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プロジェクト【サハ】  作者: 諸星佑月
【第一章】箱船は終末から

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偉業

擬録(ディスガイス)

 アルジャーノンの背中から伸びた複数のチューブが、尖った先端で地面に突き刺さる。

 地面は割れ、規則的な形で空洞が広がり、周囲から鋼鉄の波が中央の二人を包み込もうと迫る。

「ちっ」

 フクロが操る鮮烈な雷光が金属の檻を切り裂き、爆発とともに飛び出したヒヨリは炎をまとい、アルジャーノンへ向かう。

 ロボットの足元の砲口はすでに準備完了、ヒヨリへ向けてレーザーを二連射した。

 金髪の少年は空中で回転し回避するも、肩と腕には赤い血が飛び散る。強制的に撃退され着地したヒヨリは、歯を食いしばりアルジャーノンを見据える。

「もう凹んだか、ならさっさと引っ込んでろ」

「するか!くそっ……」

 フクロは前方のアルジャーノンを見て、背後に刺さったチューブを確認。

 一瞬の電光とともに、フクロはアルジャーノンの目の前に移動した。青い光を放つ長刀がアルジャーノンの防御に切り込む、摩擦音と火花が散る。

 やはり機械の反応速度は速すぎた。

裂炎(クラック)!」

 アルジャーノンが振り返ると、ヒヨリはいつの間にか背後に回り込んでいた。先ほど傷を与えたはずの手は、傷跡ひとつ残っていない。

「……サプレッション・ロック」

 ヒヨリの拳が防御に再び打ち込まれる。しかしアルジャーノンは防御を直ぐに消去し、二人の頭を狙うのは、両手の掌に構えた砲口からの光線だった。

 緑の光線が急拡大し、ほぼ一瞬で発射音が広場に響く。


 数十枚の菱形の鉄片が宙に舞い、花びらのように円を描いて回転する。

 そして次、鋭い刃を突き出すかのように一斉に四散し、襲いかかってきた。

「くっ……!」

 四方八方からの斬撃に、ハルカは思わず防御を固める。だが幸いなことに、彼女の身を包むアーマーは頑丈だった。急所を狙う鉄片さえ受け止めれば、大きな傷は負わない。

「フランケンシュタインも随分とガタが来ているよね。こんな無謀な子を前に出すなんて」

【上だ、ハルカ!早く頭を上げて!】

 頭上――四枚の鉄片が旋回し、その中心から蒼い光束が直撃する。

 強烈な閃光とともに、激しい衝撃波がハルカの身体を呑み込んだ。三秒後、光は消え去る。少女は全身火傷に纏られ、もうすぐ倒れそうだ

 鉄片が再びレイチェルの前に集まり、円を描きながら高速で旋回する。

擬録(ディスガイス)

 両手を掲げると、巨大な蒼色のレーザーが再び放たれた。眩い光が視界を覆い、広い道路は白一色に塗り潰される。

 光束が途切れたとき――そこには人影ひとつ残っていなかった。

「……?」

 警戒が走る。鉄片を散開させたレイチェルは、すぐさま振り返り、青色の防御障壁を展開した。

 ガァンッ!

 閃光が迫ってくる。

 装甲を捨てたハルカは、両手に一本の剣を握っていた。銀の刃は半分が黄金に輝き、ねじれた金属が絡みつくように装飾されている。

 剣を振り下ろす一撃の衝撃に、レイチェルは大きく後退せざるを得なかった。

【アーマーアクセス――フレイ!】

煌めく勝利の剣(レーヴァテイン)!】

 光の中に立つ少女の姿、機械仕掛けの眼の奥で歯車が激しく回転する。


「……カイン?」

 ヴラドは思わず前へ踏み出しかけるが、すぐにフランケンシュタインとロビイが立ちはだかった。

「待て、ヴラド。様子がおかしい」

「……あり得ない、カインが……絶対脅されているんだ!」

 彼は必死に銀髪赤眼の青年を見つめる。

「カイン!もう大丈夫だ!遺産(ヘリテージ)はすべて俺たちが抑えた!お前は無理にあいつらに従う必要なんてない!」

 だが青年は沈黙したまま。振り返ることなく、ただ背を向けるだけだった。

「なぜだ……カイン!」

「ハハハハハハ!」

 ソロの嘲笑が響きわたる。

「もう疑うな、これが真実だ。ずっと前からカインはここにいたよ。ブルーハー血族の情報や、あの娘の根印(ねしるし)が優れていることも……全部、彼のおかげさ」

 ヴラドの視界が暗転する。

 老人の言葉が、心臓を抉るように突き刺さり、世界がぐにゃりと歪んでいった。

「ヴラド!」

 振り返れば、フランケンシュタインが不安げにこちらを見つめていた。

「……フラン。お前、知っていたな」

「……出発前に、セトが話したんです。彼はフクロと戻る途中で、天空城から投げ捨てられる廃棄物の集積場を発見しました。確かに定期的に、スペードが地上に作業をします、血族たちが気づかないはずがない場所……なのに地図上では、早々にバツがつけられていました」

 フランケンシュタインはゆっくりと告げた。

「……そこの調査を担当していたのは――カインだったんです」

 ヴラドは息を詰める。

 そうだ、本当は気づけたはずだった。本当に千年の間一度も接触しなかったら、おかしいところが多すぎる。

 初めてアルジャーノンが会ったとき、なぜすぐに自分を血族と呼んだのか。

 あの大人しい子のリリスが、どうして突然掟を破って勝手に拠点の外へ出たのか。

 そしてさっきも――なぜソロが咲血(サンジェ)のことを、しかも能力に目覚める者がいなかった時期まで、こんなにも細かい事情を知っているのか。

 ヴラドは顔を上げた。

 目の前にいるはずのカインは遠く――どれだけ手を伸ばしても、決して届かないほど。

「不思議でもなんでもないだろう」

 ソロが悠然と歩み寄り、カインの背後から操作台に立った。

「教えてやろう、ヴラド。ボクが作りたいのはただの残刻器(ざんこっき)じゃないさ、むしろ――永生だ」

「……永生?」

 老人の手がキーボードを叩く。

「人の脳は複雑だ。運動、感覚、言語、感情、思考……人は、天上の機械都市すら築いたが、それでも自分の脳のすべては解析できなかった」

 彼はとあるキーを深く押し込んだ。

「だがボクは成功した。ルークの遺した技術を継ぎ、データとコードで人の性格と思考を完全に再現した。脳を機械に移せば新しい身体を得られる。データである限り、いくらでもコピーできる、壊れれば部品を交換すればいい。不老不死――それが、人類の究極形態だ」

 振り返った老人は、すでに魂の灯を失ったヴラドを見据える。

「カインへの報酬は、この箱船を完成したら、ボクと同じ永生を与えること。根印(ねしるし)持つ者だって死ぬ。ウイルスの脅威、終わりなき飢餓に苛まれるよりは……誰だって永生を望むだろう?」

「……違う」

 反論したのは――ロビイだった。

「ごめんなさい。でも……もしルークがここにいたなら、きっとこう言ったと思う」

「……ルーク?」

 老人の目が怒りに歪む。

「ただの道具に過ぎん、分かったような口をきくな、ロビイ!あんたにルークの、人の何が分かる?!」

 そのとき――轟音が外から響き渡る。

 金属がきしみ、部屋全体が揺れ動いた。

「……っ」

 フランケンシュタインが即座に警戒態勢をとる。


 頭上の金属が閃光を放つ。

 ――ソロからアルジャーノンへの信号だ。

「アリス、記録を開始してくれ」


 黒紅の森。影の中から純白の機体が歩み出る。

 その瞳に白光が宿り、天空城全体を視界以内にした。

「了解。協定騎士――人形使い、アリス、記録開始。応答お願います」


 宇宙の彼方。巨大スクリーンが点灯する。

「こちらは聞こえている、そして見えているわよ。ソロ・エターニティ、よくもやってくれたわね」

 女は依然として軽々しい様子だった。

「……ですが、やはり見ておかねば」

 背後からある男の声だった。

「ええ、見るわよ。役立つなら、なんだって使うわ。私に失望させないてほしいけどね、根印(ねしるし)無き者よ」


 ――遺産(ヘリテージ)一体が空を飛んでいる。

 ネモは大まかな位置を推測し、ゴフェルを探して研究所の下層へと潜り込む。

 逆さの円錐建設――巨大な独楽のような構造。一つ一つ窓を覗き込み、やがて目当ての部屋を見つけた。拳でガラスを叩き割り、突入する。

【侵入者】

 クローバーたちが一斉に集まり、警報音が鳴り響く。

「……通してもらう」

 ネモは推進器を全開にし、群れを突破。壁際で拳を振り抜き、轟音とともに突き破った。

 道の果てに現れたのは――巨大な培養槽。宝石のように透き通る内部を白い電流が駆け巡り、無数の管が壁や天井へと伸びている。

 そして、その中心に囚われた小さな影。

「……リリス」

 幼い娘が、まるで罪人のように両腕を拘束され、首だけ外に晒していた。完全に、彼女をゴフェルと融合させている。

「リリス」

 赤い瞳がゆっくりと開き、娘はネモを目にして、震える声を漏らした。

「あ……ハルカ姉さんの敵……!来ないで!」

 伸ばした手が止まる。ネモは慌てて首を振った。

「違う、落ち着け、オレは――」

「いやあああああああ!」

 次の瞬間、培養槽の電流が暴走し、娘の小さな身体を容赦なく貫いた。リリスの絶叫が響き、部屋全体が揺れる。

 窓の外――天空城に、異変が走り始めていた。


 アルジャーノンの背後から巨大な火玉が襲いかかり、正面からは黒き雷の斬撃が迫る。

「小細工ばかりだな……」

 金属でできた二本の巨大な腕が、突如として地面からせり上がる。

 ひとつはヒヨリを捕らえ、その動きを封じ込めた。もうひとつはフクロの斬撃を逸らし、そのまま掌で彼を締め上げる。

 機械の指がギリギリと音を立て、力を増していく。

「そこで見ていろ、トランスグレッサー」

 アルジャーノンは二人を振り返りもせず、両腕を大きく広げた。

 遠方、研究所を囲うように架かる三本の大橋。その先にある巨大な区画が、まるで時計の針のように回転を始めたのだ。

 折り畳まれ、反転し、金属の衝突音が轟きわたる。やがてそれらは変形し、三方向を睨む巨大な砲台へと姿を変えた。

「待て……やめろ、アルジャーノン!」

 全身を痛みに蝕まれながらも、ヒヨリが声を張り上げる。

「その方向は……!」

 ――間違いない。

 ひとつは、ブルーハー血族の拠点がある山脈を狙っていた。

「これが世の循環だ」

 アルジャーノンは拳を握りしめる。

「弱き存在は、常に強者に屠られるのみだ」

 蛍光の緑光が奔り、三方向へ同時に撃ち放たれた。

 まるで天からの神罰が降り注ぐかのように。


「くそっ……!」

 天空城全体が大きく震え、ハルカは体勢を崩す。

 迫るレイチェルの攻撃を辛うじて剣で弾き返しながら、ハルカは周囲を必死に見渡した。

「……認めてやるわ」

 レイチェルが空から舞い降りた。

「無鉄砲ではなかったよね、きみは。だが、ソロの偉業は、きみたちごときにはどうにもできないわ」

【偉業だと?笑わせないて!】

 アルテミスの声が荒ぶる。

【子供の命すら利用するくせに、どの口で偉業などと言う!】

「……それは、こちらの根印(ねしるし)無き者の方に聞く方がふさわしいでしょうね」

 レイチェルがハルカを指さす。

「力なき人は、頭脳を武器に機械を作り、己以外の資源を使い、己の限界を超えてきた。この宇宙で生き残るため、人は進化を選ぶしかないのさ。機械を手足とし、耳目とし、脳として」

 ハルカは黙って彼女を見据える。

「これが、人の、人類の未来。その未来を一人で成し遂げたのが、ソロよ。これが偉業でなくて、なんだというの?」

「……まったく理解できないな」

 ハルカの言葉に、レイチェルの動きが一瞬止まる。

「そっちの主が機械になりたいなら好きにすれば?でも、そんなことを進化なんて笑わせるな。温もりを捨てて冷たい鉄塊に成り下がるとか、脳を数字に変えるとか、センスねぇな!」

 言葉の直後、黄金の閃光がレイチェルへ迫る。

 防御のサプレッション・ロックが間に合ったが、右手の指が三本、切り落とされた。

 足元に転がる機械の指を睨み、レイチェルは歯を食いしばる。

残刻器(ざんこっき)に恵まれただけで、調子に乗るな」

 菱形の鉄片から、無数の青いレーザーが放たれた。

 灼き尽くす光線が、ハルカを覆うように襲いかかる。

 ――その瞬間。

 ハルカの紫紺の瞳に、強烈な光が宿った。


「いったぁああ!」

 ハルカが頭を押さえて叫ぶ。

「何が不満だよ、ルキウス!」

「不満?山ほどある!」

 袖をまくり上げ、大男が険しい顔でハルカに向ける。

「お前は武器に頼り過ぎだ。まさか、武器を多く使えば強いとでも思ってねぇだろう」

「……何がいけないんだよ!」

 ルキウスはため息をつき、首筋を揉む。

「ハルカ、本物の戦場は予測不能だ。熟練の戦士ですら武器を失い、乗り物を失うことがあるんだぞ……だからこそ、決して武器に依存してはいけない。身体の一部のように扱えても、使い方次第でなきゃ意味がない」

「……もう体の一部のようなものなのに?」

「道具はあくまで道具……いや、道具でも己の意思があるかもしれないが、自分自身を信じないと、道具がどれほど優秀だって無駄だろう」

 ルキウスは、ハルカの胸元を指した。

「お前の中だけにあるサハ()こそ、お前を強くする」


 ハルカは黄金の剣を抜き放ち、勢いよく天へと投げた。

「なっ……」

 レイチェルこんな一手全く予想出来なかった。

 残刻器(ざんこっき)を投げ捨てたハルカが、ただ一人で突進してきたのだ。

「正気じゃない……!」

 鉄片五十枚から放たれたレーザーが一斉に来る。

 だがハルカは全てを予知したかのように、いや、恐らくもうレイチェルの攻撃パターンを熟知したように、跳躍、旋回、壁蹴りを繰り返し、寸分違わず避けていく。最後の一歩で壁を蹴り、ハルカはレイチェルへと迫する。

「サプレッション・ロック!」

 青の障壁が展開される。

 ――無駄だ、とレイチェルは、もう予測できた。

 次の瞬間、ハルカは障壁を踏み台にしてさらに跳び上がる。

「アルテミス!」

【言われなくても!】

 黄金の剣が宙を舞い、ハルカの手へと帰還する。

 両手で柄を握り、斜め後方へと振りかぶる。

 剣先に、燦然たる光が収束する。

栄光(フェルスタンド)ーー」

 間に合わない。

 レイチェルの防御は、やはり予測通り届かない。

「ーードラゴンブレス!」

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