音が、言葉を紡ぐ。
「それでも……どうしても伝えたかったん……です」
「きみの……大切な人を殺したのは、私だけど……それでも……出会えたことに、心から感謝してます」
「おかしいですね……どうしてこんな風に思えるんでしょう」
「一緒に背負うって、言ったのに……すみません……でも……ありがとう……ございます。私には余るほどのものを……与えてくれて」
ほんの僅かな誤差が、冷たい機械を、ここまで導いた。
それが、世界を変えたのかもしれない。
「きみの笑顔……結局……見れなかったけど……出会えて……きみの隣にいられて……私は……嬉しかった……幸せだった……と思う」
「ヴラド、どうか、どうか……これからも、いっぱい……笑ってね」
「ずっと……応援……しますから」
ヴラドは残骸を強く抱きしめた。冷たい鉄の躯を。
豪雨が全てを濡らし、彼の頬を伝う。
ヴラドはただ、それを抱き締め続けた。
――まるで、世界の終わりまで。
「ぷっ……何だその格好!」
ヒヨリは腹を抱えて笑い転げた。
全身ぐるぐる巻きにされるハルカはネモに抱えられて運ばれてきたのだ。ベッドに下ろされ、あれこれ注意事項言い聞かされた後、出て行った。
「あんた!治ったら真っ先にブン殴ってやるからな!フクロ!あんたも笑ってんだろ!絶対許さねえからな!」
「いい加減にして!」
紫髪の少女が布団を引き、そのままハルカの口へ突っ込んだ。
「んんんっ……!」
「あんなに無茶をして当然の報いだ!大人しくしなさい!」
なおも唸るハルカをよそに、ヒヨリが声を掛ける。
「あの……ハルカが言ってた、アルテミスっだっけ?」
「え、あ、はい!」
アルテミスは慌てて振り返り、深く頭を下げる。
「個人的な事情で、これまで姿を隠していた。改めて……初めまして、私は――」
「名前はいい、もう知ってる」
フクロが冷たく遮った。
「知りたいのは、ハルカに肩入れする理由と……お前の出処だ。どこのやつだ?」
「おい、言い方ってもんがあるだろ!えっと、俺はヒヨリ、そっちはフクロ。俺たち、今はハルカと一緒に行動をしていて、お前は?」
「私は……ブリットンスに追われていて、あなた達と同じくトランスグレッサーなの。天空城で遺産に捕えられ……そこを離れようと、ハルカと協力することなったの」
そして、彼女は決意を込めて言い放つ。
「当面は、この先の世界に帰り、けじめをつけたいの。だから、あなた達と共に行かせてほしい」
「ふん……」
「いいだろうフクロ!俺たちにとってはいい戦力だぞ」
フクロはベッドに腰を下ろし、黙認したにようだ。
「ありがとう」
アルテミスは微笑んで、ハルカの傍へと歩み寄る。塞いでいた布を少し引き抜くと、ハルカがぽつりと呟いた。
「……ヴラドは、どうなった」
場の空気が凍りつく。しかし、誰かが答えなければならない。
「……フランと一緒に帰ってきたけど……」
ヒヨリが途中でしか答えなかった。
ハルカは目を伏せ、アルテミスもまた哀しげに俯く。
「私の世界には、こんな言い伝えがある。この世の命すべて、宇宙と繋がっている。たとえ体を失っても、サハは宇宙へ還り……いつか別の形で再び生まれるのだと」
「……そうか。ロボットにも、あるといいな、魂」
ハルカは小さく呟き、外を見た。
暗雲を落としていた天空城の影は消え、そこに広がっていたのは――無数の星々だった。
「……ごめんなさい、手伝えしましょうか?」
突然声をかけられて、荷物の運搬に苦戦していた血族たちはビクリと振り返った。
「……ああ、キミか。名前は……ロビイ、だったよな?いいのか?キミは、修理されたばかりだろう?」
「大丈夫。私に任せて。こういうチカラ仕事は得意分野だ」
「そういや、礼を言わなきゃな。あの時キミがいなかったら、俺たち、きっととっくに……」
「私は……ただ、ルークのプログラムに従って判断したまでだ」
「でもね、やっぱり感謝しないと!だからもうごめんなさいなんて一々言わないでよ」
「……あ、ごめんなさい……いや。これは、私の言語モジュールに組み込まれた……自動応答みたいなもので……」
「ハハハハハ!ほんとに変わったロボットだな!」
「その残刻器なら持っていけよ。どうせ、もともとこの世界のモノじゃねえし」
セトがフクロの肩を軽く叩いた。
「肩に力入りすぎ。あんたも一族を救った恩人だよ?毎日声かける人いっぱいいるだろうに、こんなおっさんと一緒にいていいのか?」
「……俺は特に何もしていない。奴らの考えにはよく理解できない」
フクロは視線を逸らし、別のことを口にした。
「あいつの考えにも、そうだ」
とある大樹のもと、レイチェルは未だ縄に縛られたまま、その前に、ネモが静かに立っていた。
「言ったでしょう。私を残す必要はないわ。ブルーハー血族と共存なんて、あり得ない」
「もう!あんた、ほんとに頑固だな。無駄に堅物すぎんだろ?」
背後から声を投げたのはこの数日の間体がすっかり治ったハルカだった。さすがと言うべきか、治りが速い。
「レイチェル」
ネモが口を開く。
「きみは、ソロをどう思う?」
「聞くまでもないわ。彼は根印持つ者を超えたんだ。たとえゴリアテが敗れても、超えたことは事実。根印無き者でありながら、底知れない可能性を示した、一番の人間だ」
「へぇーー随分彼のことが好きだな。じゃああいつを倒した私たちは、それ以上の人間じゃん!」
「……へりくつ。ソロより強い人間なんて、認めないわ」
「はは!こっちだって根印なんてものに負ける気はない!まあ見てろよ!私、人間最強なんだから、とびっきりすげぇこと成し遂げて見せるよ!あっ、ネモも見てな!」
レイチェルは呆れ果て、もう相手にしたくない。だがツインテールの少女の目は、揺るぎない自信で燃えていた。
「うん、見る」
ネモは素直に頷いた、そしてレイチェルの背中にある操作卓を弄り始めた。
「きみのこれまでのデータは消すつもりはないよ、レイチェル。ただ行動は制限してもらう。ソロのこと、オレもきみに忘れてほしくないと、思う」
「……私が負けたんだから、好きにしな」
「――つまり、あの残刻器の少女は、次の世界への行き方を知っている……ってことか?」
「うん!」
ヒヨリは力強くエリザベスにうなずいた。
「多分もうすぐ、俺たちは出発するはずだよ。この間、本当に世話になったな、エリィ。でも……」
「どうした?」
「……俺……強くなったと思うけど、なのにフランを救えなかった」
「あなたのせいじゃないわ。私だって……カインがあんな風に思ってたなんて、全然気づかなかった。まだまだね」
ヒヨリは答えず、ただ表情は固く、何かを噛みしめているようだった。
「――ヒヨリ兄さん!エリィ姉ちゃん!」
重苦しい空気を破ったのは、幼い声だった。リリスと子供たちが駆け寄ってくる。
エリザベスは慌てて走ってくるリリスを止めた。
「もう!リリスったら、いま走っちゃダメでしょ!」
子供の間、ひとりの娘が口を押えてクスクス笑う。
「きっとお二人の邪魔しちゃったね?」
「……え?」
エリザベスの顔が、瞬時に真っ赤になる。
「わかった!」
もう一人の少年が元気よく叫んだ。
「これ、デートってやつだろ!」
「ち、違う!デートはこんなもんじゃ……いや、そうじゃなくって……!」
「リリス、もう大丈夫なのか?」
ヒヨリは微笑んで問いかける。
「うん!ハルカ姉さんのおかげで、すっかり元気になったんだよ。出発する前に、お礼を言いたくて。だから先ずは、ヒヨリ兄さん、本当に、ありがとう!」
「わたしたちも!」
後ろの子供たちが声をそろえた。
ヒヨリはきょとんと目を瞬かせる。
「……そう、か。でも俺は……何もできていないと感じるが……」
「ヒヨリ」
エリザベスが彼の背中を軽く叩く。
「子供たちのありがとうを、拒否しちゃダメよ」
彼らの大きな瞳には、憧れと感謝がいっぱいに宿っている。しかし、ヒヨリにはどう返事していいのか分からない。
「わたし、これから絶対に強くなる!」
リリスが飛び上がって宣言した。
「ヒヨリ兄さんたちにだって、負けないんだから!」
「……ああ。楽しみにしてるよ、リリス」
出発の日は、やがてやって来た。
血族の皆としっかり挨拶して、次なる世界へのトンネルまでの道は、当然のようにヴラドが同行する。
アルテミスは渡って来たから、入口の場所を覚えている。道すがら、アルテミスは説明する。曰く、貫通トンネルというものも、実は根印持つ者たちが汎用している術式の一種で、開くのに少しコツがいるだけ。
「……自らで開けたりは、しないんだよな?」
フクロが問いかける。
「当然よ。トンネルの入口は、空間の裂け目なので、自然に開けるはずがない。そうでないと、宇宙がめちゃくちゃになるよ」
――やはり。あの時、この世界への入口を開けたのは誰かの手によるものだった。
道中、彼らはほとんどグールに遭遇しなかった。先の乱戦で一掃されたのか、それともフクロがあの刀を抜いたからか――理由はわからない。
「良い兆だな」
ヴラドがようやく口を開く。
「もう拠点に縛られ続ける必要もない。ロンギヌスをうまく使えば、世界を創造するハタへの影響もできるだろう」
「ヴラド」
ついにハルカが問いかけた。
「これから……どうするんだ」
青年は歩みを止め、空を見上げる。
「……正直、わからない。カインの言葉も、フランのことも……忘れるつもりはない。だが、これからは悩み続ける必要はないのかもしれない。この戦いの後、世界は確かに優しくなろうとしている。これは、我々の先祖が、そして今のみんなが命を懸けて成し遂げたことだから」
「……本当に、悔いはないのか」
ハルカの問いは鋭く突き刺さった。
「フランの擬似根印は、俺に破壊され、データも跡形なく消えた……でも」
ヴラドは、ふいに指差した。
皆がそちらを向くと、そこには――朝陽に照らされ輝く、緑の葉に、白い小さき花。
露を纏ったその花びらは、朝の光を反射してまばゆく揺れていた。
「これは、お前たちが、俺が……フランが救った世界そのものだ。フランは俺に、生きてほしいと望んだ。ならば俺は応える、決して無駄にはしない」
「――そっか。それなら安心だね!」
ハルカはぱっと笑顔になった。
「改めて……お前たちに感謝するよ」
「私たちの方こそ!出会えて、この世界に来られて……本当に良かったな!」
――終末に咲く花。
――小さな人間が成した偉業。
――それを討つ宿命の槍。
死に絶えた大地は、洗礼の後に黎明を迎える。
「――見事」
拍手が響いた。
勝手に笑いながら、メルリヌス・アンブロシウスはゆるやかに立ち上がる。
「私に言わせれば……そう、ビューティフルだ!なんと凄絶で、美しい!脳裏に焼き付け、大切にコレクションしておこう」
「彼らをここに送ったのは悪くないようだ。そうでなければ、このショーは幕を開けなかっただろう」
「さて――この先には、果たしてどんなサプライズが待っているのか……楽しみじゃないか」
光の降り注ぐ花庭で、氷のような淡い青髪の少年騎士がしゃがみ込みながら目の前の茂みを見つめていた。一枚の緑葉の上を、小さなてんとう虫がゆっくりと這っている。
少年はそっと指先で突いてみる。てんとう虫は逃げるどころか、そのまま彼の指へと登ってきた。それだけで少年の瞳は嬉しそうに輝き、もっと近くで見ようと手を目の前へ運びかけた――その時だった。
「ガラハッド」
背後から不意に声が響く。驚いた拍子にてんとう虫は飛び去ってしまったが、ガラハッドは落ち込む暇もなく慌てて立ち上がった。誰の声か、すぐに分かったからだ。
「何か御用でしょうか、モルゲーヌ様」
次の瞬間、見知らぬ銀髪の青年が彼の足元へ乱暴に投げ落とされる。
「――っ!?」
青年の全身には無数の傷が刻まれていた。戦闘による傷だけでなく、転倒したような痕まで混ざっている。服はぼろぼろに裂け、血に染まり、呼吸も今にも途切れそうなほど弱々しかった。
「今、まともな治療能力を持っているのは君だけ。治しなさい」
モルゲーヌは淡々と命じる。
「こ、この人は……?」
状況も理解できないまま、ガラハッドはすぐに青年を抱き起こし、応急処置を始めた。
「傷が酷すぎる……一体何が……」
モルゲーヌの傍らには、アリスと呼ばれる純白の機械と、不気味な大型人形が静かに佇んでいる。どうやらこの銀髪の青年を運んできたのは、その人形らしい。
――まさかこれは天空城の人か……?
ガラハッドは頭の中で呟く。だが、あの場所には根印持つ者はいないと聞いていたはずだ。
「あとでケイから説明がある。この男はまだ利用価値があるわ、だからアリスに拾わせた――もっとも、目を覚ますかは知らないがな。どうでもいい、力尽くせばいいわ」
それだけ言い残し、モルゲーヌはアリスを連れて廊下の奥へ消えていった。
残されたガラハッドは、小さくため息をして、腕の中で意識を失ったままの青年を見下ろす。
「……どうでもいい、か。アンタもそうなのか、名前すら知らないけど」
苦笑しながらも、彼の手は止まらない。
「なら、オレは敢えて全力でアンタを生かしてみせるよ。どうでもいいっからね」




