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プロジェクト【サハ】  作者: 諸星佑月
【第一章】箱船は終末から

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死を超えるもの

 白いロボットが鉄の床をコツコツと歩いていた。後ろの巨大な人形は、浮いているため音はしないが、奇妙な仕草であたりを見回している。

「来たか?」

 声に白いロボットは立ち止まり、人形も視線を向ける。

「はい。定期整備の指令を受け、点検を――」

「必要ない」

 老人、ソロ・エターニティが影から姿を現し、その言葉を遮った。ソロの背後には、まだ三体のロボットがそこに立っている。

 白いロボットは彼らのハタ反応を感知した。ネモとフランケンシュタインを除けば、残りの遺産(ヘリテージ)は全てそこだ。

 ソロの左隣、最も近くに立っていたのはアルジャーノン。

 右後方には、青いショートヘアの少女のようなロボット。頭部の両側に金属装置を持ち、両目はバイザーに隠されているが、淡く光っている。

 最後方には淡いピンクの長髪の女性型ロボット。しかし体格はネモより大きく、全身を覆う重装甲はさらに厚い。両手を体の前で組み、静かに立っていた。

「あんたを呼んだのは、もっと重要な任務を与えるためだ、アリス」

 ソロは白いロボットの横を通り過ぎた。

「前に頂いた指令と矛盾しています。私のアドミニストレーターに、これ以上ここに留まる必要性を確認しなければ――」

「ふん……所詮は機械だ。アドミニストレーターが変われば、制作者なんて気にもしないな」

「反論させてもらいます。私の制作者はルーク・インヘリット、あなたではございません。システム上、制作者の命令は当機行動の最終決定権の――」

「ルークは死んだよ」

 冷たい言葉が、鋼鉄の城に重く落とされた。

 アリスは沈黙し、抱いた人形をわずかに動かした。

「……そうですか。ならば反論は撤回します。今のアドミニストレーターの命令が、100%で最終決定権となります」

 老人は背後の遺産(ヘリテージ)に合図した。

「レイチェル」

「はい」

 青髪のロボットが澄んだ声で応答した。バイザーの後ろの両眼から青い光線を放ち、アリスの前に光のスクリーンを展開する。

 青いホログラムには動く立体設計図が映し出された。アリスはじっとそれを見つめ、映るすべての情報を記録していった。

「これは……大規模殲滅兵器、ですか?」

 老人は笑った。しかしその笑い声は背筋が凍るような不気味さを帯びていた。

「そうだ、ボク一人の力で、何十年もかけて、ついに、この()()()()()の完成まであと一歩というところまで来たのだ!この天空城全体を、巨大な残刻器(ざんこっき)へと改造した!高さ千メートル以上、重量一万トン以上!十万基を超える砲台を搭載した人造残刻器(ざんこっき)!その気になれば、一つの世界全土を平らにできる!」

 スクリーンに映ったモデルは無数の砲弾とレーザーを発射し、ただのシミュレーションであるにもかかわらず、周囲の大地をすべて焼き尽くしていた。

「……ブリットンスは欲しがるだろうな?あの()()()()()()に対抗するためには」

「確かに、この類の残刻器(ざんこっき)が必要とするでしょう」

「ハハハハハ!そうだろうとも!」

 老人は高らかに笑った。

根印(ねしるし)持つ者だって限界がある!この残刻器(ざんこっき)……完成した暁には、ボクの人格データと思考パターンをすべて入力する。そうすれば、ボクはそれとして生まれ変わるのだ!」

 老人は両腕を広げた。老いさらばえているはずなのに、その姿は子供のように興奮していた。

「ですが、私だけの判断では不十分です。私のアドミニストレーターは実際の成果を要求する可能性が高いです」

「ふん、あの女なら、想像はつく。成果は出すさ。ボクにも実験が必要だからな」

 ソロは背を向けて十数歩歩いたところで立ち止まり、右手を振る。

 瞬間、暗闇に包まれていた部屋が一気に明るくなった。目の前に広がるのは巨大な透明ガラスで、その向こうの蒼白な空には濃い霧が渦巻いていた。ソロの影は長く地面に伸びる。

 彼は足元を見下ろしながら言った。

「この下にはまだブルーハー血族という一族がいる。その中には強力な根印(ねしるし)持つ者も少なくない、それに、奴らは()()が持っている」

「……アレは、やはりブルーハー血族に?」

「ああ、既に確認したさ。あんたのアドミニストレーターに伝えろ。もしボクが奴らを排除できたなら、ボクをブリットンス本部へ行かせろと。この箱船さえあれば、あんたもう用済みだな、アリス」

 アリスは何も言わなかった。

「……まあいい。要件は以上だ」

「わかりました。すぐに連絡いたします」


 作戦会議が終わってからすでに半日。再び出発するのは明後日の朝に決まった。まずハルカが完全に回復するのを待たねばならず、加えて周囲の防衛の整備も必要だ。そしてもう一つ――

「ヴラド」

 特訓に疲れベッドに座った途端、フランケンシュタインはドアを軽く押して入ってきた。

「なんだ?」

「……フクロが持ち帰ったあの残刻器(ざんこっき)を調べましたが、疑問が残っています。確かに危険な残刻器(ざんこっき)ですし、そしてそれを纏っているハタは、まさにウイルスそのものですが……しかし、一振りの残刻器(ざんこっき)のハタだけで、世界にこれほどの破滅をもたらすことは不可能です」

 青年の眉間に皺が寄る。

「ですから、原因を推測しました。もうすぐ決戦なので、いまきみに、伝える必要があると考えました」

 その後フランケンシュタインの推測に、ヴラドは俯き、自分の両手を見つめた。

 二人の間に静けさが流れた。フランケンシュタインは動かず、ただ彼を見つめるだけ。

「そうか」

 やがてヴラドは、深く息を吸った。

「不思議だ。以前の俺なら、こんなことを知った時点で完全に打ちひしがれていただろう。でもなぜか今は、逆に闘志が湧いてくる」

 フランケンシュタインの目が輝いた。

「……どうした?」

「……ヴラド、いま笑ったんですか?」

「え?ない……と思うが」

「そうですか」

 本当は、ヴラドも尋ねたかったが、結局質問しなかった。

 いまのフランケンシュタインは、あまりに生々しい表情に圧倒され、喉に詰まって出てこなかった。

 その無機物は、一瞬だけ何かを宿したかのように見えた。


「休む時間だ、ルーク」

 赤髪の少年に見えるようなロボットが扉口に立ち、室内へ声をかけた。

「ん?ああ……もうそんな時間か……」

 老いた弱々しい声が返ってきた。

「部屋まで送る」

 ネモは老人を抱き上げ、入口で待つ車椅子へ座らせた。車椅子は重量を感知すると、自動でわずかに浮き上がり、ゆっくりと回転して進み始める。

 ネモはその背後を静かに歩いた。

「作業室の椅子をもっと便利なものに変えればよろしいのに。そうすればオレが手を貸す必要もなく、そのままルークを部屋まで運べる」

 老人は笑った。

「どうした?もう私の世話をしたくないのか?」

「……いえ、誤解を与えたか」

 ルークは手を振った。

「冗談だ。あの椅子には慣れている。今さら変えても落ち着かん」

 広い廊下の左手には大きな窓が並び、外の灰白色の景色が広がっていた。老人の濁った瞳には深い哀惜が映っていた。

「……ネモ。これから、君たちのアドミニストレータ権限はすべてソロに渡すよ」

「承知。ひとつ伺ってもいいか」

「なんだ?」

「そう決めたのは、ルークの命は長くないと感じだからか?ではなぜこうして無理をする?休息を取られないのは、もう生きたくないからか?」

 予想外の問いに老人は目を細めた。

「はは、さすがは私の最高傑作、そんなことまで問うようになったか。心配するな、こんなことで私は死なないよ。ソロのことも、君たちのことも心配だ。身体が限界でも、全力でやらねばならんのだ」

「……理解不能。生物の生存法則に反している」

「今はまだ難しいかもしれん、ネモ。この世には、死を超えるものがある。どんなアルゴリズムでも、どんなロジックでも説明できないものが、この宇宙にはあるのだ」

 ネモは彼の言葉を理解可能なデータに変換しようとしたが、解釈はできなかった。

「わるいが、ちょっとロビイを呼んでくれ、やはり心配なんだ……それとネモ、明日、君の武装制限の解除条件を変更したい」

 老人は車椅子を操作し、ロボットと正面から向き合った。

「条件は――私が遺産(ヘリテージ)を作った理由を、導き出せ。もし答えにたどり着ければ、私はきっと死なないよ」


 ……

 ……

 不可解だ。

 もう、とっくに死んだじゃないか。


「これが作戦の全部だ」

 ヴラドは紙一枚をエリザベスに渡した。

「頼んだぞ、エリィ」

「任せて」

 エリザベスは図面を受け取り、爽やかに答えた。

 その後、彼女は広げて見ようとしたが、ふと横に座り込んでいる金髪の少年に目が止まった。

「……ヒヨリ」

 歩み寄ろうとしたところで、ハルカが肩を叩いて引き止める。

「大丈夫大丈夫。あいつ、今きっと興奮してるだけだから!」

 エリザベスはもう一度少年を見やる。

 彼は動かずに座っていたが、体全体がはっきりと震えていた。

「本当に……興奮、なのか……?」

「もちろん!今のヒヨリは、私が初めて本気で戦った時と全く同じ顔だよ!」

 フランケンシュタインの手が、ネモの擬似根印(ねしるし)に触れる。アルジャーノンのときと同じように、紫の光が結晶に広がり、しばらくして消えた。

 二体の遺産(ヘリテージ)を除け、まだ四人を空へ運ばなければならない。フランケンシュタイン一体ではとても運びきれないので、まずはネモの行動をコントロールことにした。

 ハッキングが終わると、ネモを拘束していた鎖も解けた。

「っあフラン、私はいいよ、自分で飛ぶっから!昨日の夜やっとこいつを説得した、苦労したのよーーほらアルテミス!」

 少女はまるで空気と会話しているように見える。

 だが、何かの粒子の塊が彼女へと漂い、皆の前で再びあの遺産(ヘリテージ)と似た機械鎧へと変形した。

 近くの子供たちの目が輝き、駆け寄ろうとした。

「……おい、まさかあんたが言った残刻器(ざんこっき)って……」

 セトは信じられないように近づいた。

「だから言ったろう、残刻器(ざんこっき)使ったんだ」

「……なぜ根印(ねしるし)無き者がいまの識転ができたかはさておき、ハルカ、またこんなものを使って、前のように熱だけで済まないかもしれないと、分かっているのか?」

 ハルカはじーっとセトを見て、微笑んだ。

「わかってるよ、ここでは命より大事なもの一つもない、でしょう?この残刻器(ざんこっき)、けっこううるさくってね、ちゃんと生きて帰るよ」

「……ちょっと意味がわからんところもあるが、まあ、それなら信じるよ」

「ひぃひぃ、ありがとうな!」

 ハルカの遠ざかる背中を見て、セトは急により低い声で隣のロボットに声かけた。

「フラン」

「どうしました?」

「……どうしても伝えておかねばならないことがある」

 セトは周囲を確認し、誰も気づいていない隙に低く言った。

「ヴラドのことだ。お前はこれからずっと彼の傍にいるだろうから、知っておくべきだ」

「直接ヴラド本人に言うべきじゃないんですか?」

 男は首を横に振った。

「……わかりました」


「さあ、飛ぶぞ!」

 少女が元気いっぱいに叫ぶ。

「落ち着け。出発はヴラドの号令を待て」

 フクロがため息をつく。ヴラド本人は、気にするところか、むしろ申し訳ない顔をしている。

「すまない、本来お前たちはブルーハー血族のことに絡むまでもないのに」

「何言ってんだ、みんながいなかったら、今ごろ俺たちどうなったかわからないし!」

 ヒヨリが笑って返した。

 三人の意思を確認し、青年も気を緩めた。

「先に言った通りだ。今回は全力戦。もしソロの目的が我々の推測通りなら、血族全体が危機に陥る。すべての遺産(ヘリテージ)を倒し、ソロを打ち破り、リリスとカインを連れ戻す――それが我々の目標だ!」

 機翼が広がり、推進器のエンジン音が次々と鳴り響く。

 周囲の血族たちも後ろへ下がりつつ、彼らを声援で送り出した。

「がんばれよ、ヴラド!」

「気をつけろ!」

「無理はするなよ!」

 ヴラドが長い息をして、号令を出す。

「出発!」

 狂乱の風が黒い木の葉と土埃を巻き上げ、血族たちは思わず吹き飛ばされそうになった。

 風が収まって顔を上げたときには、彼らは既に空へと舞い上がっていた。

 エリザベスとセトは並んで立ち、姿が見えなくなるまで見送ってから視線を空から外した。

「さて、私も自分の役目を果たさないとね。そういえば、セト。さっきフランに何を話してたの?」

 男はゆっくりと手術室の方へ歩き出す。

「……思わぬ敵についてだ」

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