決戦開始
【……ね、ハルカ】
「お?ようやく喋ったなあんた、どうかと思った」
【あの人……どんな残刻器を使って、どんな能力を持っている?】
「誰?ヴラド?」
飛行中、それぞれの距離はかなり開いていた。
ハルカは後方を振り返り、ヴラドを見てから答える。
「槍を使ってるみたいだけど……彼の能力そのものが武器だから、他の残刻器は使ってないと思うよ。なんでそんなこと聞くの?」
【……いえ、気のせいかもしれない……】
「はあ?何それ」
後ろの人たちは、ハルカが一人でぶつぶつ言っているのを不思議そうに眺めていた。
「……お前、大丈夫か?」
ヒヨリに声をかけたのは、隣を飛ぶフクロだった。
「え?」
「足を引っ張られるのが心配だ。本当に大丈夫か」
「……お前、ほんっとうムカつくやつだな!偉そうに……!」
「数日前にあんな素人動きをするやつに、こっちこそムカつくが」
「前方、敵機反応あり。注意!」
フランケンシュタインの声が背後から響いた。
視線の先、黒い点が十数個近づいてくる。やがてその正体が見えた。
黒色のスペード十数機。既に銃を構えていた。
「回避!」
轟音とともに掃射が始まる。敵は距離を詰めず、上空から一斉に遠距離射撃を仕掛けてきた。
黄色い弾丸が乱れ飛び、彼らは全力でそれを回避するしかなかった。
天空城にたどり着く前に、戦闘は幕を開けた。
フクロの左手が上がたが、その前に、金髪の少年が飛び出した。
「あいつ……!」
フクロが歯噛みして追おうとしたが、ハルカが肩を叩いて彼を止めた。
「待って。少し信じてみようよ」
ヒヨリはネモからもらったの翼を全開にして高速で飛び、弾丸を回避しながら敵に肉薄していく。
敵に突入する寸前、右拳を振り上げた。
――何かが見えた。
美しい。淡紫、薄紅、白の花々が風に揺れ、黄金の陽光を浴びている。
水の音。さらさらと流れるせせらぎの音。
木陰に広がる青空、白い雲。
足音が芝生を踏む、その人が近づいてくる。
――誰だろう。
右拳が燃え上がる。冷たい大気すら、炎の輝きに喜び舞い上がる。
生まれ変わったかのような火光だった。
「――裂炎!」
拳が機械兵士を叩き、轟音とともに爆炎が広がった。
その一点から巨大な炎が噴き出し、周囲の機械を包み込む。爆発音が連続し、影すら焼き尽くした。火光が消えた時、前方には何も残っていなかった。
ヒヨリは振り返り、笑って勝利のサインを掲げる。
呆然と見つめていた人たちも、ハルカの口笛で我に返った。互いにうなずき合い、再び前方へ飛んでいく。
「スペード第一部隊、完全殲滅された」
同時に、レイチェルがソロへ報告した。
「……どういうこと、アルジャーノン」
「その者は今回が初交戦。データは未収集、彼らは血族でもない……」
「もういい!」
老人は遮り、怒りをあらわに奥へ進んでいった。
「ルークは一体、あんたを造って何をさせたかったのだ!あんたが直接行け!」
「……了解」
自動ドアが開閉する。
老人は長い廊下を歩く。研究所の区画はどれも近く、暗く静かな廊下には彼の足音だけが響いていた。
かつて一面の窓だった壁は塞がれている。外があまりにも明るすぎて、老いた目には耐えられなかったからだ。今はただ白々しい蛍光灯が灯っているだけ。
老人は立ち止まり、再び歩き、やがてある部屋の前で止まった。
扉は半ば開いている。中は作業室。机と、古びた椅子。山積みの資料と散乱した紙片。
埃が厚く積もり、外の廊下の清潔さとは対照的に、長らく放置されていたことがわかる。
老人は中には入らず、ただ佇み、見つめ続けた。
「……あと少しだ、ルーク」
背を向け、歩き去る。
「もう少しで……ボクとあんたが、この宇宙に証明できる」
「うんうん、さすがうちのヒヨリだ!」
ハルカは嬉しそうに少年の背中を叩いた。
「さっきめちゃくちゃかっこよかった!ねえフクロ?」
「知るか」
一行は広々とした大通りを歩いていた。三人の騒がしい声は冷え冷えとした道にやけに目立って響いていた。
三人とネモは後方、前にはヴラドとフランケンシュタインがいた。
状況は奇妙だった。半径五十メートル以内、クローバーところか、どんな信号波長も全く検出されなかったのだ。
ヴラドは、沈着にリードしていた。
「俺たちを奥へ誘っている、ってことか……」
ロボットはヴラドの隣に歩み寄った。
「明らかな罠です。しかし分かっていても、もう後戻りはできませんね」
その時、ヒヨリがふっと立ち止まった。
ハルカとフクロは数歩先へ進み、不思議そうに振り返った。ヒヨリが突然と大声を張り上げた。
「何か来るぞ!気をつけろ!」
同時に、地面が激しく揺れだした。皆は転倒を避けるため重心を低く構えた。
ヴラドはこの震動をよくわかっている。
「アルジャーノンだ!」
耳をつんざく轟音と、全身を包むような突然の浮遊感。荒れ狂う気流に押さえつけられ、身動きが取れない。四方を覆うのは果てしない空――気がつけば彼らの足元の大地は、彼らを乗せたまま雲の上へと押し上げていたのだ。
「ネモ!ハルカ!」
フランケンシュタインは即座に推進器を作動させ、ヴラドの方へ飛んだ。
「分かってる!」
装甲が再び少女の全身を覆う。ハルカは素早くフクロの方へ飛び、ネモはヒヨリの方へ。ほぼ同時に展開された翼が三人を抱えて滑空し、昇りゆく大地から離れ、元の地面へと急降下した。振り返れば、突如出現した鉄柱がなおも上昇を続けている。
ハルカがその巨大な鉄柱から視線を外した瞬間、彼女も他の仲間たちも一斉に空中で急ブレーキをかけるように停止した。
彼らの前に現れたのは、黒緑髪で片目の機械人形。三枚の翼と、もう片方は半透明な影のような三枚の翼を広げ、待ち構えていた。
「やはり、飛行機能は修復されましたか……」
「フランケンシュタイン、きみ程度の能力、ボクが修復できないものなどない」
アルジャーノンの視線は、ヒヨリを抱えて飛んでいるネモに目を留めた。
「完全にコントロールされたということだな、ネモ」
「それは否定する。操作されたのは行動システムだけだ。それ以外には変更はない」
「その否定に意味はない。結果として、きみはもうこちらの指示通りには動けないんだな」
アルジャーノンはヴラドを一瞥した。
「ブルーハー、きみの考えは分かっている。人質に取るつもりだろう?最善は、ネモを差し出して、同胞と交換するという算段だな」
ヴラドは拳を強く握りしめた。
「残念ながら――」
アルジャーノンが右手を天へ伸ばす。腕の中からジジジと電流の音が響いた。
「我らの目的は、命令に従わぬ遺産を一つ二つ失う代償など、遥かに上回る」
緑色のモノアイが不気味に光る。
「ガンッ!」
アルジャーノンが言い終えるや否や、ハルカが拳を振り抜いた。その左手が瞬時に展開した円盤状の防御に叩きつけられる。
「ちっ……!」
少女は舌打ちしたが、なおも力を緩めず押し込んでいった。
「……愚かにも程がある。根印の無い人まで連れてくるとは……」
だが――おかしい。さっきまで両手で飛べない者を抱えていたはずなのに、なぜ……
「審判」
声に反応してロボットは思わず上空を仰いだ。見えたのは、天から降り注ぐ黒き雷。
「サンダー・クラッシュ!」
フクロの左手がアルジャーノンの頭部を目がけ突き出された。猛烈な電撃が直撃し、その身体を一直線に地面へ叩き落とす。金属の歪む轟音と共に大きな凹みが生まれた。落下していくフクロは、ハルカに再び抱えられ、地面に叩きつけられるのを免れた。
単純なことだ。アルジャーノンがヴラドやネモに意識を向けている間に、ハルカがフクロを放物線を描くように投げ上げ、自ら先陣を切って攻撃。最初の一撃は防がれることも想定内。決定打は落下してくるフクロの雷撃だった。
「よっし!いいコンビネーションじゃんフクロ!」
少女は得意げに地面へめり込むロボットを見下ろした。
「……いや。今のは防御に当たっただけだ、本体に届いていない」
ハルカとフクロが着地すると、ネモとフランケンシュタインもヒヨリとヴラドを抱えて着地した。
「ネモ、リリスとカインを探しなさい。その後で合流します」
人質作戦は破棄された故、フランケンシュタインこうして発令する。今は何よりも重要なあの二人を見つけるべきだ。
その時、緑色のレーザーが彼らの間を掠めた。
「……逃がさん」
いつの間にか、アルジャーノンはほとんど無傷の姿で再び現れていた。背後の大穴も消え失せ、代わりにそこには新たに出現した砲口があった。
ヴラドはすぐさま片膝をつき、両手を地面へ。指先から血の結晶が伸びていく。
「咲血」
「スパイクプリズン!」
アルジャーノンの足元から鋭い血晶が突き上がる。かわした先、さらに左右、背後から次々と突き出し、ついに彼を閉じ込めた。
「行け、ネモ!」
赤髪のロボットは翼を広げ、全速力で別の方向へ飛び去った。
「私たちも進むぞ!」
ハルカは半身を沈め、六枚の翼を一斉に展開。推進器が閃光を放ち、アルジャーノンの方へ一瞬で飛翔していった。
後を追うのはヴラドを抱えたフランケンシュタイン。二人がアルジャーノンを通過した瞬間、円錐状の血晶が音を立てて砕け散り、中から高温のレーザーが無数に放たれた。
「廃棄機、地上の凡種、根印無き者……」
振り返ったアルジャーノンの背後には十を超える砲口が生まれ、三人の背を狙う。機械の眼が正確に照準を合わせた。
「愚かな生物に相応しいのは、常に死のみだ」
「愚かなのはどっちだ? !」
アルジャーノンは即座に防御を展開した。しかし相手は攻撃する気などなかった。炎をまとった右手で、その砲口を直接叩き潰したのだ。
「フレイムバースト!」
爆発が空を揺るがす。十数発の轟音が天空城の隅々に響き渡り、眩い光と凄まじい熱がアルジャーノンの周囲を呑み込む。
やがて炎が消えると、アルジャーノンが立っている一点を除き、周囲は全て焼け爛れ黒い残骸と化していた。地面も、建物の外壁も、屋根も、街灯までもが焼け落ち、滴る溶解した金属が白い蒸気を立ち昇らせていた。
ようやくアルジャーノンはその金髪の少年を真正面から見据えた。
「人を救うたいのに、どこが愚かなんだよ!お前の相手は俺たちだ!」
ヒヨリは両拳を打ち合わせ、隣のフクロは呆れたように見える。
「ハタ使いすぎだ。砲口を壊すだけなら三分の一の出力で十分だ」
「いい!最初はやっぱりド派手にいかないと!」
「……勘違いしてないよなお前、この配置は、あくまで素人のお前に似合う戦場がないから、仕方がないだけだ。俺の邪魔をするな」
「そっちこそ、ウロウロしてると、俺が先にこいつを倒したら文句言うなよ」
「……偉そうに」
二人の少年の姿が、はっきりとアルジャーノンの瞳に映った。次々と解析データが脳内に流れ込み、彼は高速で情報を処理する。
「……きみたちは何者だ。トランスグレッサーだろう、この世界のことは、きみたちと無関係のはずだ」
「その言葉そのまま返す。お前には関係ない」
「そうだ!リリスのことでこっちはずっと腹が立ってんだよ!覚悟しろクソロボット!」




