邂逅
狭く曲がりくねった道で必死に逃げている、黒髪の少年が一人。
周囲の人には彼の背後に何も見えないだろうが、彼の血のように赤い瞳には、確かに何かを恐れ、警戒している様子が映っていた。雑草の茂る山林から、石畳の道に出たことで、人通りのある場所に近づいていた。
黒髪の少年は、全身を黒で包み、前髪が右目を隠し、高い襟が顔の半分を覆っていた。右耳には、青い紐のついた飾りがかかっておる。
彼は壁を蹴って屋根に跳び上がり、後ろを振り返って追跡者を確認しようとした。だが見えたのは、黄色く光る「眼」。
「ここまで逃げたのにまだ追っかけてくる……」
彼は仕方なくすぐに前方に身を翻し、屋根から地面へと跳び降りた。
金色の淡い髪の少年は、肩に届くほどのやや長めの髪を後ろで束ねていた。珍しい藍瞳と、引き締まっている体格を持っているが、その服装はこの辺りの貧しい地域にふさわしく、あちこちボロボロだった。
そんな少年が屋根の上を走っているのは、パルクールなどではなく、後ろから追いかけてくる二人の中年男性から逃げていたのだ。
「クソガキ、止まりやがれ!」
少年は、仕方ないといったように溜息をつくと、素直に立ち止まり、上から二人を見下ろした。
「まだ戻る気はないのかい?こんなに追いかけてきて、疲れただろうに……」
「ふざけるな!」
下から男たちが怒鳴った。
「何度撒かれようとも無駄なんだ!」
「テメェみたいな気持ちわりぃやつに、まさか行ける場所が残ってるとでも?」
少年はしばらく黙っていた。
突然彼は大きく跳び上がる、二人の目の前に軽やかに着地した。その予想外の行動に、男たちは驚いて思わず後ずさった。
「しょうがない……悪いけど、ちょっと眠ってもらうよ」
彼は拳を握り、構えを取った。男たちもすぐに気を締め、うち一人はこっそり背後からナイフを取り出した。
両者が今にも衝突しようとしたその時、ナイフを持ってる男の後頭部に強烈な蹴りが入り、次の瞬間には顔を地面に押し付けられていた。
突然の出来事に、金髪の少年ともう一人の男は驚愕し、目の前に立つ機嫌の悪そうなツインテールの少女を見つめるしかなかった。
――きっとこれから未来永劫、彼女の姿は、心に深く焼き付いて消えることはない。
「テメェ……何してんだ、小娘!」
「こっちの台詞だ!」
少女――ハルカは相手の鼻先を指を差した。
「人にぶつかってものを壊して、謝りもしない!今あんたらみたいな大人にムカつくてしょうがない所なんだ!」
「はああ?こっちは忙しいんだ、邪魔すんな!」
男はすばやく気絶した仲間が落としたのナイフを拾い、ハルカに向かって振るった。
「あっ、危ない!」
遠くからそれを見た金髪の少年は、思わず助けに走り出したが、その一歩目で驚いた。
少女は片手で男の手首をがっちりと掴んでいたのだ。彼女の細い腕からは想像できない力で、男の手首骨が軋む音が聞こえた。
「ガアアアアア?!ぐっ……くっそ……!テメェ……!」
ナイフは地面に落ち、男の顔も苦痛で歪む。
「リツ兄がやっと帰ってきたんだから、私も揉め事なんて起こしたくない。謝って弁償してくれるだけでいいから、ね?」
ハルカは思いっきり怒りを抑え、恐ろしい笑みを浮かべてそう言った。
「ふざけるなよ!なんでテメェなんかの小娘に――」
「ドンッ!」
怒声の直後、運悪くこの男が、空から降ってきた黒髪の少年に踏みつけられ、気絶しまった。
どうやら下に人がいるとは思わなかったのようだ。呆然とする黒髪少年の目の前には、見知らぬツインテールの少女と金髪の少年がいた。その二人もまさしく何があったかわからない顔だった。
「……」
「えっなに?いまパルクールってそんなに流行ってんのか?」
気まずい空気の中、段々と、地面から規則的な振動が響いてきた。黒髪の少年はすぐさま後方を見上げ、予想通り、「何か」が姿を現した。
――まるで異界の来訪者のような、漆黒の、三メートルはあろうかという機械の人型。
三人が出会ったその瞬間、この世の理が音もなく崩れたかのようだった。
異様で、不可能で、常識外れの出来事が、現実として目の前にあった。
路地裏で現れたそれは、こちらへと向き、鋭利な頭部にあるモノアイが黄色のライトを点滅させながら、腕を伸ばして襲いかかってきた。
「うわあっ!?」
金髪の少年が慌てて飛び退くと、機械人型の拳が振り下ろされ、さっきまで少年が立っていた場所に大きな穴を開けた。
ハルカはまだ呆然とその光景を見ている。
「……ウソでしょ……これって……」
黒髪の少年が素早く行動し始めながら二人に叫んだ。
「何をしている、逃げろ!」
ようやくリツは、全員に挨拶を済ませた。どの人も善意で接してくれるから、きちんと対応しなければならないと思っていた。ドアを閉めて、一息ついた青年は深呼吸しながらソファに戻ったが、そこに残っていたのは自分のスケッチブックだけだった。
「……あれ、ハルカは?」
「宅配受け取りに行かせた。そういえばやけにおっせーな……ったく、また何かやらかしてないよな」
ルキウスは冷蔵庫から食材を取り出しながら息をついた。
「俺が探してくるよ」
「ハルカはいい子だ、きっと大丈夫。じゃあ晩ごはんは僕が?」
「悪いなリツ、今日だけはお前にやらせることじゃないのに」
「気にしないで、僕の料理をあなたたちに食べてほしいんだ。早くハルカを連れてきてね、ルキウス。さっきあまり話せなかったし」
ルキウスは安心して外へ出た。すでに夕暮れ時で、通りには人が増えて、人探しには不向きな時間帯だ。少女が通ったと思われる道を探して回ったが、宅配所もすでに閉まっていた。
小道の方にも注意を向けていたところ、ある路地で不自然に散らばった荷物の箱を見つけた。近づいて確認すると、すべて自宅宛の荷物だった。
「ワレモノ注意」と書かれた箱を開けて中身を見て、ルキウスは眉をひそめた。顔を上げると、遠くに機械的な動きの巨大な影が見えた。
ルキウスは静かに立ち上がり、表情を引き締めた。
「はぁ……はぁ……やっと撒いた……あれなんなんだ……?」
三人は、町の隅にある半壊した空き家に身を潜めていた。工事の途中で放棄されたような場所だった、こんな廃墟みたいなのはこの町には然程珍しくない。
金髪の少年はなぜかあの機械に目つけられたのように、三人の中で一番疲れているようだ。
黒髪の少年は彼を鋭く睨みつけると、問いかけた。
「お前、何者だ?」
「え?」
「あれはこの世界の住民には手を出さないはず。俺は何度も見た、一度誰かに見られそうな状況だと、いつも自ら去るのだ」
「えっと、いきなり言われても……」
「ハ――すごかった!はは!あんなの初めて見たよ!最高だったな!今までの人生で一番興奮したよ!」
少女が二人の会話をまるで聞いていないように、勝手にテンション高く叫んだ。
「何なのあれ?あっ、あんた知ってるんでしょ?あれってあんたを追ってきたんだよね?ね?」
黒髪の少年は、恐れも戸惑いもなく騒ぐ彼女に半歩引いた。
「……お前は誰だ?」
「そっか、自己紹介からか!私はハルカ!この辺に住んでいるよ。あんたたちは?つーかよく見ると......二人ともめっちゃ私のタイプじゃん!」
少女は目を輝かせ、遠慮もなく二人の少年の間にぐいっと顔を突っ込んだ。
「ぐへへ……いいなぁ……片っぽはミステリアスでちょっと色気もあってさ……もう片っぽは優しそうなのに、どこかヤバそうな匂いがするっていうか……!」
少女は肩を震わせながら、さらに顔を近づけた。左右をじろじろと見比べながら、口元からはよだれまで垂れている。
「えへへ……最高……マジで最高……こんなに好みど真ん中のいい男に出会えるなんて……!あのおっさんやさっきのやつのせいで腹が立つけど、かわりに一気にいい男二人も発見!今日って超ラッキー!」
あまりの勢いに、二人の少年は顔を見合わせる間もなく、同時に一歩引いた。
この少女はやばい奴だ、とひそかに思っているだろう。
「あっ、俺はヒヨリ……のはずだ。さっきはあの……助かった。あいつらを止めてくれて……」
金髪藍瞳の少年は、ヒヨリと名乗った。
「ん?ああ、ただ私のものを落とされたから怒っただけよ、気にしないで!そっちは?」
「……フクロ」
黒髪の少年は少し間をおいて名乗った。
「フクロっか。あの……今のあれって一体何なんだ?」
今回はヒヨリが彼に問いかける。
「話しても信じないだろう。しばらくこの辺から離れていれば、あれも姿を見せないから。知らなくていい」
「私分かるよ!あれは、他の世界から来たんでしょ?」
二人は、学生の発言をしているように手を挙げるハルカを見つめた。
「図星でしょ?絶対そうだと思った!あれはこのおっきい宇宙の、どこかの世界から来たものだよね?ここに在るはずないくらいすごかったもん!」
フクロがますますこの少女のことが分からなくなる。
「お前……何でそんなことを……」
「人から聞いたんだ!宇宙のことと、世界のこと!太陽をも覆い隠すくらいの巨人とか、一振りで山を割る剣士とか、尖った耳のエルフとか、角のある獣人とか、翼を持つ天使とか、全部、全部、全部世のどこかに存在してるんでしょう?」
「……天使?」
フクロは隣のヒヨリに問う。
「多分、頭に輪つけて羽の生えてる人のことかな……俺も絵でしか見たことないけど」
「……存在していようが、いまいが、どうでもいいだろ」
フクロは近づきすぎたハルカを押し戻した。
「っていうかお前もよくそんなデタラメなことを信じる。正気じゃないな、お前は」
「そう?でも信じてよかったよ!今実際に見ちゃったんだもん、もう迷う理由なんてない!私は十年前からずっと、ここを飛び出して、宇宙のいろんな世界を見てみたいと思ってたの!ねぇ、さっきのあれはどうやって来たの?教えてよ!あんなものが来られるなら、私だって行けるはずでしょ?」
「……十年前から?つまり十年間もずっとここにいるんだ。なんだ、本気にここから離れたいわけじゃないのか」
「それは……こっちにもいろいろ事情があるから……」
「そんな半端な覚悟ならさっさとやめておけ」
フクロは即座に冷たく言い捨てた。その言葉に、ハルカは一瞬驚いて黙り込み、ヒヨリも思わず気まずそうな顔をした。
「さっきのロボット、あれ一体から逃げるだけで精一杯だった。あの拳も見たんだろう、一撃食らったら人類なんて粉々だ」
赤い瞳がハルカを鋭く見据える。
「ああそうだ、確かに入口はある。通れば、ここと全然違う世界に行ける。だが、その入口には、あれよりもっと危険なロボット兵士が十体以上待ち構えている。命がいくつあっても足りないぞ」




