ブリットンス
「……え?ゴミって……なんでだよ?」
「私たちは地上を離れ、空の上で暮らすようになってもう千年近い。上質な温室があり、広大な空間もある。外敵もいない、衣食に困らず、平和で満ち足りた生活だ。そんなでこういうもの作る必要がない」
「でも……!」
その反論を遮るように、機械的な声が響く。
「……未知存在、警戒モード、起動……」
声の方を振り向くと、工房の奥に立っていたのは骨組みだけのロボットだった。ギィと金属音を響かせ、一歩一歩ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。むき出しの眼球型センサーが、まるで獲物を捕えるようにソロを射抜く。
少年は慌てて後退した。
「止まれ、ネモ」
次の瞬間、機械は動きを止め、直立姿勢で静止した。
「こ、これ……何……?」
ソロは怯えてルークの背後に隠れる。
「悪い、まだ調整段階なんだ。自律型のヒューマノイドを試作してる」
ソロは呆然と見上げる。
「えっと……簡単に言えば、人に限りなく近いロボットだな。成功する可能性は低い、ただの試みだ」
――しまった。
軽々しく子供を工房に入れるべきじゃなかった。またどんな尾ひれが付いて広まるか分かったものじゃない。
「……すごい……すごいよ!こんなのまで作れるんだ!」
ソロの瞳は輝き、ネモの前に駆け寄った。
「おい……!」
少年は気にせず骨格の周りをぐるぐる回り込み、興奮した様子で観察を続けた。
「これ完成までどれくらいかかるの?背骨の構造そっくりじゃないか!ここの配線は……」
ルークはその様子を見て、しばし言葉を失った。
「あ、こんなところに設計図が!ルーク、ちゃんと整理しないと!こんな大事なもの床に置いたらダメだろ!」
「……そうだな」
「なに笑ってるの!ボク勝手に片付けちゃうよ!」
――こうして程なく、周囲の噂など気にも留めず、ソロはルークと共にネモの製作に取り組むようになった。もし完成すれば、更に作る計画もあるという。
ネモには、複雑な思考アルゴリズムや言語システム、擬似人格まで組み込む必要がある。ひとつ作るだけでもルークとソロは頭を抱え、一年近くの歳月を費やさねばならなかった。
「新しいエネルギー?」
「ああ。天空城がいつまでも空に浮かべるエネルギーとは、何だ?」
「太陽光や風……と、大人から聞いたんだが」
「最初はそうだった。約千年前、かつてこの天空城を築いた人物――同時に、この研究所の初代所長でもあった。その人は、自然界のエネルギーをほとんど損失なく利用できる、極めて高効率なエネルギー変換炉を完成させた。私はこれまで、天空城の動力源は一度も変わっていないものだと思っていた。だがこの研究所に来て初めて知った――その変換炉の内部には、大量の未知のエネルギー粒子が存在していることを。我々の知るどのエネルギーとも異なる、しかもほぼどこにでも存在する、膨大なエネルギー」
「それがクローバーやスペードたちの動力源?」
「そうだ。そしてネモにも使うつもりだ」
ルークは作業台の脇から重い鉄箱を持ち上げ、蓋を開いた。中には淡い青光を放つ大きな結晶が収められていた。
「これは……?」
「何度も実験してできたものだ。新エネルギーを動力に変換できる、天空城変換炉の改良縮小版だ。材料はかなり有限で、これ以上は作れないんが」
「本当?大発明じゃないか!凄いな……ボクもいつかこんなの作ってみせる!」
「時間ならたっぷりあるよ、君は若いしな」
「でもこのエネルギー、名前がないと不便だよな。つけないの?」
「うーん……ネモが完成してからでいい。どうせ知ってるのは私たちだけだ、急ぐ必要はない」
ネモの姿はすでに骨格だけではなかった。二人の努力で、胸の一部を残して外装はほぼ完成。緩やかに波打つ赤髪、閉じられた瞼、精巧な顔立ち。鋼の体を除けば、人と見紛うほどだった。
「そういえばルーク、ネモの顔ってどうやって作ったの?適当に?」
ルークの手が一瞬止まった。
「……死んだ弟の顔を模したのだ」
沈黙。ソロは言葉を失ったままネモを見つめ直す。ルークが身内の話をするのは、それで最初で最後だった。
時はゆっくりと流れていった。
本来はひっそりとした片隅だったはずの場所が、いつしか少しずつ賑やかになっていく。
「ルーク!」
ソロが工房の扉を押し開けて入ってくる。
「やっぱり今のままじゃ手狭でさ、新しく……って、ネモ、あんた何してる」
赤い髪のロボットが、あり得ない距離で作業椅子に座ったまま眠る男の顔に近づいていた。
名前を呼ばれると、ぎぎっと首を回す。
「呼吸を確認していた。ルークの生命状態を確認したかった」
「どう見ても寝てるだけだろ。あんた、心臓の鼓動ぐらい探査できるんじゃなかったのか?」
青い瞳をぱちぱちと瞬かせる。
「心臓だけが唯一の根拠とは限らないのでは」
その声で眠りが妨げられ、男が目を開いた。夢うつつに会話を聞きながら、ルークは苦笑した。
「……もういい、ネモ。ちょっと離れて」
「了解」
「ルーク、やっぱりネモって、どっか調整が必要だと思うんだよな」
「……そうかもな」
ルークは立ち上がり、伸びをした。視線の端に、ソロが手に持っている設計図が映る。
「本当に武器が好きなんだな、君は」
「うん。無限に組み合わせがある気がしてな……まあ、この天空城じゃ使い道なんて皆無なんだけど」
「……ソロ、ひとつ聞いていいか。君は……後悔してないのか?私は……ただ個人の欲求でこれをやっている。周りがどう見ようか、やめようと思ったことはない。でも君は……ソロ、将来なにか、やりたいことはあるか」
「はぁ……」
ソロは深くため息をついた。
「気にしなくていいよ。最初からボクのほうから押しかけたんだ。今までの時間が楽しい、それだけで十分だろ」
ルークはやがてふっと笑って背を向けた。
モニターの光が彼の横顔を照らす。傍らに立つネモの瞳が青く光った。
「……なんか、気持ち悪いな」
「は?」
研究所の近くで、散歩に通りすがりの二人がいる。外には起動していないスペードが並んでいた。
「急に何言ってんのよ、こいつらはいつもここに置いているだろう」
「あれだよ。インヘリットだっけ?最近これだけじゃ満足できず、ますます人みたいなロボットを作ってるって」
「ウソだろう……まだこれ以上ヤバいものを作ってんの?」
「それだけじゃないって!この前見かけたんだよ、人みたいで人じゃないものが!あいつ、多分狂ってるな」
言葉が途切れた。
もう一人が青ざめて、後ろを凝視している。
不審に思って振り返るとーー黒々とした鋼鉄の巨人が、きしむ音を立てながら首をもたげ、黄色い光が眼に灯る。
「うわあああっ!」
地面に尻もちをつき、二人は悲鳴を上げた。
「報告」
工房の中でネモが告げた。
「スペードより警告。正体不明の目標が、高空より接近中」
「なんだって!?」
ルークはソロとともにネモのそばへ駆け寄る。
「映像を出せ」
ネモの両眼から光が走り、半空中にスクリーンが映し出された。
「……これは……」
ソロが目を疑う。自分が調整した監視システムでなければ、とても信じられない光景。
そこに映っていたのはーー空から降り立つ二人の影。
最初に降りたのは、淡い青の長髪を靡かせた女性。深紅のドレス、白い肌。ハイヒールで金属床をコツリと鳴らし、軽蔑を浮かべて周囲を眺める。
次に深い蒼の長い髪を束ねた男性が降り立つ。銀の鎧に青の衣服。彼の瞳が穏やかに細められ、そのスペードの近くにいた天空城二人に手を差し伸べた。
「大丈夫ですか?」
「あ、え……?お、お前たちは……」
「何やってるの、ケイ。戻るわよ」
「……もうですか?」
ケイと呼ばれた男は困惑をにじませる。
「そうよ。まともな根印なんて感知できなかった。第二空間はこんな程度、先に進む価値もないわね」
その背後でーー金属の軋む音が響く。女が振り返った瞬間、スペードの巨大な腕が振り下ろされた。
「ーーッ!」
ケイが咄嗟に女性を庇って、間一髪で退避する。鉄塊が床を叩き割り、地面も震える。
横の二人は無論恐怖で動かなかった。
「これは……」
ケイは鉄の兵を凝視する。
「ふん……」
女性も目を細めて近づく。
「ハタを駆動させてる……僅かとはいえ……ねぇ、そこの二人」
「な、なんです……!?」
「これを造ったのは誰?会わせなさい」
「え、え……?」
幸せな時間は、往々にして短い。それは、人が欲深いからだ。
満ち足りた幸福、甘美な日々。それを得れば、さらに求めてしまう。
理解してくれる人と共にいること。それだけで、大きな幸せだ。
ーーソロ、将来なにか、やりたいことはあるか?
やりたいこと……か。
あの時、ただルークに負けたくないって。
でも本当は、ずっと悔しんだ。
あんなに凄い人なのに、認められないままなんて。
「……あれを造ったのが、君か?」
「他人の場所で問いかけるなら、まず自分を名乗るべきだろう」
ルークは距離を取って女性に質問した。彼の後ろには落ち着かないソロと、動き気配もないネモ。
「ここは、私が説明しましょう」
ケイという男性がは丁寧に歩み寄った。
「信じ難いかもしれませんが……私たちは別の世界から来た者。今は、ブリットンスに属しています」
「はあ?」
ソロが思わず声を発した。
ルークは二人の装束をよく観察する。地上では災禍から千年、生き残りがいるのかは知らないがーー少なくとも、この二人のようなやや華奢の衣装はありえない。
「……続けてかまわん」
「ご理解に感謝します。一つ伺います。どうやってハタを利用する機械を造ったのです?」
「ハタ……?」
「外のあの機械人形を動かしたエネルギーの話です」
ルークは、まるで何かをようやく覚えだし、そして理解したかの様子だった。
「そっか、これがハタって言うのか……数年前に気づいて、応用しただけだ」
「……そうですか。しかし、独力で応用する方法を……?本当ですか?」
「当たり前だ!」
ソロが前に出た。
「ルークは天才だ!ここじゃ誰も理解しないがな!」
「……では率直に申し上げます」
ケイは真剣な顔になる。
「私たちはこの機械を必要としています、量産していただけませんか?その代わり、私たちのできる範囲内、望むものを差し上げましょう」
「……大量な兵が必要だと?戦争でも始めたいのか。それは承諾できないな」
「私たちは……」
「やめなさい、ケイ」
ずっと聞いている女性は急に発言した。
「君たちに知る必要はない、むしろ、君たちにとって、知らないほうがいいわ」
彼女の発言に、ソロが無性に腹が立った。
「そんなのありえない!あんたたちの一言でボクたちは従うでも?何様のつもり?」
「……身の程知らず」
彼女が右手を持ち上げた瞬間、ケイの声を上げるより早く――衝撃音と共にソロが壁に叩きつけられた。
「ソロ!」
見えない何かに喉を締め上げられたソロは、宙に持ち上げられ、背中を壁に叩きつけられる。大量の書類が宙を舞い上がり、彼は必死に手足をばたつかせながら、何も掴めない空気を掻いた。
「なにをする!その子は関係ない!」
「……よく聞きなさい。私がその気になれば、この場の誰ひとり、天空城の人すべて、生かす必要などないわよ。ケイの態度で勘違いしたようだな。これは話し合いじゃない――この様に君たちには、我々と交渉する資格などないから」
「ぐっ……」
ソロの視界が滲み、呼吸が詰まっていく。
「やめろ!ソロは関係ない!要求は全部私が呑む!だから放せ!」
ルークの怒鳴り声が響いた。
「賢明だ」
女は手を下ろした。ソロの身体は無造作に床へと落ち、ルークが慌てて駆け寄る。
ケイは目を逸らし、無言で唇を噛んだ。
「君たちは……何者だ?」
ルークは怒りを抑えきれずに問う。
「私達は、根印を持つ者です」
ケイが代わりに答えた。
「体内に宿すこの特殊な器官が、宇宙に満ちるハタを直接扱うことを可能にする。それが、我々の力です」
ソロは荒い息をつきながら床に手を突き、遠ざかる彼らの声を耳にした。
「では、こちらからの要求は、機械兵団の製造と、できれば兵団の管理を行う個体もほしい。できるわね?」
ふざけるな……ルークをなんだと思っている。
「……わかった」
「ありがとうございます。そちらの要求は?できる限り尽力いたします」
「……ここの人の安全が保証できればいいよ。強いて言うなら……地上の、何百年前存在しているウイルスを、調査できたらいいが」
「わかりました。手配いたします、また来ます」
ドンッ、とドアが閉まる音が響いた。
――なんだよ、これ。
根印?ハタを直接操る?あんな理不尽な奴らが?
どうして、本当の凄い人が、力を持つべき人が……あんな連中に踏み躙られなきゃならないんだ。




