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プロジェクト【サハ】  作者: 諸星佑月
【第一章】箱船は終末から

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想いの向かう先

「ーーノーチラス、浮上せよ!」

 眩い赤の光線が天地を轟かせる。天地の間に存在するのは、これらの巨体だけ。ノーチラスの砲火はゴリアテに集中し、他の破壊は目論んでいない。

 最強の遺産(ヘリテージ)、その名に恥じぬ力。

 巨大な鋼鉄の巨人が、砲火に押されて数歩後退し、両手で防ごうとするも、ネモの猛攻には耐えきれない。


 巨人を離れて空中に浮かぶハルカたちの方は、この桁違いの戦いを見つめるしかない。

 ハルカは集中して攻撃するネモを見て、胸がざわつく。

「あいつ……私と戦った時、全然全力じゃなかった!」

「ハルカ」

 フランケンシュタインもいつの間にか近くに飛んできていた。

「今はネモが優勢に見えるが、ゴリアテ自体はあまり破壊されていません」

 確かにその通りだ。ノーチラスの砲火はゴリアテを後退させるが、破壊はほとんどできていない。

 フクロが目を細めた。

「このまま続けば、ネモにも限界があるだろう」

「はい。ですので、どうか協力してください。この巨人を倒さないと、この世界の全員……」

「言ってくれ!」

 ヒヨリは笑顔で応える。

「俺たちもこの巨人を倒したいんだ、方法があるなら最高だ!」

「……ありがとうございます。まずはリリスを連れ出しましょう。彼女の根印(ねしるし)がなければ、ゴリアテは動けないはずです。そしてゴリアテを抑えるのも、ネモだけでは……」

「私がリリスを連れ出す!前回は失敗したけど、今回は必ず」

「牽制は俺が担当だ。ハルカ、その翼を分けてくれ。できるだろう?」

「あっ、ハルカ、俺も!」


「――咲血(サンジェ)

「スパイクプリズン!」

 地面から血のように赤い荊が次々と突き出し、カインを目がけて殺到する。

 だが相手はこの技を知り尽くしていた。身を翻し、影のようにひらりとかわすと、すべての槍を無傷で躱してみせる。さらに跳び退いた瞬間――カインの手に握られたレイピアから、六つの分身めいた姿が生まれ出る。

 そして、振り抜いた刹那、半空からヴラドへとレイピアが突き刺さった。

 ヴラドは手中の槍を旋回させる。冷静に、六本のレイピアの軌道を読み切り、流れるような動きで次々と血晶を粉砕していく。

 分かっている。これはカインの時間稼ぎだ。幼き日から互いを知り尽くした二人に、消耗戦など終わりがない。ヴラドはちらりと背後を見やる。そこでは巨蛇が窓を完全に塞ぎ、外界を遮断していた。

「無駄だよ、ヴラド」

 カインは、こちらの思考を読んだかのように口を開く。

「僕だって外の状況が分からない。だが――このゴリアテがまだ動いている以上、攻撃が続いている証拠だ」

「……つまり、お前は俺を足止めできれば、どうせ外のみんなが全滅って踏んでいるのか」

 カインは笑みを浮かべ、頷く。

「それに、君は僕を殺せないよ――昔から知ってる、ヴラド。君の、そんな甘さを」

 ヴラドは痛ましげに彼を見つめる。

「カイン……まだ間に合う。今すぐやめるんだ……!」

「ここまで来て、やめるはずがないだろ。甘いな――!」

 ヴラドの足元から、血の枝が一気に伸び上がる。紅に輝く結晶の枝が、蛇のように絡みつき、足から腰へ、そして両腕ごと締め上げていく。やがて血樹はヴラドを包み込み、肩から先までも縛り上げ、赤黒い大樹の中へと封じ込めてしまった。

 カインがゆっくりと歩み寄る。距離は、あと一歩。

「……ヴラド」

 その声は、さっきまでの戦闘の気配を消し、どこか懐かしい響きを帯びていた。

「僕がこれまでに、君を悩ませたことがあったか?」

 縛めに囚われたヴラドは目を逸らす。

 抵抗する素振りも見せず、静かに答える。血樹の結晶には毒がある――麻痺はもう進行していた。

「そうだな……昔から、何もかもお前が助けてくれた」

「だったら、今回も僕に任せろよ。ヴラド」

 伸ばした手が彼に触れようとする。

「もう疲れただろう?ここで眠ればいい。目が覚めたときには――すべて、大丈夫だから」

 疲れたか……そうだな、きっと。

 ヴラドは俯いたまま、カインの操る血液が自分の神経にじわじわと浸透していくのを、ただ受け入れていた。

 ――俺はいつも強がってばかりだ。

 気がつけば、あまりにも多くの期待を背負い込んでいた。

 ここで眠ってしまえば……少しだけ休んでしまえば……大丈夫なんじゃないか。

 そうだ、きっと何も問題ない。

 だって、俺は……あまりにも疲れているから。


「ヴラド!」

 駆け出そうとした自分を、カインが腕を掴んで止める。

「そんなに急いでどうすんだよ。今日はカーミラさんが、昔の話を聞かせてくれるよ?」

「後にしてくれ。俺はまずこれを届けに……」

「そうかい?」

 古びた椅子に腰かけた老婦人が、楽しげに笑った。

「ヴラドは本当に責任感の強い子ね。きっとこれから先も、もっともっと人から信頼されるようになれる」

「甘やかしすぎだよ、カーミラさん。こいつは放っておくと、すぐにあれこれやるんだから。ほんとう変なやつ」

「まあ。ヴラド、少しは休みなさい。あなたの時間は、まだまだたっぷりあるんだから」

 その言葉に、少年は強く拒めなくなり、しぶしぶ荷物を下ろした。

「みんなのために頑張るのは、素晴らしいことさ。けれどね、一人の人間が差し出せるものには、限りがあるんだよ」

「どういうこと?俺はこれから、もっと強くなる、もっと力を持てるようになるんだ、限りなんて超えて見せるよ、カーミラさん!」

「それじゃ釣り合いが取れないのさ。大人になれば、自然とわかることだよ。人の一生で、本当にすべてを捧げられる対象なんて、そう多くはないんだよ。どれほど寿命が長くても、どれほど力を持っていても……心が向けられる重みは限られている。その限られたサハ(想い)を、どう扱うか――それが大切なんだ」

「うぅ……」

 二人の子供は顔をしかめて、苦しそうに唸った。

「今はまだ早いさ」

 彼女は二人の頭をやさしく撫でる。

「きっといつか、答えに辿り着ける。その時まで、急ぐことはない」


 ――これが、代償なのか。

 自分の心を酷使しすぎて、無理を押し通して、その果てに辿り着いた結末がこれなのか。

 抑えつけ、押し殺し、そして歪める。

 俺は、いったい自分をどうしてしまったんだ。

 大切だった人がいなくなり……信じていた者が俺の敵となってしまった。

 ……もう、分からない、思い出せない。

 俺がここまで戦ってきた理由が、なんだったのか。

 俺のせいで死んだ同胞。

 俺のせいで起きた惨劇。

 俺のせいで失った友人。

 ――もういい。

 もう十分だ。

 傷だらけで、ボロボロで。

 ……もう、いい。


「ヴラドのせいじゃない」

 懐かしく、けれど遠く、無機質な電子音が響く。

「私を作った天空城のせいで」

「私が廃棄され墜落したせいで」

「私が命もわからないせいで」

「すべての元凶は私です、私にしてください」

 冷たい金属の手が、ヴラドの顔をそっと包む。

 紫色のデータの瞳が、静かに彼を映していた。

「私も共に背負いましょう、ね?」


 カインは、ヴラドが静かに目を閉じるのを確認すると、深く息を吐き、巨蛇の傍らへと歩み寄った。

 ひらりと手を振ると、巨蛇はゆっくりと霧散し、その向こうに――外界の惨状が姿を現す。

「……これは」

 白い閃光と、赤い弾幕。

 交錯し、空でぶつかり合い、爆発の連鎖を生み出す。

 思考が及ぶよりも早く、背後から圧倒的な殺気。カインは振り返り、巨蛇を再召喚した。

 血のように赤い顎を開かせ、襲いかからせる。だが、巨蛇は相手に触れた瞬間、頭から順に崩れ落ち、尻尾が消えるまで影も形も残さなかった。

「……っ!」

 視界に映るのは、血色の槍――滅世残刻器(めっせざんこっき)、ロンギヌスを構えるヴラドの姿。

「やっと本気を出す気になったか」

 カインは冷や汗をにじませ、苦笑する。

 そう――咲血(サンジェ)は、ロンギヌスによって血族たちの身に現れた能力。当然、ロンギヌスの持ち主に、血族が抗えるはずがない。

 それでも、カインは血色のレイピアを生成し、疾風のように踏み込み、ヴラドの眼を狙う。

 しかし、迫る剣先は槍によって次々と弾かれた。

 影も追えぬほどの高速戦闘。カインの剣撃は、ヴラドの二槍に寸分違わず阻まれ、やがて最後の一撃が鋼の音を響かせ、カインの剣は粉々に砕け散った。

「……!」

 距離を取ろうとしたカインだが、ヴラドの脚が鋭く跳ね上がり、その身体を窓辺へと蹴り飛ばす。

「ぐっ!」

 槍が閃き、ひとつはカインの左腕を深々と貫き血飛沫を散らし、もうひとつは頭へと突きつけられた。

 外は砲火が鳴り止むことなく、爆風が二人の髪と外套をはためかせる。

 窓に半身を投げ出されたカイン、その上から見下ろすヴラド。

 互いの眼差しが重なり合う。

 カインの頭を狙っていた槍が、結局ただ横の地面に刺した。

「……ここまで来てまだ殺さないのか」

「……知っている。お前にとって、生きるほうが罰だろう、カイン」

 ヴラドは槍先を、カインの喉元へ押し当てる。

「ははっ……君だって、そうだったのに」

「そうだな。もうちょっと前の俺だったら、お前の計画、喜んで乗るだろう。でも……わるいな、今俺は、まだ生きたいんだ、あいつと一緒に」

 カインの瞳から、温度が失われていく。

「後悔するよ、ヴラド。僕の言う通りに生きなかったことをな……いや、本物の災厄が訪れた時には、後悔すら許されない」

 二人は言葉を絶ち、ただ視線を交わし続ける。

 もはや語るべきものなど、残っていなかった。

 ――その時。

「ッ!」

 ゴリアテが大きく揺れ、ヴラドの体勢が崩れ、槍は不意にカインの腕から抜けられた。窓際にいた動けなくなったカインは、そのまま空へと投げ出された。

「カイン!」

 ヴラドは反射的に手を伸ばす。

 だが――その視線に気づき、動きを止める。

 カインは掴もうとしなかった。

 ただヴラドを見据え――悲しみか、憎しみか、あるいは悔恨か。

 その眼差しを最後に、ゆっくりと瞼を閉じる。

 そして、弾幕と爆炎の渦に飲まれ、姿を消した。

「……ッ!」

 伸ばした手を、握りしめて拳に変え、金属の床へと叩きつける。

 震えはない。涙もない。

 ただ、終わりなき痛みだけ。


 前方を飛ぶフランケンシュタインが、大きくバランスを崩した。

 同行するハルカは慌てて声を上げた。

「フラン!どうした!?」

 その機体は、いつの間にか全身に無数の傷を刻んでいた。

「……戦闘機じゃないとはいえ、私の体がこれ程脆いとは。でも大丈夫です。まだやれます。敵を倒すまでは、絶対に動きを止めはしません」

「……ははっ」

 ハルカは思わず吹き出し、急加速でフランケンシュタインの前に躍り出た。

「無茶振りするなんて、変なロボットだな」

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