偉業
「擬録」
アルジャーノンの背中から伸びた複数のチューブが、尖った先端で地面に突き刺さる。
地面は割れ、規則的な形で空洞が広がり、周囲から鋼鉄の波が中央の二人を包み込もうと迫る。
「ちっ」
フクロが操る鮮烈な雷光が金属の檻を切り裂き、爆発とともに飛び出したヒヨリは炎をまとい、アルジャーノンへ向かう。
ロボットの足元の砲口はすでに準備完了、ヒヨリへ向けてレーザーを二連射した。
金髪の少年は空中で回転し回避するも、肩と腕には赤い血が飛び散る。強制的に撃退され着地したヒヨリは、歯を食いしばりアルジャーノンを見据える。
「もう凹んだか、ならさっさと引っ込んでろ」
「するか!くそっ……」
フクロは前方のアルジャーノンを見て、背後に刺さったチューブを確認。
一瞬の電光とともに、フクロはアルジャーノンの目の前に移動した。青い光を放つ長刀がアルジャーノンの防御に切り込む、摩擦音と火花が散る。
やはり機械の反応速度は速すぎた。
「裂炎!」
アルジャーノンが振り返ると、ヒヨリはいつの間にか背後に回り込んでいた。先ほど傷を与えたはずの手は、傷跡ひとつ残っていない。
「……サプレッション・ロック」
ヒヨリの拳が防御に再び打ち込まれる。しかしアルジャーノンは防御を直ぐに消去し、二人の頭を狙うのは、両手の掌に構えた砲口からの光線だった。
緑の光線が急拡大し、ほぼ一瞬で発射音が広場に響く。
数十枚の菱形の鉄片が宙に舞い、花びらのように円を描いて回転する。
そして次、鋭い刃を突き出すかのように一斉に四散し、襲いかかってきた。
「くっ……!」
四方八方からの斬撃に、ハルカは思わず防御を固める。だが幸いなことに、彼女の身を包むアーマーは頑丈だった。急所を狙う鉄片さえ受け止めれば、大きな傷は負わない。
「フランケンシュタインも随分とガタが来ているよね。こんな無謀な子を前に出すなんて」
【上だ、ハルカ!早く頭を上げて!】
頭上――四枚の鉄片が旋回し、その中心から蒼い光束が直撃する。
強烈な閃光とともに、激しい衝撃波がハルカの身体を呑み込んだ。三秒後、光は消え去る。少女は全身火傷に纏られ、もうすぐ倒れそうだ
鉄片が再びレイチェルの前に集まり、円を描きながら高速で旋回する。
「擬録」
両手を掲げると、巨大な蒼色のレーザーが再び放たれた。眩い光が視界を覆い、広い道路は白一色に塗り潰される。
光束が途切れたとき――そこには人影ひとつ残っていなかった。
「……?」
警戒が走る。鉄片を散開させたレイチェルは、すぐさま振り返り、青色の防御障壁を展開した。
ガァンッ!
閃光が迫ってくる。
装甲を捨てたハルカは、両手に一本の剣を握っていた。銀の刃は半分が黄金に輝き、ねじれた金属が絡みつくように装飾されている。
剣を振り下ろす一撃の衝撃に、レイチェルは大きく後退せざるを得なかった。
【アーマーアクセス――フレイ!】
【煌めく勝利の剣!】
光の中に立つ少女の姿、機械仕掛けの眼の奥で歯車が激しく回転する。
「……カイン?」
ヴラドは思わず前へ踏み出しかけるが、すぐにフランケンシュタインとロビイが立ちはだかった。
「待て、ヴラド。様子がおかしい」
「……あり得ない、カインが……絶対脅されているんだ!」
彼は必死に銀髪赤眼の青年を見つめる。
「カイン!もう大丈夫だ!遺産はすべて俺たちが抑えた!お前は無理にあいつらに従う必要なんてない!」
だが青年は沈黙したまま。振り返ることなく、ただ背を向けるだけだった。
「なぜだ……カイン!」
「ハハハハハハ!」
ソロの嘲笑が響きわたる。
「もう疑うな、これが真実だ。ずっと前からカインはここにいたよ。ブルーハー血族の情報や、あの娘の根印が優れていることも……全部、彼のおかげさ」
ヴラドの視界が暗転する。
老人の言葉が、心臓を抉るように突き刺さり、世界がぐにゃりと歪んでいった。
「ヴラド!」
振り返れば、フランケンシュタインが不安げにこちらを見つめていた。
「……フラン。お前、知っていたな」
「……出発前に、セトが話したんです。彼はフクロと戻る途中で、天空城から投げ捨てられる廃棄物の集積場を発見しました。確かに定期的に、スペードが地上に作業をします、血族たちが気づかないはずがない場所……なのに地図上では、早々にバツがつけられていました」
フランケンシュタインはゆっくりと告げた。
「……そこの調査を担当していたのは――カインだったんです」
ヴラドは息を詰める。
そうだ、本当は気づけたはずだった。本当に千年の間一度も接触しなかったら、おかしいところが多すぎる。
初めてアルジャーノンが会ったとき、なぜすぐに自分を血族と呼んだのか。
あの大人しい子のリリスが、どうして突然掟を破って勝手に拠点の外へ出たのか。
そしてさっきも――なぜソロが咲血のことを、しかも能力に目覚める者がいなかった時期まで、こんなにも細かい事情を知っているのか。
ヴラドは顔を上げた。
目の前にいるはずのカインは遠く――どれだけ手を伸ばしても、決して届かないほど。
「不思議でもなんでもないだろう」
ソロが悠然と歩み寄り、カインの背後から操作台に立った。
「教えてやろう、ヴラド。ボクが作りたいのはただの残刻器じゃないさ、むしろ――永生だ」
「……永生?」
老人の手がキーボードを叩く。
「人の脳は複雑だ。運動、感覚、言語、感情、思考……人は、天上の機械都市すら築いたが、それでも自分の脳のすべては解析できなかった」
彼はとあるキーを深く押し込んだ。
「だがボクは成功した。ルークの遺した技術を継ぎ、データとコードで人の性格と思考を完全に再現した。脳を機械に移せば新しい身体を得られる。データである限り、いくらでもコピーできる、壊れれば部品を交換すればいい。不老不死――それが、人類の究極形態だ」
振り返った老人は、すでに魂の灯を失ったヴラドを見据える。
「カインへの報酬は、この箱船を完成したら、ボクと同じ永生を与えること。根印持つ者だって死ぬ。ウイルスの脅威、終わりなき飢餓に苛まれるよりは……誰だって永生を望むだろう?」
「……違う」
反論したのは――ロビイだった。
「ごめんなさい。でも……もしルークがここにいたなら、きっとこう言ったと思う」
「……ルーク?」
老人の目が怒りに歪む。
「ただの道具に過ぎん、分かったような口をきくな、ロビイ!あんたにルークの、人の何が分かる?!」
そのとき――轟音が外から響き渡る。
金属がきしみ、部屋全体が揺れ動いた。
「……っ」
フランケンシュタインが即座に警戒態勢をとる。
頭上の金属が閃光を放つ。
――ソロからアルジャーノンへの信号だ。
「アリス、記録を開始してくれ」
黒紅の森。影の中から純白の機体が歩み出る。
その瞳に白光が宿り、天空城全体を視界以内にした。
「了解。協定騎士――人形使い、アリス、記録開始。応答お願います」
宇宙の彼方。巨大スクリーンが点灯する。
「こちらは聞こえている、そして見えているわよ。ソロ・エターニティ、よくもやってくれたわね」
女は依然として軽々しい様子だった。
「……ですが、やはり見ておかねば」
背後からある男の声だった。
「ええ、見るわよ。役立つなら、なんだって使うわ。私に失望させないてほしいけどね、根印無き者よ」
――遺産一体が空を飛んでいる。
ネモは大まかな位置を推測し、ゴフェルを探して研究所の下層へと潜り込む。
逆さの円錐建設――巨大な独楽のような構造。一つ一つ窓を覗き込み、やがて目当ての部屋を見つけた。拳でガラスを叩き割り、突入する。
【侵入者】
クローバーたちが一斉に集まり、警報音が鳴り響く。
「……通してもらう」
ネモは推進器を全開にし、群れを突破。壁際で拳を振り抜き、轟音とともに突き破った。
道の果てに現れたのは――巨大な培養槽。宝石のように透き通る内部を白い電流が駆け巡り、無数の管が壁や天井へと伸びている。
そして、その中心に囚われた小さな影。
「……リリス」
幼い娘が、まるで罪人のように両腕を拘束され、首だけ外に晒していた。完全に、彼女をゴフェルと融合させている。
「リリス」
赤い瞳がゆっくりと開き、娘はネモを目にして、震える声を漏らした。
「あ……ハルカ姉さんの敵……!来ないで!」
伸ばした手が止まる。ネモは慌てて首を振った。
「違う、落ち着け、オレは――」
「いやあああああああ!」
次の瞬間、培養槽の電流が暴走し、娘の小さな身体を容赦なく貫いた。リリスの絶叫が響き、部屋全体が揺れる。
窓の外――天空城に、異変が走り始めていた。
アルジャーノンの背後から巨大な火玉が襲いかかり、正面からは黒き雷の斬撃が迫る。
「小細工ばかりだな……」
金属でできた二本の巨大な腕が、突如として地面からせり上がる。
ひとつはヒヨリを捕らえ、その動きを封じ込めた。もうひとつはフクロの斬撃を逸らし、そのまま掌で彼を締め上げる。
機械の指がギリギリと音を立て、力を増していく。
「そこで見ていろ、トランスグレッサー」
アルジャーノンは二人を振り返りもせず、両腕を大きく広げた。
遠方、研究所を囲うように架かる三本の大橋。その先にある巨大な区画が、まるで時計の針のように回転を始めたのだ。
折り畳まれ、反転し、金属の衝突音が轟きわたる。やがてそれらは変形し、三方向を睨む巨大な砲台へと姿を変えた。
「待て……やめろ、アルジャーノン!」
全身を痛みに蝕まれながらも、ヒヨリが声を張り上げる。
「その方向は……!」
――間違いない。
ひとつは、ブルーハー血族の拠点がある山脈を狙っていた。
「これが世の循環だ」
アルジャーノンは拳を握りしめる。
「弱き存在は、常に強者に屠られるのみだ」
蛍光の緑光が奔り、三方向へ同時に撃ち放たれた。
まるで天からの神罰が降り注ぐかのように。
「くそっ……!」
天空城全体が大きく震え、ハルカは体勢を崩す。
迫るレイチェルの攻撃を辛うじて剣で弾き返しながら、ハルカは周囲を必死に見渡した。
「……認めてやるわ」
レイチェルが空から舞い降りた。
「無鉄砲ではなかったよね、きみは。だが、ソロの偉業は、きみたちごときにはどうにもできないわ」
【偉業だと?笑わせないて!】
アルテミスの声が荒ぶる。
【子供の命すら利用するくせに、どの口で偉業などと言う!】
「……それは、こちらの根印無き者の方に聞く方がふさわしいでしょうね」
レイチェルがハルカを指さす。
「力なき人は、頭脳を武器に機械を作り、己以外の資源を使い、己の限界を超えてきた。この宇宙で生き残るため、人は進化を選ぶしかないのさ。機械を手足とし、耳目とし、脳として」
ハルカは黙って彼女を見据える。
「これが、人の、人類の未来。その未来を一人で成し遂げたのが、ソロよ。これが偉業でなくて、なんだというの?」
「……まったく理解できないな」
ハルカの言葉に、レイチェルの動きが一瞬止まる。
「そっちの主が機械になりたいなら好きにすれば?でも、そんなことを進化なんて笑わせるな。温もりを捨てて冷たい鉄塊に成り下がるとか、脳を数字に変えるとか、センスねぇな!」
言葉の直後、黄金の閃光がレイチェルへ迫る。
防御のサプレッション・ロックが間に合ったが、右手の指が三本、切り落とされた。
足元に転がる機械の指を睨み、レイチェルは歯を食いしばる。
「残刻器に恵まれただけで、調子に乗るな」
菱形の鉄片から、無数の青いレーザーが放たれた。
灼き尽くす光線が、ハルカを覆うように襲いかかる。
――その瞬間。
ハルカの紫紺の瞳に、強烈な光が宿った。
「いったぁああ!」
ハルカが頭を押さえて叫ぶ。
「何が不満だよ、ルキウス!」
「不満?山ほどある!」
袖をまくり上げ、大男が険しい顔でハルカに向ける。
「お前は武器に頼り過ぎだ。まさか、武器を多く使えば強いとでも思ってねぇだろう」
「……何がいけないんだよ!」
ルキウスはため息をつき、首筋を揉む。
「ハルカ、本物の戦場は予測不能だ。熟練の戦士ですら武器を失い、乗り物を失うことがあるんだぞ……だからこそ、決して武器に依存してはいけない。身体の一部のように扱えても、使い方次第でなきゃ意味がない」
「……もう体の一部のようなものなのに?」
「道具はあくまで道具……いや、道具でも己の意思があるかもしれないが、自分自身を信じないと、道具がどれほど優秀だって無駄だろう」
ルキウスは、ハルカの胸元を指した。
「お前の中だけにあるサハこそ、お前を強くする」
ハルカは黄金の剣を抜き放ち、勢いよく天へと投げた。
「なっ……」
レイチェルこんな一手全く予想出来なかった。
残刻器を投げ捨てたハルカが、ただ一人で突進してきたのだ。
「正気じゃない……!」
鉄片五十枚から放たれたレーザーが一斉に来る。
だがハルカは全てを予知したかのように、いや、恐らくもうレイチェルの攻撃パターンを熟知したように、跳躍、旋回、壁蹴りを繰り返し、寸分違わず避けていく。最後の一歩で壁を蹴り、ハルカはレイチェルへと迫する。
「サプレッション・ロック!」
青の障壁が展開される。
――無駄だ、とレイチェルは、もう予測できた。
次の瞬間、ハルカは障壁を踏み台にしてさらに跳び上がる。
「アルテミス!」
【言われなくても!】
黄金の剣が宙を舞い、ハルカの手へと帰還する。
両手で柄を握り、斜め後方へと振りかぶる。
剣先に、燦然たる光が収束する。
「栄光ーー」
間に合わない。
レイチェルの防御は、やはり予測通り届かない。
「ーードラゴンブレス!」




