巨人到来
黄金の斬撃が奔る。
罪を焼き尽くす陽射しのように、闇を祓う希望のように。
天空城を揺るがすその一撃は、鋼鉄の大地を焼き裂き、領域を真二つに割るほどの威力だった。
黒焦げのレイチェルが弾き飛ばされ、地面を何度も転がり、ようやく止まる。
「ぐっ……!」
同時にハルカの体が悲鳴をあげ、膝をつく。
「オェェ……」
「ハルカ……!きゃ!血っ!血が……!」
アルテミスが人の姿に戻り、ハルカのそばへ駆け寄る。
「……今回は、熱がないな……へへ……」
「もう!何がへへだよ!アーマーアクセスの残刻器は強大だが、副作用も強い!根印のないあなたがやっぱり無理難題……次は命を落とすかもしれないよ!もうあなたが何と言おうと私……」
「でも、今全力を出さなきゃ――次なんてないだろう」
ハルカはかすかに笑った。
アルテミスがその笑顔に何も返さなかった時に、ボロボロになりながらも立ち上がるのは、レイチェルだった。
「……きみの勝ちね」
彼女は電流を漏らしつつも、顔を上げる。
「だが、ここで私を倒しても無意味だ」
轟音が響き、二人は思わず空を見上げる。
「いまのは……砲台の発射音……?」
アルテミスがつぶやく。
「きみたちの仲間のひとりが裏切ったよ。そのリリスの情報を渡し、さらに血族拠点の座標までも教えたのだ」
「なに……!」
ハルカの顔が青ざめ、何とか体を起こしたかったのようだ。
「先ほどの砲撃は、ブルーハー血族の拠点を狙ったもの。だから、ここで私を止めても――何の意味もないのだ」
ブルーハー血族の拠点周囲は、特殊な防護岩に覆われており、外から見ればただの山にしか見えない。
だがアルジャーノンもソロも知っていた――その山頂にこそ、彼らの攻撃目標があることを。
巨大な緑色の光束が三方向へと発射され、地面を薙ぎ払う。
轟音とともに爆発が連鎖し、吹き飛ばされた黒い樹木やグールは高熱に焼き尽くされていく。
光束が通り過ぎた跡には、いくつもの巨大な焦土のクレーターが残り、半径百キロに渡って怪物の残骸と黒焦げの大地だけが広がった。
「……ほう」
女はモニター越しに光景を見て、ようやく興味を示した。
「あなたはどう思う、ケイ?」
問われた男は腰を屈め、恭しく答える。
「確かに、根印持つ者と匹敵する火力だ。信じられない……これが、根印も持たない人が作られたとは」
その頃、血族の拠点。
空を偵察する人は、天空城の巨大砲口がこちらに向けられるのを目撃すると、慌てて拠点内へ報告した。
「来たぞ、エリィ!」
「やはり来たか……ヴラドとフランの予測通りね!」
エリザベスの両手に紅い光が閃き、二本の鋭い長釘が出現する。
緑の光束が凄まじい速度で迫り来ている。
だが彼女はとっくに準備していて、防護岩の上に立ち、まるでシンフォニーを指揮するように両手の釘を振るった。
「咲血――!」
声と同時に、大山の前方に空間の裂け目が次々と開き、環状に広がっていく。
光束が衝突した瞬間、それらの裂け目は連結され、巨大な円形の空間の穴が生まれた。
緑色の光束はすべて、その血光に満ちたブラックホールへと吸い込まれていく。
「な、なんだと?!」
ソロは操作台を叩きつけた。
「全部吸われただと!?どういう仕組みだ!」
同じ映像を見てたカインは眉をひそめた。
「……エリィか。しかし、こんな巨大な空間裂け目を維持できるはずがない」
「準備をしておけば、可能です」
振り返ると、答えたのはフランケンシュタインだった。
「もし本当に天空城を改造したのなら、直接拠点を狙う可能性が高いです。ですから私とヴラドは、あらかじめエリザベスに方法を伝え、彼女に指定の地点に小さな裂け目を刻ませたんです。そして今、それらを繋ぎ合わせ、今のように大きな裂け目ができます」
カインの紅い瞳が、冷たくロボットを射抜く。
その映像を見終えたソロも、ゆっくりと振り返った。
「……見事だ。確かにあんたを過小評価していたようだな、フランケンシュタイン。あんたを最初に捨てたのは、愚かだったな」
「……ソロ」
「だが、空間裂け目とは、ハタを強引に引き裂いて生まれる代物だ。消失には時間の問題。そのブルーハーがいつまで持つかな?」
「テメェっ……!」
ヴラドの怒気は限界に達していた。
「天空城の者を利用し尽くしただけでなく、今は俺の同胞までも……!テメェにとって殺戮とは、ただの遊びか?!」
「ボクは遊びなどする暇があるはずない。ブリットンスが見ている。あんたらを打ち倒せば、力を示せるのだ。アルジャーノン」
「命令を受領。第二段階――トランスフォーム、開始」
地面に突き刺さった巨大な管を、緑色の光が奔流のように走り抜けていく。
数秒後――天空城そのものが、かつてない規模で形を変え始めた。
「……あれは……」
防護岩の上、エリザベスは思わず口を開けた。
千年動かなかったはずの建造物が――降下を始めたのだ。
拠点の血族たちに動揺が走り、ざわめきが広がる。エリザベスは唇を噛みしめ、近づいてくる天空城を凝視する。
だが次の瞬間、さらに信じがたい光景が訪れた。濃霧を割って降下する天空城が、突如として全体を変形させたのだ。漆黒の影は回転しながら折り畳まれ、精緻な機構が噛み合い――やがてそれは、頭と四肢を持つ人の姿へと変貌していく。
そして、両腕のような構造で大地を支え――とどろきと共に、地上に膝をついた。
激震が辺りを揺るがし、誰もが宙に浮き、そして地面へと叩きつけられる。
エリザベスは地に倒れ、ただ呆然と、その巨影を見上げた。
鋼鉄の重装甲に覆われた巨人が、赤く染まる天地の中で沈黙する。動かずとも、その質量と威容だけで大地を揺るがす。
もしこれ程の巨人が動き出したなら――先ほどの砲撃など、ただ前奏にすぎないだろう。
エリザベスの肩が震えた。
「こ、こんなのと……戦うの……?」
背後の炸裂音に、アルジャーノンが振り返った時には、すでに黒煙が立ちこめ、捕らえたはずの二人の姿は消えていた。
緑のモノアイが獲物を探す。あの二人を逃すわけにはいかない。彼らは、この戦局を左右する変数なのだ。
現在彼らの戦場は、巨人の右肩のところにある。二人は建物の中へと逃げ込んで、フクロは隙間からアルジャーノンの様子をうかがい、煙幕のせいで相手も動きを控えているのを確認する。
「……面倒だ」
フクロは呟いた。
「じゃあ……」
壁際に背を預けたヒヨリが、低い声で問いかける。
「なんでお前、本気を出さない?」
「……何を言ってる」
「誤魔化すな、フクロ!」
ヒヨリは彼の襟を掴んだ。
「俺でもわかる!お前は全然本気を出してないって!さっき拠点のみんなが死にかけたんだぞ!」
「……それがどうした。お前が勝てないから、俺のせいにするつもりか?」
「違う!でもどうして聞かなくちゃ――なぜ全力で戦わない!」
その瞳は、澄んだ蒼のまま、真っ直ぐな怒りを宿していた。
「フクロお前……この世界の奴らなんて、どうでもいいと思ってるんだろ?命を懸ける必要なんてない、失敗しても別にいい……そう思ってるだろう!」
フクロはただゆっくりと顔を上げ、彼と視線を合わせる。
「……俺が知ってるのはひとつだけだ。弱者、使えない奴は滅ぶべき。それがこの世の理だ。ブルーハー血族が滅んだとしても、それは彼らが弱いから、この宇宙にとってはもう用済みのことだ」
ヒヨリは奥歯を噛み締め、震える声を絞り出す。
「……つまり、エリィやセトのおっさんが、どうなろうと関係ないってことか……ブルーハー血族がいなきゃ、お前はいまごろ……!」
「勘違いするな」
フクロは彼の手を乱暴に振り払った。
「情報が必要だったから、奴らとともに行動した、それだけだ。むしろ俺が聞きたいさ、なんで他人の為にそんな必死にやってる?そんな気持ちがあった方がおかしいだろう、お前に何かしらの利益でももたらすのか?」
その時――外から緑の光束が炸裂し、建物が揺れる。アルジャーノンが接近していた。
「……もういい、やっぱり俺はお前が気に入らねぇ。お前が俺と同じかもしれねぇなんて、俺もどうかしてた」
ヒヨリは歩み出した。
「おい、どこへ行く」
金髪の少年は背を向け、ただ一言だけ残した。
「――俺一人であいつを止める」
「どうやらトランスフォームは完了したようだ、おめでとう」
カインがソロに向かって微笑む。
「は、ははっ……!一生を賭して完成させた……!科学の到達点、人類の頂点だ……!」
震える両手を掲げるソロは、まるでモニターにある箱船の模型を抱き上げるかのようだった。
「ロビイ」
突如、ピンク色の機体がビクリと反応し、フランケンシュタインの方を振り返る。
「頼みがあります。隙を見て……ブルーハー血族の拠点に向かって」
ロビイは短く了承を返した。
操作卓に新たな発光パネルが現れ、ソロが白衣のポケットから金属片を取り出した。
「さあ……これにボクのデータを入力すれば……箱船は起動する!」
「やめろ、ソロォッ!」
ヴラドが飛びかかる――しかし遅かった。
金属片が嵌め込まれ、そこから無数の光線が広がる。画面には進捗ゲージが走り出した。
「……ッ!」
かすかな音。体を貫く鋭い刃の音。
ロビイとフランケンシュタイン、ヴラドですら、目の前の出来事で動きを止めてしまった。
老人の背後から――血の結晶でできた、細身のレイピアがその心臓を貫いていた。鮮血が迸り、操作卓と、そして加害者の白い髪と顔を赤く染め上げる。
「……な……ぜ……」
ソロの顔が苦悶に歪む。
「ふぅ……やっと、ここまで来た」
カインは吐息を漏らし、右手で金属片を引き抜く。光は掻き消え、進捗ゲージも一瞬で消失した。
「それは……ッ!」
ソロが奪い返そうとするも、止めどなく血が溢れ、白衣を真紅に染める。やがて足元が崩れ、そのまま床に崩れ落ちた。
「ソロ!」
ロビイが駆け出すが、カインの剣がその行く手を阻む。
「来るなよ。僕の咲血には毒が仕込んである。地上のウィルスには及ばないが……ただの根印無き者の即死には十分だ」
カインは笑みを浮かべ、ロビイに言い聞かせるように――そして足元の老人に聞かせるように告げた。
「……カイン?」
ヴラドが一歩踏み出す。
「悪いな、ヴラド。驚かせちまったろ?でも、もう大丈夫だ」
「あ、んた……カイン……!」
ソロの声は掠れ、毒素が紫色となって顔に広がっていく。
「……すべては……このため……か……!」
「そうだ」
カインは淡々と笑った。
「無力な根印無き者にしては、よくやったよ。胸を張って逝け、ソロ」
――ああ、まただ。
この目だ。
生まれながらにすべてを持つ者だけがする、あの見下すような目。
――まだ……何も成し遂げていない……!
――やめろ……!まだ、ボクの人生は、何も……!
「グシャッ」
カインの手が握り潰す。老人の全てが込められた小さな金属片は、無惨にも粉砕され、床に転がった。
「や、やめ……ボクの……ルークの……」
毒素に蝕まれ、もはや動けないはずの身体。
それでもソロは這いずり、砕けた金属片を掴み取った。
数秒後――完全に動かなくなる。
「ドン、ドン、ドン!」
廊下に響く軽快なノック音。
「ドン、ドン、ドン!」
しつこく、十数分も。誰だって苛立つ程。
「ったく、うるさいな!」
ドアが乱暴に開かれ、中から白衣姿の中年男が現れた。髪はぼさぼさ、シャツのボタンもかけ違えている。
「近所迷惑だろう!エターニティ家のガキ!」
文句をぶつけられているのは十代の少年だった。大人しそうな顔で、ドアを叩き続けていたらしい。
「ルークがいいって言うまで、毎日どころか毎秒でも叩くからな!」
「言っただろ、私は弟子なんか取らん。何度来ても無駄だ」
「なら、意地でも独学する!資料見せろよ!ボク、頭いいんだ!設計図を見せてくれれば、それでいい!クローバーもスペードも……あの機体たちはみんなルークが作ったんだろ!」
「だからどうした。ガキは友達と遊んで、恋愛でもしてろ、鉄くずと戯れてどうする。まさか友達いないのか、ソロ?」
「うっ……!」
図星を突かれたのか、少年の顔が真っ赤になる。
「ち、違う!こっちの方がカッコいいんだ!あいつらがなんにも分かってない!」
「へぇ、どうカッコいいんだ?」
「だって、ルークは人類より凄いものを作ってるんだろう?」
ルークはため息をついた。
「……先に入ってな」
少年はその言葉を聞いた瞬間、憧れの作業場へと駆け込んだ。だが、ドアが閉まった途端、ルークが立ちふさがる。
「その前に話がある、ソロ。君にはあの機械兵士がいいとお思うかもしれないが、他人からすれば、全部ただのゴミだ」




