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プロジェクト【サハ】  作者: 諸星佑月
【第一章】箱船は終末から

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温もり

 金属のぶつかり合う音が、大橋の上に響き続けていた。

 ネモの拳が矛の先にぶつかり、まばゆい火花を散らす。数秒間押し合った後、すぐに距離を取った。ハルカは自在に矛を操り、むしろ余裕すら漂わせているようだった。

 何度か打ち合ううちに、ネモは確信した。その矛と接触するたび、自分のハタが吸い取られていくような感覚があった。これまで、ハルカの戦闘スタイルは肉弾戦主体だと思っていた。だが今は、その矛をまるで本来の得物であるかのように使いこなしている。まさか、本当は武器を扱うほうが得意なのか?

 アルテミスといい、装甲になったり単一の武器になったり、あんな残刻器(ざんこっき)が存在するのか?

「ガンッ!」

 ハルカが矢のように踏み込み、ネモの重装甲に体当たりした。矛は背部の機翼と接合部を貫き、ガラガラと金属片が崩れ落ち、彼の肩に積もる。

 再びハタが吸われていく。飛行機能までもが損なわれ、視界にはエネルギー急減を示す警告画面が点滅した。

「何考えてるの?隙がこんなに……うわっ!」

 天空城が激しく震え出す。ハルカはネモに跨がったまま、振り落とされるように視界が揺れる。

「ちょ、何これ!?わわっ!」

 轟音のような金属音が天を突き、鼓膜を揺さぶる。大橋が大きく傾いた。推進器の接合部に矛が突き刺さり、ハタを吸い続けることでバランスが崩れ、二人は橋の縁から絡み合ったまま落下した。

【しまっ……ちょっとハルカ!この天空城は三千メートルの高さもあるんだ!どうしよう?!】

「なんだよ、さっきの機械鎧になったら飛べるだろうが!」

【私同時に二種類の残刻器になれないの!あの姿になると矛が消え、ネモも動ける!】

「……それ先に言えよ!」

「放せ」

 行動不能のロボットが言葉を発した。

「やだ!せっかく捕まえたんだから!」

「このままでは、死ぬよ」

 ネモがハルカの肩を掴む。

 冷たい風が耳元を切り裂き、二人は絡まったまま雲海へと真っ逆さまに落ちていく。四方八方、ただ白一色。

「こんなことで私が死ぬもんか!見てな!」

 どれほど落ち続けているのか、わからない。ただただ、下へ、下へと吸い込まれていく。

 少女の声が、機械を沈黙させた。

 その奥深く、どこか身体の内側で、ネモのと重なっていく。

「大丈夫だよ、ネモ」

 温度を持たない機械は、どうしてもその言葉を「温もり」として定義したかった。

「こんなことで私は死なないよ」

 わからない。

 自分の限界を知っていたはずなのに、もう先が長くなかったのに、心臓が止まったら体も腐るだけなのに。

 死はすべてを奪うものではないのか。どうして地獄が待つと知っていても、前へ進もうとするのか。

 どうして――きみはもう、オレの問いに答えられないんだろう、ルーク。


 それは天空から響き渡る咆哮だった。

 地上からもはっきりと天空城の影が見える。千年もの間動かなかった都市。その一部がねじれ、かき消え、最後には異様な姿へと変貌していった。

 密林のグールたちはその轟音に呼応するかのように、悲鳴を絶え間なく上げる。

 血族たちも次々と家から飛び出し、天を仰いだ。空に現れた奇怪な現象を指差しながら口々にざわめき立った。


「ぐっ!」

 鋼鉄の巨手がフランケンシュタインを叩きつけた。小さなロボットは完全には避けきれず、背部の翼が二枚まとめて粉砕され、今にも墜落しそうになる。

 抱えられているヴラドは背後の様子を見れない。ただ、ロボットの背中に不吉な電流が走るのが目に映った。

「無理するな!壊れてしまうぞ!一旦退け!」

 恐ろしい一撃を受けても、ヴラドを抱えて飛ぶロボットの両腕は決して緩まなかった。

 振り返るヴラドに、ロボットは無理を押し殺すように言葉を絞り出す。

「しかし……リリスがまだ……」

「今は逃げるんだ!じゃなきゃ救出なんてできないだろ!」

 フランケンシュタインは頷き、噴射器を光らせて一気に下降。天空城から遠ざかっていった。

 巨腕はまるで意思を持つかのように、二人の離脱を見届けるとゆっくりと縮んでいき、鉄塊が展開と収束を繰り返しながら、元の姿へと戻っていった。


 血族の拠点も混乱な雰囲気に包まれる。何が起きているのか、誰も理解できずにいた。

 エリザベスは子供や老人を慰め、皆を落ち着かせようと声をかける。しかし彼女自身も不安しかない。

 ヒヨリは天を仰いでいた。天空城の影はすでに元に戻っている。それでもなお、彼は目を離さなかった。

 そしてふと何かに気づいたように、青い瞳を大きく見開く。

「エリィ、ちょっと外に出てくる」

「えっ?外?何を言って……」

 金髪の少年は笑って肩をすくめた。

「へへっ、あとで詳しく話すよ。ちょっと困ってるみたいだから、迎えに行く」

「あなた……!」

 ヒヨリを引き止める間もなく、少年は振り返りもせず駆け出していった。


【もうすぐ地面に激突する!あなた、どうするつもり!?この高さの衝撃は、私でもどうにもならないよ!】

 ネモは二人の口論に戸惑いながら耳を傾ける。

 雲が晴れ、地面がはっきりと視界に入った。血族の拠点からは少し離れており、真下には赤黒い植生が広がっている。

 ハルカは周囲を見回し、拠点を抱える山を見つけた、そして何かを発見したようだ。

【ハルカ!頼むから本当に策があると言って!そうじゃなきゃ全員終わりよ?!】

「うっせーなさっきから!こんな状況くらい経験あるんじゃない?」

【あるわけない!数千メートルから落下なんて異常でしょう!】

「……きみ、ハルカって言うんだな」

 不意に自分の名を呼んだロボットに、少女はきょとんと視線を向ける。

「人間は、いつもこんなに無謀なのか?」

 機械の顔は表情を欠いている。

 ハルカは舌打ちし、鼻で笑った。

「ああそうよ、私けっこうバカでね、正直頭使うなんて苦手だ。一人で出てきたら、今はまじでやばいでしょうね」

 地面が目前に迫る。あと数秒で激突する。

 しかしその時、森の中から突如として一つの人影が飛び出してきた。そしてハルカもまるで予想していたかのように、すぐさま矛をネモの身体から引き抜いた。

擬録(ディスガイス)!」

 地上まであとわずか数メートルという瞬間に、ハルカは即座に遺産の装甲を全身に展開し、黄金の六翼を広げ、高速で回転する推進器によって三千メートル上空からの重力を緩和した。

 一方、束縛を解かれたネモは、人影によって素早く地面へと押さえ込まれ、一切の余分な動作を許されなかった。

「よっ!」

 空中に浮かぶハルカが笑って声をかける。

「ちょうどいいタイミングだな、ヒヨリ!」

 金髪の少年は力強くネモの身体を押さえつけ、振り返って笑顔で彼女に応えた。

「無事でよかった。おかえり、ハルカ!その姿なんだ?めっちゃカッコいい!」

 ロボットは二人の笑顔を見つめながら、その瞳の奥の歯車を静かに回転させていた。

【まったく……無茶にもほどがある。私が今あなたの言うどおりにした変形は一瞬でも遅かったら、どうなるか考えたの?】

「え?なに言ってんの?あんた最強の残刻器(ざんこっき)でしょ?できないはずないじゃん」

 アルテミスは言葉を詰まらせた。

 静けさを取り戻した途端、周囲に不気味が響き渡った。

 黒い幹の影の向こうから現れたのは、血走った大口を開けたグールだった。ハルカがさっき起こした巨大な騒動と、先ほどの会話の隙間によって、これらの怪物たちは彼らを取り囲むには十分すぎる状況だった。

 ネモは全く初めての様子で怪物たちを見つめる。

「……これは……何だ……」

【うわぁ、これ何なんだよ?!】

「え?あんたたち知らないの?」 

 四方八方からグールが一斉に飛びかかってくる。ハルカは一度にこんな多方向を見切ることができず、無意識にまず正面のやつを蹴り飛ばし、そして包囲を突破しようと考えた。

「ゴロゴロ!」 

 天から落ちてきた黒い雷が、ハルカ以外の周囲のグールすべてを正確に撃ち倒した。ハルカも驚き、周囲に倒れた焼け焦げた怪物たちを見て、少女はハッと後ろを振り返り、大喜びで跳ね上がった。

「わっ!フクロ!あんたたちか!」

 後ろから歩いてきたのは黒髪の少年、そしてその後ろにはセトが続いていた。

「……何をやってるんだ、お前たち」

 フクロは、なぜハルカが機械の装甲を身にまとっているのか理解できず、ヒヨリに押さえられているあのロボットが何なのかもわからず、そして本来外出禁止のヒヨリがなぜここにいるのかも理解できなかった。

 そのとき、もともと空中にいたハルカが突然痙攣し、全身の装甲が粒子化して解除され、地面に倒れ込み、大量の血を吐いた。

「ぐっ、オェ……」

「ハルカ?!」

 ヒヨリは叫んだが、ネモを押さえつけていたためすぐには駆け寄れなかった。するとセトが急いでハルカの元へ駆け寄り、支え起こした。

「……体温が高すぎる。何をしたんだ、小娘?」

「え?……何も……?オェ、うっぅ、ただ、戦っただけで……残刻器(ざんこっき)とかを使って……」

「ふざけるな。根印(ねしるし)を持たない者が残刻器(ざんこっき)を使えるはずがない。……ったく、ヒヨリはあのロボットをそのまま押さえてて帰ろう、フクロも手伝ってハルカを拠点へ運べ」

「……おう」

 フクロは何かを疑っているようにセトを一瞥した。


「ヴラド!あれ、一体何が……」

 翼を損傷したフランケンシュタインがヴラドを連れて陣地へ戻ってきたとき、エリザベスは驚きを隠せなかった。

 リリスを連れていないどころか、カインやハルカの姿も見えない。彼女が問いただすと、ヴラドの険しい表情がますます不安を掻き立てた。フランケンシュタインは破損している翼を収めてるところに、その様子を尋ねたが、機械人形は首を横に振り「大したことではありません」と答えるのみ。だがその姿はどう見ても大したことはないはずない。

 ヴラドが帰ってきて間もなく、ハルカたち一行も姿を現した。エリザベスはさらに驚愕した。いや、驚きというよりは恐怖に近かった。

 ハルカはなぜか全身に傷と血の跡を負い、熱にうなされて意識を失い、フクロに背負われて帰ってきたのだ。さらにヒヨリは、なんともう一体の遺産(ヘリテージ)を担いでいた。

「……ネモ?」

 フランケンシュタインは困惑の眼差しで、かつての仲間がヒヨリに拘束されているのを見つめた。

「フランケンシュタイン……なぜきみがここに?」

「ちょっと、上では一体何があったの?セトたちも……」

 エリザベスが堪えきれず声を上げた。

「まず小娘の治療だ、オレの手術室に入って話そう」

 セトの話を聞いて、ほとんど躊躇いはなく、皆が素早くセトの部屋に集まった。

 ハルカはフクロにベッドへ横たえられたが、依然として目を閉じたまま高熱にうなされている。

「エリィ」

 ヴラドが即座に指示を出す。

「風呂場の地下にある氷を持ってきてくれ。ハルカの熱を下げるんだ」

「は、はい!」

「ハルカは大丈夫だよね!」

 ヒヨリが慌てて尋ねる。

「上に行く前の威勢はどこへ行った、ったく」

 フクロがため息をつき、ハルカに声を掛けた。

「おい、生きてるか」

「……生きてるよ……安心しな……」

「怪我人は黙ってろ」

 セトが彼女の頬を手の甲で軽く叩いた。

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