絶命
巨大な透明の結晶、その表面に、唐突に浮かび上がる真紅の数字。
「こ、これって……本当にカウントダウン!?この装置は何十年分のハタを集めたものじゃないの!?これが爆発したら千メートル範囲内も無事に済むはずない……!」
「……ッ、くそっ……」
ハルカはリリスを抱きかかえたまま、立ち上がった。
「ハルカ! フラン!……あれ、お前は……」
ヒヨリとフクロが部屋へ飛び込んでくる。だが二人にとってアルテミスとは初対面で、ヒヨリは少し奇妙だが、今はそんな挨拶をする余裕もない。
「よく来ました。ゴフェルが爆発します、急いて逃げて、ロビイにシールドの強度をさらに上げようと伝いてください!そして、レイチェルもどうかお願いします!」
「……不要だ、フランケンシュタイン」
レイチェルは睨みつける。
「私はもうここで終わるべきだ。今更私を……」
「うるせ」
リリスを二人に任せ、ハルカは勝手にレイチェルを担いた。
「負けたんだから、つべこべ言うな!」
ロボットは反抗する手段はない。それでもレイチェルは、ソロの亡骸へ視線をやった。
「――ッ!」
天井から鉄の塊が落ちてきた。崩壊はこの部屋にまで影響しているのだ。
「フラン!お前も早く来い!」
ヒヨリがまだ操作卓の前にいるロボットに叫んだ。
「分かっています!このカウントダウン……停止できるかもしれません。時間を稼ぎます。急げ!」
「……わ、分かった!絶対に帰ってこいよ、フラン!」
「……ええ」
フランケンシュタインは引き続き操作台を叩いた。
リリスを解放することは特に難しなくできたのに、今回は何度試してもカウントダウンは止まらない。
残りは一分余り。
最後の手段しかなかったと、ロボットは膝を折り、データ入力用のケーブルを引き抜く。
震える手でそれを握り締め――己の擬似根印へ突き立てた。
機械は震えなどしない。
これはきっと、ただのゴリアテの揺れのせいだ。
「ヴラド!」
ネモがヴラドを抱え、ゴリアテから飛び去る。
「状況は?」
「……この様子じゃ、ハタ炉心が暴走してる。恐らく、自爆カウントダウンしているだろう。数十年分のハタが爆発したら……この世界の誰一人として生き残れない」
「そんな……止める方法はないのか?フランは?あいつならハッキングとかできないのか?」
「……」
ネモは炉心の方向に見た。
「もう、フランケンシュタインは炉心のところに。きみと同じ考えで、爆発を止める気だ」
「そっか、やるなあいつ。じゃあ止めたら……」
「残念だが、自爆まで止まられるほど、ソロは甘くない。さっきオレは操作台を触って、そのプロセスにはオレたち遺産と全く違うコードが仕組まれている」
「……え?」
「フランケンシュタインでさえ、自爆は止められないだろう。だが、せめてゴリアテの中にあるソロのデータなら干渉できるはず……」
「どういう意味だ?爆発は結局止められない?じゃあフランがそこに何を……!」
ネモはしばらく黙り込み、ようやく答える。
「時間稼ぎだ。こうなった以上、カウントダウンが終わる前に、データが干渉されているうちに誰かがゴリアテを完全破壊しなければならないーー」
「ーーフランケンシュタインもろとも」
一面の白。
地平線も、光も、影すらも存在しない。
ただ、雪のように白一色で、少しだけ極彩色が淡く漂う世界。
フランケンシュタインは辺りを見渡し、そして背後へと視線を向けた。
そこにいたのは――見間違えるはずのない人物。
腰を下ろす若き男、ソロ・エターニティ。
老いた姿ではない。まだ二十代の、若き日の姿だった。
「最後の最後に……皮肉なもんだな。真っ先に排除しようとしたあんたが、結局ここまで辿り着くとは」
「……ええ。きみを消しに来ました」
「そうだろうな。あのヴラドもよくわかっている、こうすることは最善だ」
「……ヴラドの命令じゃありません。私自身の判断で……ここへ来ました」
その言葉に、ソロは初めて真っ直ぐ彼を見つめた。
「もうやめてください、ソロ。ルークは、きみにこんな姿になることを望んでない……」
「何を言っている。ボクはやり遂げたんだ。いや、彼の成し得なかったものを、ボクがここまで高めたんだ。見ろ、世界をも踏み砕き、根印持つ者すら凌駕する! 」
「……そんなことをして、何が残りますか。その先も……きみはただ一人だけなんです」
フランケンシュタインの表情が、あまりにも人間らしかった。
「孤独など障害にはならん」
ソロは歩み寄り、右手を伸ばす。機械の首に指をかけ、締め上げる。
「あのブルーハーが一体あんたに何を入力した? あんたはここまで奴に従うとは。結局、あんたはただの駒にすぎないのに、奴の思い通り踊らせただけだろうが」
「……やはり……きみはもうソロじゃありません。これすら分からなくなってしまって」
両手がさらに首を締めつける。
「ぐっ……」
「あんたはいくら人間を理解しても、所詮機械の独りよがりの解析結果だ。だからこそあいつに利用されるんだ」
「違う……って、言っているんだ!」
力が外れた。いや――フランケンシュタインが押し返したのだ。
「私は……他に方法があるなら、私はこんな場所に来たくなかった!」
紫の機械眼が煌めき、震えている。
「ヴラドが……また一人で背負い込むかもしれない……あの時みたいに絶望するかもしれないんだよ?!そんな彼を……放っておけない、 置いていきたくないのに!」
目の前の機械から溢れ出す、怒り、悲しみ、そして痛み。まるで人間のように伝わってくる。
「……死にたくない……!まだ、彼との記憶が欲しいんだ……これからも、もっとヴラドの傍にいてほしいのに!怖い……っ、今だって、怖くて仕方がない……!なのにその恐怖を知れば知るほど、私は……自分が彼に何をしてきたのか、分かってしまうんだ……!だから……!だから、せめて私が、まだ彼のためにできることだけは――これ以上、ヴラドから何も奪わせたくないんだ……!」
両手で、フランケンシュタインが頭を抱える。
「この気持ちを、このサハを――誰よりも分かっていたのは、きみだったんじゃないのか!ソロ!」
背後に裂け目が広がる。
白の世界を、混沌とした極彩色が侵食していく。
……フランケンシュタインは泣いていた。
機械に涙などないはずなのに。
きっとデータが乱れただけだ。
「……だがルークはもういないんだ。残されたのは、ボクが彼のためにやりたかったことだけ。そのことのためだけに、ボクが精一杯これまで生きて来たが……多分、あの時から、ボクは彼と共に死んだのだろう」
ソロの背後に、さらに大きな裂け目が走った。
フランケンシュタインは彼の手を取った。
「……私のやりたいことは、ここで終わるものかもしれません。悔しいな、少しだけ、ヴラドに埋め合わせをできたら、いいな」
ソロは目を細め、機械を見返す。
「……フラン……」
涙に濡れた顔で、それでもフランケンシュタインは微笑んだ。
「……ルークのもとへ、いきましょう」
ソロは、拒むことなく、ただ、ゆっくりと目を閉じた。
――ああ。
ボクは、こんなにも疲れていたのか。
ロビイはシールドをわずかに開き、リリスを抱いたハルカたちを先に拠点へと戻らせた。
待ち構えていた血族たちが、慌てて彼らのもとへ駆け寄ってくる。
一方、ネモとヴラドは依然として空中に留まっていた。
やがて、信じがたい光景が広がる――あの巨人ゴリアテが、まるで命を失ったかのように、完全に動きを止めたのだ。
世界が静寂に包まれる。
鋼鉄の巨人は、一片の揺らぎもなく、ただそこに立ち尽くしている。
「……フランケンシュタインがデータを干渉している。だがカウントダウンがもうすぐ終わる。ヴラド、今しかない」
「分かっている」
ヴラドはネモの腕を踏み台にすると、ネモも最大出力を解放した。
砲弾のごとき衝撃を生み出し、ヴラドをゴリアテへと撃ち放った。
「……おい、何をするつもりだ……!」
拠点内のヒヨリが、大声で叫びだした。
「待って、ヴラド!やめろ!あの中にまだフランが……!」
「頭を冷やせ」
フクロがきっぱりと言い放つ。
「ネモがついているんだ。知らないはずがない。巨人がああやって止められたのは、フランケンシュタインが中にいるからに決まってる」
「だったら――!」
「なんだ、他人だけでなく今度は鉄の人形まで心配するか。ヴラドが動いた以上、あいつもフランケンシュタインを切り捨てると決めたんだろうさ。まあ、賢明な判断だ。たかが一体で世界が救えるなら、安いもんだろ」
「お前っ……!」
エリザベスが思わず悲鳴を漏らした。
ヒヨリの拳がフクロの顔面に打つかる。重い音が響き、フクロは数歩よろめき後退した。
「フランは……!あいつは自分の意思で残ったんだぞ!俺たち全員のために!」
フクロはゆっくりと手を上げ、殴られた頬を押さえる。
「……話通じないな。自分で残れない方こそ失敗な道具だろうが」
そして、眼では追えない速さでヒヨリに拳を叩き込んだ。
「ま、待って! 二人とも……!」
エリザベスが止める言葉すら見つからない。
ヒヨリは歯を食いしばり、再び立ち上がると拳を振りかざして突進。フクロも同じく拳を構え、真正面からぶつかり合う。
ドンッ!
衝撃音とともに、互いに驚いた表情を浮かべる二人、そして周囲の者たちも息をのんだ。
二人の拳をがっちりと掴み止めたのは――ハルカの骨がきしむ音が響くほどの握力だった。
「これ以上やるなら、私が相手だ。本当に悔しくてしょうがない本人は、まだ一言も文句を言ってないのに」
ハルカは顔を上げた。その視線の先――空にいるヴラドへと向けられていた。
ネモによって、ヴラドは正確に投げ飛ばされた。ゴリアテの心臓の方向に――まだ距離はあるものの、狙うにはこれ以上ない最適の位置だった。
空中に浮かぶヴラドは、血のように紅い槍を炉心へと指す。
「根印運転が最適値に到達し、ハタ使用率を1000%まで上げる。宇宙には、こういう神技を操る者が数多く存在します。ヴラドなら、必ず習得できます」
青年はわずかに思案し、口を開いた。
「それがお前の言う大きな可能性っか……いや、できないとは思っていないが。ただその自信、どこから来た?」
「ヴラドは強いんですから」
「答えになってない」
「……信じたいだけです、だめですか?」
「お前ってやつは……まあいいさ。必ずやってみせるよ」
「うん。応援、しますから」
「……敬啓、報喪の亡霊、天定の主よ」
言霊にて天を動かし、大地を呼び覚ます。
「我が血を、我が肉を、我が魂をもって誓う」
紅の槍が眩く輝き、地上にいる者たちですら目を細めざるを得なかった。
「同胞のため身が砕けようとも恐れず、愛する者のため永久の苦しみを背負おうとも」
赤き光が空に舞い、形を成していく。
それは――巨大な長槍。両端に鋭い先を持ち、無数の蛇が絡み合うように形作られた血塗れの残刻器。
その長さはゴリアテの巨躯をも凌ぎ、天と地を貫くかのごとく現出し、巨人の心臓を真っ直ぐに狙った。
「な……これは……ロンギヌス!?本当に、あの滅世残刻器が?!」
別の所に画面で見守っていたケイが、ついに冷静さを失う。
「こんな所にあったとはね。とんでもない発見だ」
女は笑みを浮かばせた。
「アリス、聞こえるでしょうね。命令だ、探しに来て頂戴」
「――宿命の槍よ、この罪深き身を捧ぐ」
「欲望の底より、偽りの正義を、幻の楽園を穿て!」
ヴラドはふと動きは、一瞬だけ止まった。
巨人が両手を掲げたのだ。
それは抗う仕草ではなかった。まるで――抱擁するかのように。裁きを抱きしめるかのように。
その光景を、彼は生涯忘れることはないだろう。
「……絶命」
「――湮滅寰宇・創世の詩」
何の障害もなく、ロンギヌスは巨人の心臓を貫いた
紅蓮の光が心臓部で炸裂する。範囲は広がらず、ただ一点を穿ち尽くすように。
そこからゴリアテの全身が急速に崩壊していく。絶叫のような、哀歌のような音を出しながら。
鋼鉄の巨躯は紙のようにもろく砕け、肩から、腕から、頭部から、脚から――大地へと崩れ落ち、分裂され、灰塵と化していった。
ロビイのシールドが消された。
その時、冷たいものがエリザベスの頬を打つ。
顔を上げると――なんと空からの雫だ。
一滴、また一滴。
やがて無数の雫となり、木造の屋根を叩き、人々の目を濡らす。
――雨が、降り出した。




