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プロジェクト【サハ】  作者: 諸星佑月
【第一章】箱船は終末から

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ロンギヌス

「ハルカ」

 背後からフランケンシュタインが少女に声をかけた。

「ヒヨリって、何者ですか?」

「え?」

「彼のハタの出力量、あまりにも異常です。特に、根印(ねしるし)の行使を覚えたばかりの者が、あんな風にハタを使うと、とっくに全身の力が抜けて倒れてるはずです。少なくとも、三日は回復必要ですが」

「確かに」

 ヴラドもそれに同意した。

「以前、エリィが初めて能力を使った時は、反動で危うく命を落としかけたのに……ヒヨリは本当に大丈夫か?」

 ハルカは笑って答えた。

「大丈夫でしょう!直感だけど……あいつきっと大物になれるよ!」

【ハルカ!下だ!】

 アルテミスの突然の叫びに驚き、ハルカは全身をひねって横へ飛んだ。

 すぐそばを、青白い光をまとった何かがキィンと音を立てて掠め、火花を散らしながら空へ駆け上がる。そして宙で向きを変え、どこかへ消えていった。

 ハルカはすぐに飛行を止めて地上に降り立ち、フランケンシュタインもヴラドを抱えて翼を畳み、着地した。

「惜しかったわね」

 軽やかな足音に合わせて、優雅な女の声が近づいてくる。

 現れたのは、青いショートヘアに甘い笑みを浮かべた人型機械。

「……レイチェル」

「本当にそっちの血族についているんだ、フランケンシュタイン?確かにそこそこなイケメンだけど、変な好みね」

 遺産(ヘリテージ)にもこんな個性の強い者がいるのか、いや、多分おかしな人格データにしているかも。ヴラドは思わずそう感じた。

「あんたがレイチェルか」

 ハルカは拳を鳴らしながら一歩前に出る。

「相手は私でいいんだろ?」

「……もしかして、根印(ねしるし)すら持たない脆弱な人の身で、私に挑もうっていうの?勇気があるというより、その残刻器(ざんこっき)を手に入れたせいで現実すら見えなくなったのかしら」

 ハルカは黙って片足を後ろに引いた。

「それとも、ネモと打ち合えたからって自分を強いと錯覚してる?まったく、誰がそんな馬鹿を育てたのかしら、よほどの間抜けね」

「ドンッ!」

 爆ぜる音が響く。ハルカの脚部から噴射する音に、彼女の蹴りがレイチェルの頭部を捉え、さらに蹴り飛ばした衝撃音が混じっていた。

「ヴラド、フラン。先に行って」

「……無茶するなよ」

 ヴラドは肩を軽く叩いて通り過ぎる。

「頑張ってください」

 フランケンシュタインも一言だけ残し、二人は走り去った。

「私は馬鹿でけっこうだけど、私の家族を侮辱した以上……無事で済むと思うな」

 ハルカの怒りに、瓦礫の中からレイチェルがゆっくりと身を起した。


「……着いたか」

 天空城の各区画はすべて円形に作られている。その中央にある研究所の建物こそが、最も重要な施設だった。ソロに会うためには、この建物の地下へ入らなければならない、とフランケンシュタインは言っていた。

 巨大な自動扉が左右に開く。

 その奥には、とっくに黄色い光眼を点滅させる無数の機械兵が待ち構えていた。

 スペード、クローバー、さらに見たことのない土色の機体まで。四角い躯体に、銃口や砲台、盾までも備えて、完全に布陣を敷いている。

【目標確認ーー殲滅】

「ずいぶんと派手な歓迎だな……フラン!」

「ーーサプレッション・ロック!」

 水晶のような紫色の円盤が花弁のように展開する。

 直後、凄まじい砲火が雨のように降り注いだ。轟音と硝煙が視界を覆い尽くす。

 二十秒近く続いた猛攻が止む頃には、入口は煙に閉ざされ何も見えなくなっていた。機械兵たちは眼を光らせ、標的を探す。

 その瞬間、煙の中から一つの影が跳び出し、半空で姿を現した。

「ーースカーレット・レイン!」

 かつてグールの群れから仲間を救った時と同じ技。

 空中のヴラドが腕を振り下ろすと、無数の血紅の槍が嵐のように降り注いだ。

 機械兵たちは退避しようとしたが、足元が血の結晶に絡め取られていることに気づく。

 次の瞬間、鋭い槍が関節、擬似根印(ねしるし)、眼部を正確に貫いた。着地する頃には、敵陣は真紅の森と化していた。

 だが――それで終わりではない。

 土色の未知の機体だけは形を変え、硬質な殻で攻撃をすべて防ぎ切っていた。

「ヴラド、いまは相手にしないて。防御力はロビイに劣るが、このダイア機体たちは厄介です。今のうちに地下へ向かいましょう」

「ああ」

 フランケンシュタインが壁のボタンを押すと、床の一部が円形に開いた。そしてロボットは速やかにヴラドを抱え、翼を広げて一気に下降する。

 長い暗いトンネルを抜け、白い光が差し込んだところで速度を落とす。やがて地面が見え、フランケンシュタインはヴラドを下ろし、自身も着地した。

 最下層――

 そこには、同じくすでに待ち構えていた者がいた。

 背後から、不意に拍手が響く。

「見事だ」

 一度会った白衣の老人だった。

「さすがは根印(ねしるし)の持ち主だ。あの包囲を一瞬でも打ち破るとは、実に見事だ」

 ソローー

 どうやら先ほどの戦闘も全て見ていたらしい。

 彼の背後には淡いピンク色の長髪を持つ機械人形。おそらく彼女がロビイだろう。

 奥には巨大な操作台。浮遊する無数の光るキーボード、両翼に延びる支柱、そして数えきれない情報を映すスクリーン。そのさらに奥には、天井まで届く光柱がガラスに包まれ、アルテミスを捕らえていたものと酷似していた。

「単刀直入に言うぞ、ソロ・エターニティ」

 ヴラドの手に紅光が走り、二本の異なる槍が現れる。その先を老人に突きつけた。

「リリスとカインを、俺の前に連れてこい」

 脅しではない。怒りが一語一句に染み込んでいた。

「……ふ、ははははは……はははははは!」

 突如の狂笑に、ヴラドは一層警戒する。フランケンシュタインも彼の傍へ歩み寄った。

「懐かしいな……根印(ねしるし)持つ者に命を脅されるなんて、久しいことか……あれもこれも、ボクを塵芥のように扱った……忌まわしい連中め」

 明らかに、老人の精神は常軌を逸していた。

「……ヴラドと言ったな。結論を教えてやろう。あのブルーハー血族の娘は返せん。彼女は、ボクの箱船ために、残刻器(ざんこっき)を完成させる」

 その一言に、ヴラドの怒りはさらに燃え上がった。

「……やはりそうか。子供の命まで利用するだと?それでも人間かお前は!」

「仕方あるまい。彼女の根印(ねしるし)こそが、ゴフェルの核に最も適している。天空城の人は誰一人使い物にならん。せっかく見つけたのだ、逃すはずがない」

「な……!」

 ヴラドは愕然としたが、より驚愕したのはフランケンシュタインだった。

「それで……天空城に他の人一人もいないのか……」

「ふん。ボクの実験に、誰の体でも耐えられなかったとは、役に立たん奴ばかり。ボクの偉業が、こんなところで終わるもんか……」

「ふざけるな!誰もお前に命を捧げる理由などない!」

 ヴラドは怒号した。

「生命も世の循環、リソースの一つなんだ。それに……生まれながらに力を持つ者が、持たざる者に口出し資格はない。まさか自分が正義の味方のつもりか?」

 老人の声が鋭くなる。

「そうだな、あんたにいいことを教えてあげようか。地上が滅び、あんたらが惨めに生き延びるしかなくなった要因、そして何故あの娘の根印(ねしるし)はボクに選ばれるほど優秀なのか、すべて――あんたの身にあるんだぞ、ヴラド・ブルーハー」

 青年は呆然と立ち尽くした。

「もうすぐ千年になる――」

 ソロは彼の周りを歩きながら語り始めた。

「数百年前、別世界から忌まわしいハタを持つあるモノが、ここでウイルスという形で、全世界に影響をもたらした。それは、この世最大の悲劇と呼べる出来事で、それ故に天空城も作られたが……そのモノ一点で、千年間全世界を影響続くわけない」

 依然としてヴラドは何も言えない。

「不思議とは思わないのか?根印(ねしるし)持つ者たちの異能力は、人によってそれぞれのはずだ。たとえブリットンスの人でさえ、同じ異能力を持つ人なんて見たことがない。なのに、ブルーハー血族はどういうことだろう」

「……」

「こんな言い伝えが、宇宙にあるらしい。残刻器(ざんこっき)とは、普通人造の武器だが、ほんの一部宇宙自らできているものも存在する」

 ソロはヴラドの両手に握られた血色の長槍を斜めに見つめた。

「ロンギヌス――それは、()()の特性を持つ、宇宙で伝説級の残刻器(ざんこっき)の一つだ。長い年月にただ大地の下に潜伏していたが、あの外来のモノに刺激され、特性によってこの土地隅々までウィルスを送った。だから、地上世界があんなに破壊されてしまったんだ」

 青年は頭を垂れた。

「ウイルスと共にロンギヌスもずっと地上の生命に潜んでゆく、自ら分裂し、地上に残った者たちに分け与え続け、彼らの体に溶け込みながら、その内奥で根印(ねしるし)がゆっくりと進化していく同時に、主を探そうとしていた。そして地上の人々は、ロンギヌスによって起こった奇跡を、咲血(サンジェ)と呼んだ。約二十年前、ついにロンギヌスの大半が、適性抜群のある者に宿った。その後しばらく、地上でに咲血(サンジェ)目覚める者はいなかった、そしてその時期も、丁度ブルーハー血族の死亡率が最も高い時期だった……では、その者とは、誰なのか?」

 ヴラドは唇を引き結び、何も言わなかった。

「この世界をこんな惨状に追い込んだ元凶のひとつは、あんた自身の体の中にあるんだぞ。あの娘があれほど優れた根印(ねしるし)を持っているのも、ロンギヌスの主であるあんたが、彼女への罪悪感から無意識に強力な力を与えたからだろう」

 老人は歩みを止めた。

 静寂な巨大空間には、息が詰まるような沈黙が漂う。

「信じないなら……」

「そんなの、わかっている」

 ヴラドはゆっくりと頭を上げ、表情は極めて平静だった。

「お前がこれを言ったからといって、俺が何もかも諦めると思ったか?この程度、フランがとっくに教えてくれた」

「なっ……」

 ソロは信じられず、フランケンシュタインを見つめた。

「そんな……あんたが研究資料見る権限はないはず……」

「ロンギヌスまでは分からなくても、血族拠点のハタと、大地のハタを調べば、アルジャーノンのような性能でなくても推測できます。地上で知り得る情報は、天上よりも遥かに多いんです、ソロ」

「逆に考えれば、ロンギヌスが俺に宿ったのは、ちょうどお前の計画を阻止するために用意されたんじゃないのか?ソロ・エターニティ」

 老人は舌打ちして振り返り、操作台に手を伸ばそうとした。

 アルジャーノンに信号を送れば、識転が即座に始まり、この箱船計画を完了すれば、誰も逃げられない。

 そしてすべてをアリスに記録させれば、すべてが変わる――

 しかし、ソロの指がボタンに触れた瞬間、鋼鉄の機械の手がそれを握りつぶした。

 力強く握られ、痛みがソロの全身に走る。

「ごめんなさい」

 非常に落ち着いていて、でも優しい女性の声。

「ソロにはこんなことさせられない。痛かったよね、ごめんなさい、まだ人に向けて力を制御できない」

「……ロビイ……?何を……離せ!命令だ!」

 ロボットは浅い緑色に光る瞳を瞬かせ、全く動かない。

「あんた……!どういうことだ!」

「ルークが亡くなられ前に、私に、ソロが過ちを犯したら正せと、アドミニストレーターが変わっても実行する命令をくれた」

「何……だと……」

「私だけだと勝算は低いが、いまなら、好機だと思う。ごめんなさい」

 フランケンシュタインが前に出て、ロビイに話をかけた。

「あの時、やっはりきみだったんですか。普通、私の廃棄は、失敗するはずないのに」

「ソロを止めるため、きみを失うわけないと、判断した。結局私にできたことは、ただきみに防御層を付けただけだった、ごめんなさい」

 その瞬間、濃烈な殺気が別方向から飛来した。

 ヴラドは即座に迎撃態勢を取る。

「危ない!」

 フランケンシュタインを引き戻した直後、血のように赤い巨体がロビイとソロを飲み込んだ。

 しかしすぐに、ロビイだけは中から飛び出した。

 ピンク色の球体状の防護が彼女を包み、フランケンシュタインの側に立った瞬間、その防御も消えた。

 血赤の巨体も同時に消え、ソロは無傷で視界に戻った。

「よくやったな、ロビイ、ボクを騙せるとは。だが……あんたがボクが成し遂げようとすることを過ちだと判断したのが、とんだエラーだな!」

 ソロは両手を背に回す。

「この箱船計画の、影の功労者に、会おうじゃないか」

 足音が、ソロの背後から近づく。

 ヴラドの生涯で最も絶望的な瞬間だった。

 ロンギヌスの事実が明かされたとしても冷静でいられたのに、今は動揺するしかなかった。

 銀髪、赤瞳の青年。黒と赤の迷彩服に身を包み、白い照明の下、無表情にソロの傍へ歩く。

「なん……て……」

 両手も肩も、声も震えている。

「……カイン……?」

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