想いの向かう先
「ーーノーチラス、浮上せよ!」
眩い赤の光線が天地を轟かせる。天地の間に存在するのは、これらの巨体だけ。ノーチラスの砲火はゴリアテに集中し、他の破壊は目論んでいない。
最強の遺産、その名に恥じぬ力。
巨大な鋼鉄の巨人が、砲火に押されて数歩後退し、両手で防ごうとするも、ネモの猛攻には耐えきれない。
巨人を離れて空中に浮かぶハルカたちの方は、この桁違いの戦いを見つめるしかない。
ハルカは集中して攻撃するネモを見て、胸がざわつく。
「あいつ……私と戦った時、全然全力じゃなかった!」
「ハルカ」
フランケンシュタインもいつの間にか近くに飛んできていた。
「今はネモが優勢に見えるが、ゴリアテ自体はあまり破壊されていません」
確かにその通りだ。ノーチラスの砲火はゴリアテを後退させるが、破壊はほとんどできていない。
フクロが目を細めた。
「このまま続けば、ネモにも限界があるだろう」
「はい。ですので、どうか協力してください。この巨人を倒さないと、この世界の全員……」
「言ってくれ!」
ヒヨリは笑顔で応える。
「俺たちもこの巨人を倒したいんだ、方法があるなら最高だ!」
「……ありがとうございます。まずはリリスを連れ出しましょう。彼女の根印がなければ、ゴリアテは動けないはずです。そしてゴリアテを抑えるのも、ネモだけでは……」
「私がリリスを連れ出す!前回は失敗したけど、今回は必ず」
「牽制は俺が担当だ。ハルカ、その翼を分けてくれ。できるだろう?」
「あっ、ハルカ、俺も!」
「――咲血」
「スパイクプリズン!」
地面から血のように赤い荊が次々と突き出し、カインを目がけて殺到する。
だが相手はこの技を知り尽くしていた。身を翻し、影のようにひらりとかわすと、すべての槍を無傷で躱してみせる。さらに跳び退いた瞬間――カインの手に握られたレイピアから、六つの分身めいた姿が生まれ出る。
そして、振り抜いた刹那、半空からヴラドへとレイピアが突き刺さった。
ヴラドは手中の槍を旋回させる。冷静に、六本のレイピアの軌道を読み切り、流れるような動きで次々と血晶を粉砕していく。
分かっている。これはカインの時間稼ぎだ。幼き日から互いを知り尽くした二人に、消耗戦など終わりがない。ヴラドはちらりと背後を見やる。そこでは巨蛇が窓を完全に塞ぎ、外界を遮断していた。
「無駄だよ、ヴラド」
カインは、こちらの思考を読んだかのように口を開く。
「僕だって外の状況が分からない。だが――このゴリアテがまだ動いている以上、攻撃が続いている証拠だ」
「……つまり、お前は俺を足止めできれば、どうせ外のみんなが全滅って踏んでいるのか」
カインは笑みを浮かべ、頷く。
「それに、君は僕を殺せないよ――昔から知ってる、ヴラド。君の、そんな甘さを」
ヴラドは痛ましげに彼を見つめる。
「カイン……まだ間に合う。今すぐやめるんだ……!」
「ここまで来て、やめるはずがないだろ。甘いな――!」
ヴラドの足元から、血の枝が一気に伸び上がる。紅に輝く結晶の枝が、蛇のように絡みつき、足から腰へ、そして両腕ごと締め上げていく。やがて血樹はヴラドを包み込み、肩から先までも縛り上げ、赤黒い大樹の中へと封じ込めてしまった。
カインがゆっくりと歩み寄る。距離は、あと一歩。
「……ヴラド」
その声は、さっきまでの戦闘の気配を消し、どこか懐かしい響きを帯びていた。
「僕がこれまでに、君を悩ませたことがあったか?」
縛めに囚われたヴラドは目を逸らす。
抵抗する素振りも見せず、静かに答える。血樹の結晶には毒がある――麻痺はもう進行していた。
「そうだな……昔から、何もかもお前が助けてくれた」
「だったら、今回も僕に任せろよ。ヴラド」
伸ばした手が彼に触れようとする。
「もう疲れただろう?ここで眠ればいい。目が覚めたときには――すべて、大丈夫だから」
疲れたか……そうだな、きっと。
ヴラドは俯いたまま、カインの操る血液が自分の神経にじわじわと浸透していくのを、ただ受け入れていた。
――俺はいつも強がってばかりだ。
気がつけば、あまりにも多くの期待を背負い込んでいた。
ここで眠ってしまえば……少しだけ休んでしまえば……大丈夫なんじゃないか。
そうだ、きっと何も問題ない。
だって、俺は……あまりにも疲れているから。
「ヴラド!」
駆け出そうとした自分を、カインが腕を掴んで止める。
「そんなに急いでどうすんだよ。今日はカーミラさんが、昔の話を聞かせてくれるよ?」
「後にしてくれ。俺はまずこれを届けに……」
「そうかい?」
古びた椅子に腰かけた老婦人が、楽しげに笑った。
「ヴラドは本当に責任感の強い子ね。きっとこれから先も、もっともっと人から信頼されるようになれる」
「甘やかしすぎだよ、カーミラさん。こいつは放っておくと、すぐにあれこれやるんだから。ほんとう変なやつ」
「まあ。ヴラド、少しは休みなさい。あなたの時間は、まだまだたっぷりあるんだから」
その言葉に、少年は強く拒めなくなり、しぶしぶ荷物を下ろした。
「みんなのために頑張るのは、素晴らしいことさ。けれどね、一人の人間が差し出せるものには、限りがあるんだよ」
「どういうこと?俺はこれから、もっと強くなる、もっと力を持てるようになるんだ、限りなんて超えて見せるよ、カーミラさん!」
「それじゃ釣り合いが取れないのさ。大人になれば、自然とわかることだよ。人の一生で、本当にすべてを捧げられる対象なんて、そう多くはないんだよ。どれほど寿命が長くても、どれほど力を持っていても……心が向けられる重みは限られている。その限られたサハを、どう扱うか――それが大切なんだ」
「うぅ……」
二人の子供は顔をしかめて、苦しそうに唸った。
「今はまだ早いさ」
彼女は二人の頭をやさしく撫でる。
「きっといつか、答えに辿り着ける。その時まで、急ぐことはない」
――これが、代償なのか。
自分の心を酷使しすぎて、無理を押し通して、その果てに辿り着いた結末がこれなのか。
抑えつけ、押し殺し、そして歪める。
俺は、いったい自分をどうしてしまったんだ。
大切だった人がいなくなり……信じていた者が俺の敵となってしまった。
……もう、分からない、思い出せない。
俺がここまで戦ってきた理由が、なんだったのか。
俺のせいで死んだ同胞。
俺のせいで起きた惨劇。
俺のせいで失った友人。
――もういい。
もう十分だ。
傷だらけで、ボロボロで。
……もう、いい。
「ヴラドのせいじゃない」
懐かしく、けれど遠く、無機質な電子音が響く。
「私を作った天空城のせいで」
「私が廃棄され墜落したせいで」
「私が命もわからないせいで」
「すべての元凶は私です、私にしてください」
冷たい金属の手が、ヴラドの顔をそっと包む。
紫色のデータの瞳が、静かに彼を映していた。
「私も共に背負いましょう、ね?」
カインは、ヴラドが静かに目を閉じるのを確認すると、深く息を吐き、巨蛇の傍らへと歩み寄った。
ひらりと手を振ると、巨蛇はゆっくりと霧散し、その向こうに――外界の惨状が姿を現す。
「……これは」
白い閃光と、赤い弾幕。
交錯し、空でぶつかり合い、爆発の連鎖を生み出す。
思考が及ぶよりも早く、背後から圧倒的な殺気。カインは振り返り、巨蛇を再召喚した。
血のように赤い顎を開かせ、襲いかからせる。だが、巨蛇は相手に触れた瞬間、頭から順に崩れ落ち、尻尾が消えるまで影も形も残さなかった。
「……っ!」
視界に映るのは、血色の槍――滅世残刻器、ロンギヌスを構えるヴラドの姿。
「やっと本気を出す気になったか」
カインは冷や汗をにじませ、苦笑する。
そう――咲血は、ロンギヌスによって血族たちの身に現れた能力。当然、ロンギヌスの持ち主に、血族が抗えるはずがない。
それでも、カインは血色のレイピアを生成し、疾風のように踏み込み、ヴラドの眼を狙う。
しかし、迫る剣先は槍によって次々と弾かれた。
影も追えぬほどの高速戦闘。カインの剣撃は、ヴラドの二槍に寸分違わず阻まれ、やがて最後の一撃が鋼の音を響かせ、カインの剣は粉々に砕け散った。
「……!」
距離を取ろうとしたカインだが、ヴラドの脚が鋭く跳ね上がり、その身体を窓辺へと蹴り飛ばす。
「ぐっ!」
槍が閃き、ひとつはカインの左腕を深々と貫き血飛沫を散らし、もうひとつは頭へと突きつけられた。
外は砲火が鳴り止むことなく、爆風が二人の髪と外套をはためかせる。
窓に半身を投げ出されたカイン、その上から見下ろすヴラド。
互いの眼差しが重なり合う。
カインの頭を狙っていた槍が、結局ただ横の地面に刺した。
「……ここまで来てまだ殺さないのか」
「……知っている。お前にとって、生きるほうが罰だろう、カイン」
ヴラドは槍先を、カインの喉元へ押し当てる。
「ははっ……君だって、そうだったのに」
「そうだな。もうちょっと前の俺だったら、お前の計画、喜んで乗るだろう。でも……わるいな、今俺は、まだ生きたいんだ、あいつと一緒に」
カインの瞳から、温度が失われていく。
「後悔するよ、ヴラド。僕の言う通りに生きなかったことをな……いや、本物の災厄が訪れた時には、後悔すら許されない」
二人は言葉を絶ち、ただ視線を交わし続ける。
もはや語るべきものなど、残っていなかった。
――その時。
「ッ!」
ゴリアテが大きく揺れ、ヴラドの体勢が崩れ、槍は不意にカインの腕から抜けられた。窓際にいた動けなくなったカインは、そのまま空へと投げ出された。
「カイン!」
ヴラドは反射的に手を伸ばす。
だが――その視線に気づき、動きを止める。
カインは掴もうとしなかった。
ただヴラドを見据え――悲しみか、憎しみか、あるいは悔恨か。
その眼差しを最後に、ゆっくりと瞼を閉じる。
そして、弾幕と爆炎の渦に飲まれ、姿を消した。
「……ッ!」
伸ばした手を、握りしめて拳に変え、金属の床へと叩きつける。
震えはない。涙もない。
ただ、終わりなき痛みだけ。
前方を飛ぶフランケンシュタインが、大きくバランスを崩した。
同行するハルカは慌てて声を上げた。
「フラン!どうした!?」
その機体は、いつの間にか全身に無数の傷を刻んでいた。
「……戦闘機じゃないとはいえ、私の体がこれ程脆いとは。でも大丈夫です。まだやれます。敵を倒すまでは、絶対に動きを止めはしません」
「……ははっ」
ハルカは思わず吹き出し、急加速でフランケンシュタインの前に躍り出た。
「無茶振りするなんて、変なロボットだな」




