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プロジェクト【サハ】  作者: 諸星佑月
【第一章】箱船は終末から

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巨人到来

 黄金の斬撃が奔る。

 罪を焼き尽くす陽射しのように、闇を祓う希望のように。

 天空城を揺るがすその一撃は、鋼鉄の大地を焼き裂き、領域を真二つに割るほどの威力だった。

 黒焦げのレイチェルが弾き飛ばされ、地面を何度も転がり、ようやく止まる。

「ぐっ……!」

 同時にハルカの体が悲鳴をあげ、膝をつく。

「オェェ……」

「ハルカ……!きゃ!血っ!血が……!」

 アルテミスが人の姿に戻り、ハルカのそばへ駆け寄る。

「……今回は、熱がないな……へへ……」

「もう!何がへへだよ!アーマーアクセスの残刻器(ざんこっき)は強大だが、副作用も強い!根印(ねしるし)のないあなたがやっぱり無理難題……次は命を落とすかもしれないよ!もうあなたが何と言おうと私……」

「でも、今全力を出さなきゃ――次なんてないだろう」

 ハルカはかすかに笑った。

 アルテミスがその笑顔に何も返さなかった時に、ボロボロになりながらも立ち上がるのは、レイチェルだった。

「……きみの勝ちね」

 彼女は電流を漏らしつつも、顔を上げる。

「だが、ここで私を倒しても無意味だ」

 轟音が響き、二人は思わず空を見上げる。

「いまのは……砲台の発射音……?」

 アルテミスがつぶやく。

「きみたちの仲間のひとりが裏切ったよ。そのリリスの情報を渡し、さらに血族拠点の座標までも教えたのだ」

「なに……!」

 ハルカの顔が青ざめ、何とか体を起こしたかったのようだ。

「先ほどの砲撃は、ブルーハー血族の拠点を狙ったもの。だから、ここで私を止めても――何の意味もないのだ」


 ブルーハー血族の拠点周囲は、特殊な防護岩に覆われており、外から見ればただの山にしか見えない。

 だがアルジャーノンもソロも知っていた――その山頂にこそ、彼らの攻撃目標があることを。

 巨大な緑色の光束が三方向へと発射され、地面を薙ぎ払う。

 轟音とともに爆発が連鎖し、吹き飛ばされた黒い樹木やグールは高熱に焼き尽くされていく。

 光束が通り過ぎた跡には、いくつもの巨大な焦土のクレーターが残り、半径百キロに渡って怪物の残骸と黒焦げの大地だけが広がった。


「……ほう」

 女はモニター越しに光景を見て、ようやく興味を示した。

「あなたはどう思う、ケイ?」

 問われた男は腰を屈め、恭しく答える。

「確かに、根印(ねしるし)持つ者と匹敵する火力だ。信じられない……これが、根印(ねしるし)も持たない人が作られたとは」


 その頃、血族の拠点。

 空を偵察する人は、天空城の巨大砲口がこちらに向けられるのを目撃すると、慌てて拠点内へ報告した。

「来たぞ、エリィ!」

「やはり来たか……ヴラドとフランの予測通りね!」

 エリザベスの両手に紅い光が閃き、二本の鋭い長釘が出現する。

 緑の光束が凄まじい速度で迫り来ている。

 だが彼女はとっくに準備していて、防護岩の上に立ち、まるでシンフォニーを指揮するように両手の釘を振るった。

咲血(サンジェ)――!」

 声と同時に、大山の前方に空間の裂け目が次々と開き、環状に広がっていく。

 光束が衝突した瞬間、それらの裂け目は連結され、巨大な円形の空間の穴が生まれた。

 緑色の光束はすべて、その血光に満ちたブラックホールへと吸い込まれていく。


「な、なんだと?!」

 ソロは操作台を叩きつけた。

「全部吸われただと!?どういう仕組みだ!」

 同じ映像を見てたカインは眉をひそめた。

「……エリィか。しかし、こんな巨大な空間裂け目を維持できるはずがない」

「準備をしておけば、可能です」

 振り返ると、答えたのはフランケンシュタインだった。

「もし本当に天空城を改造したのなら、直接拠点を狙う可能性が高いです。ですから私とヴラドは、あらかじめエリザベスに方法を伝え、彼女に指定の地点に小さな裂け目を刻ませたんです。そして今、それらを繋ぎ合わせ、今のように大きな裂け目ができます」

 カインの紅い瞳が、冷たくロボットを射抜く。

 その映像を見終えたソロも、ゆっくりと振り返った。

「……見事だ。確かにあんたを過小評価していたようだな、フランケンシュタイン。あんたを最初に捨てたのは、愚かだったな」

「……ソロ」

「だが、空間裂け目とは、ハタを強引に引き裂いて生まれる代物だ。消失には時間の問題。そのブルーハーがいつまで持つかな?」

「テメェっ……!」

 ヴラドの怒気は限界に達していた。

「天空城の者を利用し尽くしただけでなく、今は俺の同胞までも……!テメェにとって殺戮とは、ただの遊びか?!」

「ボクは遊びなどする暇があるはずない。ブリットンスが見ている。あんたらを打ち倒せば、力を示せるのだ。アルジャーノン」


「命令を受領。第二段階――トランスフォーム、開始」

 地面に突き刺さった巨大な管を、緑色の光が奔流のように走り抜けていく。

 数秒後――天空城そのものが、かつてない規模で形を変え始めた。


「……あれは……」

 防護岩の上、エリザベスは思わず口を開けた。

 千年動かなかったはずの建造物が――降下を始めたのだ。

 拠点の血族たちに動揺が走り、ざわめきが広がる。エリザベスは唇を噛みしめ、近づいてくる天空城を凝視する。

 だが次の瞬間、さらに信じがたい光景が訪れた。濃霧を割って降下する天空城が、突如として全体を変形させたのだ。漆黒の影は回転しながら折り畳まれ、精緻な機構が噛み合い――やがてそれは、頭と四肢を持つ人の姿へと変貌していく。

 そして、両腕のような構造で大地を支え――とどろきと共に、地上に膝をついた。

 激震が辺りを揺るがし、誰もが宙に浮き、そして地面へと叩きつけられる。

 エリザベスは地に倒れ、ただ呆然と、その巨影を見上げた。

 鋼鉄の重装甲に覆われた巨人が、赤く染まる天地の中で沈黙する。動かずとも、その質量と威容だけで大地を揺るがす。

 もしこれ程の巨人が動き出したなら――先ほどの砲撃など、ただ前奏にすぎないだろう。

 エリザベスの肩が震えた。

「こ、こんなのと……戦うの……?」


 背後の炸裂音に、アルジャーノンが振り返った時には、すでに黒煙が立ちこめ、捕らえたはずの二人の姿は消えていた。

 緑のモノアイが獲物を探す。あの二人を逃すわけにはいかない。彼らは、この戦局を左右する変数なのだ。

 現在彼らの戦場は、巨人の右肩のところにある。二人は建物の中へと逃げ込んで、フクロは隙間からアルジャーノンの様子をうかがい、煙幕のせいで相手も動きを控えているのを確認する。

「……面倒だ」

 フクロは呟いた。

「じゃあ……」

 壁際に背を預けたヒヨリが、低い声で問いかける。

「なんでお前、本気を出さない?」

「……何を言ってる」

「誤魔化すな、フクロ!」

 ヒヨリは彼の襟を掴んだ。

「俺でもわかる!お前は全然本気を出してないって!さっき拠点のみんなが死にかけたんだぞ!」

「……それがどうした。お前が勝てないから、俺のせいにするつもりか?」

「違う!でもどうして聞かなくちゃ――なぜ全力で戦わない!」

 その瞳は、澄んだ蒼のまま、真っ直ぐな怒りを宿していた。

「フクロお前……この世界の奴らなんて、どうでもいいと思ってるんだろ?命を懸ける必要なんてない、失敗しても別にいい……そう思ってるだろう!」

 フクロはただゆっくりと顔を上げ、彼と視線を合わせる。

「……俺が知ってるのはひとつだけだ。弱者、使えない奴は滅ぶべき。それがこの世の理だ。ブルーハー血族が滅んだとしても、それは彼らが弱いから、この宇宙にとってはもう用済みのことだ」

 ヒヨリは奥歯を噛み締め、震える声を絞り出す。

「……つまり、エリィやセトのおっさんが、どうなろうと関係ないってことか……ブルーハー血族がいなきゃ、お前はいまごろ……!」

「勘違いするな」

 フクロは彼の手を乱暴に振り払った。

「情報が必要だったから、奴らとともに行動した、それだけだ。むしろ俺が聞きたいさ、なんで他人の為にそんな必死にやってる?そんな気持ちがあった方がおかしいだろう、お前に何かしらの利益でももたらすのか?」

 その時――外から緑の光束が炸裂し、建物が揺れる。アルジャーノンが接近していた。

「……もういい、やっぱり俺はお前が気に入らねぇ。お前が俺と同じかもしれねぇなんて、俺もどうかしてた」

 ヒヨリは歩み出した。

「おい、どこへ行く」

 金髪の少年は背を向け、ただ一言だけ残した。

「――俺一人であいつを止める」


「どうやらトランスフォームは完了したようだ、おめでとう」

 カインがソロに向かって微笑む。

「は、ははっ……!一生を賭して完成させた……!科学の到達点、人類の頂点だ……!」

 震える両手を掲げるソロは、まるでモニターにある箱船の模型を抱き上げるかのようだった。

「ロビイ」

 突如、ピンク色の機体がビクリと反応し、フランケンシュタインの方を振り返る。

「頼みがあります。隙を見て……ブルーハー血族の拠点に向かって」

 ロビイは短く了承を返した。

 操作卓に新たな発光パネルが現れ、ソロが白衣のポケットから金属片を取り出した。

「さあ……これにボクのデータを入力すれば……箱船は起動する!」

「やめろ、ソロォッ!」

 ヴラドが飛びかかる――しかし遅かった。

 金属片が嵌め込まれ、そこから無数の光線が広がる。画面には進捗ゲージが走り出した。

「……ッ!」

 かすかな音。体を貫く鋭い刃の音。

 ロビイとフランケンシュタイン、ヴラドですら、目の前の出来事で動きを止めてしまった。

 老人の背後から――血の結晶でできた、細身のレイピアがその心臓を貫いていた。鮮血が迸り、操作卓と、そして加害者の白い髪と顔を赤く染め上げる。

「……な……ぜ……」

 ソロの顔が苦悶に歪む。

「ふぅ……やっと、ここまで来た」

 カインは吐息を漏らし、右手で金属片を引き抜く。光は掻き消え、進捗ゲージも一瞬で消失した。

「それは……ッ!」

 ソロが奪い返そうとするも、止めどなく血が溢れ、白衣を真紅に染める。やがて足元が崩れ、そのまま床に崩れ落ちた。

「ソロ!」

 ロビイが駆け出すが、カインの剣がその行く手を阻む。

「来るなよ。僕の咲血(サンジェ)には毒が仕込んである。地上のウィルスには及ばないが……ただの根印(ねしるし)無き者の即死には十分だ」

 カインは笑みを浮かべ、ロビイに言い聞かせるように――そして足元の老人に聞かせるように告げた。

「……カイン?」

 ヴラドが一歩踏み出す。

「悪いな、ヴラド。驚かせちまったろ?でも、もう大丈夫だ」

「あ、んた……カイン……!」

 ソロの声は掠れ、毒素が紫色となって顔に広がっていく。

「……すべては……このため……か……!」

「そうだ」

 カインは淡々と笑った。

「無力な根印(ねしるし)無き者にしては、よくやったよ。胸を張って逝け、ソロ」

 ――ああ、まただ。

 この目だ。

 生まれながらにすべてを持つ者だけがする、あの見下すような目。

 ――まだ……何も成し遂げていない……!

 ――やめろ……!まだ、ボクの人生は、何も……!

「グシャッ」

 カインの手が握り潰す。老人の全てが込められた小さな金属片は、無惨にも粉砕され、床に転がった。

「や、やめ……ボクの……ルークの……」

 毒素に蝕まれ、もはや動けないはずの身体。

 それでもソロは這いずり、砕けた金属片を掴み取った。

 数秒後――完全に動かなくなる。


「ドン、ドン、ドン!」

 廊下に響く軽快なノック音。

「ドン、ドン、ドン!」

 しつこく、十数分も。誰だって苛立つ程。

「ったく、うるさいな!」

 ドアが乱暴に開かれ、中から白衣姿の中年男が現れた。髪はぼさぼさ、シャツのボタンもかけ違えている。

「近所迷惑だろう!エターニティ家のガキ!」

 文句をぶつけられているのは十代の少年だった。大人しそうな顔で、ドアを叩き続けていたらしい。

「ルークがいいって言うまで、毎日どころか毎秒でも叩くからな!」

「言っただろ、私は弟子なんか取らん。何度来ても無駄だ」

「なら、意地でも独学する!資料見せろよ!ボク、頭いいんだ!設計図を見せてくれれば、それでいい!クローバーもスペードも……あの機体たちはみんなルークが作ったんだろ!」

「だからどうした。ガキは友達と遊んで、恋愛でもしてろ、鉄くずと戯れてどうする。まさか友達いないのか、ソロ?」

「うっ……!」

 図星を突かれたのか、少年の顔が真っ赤になる。

「ち、違う!こっちの方がカッコいいんだ!あいつらがなんにも分かってない!」

「へぇ、どうカッコいいんだ?」

「だって、ルークは人類より凄いものを作ってるんだろう?」

 ルークはため息をついた。

「……先に入ってな」

 少年はその言葉を聞いた瞬間、憧れの作業場へと駆け込んだ。だが、ドアが閉まった途端、ルークが立ちふさがる。

「その前に話がある、ソロ。君にはあの機械兵士がいいとお思うかもしれないが、他人からすれば、全部ただのゴミだ」

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