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プロジェクト【サハ】  作者: 諸星佑月
【第一章】箱船は終末から

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遺産

 天から降り立つ、天地をも破壊する巨人、これが箱船計画の一環としての()()()()形態だ。

 ゴリアテの作動方式は、遺産(ヘリテージ)とほぼ同じだ。ただ、あれほど巨大なものを動かすには、遺産(ヘリテージ)のような擬似根印(ねしるし)では不可能だった。そこでソロ・エターニティがまず用意したのは、巨大なハタ炉心ゴフェルだった。

 しかし、ゴフェルは十分なハタを集められるが、この膨大な力をゴリアテに使える形に変換することはできなかったのだ。この問題を解決できないまま時間が過ぎたその時、カインと名乗る男が現れた。


「何が起きた!」

 巨大な揺れにヒヨリはよろめき、フクロとフランケンシュタインも身をかがめ、ゴリアテの肩の上でバランスを取ろうとする。

「どういうこと……ソロはもう……一体誰が巨人を起動したの?」


 槍とレイピアが高速でぶつかり、火花が散る。鳴り続ける音も、突如の揺れに強制的に止められた。

 ヴラドは急いで槍を地面に刺し、カインもレイピアを壁に突き立てて体勢を安定させる。

「……ソロは死んだはずなのに……まさか……」

 振り返ると、やはりソロの死体はとっくに消えた。

 耳をつんざく音が響く。

【……なるほど、あんたがボクを裏切ったのか、カイン】

 巨人は大地を踏みしめながら立ち上がり、どこからともなく言葉を発した。音は平坦で、耳障りで雑然としており、異様な感覚を覚える。


「こ……これは……」

 ネモも認めざるを得なかった。

「ソロ……?どうして……」

「ソロは常に周到よ」

 レイチェルは壁際に歩み寄り、ソロの死体の隣でようやく力を抜いたように座り込む。

「もし彼のデータカードが壊れたなら、私がそのバックアップ再入力する。だから私の中には、全く同じデータが残っているの」


 ゴリアテの高くそびえる頭部の発光眼が数度瞬き、頭を下げるだけで地面に巨大な摩擦音を響かせた。

 エリザベスは身動きが取れない。

 この巨人が、彼女を睨みつけているのだ。

【……小さい、実に小さい】

 切り取った空間の裂け目は完全に閉じ、拠点は完全に防衛手段を失った。

根印(ねしるし)持つ者……こんなにも小さいとはな】

 巨人の腕に、無数の砲口が上から下へと展開される。両手を掲げ、掌を開き、前方の血族拠点に照準を合わせた。

 そしてーー数百発の砲弾が一斉に発射される。

 閃光が大地を蹂躙し、着弾した場所は連続爆発。火炎と轟きが荒れ果てた大地をさらに破壊し、草木は灰と化し、濃い硝煙が視界を覆う。

「ーーサプレッション・ロック」

 煙が徐々に晴れると、拠点全体を包む巨大な六角形のピンク色のシールドが現れた。

 長髪のロボットーー両腕にはいつの間にか浅い緑の重装甲が装着され、手を重ねて空中で血族拠点を守る。光のシールドの外は蜂の巣だが、拠点だけは無傷だった。

「あ……あなたは……」

 防護岩に倒れたエリザベスは空中のロボットを見上げ、危機感からまだ立ち直れない。

「ごめんなさい」

 ロビイは横向きに彼女を見て言った。

「ちょうど到着したところ。絶対に傷つけさせないから」

「……あなたは、フランと同じ遺産(ヘリテージ)?どうして助けてくれるの……」

「ええ。私は、ルーク・インヘリットが造った遺産(ヘリテージ)、個体識別名ロビイ。私はただ、もしルークがいたら、こうするはずと判断した」

【能力は随分上がったな、ロビイ】

 ゴリアテが再び声を発した。ロビイは敵に注意を戻す。

【そこにいる根印(ねしるし)持つ者たちは、ゴリアテによって完全に消滅させる必要がある】

 巨人が突如まっすぐ近づき、歩くたびに恐ろしい地震が起き、右拳をシールドに叩きつけた。

「ガンッ!」

 エリザベスは耳を押さえる。拳だけでは足りず、腕の砲口がすべて拠点を狙い、一斉に発射される。先ほどと違い、破壊の炎は一点に集中。

 なのに現状は、ロビイだけで防御するしかない。

「ぐ……」

 電流が腕に走るが、ロビイは退かない。

【……悪くない】

 ゴリアテは左拳を振り上げる。

【倍加攻撃に耐えられると思うな】

「うっ!」

 もう一本の腕から再び衝撃と倍加された砲火で、ロビイは制御を失いかける。

「あなた……!」

「……ごめんなさい……大丈夫、守る」

 巨山よりも巨大な鋼鉄の巨人に、微小なロボットが立ち向かう。砲火は止まらないが、ロビイも怯まない。


 ヴラドは見ていられず、拠点へ戻ろうと跳び降りるが、突進してくる巨蛇に道を阻まれる。

「カイン!お前、どういうつもりだ!」

 カインは手を振り、巨蛇を破壊された窓に封じた。

「……僕の考えを認めさせるため、君に何かを捨ておかねばな」

「捨てる?そこはお前の家、同胞のいる場所だ!なぜこんなことを……!」

「……あんな絶望だらけなところが、家だなんて認めない!どうしてそんな場所しか、僕たちに与える!それが、腹が立つんだ!」


 ゴリアテはロビイを攻撃し続ける。拳でシールドを叩くたび音が響き、砲火は止まらない。シールドには亀裂が入り始めるが、ロビイもまだ諦めない。

【……あんたがこれ程邪魔になるとは、最初からあんたも消しておくべきだった、ロビイ】

「ソロ……こんなこと、もう……」

「ガンッ!」

 ロビイの声は届いただろうか、それとも砲火と衝撃に完全にかき消されたのか。


 ゴフェルからは白い巨大な電流がリリスに打ち付けられ、彼女が生きているかすら分からない。

 操作台のスクリーンは外界の状況を映していた。ネモは、孤独に立ち向かうロビイを見つめ、拳を握りしめる。

「……なぜだ、レイチェル」

「……何がなぜだ。これはソロの命令だ」

「でもソロはもう死んだ」

「言っただろう。これは彼のやりたいことだ。そう、私が、判断した」

「違う……どこかがおかしい……ソロは……こんな……」

 ゴリアテの動きは止まらない。衝撃は残酷に響き続ける。

「きみに何が分かる、ネモ?ルークとソロが、きみにとっては何かも分からないのに、どうして私が間違ってると断定できる?」

 ネモはレイチェルに向き直る、そして、スクリーン上のゴリアテに指をさした。

「本当にきみは、これがソロだとでも、思っているのか」

 レイチェルの瞳の歯車がゆっくりと回すスピードを落とした。

「……レイチェル。ルークはなぜオレたちを造ったと思う?オレたちにこんな兵器になりたかったのか?」

「分からないわ。ただ、ソロの全てを無駄にすることだけは絶対に許せない、と判断した」

 ネモは何も言わず、壊れた窓に向かい、翼を広げる。

「……どこに行く」

 振り返らず、風に乱れる短髪をなびかせる。

 なぜ早く気づけなかったのかーー悲劇が生まれた今、すべてが軌道を外れていたことを知る。

「証明しに行く。あの人たちの、本当のやりたいことを」


 ゴリアテはこんな激しい動きを止まらず、肩の上の三人も危険だ。

 さらに強い揺れが走り、人が振り飛ばされる。

「うわっ!」

「ヒヨリ!」

 フランケンシュタインは飛び降りようとするが、そこでツインテールの少女が滑空してヒヨリを救い上げ、フクロに向かって笑顔で頷く。

「ハルカ!」

 抱き上がれるヒヨリは思いがけず嬉しい。

「大丈夫だったのか、ありがとうな、ハルカ!」

「もちろんだ、この私だよ!で、フクロ!今の状況は?この巨人はなんだ?」

「天空城研究所の所長の意識で動かしているらしい。どうやらブルーハー血族を滅ぼうとしている」

「はあ?とんだやつだな!リリスとカインは?ヴラドは?」

「……リリスは多分巨人の心臓にある炉心にいます。カインは……ヴラドと一緒にいます」

 フランケンシュタインはそう答えた。

「そっか。状況は大体分かった、どうする、ヒヨリ?」

「もちろん、巨人を倒すしかない!みんなが狙われるんだ、放っておけないだろう!」

「本当これしか言わない。倒し方も分からないくせに」

「わからないっから試しもしないのか、お前案外ビビりじゃねぇかフクロ」

「……何だと」

「やんのか、上等だ!」

「仲いいなあんたたち」

 ハルカは不思議そうに呟いた。

「誰がこんなやつと!」

「息ぴったりだな」


 ゴリアテの攻撃が、突如として止まった。巨人はまっすぐに立ち上がり、両手を下ろす。

「……?」

 ロビイのシールドもまだ消えていない。だが、ロビイの両腕はもう限界寸前の状態だった。

 状況を理解できずに見上げると、なんとネモがゆっくりと自分のシールドの前の空中に現れた。

「……ネモ?」

 少年のようなロボットは横を向き、ロビイに視線を送る。

「ゴリアテも、おそらく弾薬の再装填には時間が必要だろう。ロビイ、まずは少し休め。オレがこいつを引き受ける」

【ネモ……】

 あの奇妙な声が、また響いた。

【次から次へと、ボクを止めようとする】

 小さなロボットは頭を上げ、鋼鉄の巨人を見据える。

「答えて、ソロ。もしきみがまだソロであるのなら」

 澄んだ青の瞳に映るのは、巨大なる姿だ。

「きみは、ルークのやりたいことが何だったか、一度でも考えたことがあるか?」

【愚問だ】

 巨人はためらうことなく答える。

【ボクのやりたいことはルークのやりたいことそのものだ。このゴリアテの力は、彼とボクの生きた証であり、根印(ねしるし)持つ者を超えるために研鑽した成果だ】

「……」


「ネモ」

 機械は顔を上げ、呼ぶ声に応える。

「少しだけ手配してくれ。清掃ロボットもルークの研究室には入れないように」

「了解。なぜか聞いてもいい?」

 ソロは少し間を置き、ゆっくりと歩き去る。

「大切なものは、そのままにしてほしいだけだ」

 ネモは半開きの扉の向こうにある研究室を、呆然と見つめる。

「……ソロ、ルークはもう死んだと思っているのか?」

「は?」

 ソロは奇妙そうにロボットを見る。

「何を言っている?葬儀から三日も経っているだろう。はあ……また何かエラーでも?」

 ネモは悩むソロを見つめ、何も言わなかった。


「……違う」

 まるで天地の間に自分の声だけが存在しているかのようだ。

「ルークは、一度でも誰かを超えようとも、誰かに反撃しようとも思っていなかった」

 ずっと考えてた。

 ルークは、本当は、誰かと関わりたかったのではないかと。だから自分の顔を、かつての家族と同じように作り上げた。

「彼はただ、とても寂しかった、孤独だった。だから、誰かが傍にいてほしかった、それだけだ。冷たい住まいと、人のいない研究室、ルークはもうたくさんだった。だから、きみも孤独にしないよう、オレたちを作り続けたんだ!……オレたちに人間を理解しようとしたのも、ただかつてきみが彼を理解したのように、オレたちにもきみを理解してほしかっただけだーー」

「ーーそう。オレたちは、ルークがきみに遺した、遺産(いさん)なんだから!」

 答えは、意外と簡単だった。

 赤い機体の背後に、巨大な光の幕が徐々に現れる。何か、ゴリアテにも匹敵する巨大なものが、光幕の向こうからゆっくりと姿を現す。

「きみは間違っているよ、ソロ」

 ネモは両腕を広げる。

「……いや、きみはもうソロではない。ただの、腐り果てたサハ(執着)だ」

 澄んだ青の瞳にはもはや冷たさはなく、決意だけが宿る。

「最強の遺産(ヘリテージ)の名を賭け、彼の最高傑作の名を賭け、オレが、きみを沈める!」

 答えを分かった以上、今ここで、全ての武装を、本当の力を解放できる。


 ――わるい、ソロ。

 あの時、私が強く君を拒んだら、きっと君の人生はもっと充実して、素晴らしいものになったのかもしれない。

 しかし……もう起こってしまったことは変えられない。

 私の人生の大半は惨めだった。だから、君には同じ思いをさせたくない。

 ……わがままかもしれないけど、でも本当に、本当に心から安堵している。あの日、君が私の前に現れたことを。

 残された時間は少ないが、全力で、できる限りのことを尽くす。少なくとも、君をこれから一人にはさせない。

 ……驕りかもしれない、私の勝手な願いだ。

 それでもやる。たとえこれから私が君の傍にいられなくても、この子たちがいる。

 私の遺産(いさん)が、代わりにずっと君の傍にいるように。

 これが、私の、やりたいことだ。


擬録(ディスガイス)ーーアームド・ダイブ!」

「ノーチラス、全艦、砲撃準備!」

 空に届きそうな光幕から、三隻の巨大な機械戦艦がゆっくりと姿を現す。

 高さはおよそ二千メートル、並ぶ幅は千メートルを超えている。光の幕はロビイのシールドの前で遮られ、尖った先端や艦載砲台が徐々に見え始める。砲台は数百基に及び、強襲用の戦艦設計だが、三隻とも全てを光幕の外に出すつもりはないようで、半分だけ姿を現している。


「こ……これは……!」

 画面の向こうのケイは、いつも通りの礼儀すら忘れて驚きの声を上げた。

 ネモの背後に現れた巨艦は、すべて純粋なハタで構成されており、実体はない。おそらくネモの蓄えた構造情報を光幕で展開範囲を確認し、根印(ねしるし)で引き出したものだ。立体プリントのような原理のはず。

 しかしそのサイズ、範囲、ハタの用量、常識を遥かに超えている。

 こんなのが、これ程のものが、根印(ねしるし)を持たぬ人間が、己の力だけで作ったのか。

「……メルリヌスがいたら大喜びでしょうね」

 女は鼻で笑った。

「これだから宇宙は千変万化だ。昔から、いつだってそうだった」

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