たった一回の存在
「また俺の勝ちだ!」
青黒い髪の少年が、瓦礫の上に立っていた。
「体力底なしっかよ……まったく」
白い髪の少年はため息をつき、石に腰を下ろす。
小さなヴラドがぴょんと飛び降り、カインの前に立った。
「当然だろ!将来俺が絶対みんなの族長になるんだから。強くなきゃ話にならないじゃないか」
「は?本気で言ってるのか?冗談だと思ってた……どうして?カッコいいからか?」
「逆に聞くけどな、カイン。お前はカッコいいと思わないのか?一番すごいのブルーハーで、みんなのリーダー!俺は絶対そんな強い存在になる!」
カインはためらい、視線をどこか遠くへ彷徨わせた。
「……でもさ、それって疲れるだろ?毎日やることが山ほどあるだろうし。僕には無理だよな、今はもう自分のことだけで精一杯だ。そう思わないか?」
「うーん……確かに。でもな、毎日の努力は、その分必ず報われるんだ」
「報われる?」
「ほら、俺たちの拠点だって、代々がつくったんじゃない!誰だって辛いんだ、でも、それを超えて未来へ続くのが、すごいんだ!そんななにもかも乗り越える人になるのが、俺のやりたいことだ!」
カインは静まり返った街を歩いていた。あまりに静かすぎて、一歩ごとの足音がやけに響いているように感じる。
誰もいない。ロボットの姿すら見えない。つまり自分以外に動くものは何もなかった。
美しい赤い瞳が、警戒しながら周囲を探る。何かを探しているようでもあった。
その時、背後に誰かの影が現れた。
「よく聞きなさい」
エリザベスは木の枝で砂地をコツコツ叩いた。
「私達が能力を学ぶ第一歩は、自分の血液をコントロールすることよ。誰でも最初に課されるのは、血液を手のひらに球体に凝縮させること……」
地面に座っていたヒヨリは、片手で頭を掻きながら、もう片方の手の上には宙に浮かぶ血の球を完璧に作り出していた。
「……」
「えっと、ごめんエリィ……隠してたわけじゃないんだ。これ、ずっと前からうっかりできてて……どういうことかは自分でも分からないんだけど……」
エリザベスは額を押さえ、ため息をついた。
「まあいいわ……じゃあここは飛ばしましょう。次は形よ。ヴラドは血を槍に、カインは巨大な蛇に、私は針に。これはそれぞれの性格や癖に由来しているの。だからあなたも自分の得意な形でいいのよ」
ヒヨリは困ったように、目を閉じて考え込んだ。
「武器とか乗り物……そういうのあまり詳しくないんだよな、俺……」
「ちなみに、ヒヨリ。あなたの昔の生活はどんな感じだったの?」
「えっと、体質がおかしいから、ずっと一人で……いつもどこかに隠れて逃げてた、かな」
「あ……ごめん」
「なんでエリィが謝る?」
「だって、よくない思い出でしょう」
「そうだけど……エリィが謝る必要が……」
「私がそうしたいの、じゃなきゃ落ち着かないのよ。はぁ……とにかく、全く見当がつかないの?」
「えっと……あの、必ず形を作らなきゃだめなのか?」
「基本的にはね。形がないと想像しづらいし、特性も発揮できないかもしれない」
「特性?それって何?」
エリザベスは立ち上がり、砂を払った。
「実際に見せてあげるわ。」
彼女が身を翻し両手を振ると、赤い光が美しい弧を描き、瞬く間に血の長い針となって手に現れた。
最初に出会ったときと同じ、彼女の身長の半分ほどもある二本の血針。エリザベスは周囲を見渡し、少し離れた樹を的に選んで、構えを取る。
ヒヨリは、それがただの斬撃の構えではないことに気付いた。次の瞬間、エリザベスが左の薙ぎと右の突き上げを同時に繰り出した。
「……エリィ?」
彼女は血針を消し、ヒヨリに前方を指差した。
見ると、数メートル先の樹の幹の一部が消し飛んでいた。上半分がパサッと音を立てて落ち、白い砂埃が舞う。
「空間斬りよ。これが特性。片手で空間を裂き、もう片手で隙間を展開する。ただし、いまの私はほんの小さな裂け目しか作れないけどね」
「すごい!すごいよ!もう一度見せてくれない?どうやってやったんだ?」
突然の距離の近さに、エリザベスは一瞬動揺し反応できなかった。
「……あなたってほんと……だからそんなに暇じゃないのよ、私は。今のは手早く理解させるためだけ」
「あ、そうだよな!はは、ごめん。ちょっと興奮しすぎた」
エリザベスは小さく「まったく」と呟き、説明を続けた。
「とにかく、形も特性も、すべては本人次第。一人ひとり違うから」
ヒヨリはようやく理解し、自分もそこまで到達しなければならないと気づく、地面にへたり込んだ。
「うぅ……共通のコツとかないのか……」
「私は何年もかけて掘り下げたのよ。焦らないて」
「でも、俺にはそんな余裕ないんだ……この先いつ何が起きるか分からないし、いつまでもフクロやハルカに頼れない」
「……ヒヨリ、焦りは破滅を呼ぶよ。自分だけじゃなく、仲間まで傷つける。だから、強くなりたい一心で焦っちゃだめ」
ヒヨリはきょとんと彼女を見つめる。
「あなたは体術ですでに驚くべき進歩をしてる。一歩ずつで大丈夫。コツを一つ言うなら――迷ったときは、一番辛かった時を思い出して。あの時は一体、何をもって目の前の壁を叩き壊したのを想像するの」
ヒヨリは真剣にその言葉を噛み締め、重い表情で考え始めた。
「そっか。ありがとう、あとは自分で頑張ってみる!」
「ええ、頑張って。私は少し用があるから、また後で」
彼女は軽く手を振り、ヒヨリの横を通り過ぎて去っていった。数歩進んだあと、振り返って彼の背中を見る。
考え込む金髪の少年の姿を。
――こいつ、案外さまになってるじゃない。
「……どういう意図だ、フランケンシュタイン」
「聞く必要はないでしょう。きみなら、完全一致しなくても高い確率で答えに辿り着けるはずです。私についても、なぜいま私だけがきみを相手にしているのかも」
空中のアルジャーノンのモノアイが、一度だけ点滅した。
「確かに、最も可能性が高いのは――きみはブルーハーのアドミニストレーターを得て、その命令であの娘を奪いに来た。今こうして単独でボクの前に現れているのは、その人のため時間稼ぎをしているだろう」
ほぼ正解だ。だがフランケンシュタインも、この展開は予想していた。
「ボクはきみらの狙いも計略も全て先読みできるのだ。それなのに、なぜ降参せずにボクの前に立ちはだかる?どこか故障でもしているのか?」
フランケンシュタインは答えない。ただ全力で警戒し、アルジャーノンがどこから神識化の攻撃を放つのか見極めようとしていた。
「……まあいい。どうせ破壊するものだ。どこが壊れていようと問題ない」
地上から、突如として無数の緑のレーザー砲火が噴き出す。フランケンシュタインの擬似根印が唸りを上げ、反応速度と飛行速度を極限まで引き上げる。数えきれない高温レーザーの網を掻い潜り、まるで自ら死地へ飛び込む蛾のように突き進む。
それでも確かに、アルジャーノンへと接近していた。渾身の力を込め、目の前まで迫り、右手を振り上げる。
次の瞬間、真下から鋼鉄の円柱が勢いよく突き上がった。アルジャーノンは天空城の金属すべてを自在に操る。敢えて接近を許し、一撃で仕留めるつもりだったのだ。
だが、フランケンシュタインはそれすら予見していたかのように完璧に回避。急上昇する鋼鉄が二人の間を遮った。
やはり囮攻撃。アルジャーノンの予測通りだ。フランケンシュタインの機能は自分には遠く及ばない。フランケンシュタイン自身も理解しているはず。つまり彼らの作戦は単純――次にあのブルーハーが奇襲してくる、ただそれだけ。
案の定、視界からフランケンシュタインが消えた直後、背後の地面から血のように赤い槍が姿を現し、鋭い音を立てて飛来した。
「浅いな」
アルジャーノンは嘲る。よくもまあ、こんな単純な戦法を思いつくものだ。
「ーーサプレッション・ロック」
ロボットの声と同時に、五枚の花弁のような蛍光緑の透明な板が展開。回転しながら槍とロボットの間に立ち塞がる。
残刻器であることを前提に防御を選んだのだ。天空城の金属では防ぎきれないため、遺産が根印持つ者と渡り合うには、こうしたハタそのものを凝縮した技が必要となる。アルジャーノン本来の能力ではないが、この防御は簡単に壊せない。
しかし、血色の長槍は赤い光を纏い、紙を破るように防御を突き破った。アルジャーノンは回避する暇もなく、肩を貫かれて吹き飛ぶ。
機体損傷の警告が脳裏に響く。体勢を立て直そうとした瞬間、翼を掴まれた。
――フランケンシュタイン。
鉄柱を回避して再び姿を現したロボットが、決して囮ではない一撃を仕掛けていた。
「――擬録」
紫の光がフランケンシュタインの手から広がり、瞬く間にアルジャーノンの全身、そして擬似根印へと到達する。
轟音が冷たい空気を震わせる。
ネモが拳を受け止められ吹き飛ばされていた。両腕でようやく踏みとどまる。
目の前の少女は得意げに拳を握りしめ、自信満々と顔に書いてあるような表情を見せる。
彼女の力を知らなすぎた。そもそも、ソロが何を求めてアルテミスを必要とするのか、なぜあの血族の娘を残せと命じられたのかも不明。
だが、ロボットには、命令には従うしかない。
「どうだ!ちょっと装備しただけでこれだぞ!さあもう一発!さっきの分も倍返しだ!」
【ちょっと装備したって?今あなたが使ってるのはこの私だよ!その辺の残刻器と一緒にしないで!】
「ンだよまんまと捕まれたくせに、私がいないとあんた今頃まだ閉じ込められてんぞ」
【あなたね……!こんな生意気な根印無き者聞いたこともない!世間知らずにも程がある!】
「……擬録――」
少女たちの口喧嘩が止む。ハルカの視線は完全にネモへいった。
「――アームド・ダイブ」
赤い光が全身を覆い、厚い装甲が層を成す。銀色の金属が腕、胸、背に幾重にも重なり、背の機翼はさらに精密な機構を備えて展開する。白い蒸気が噴き出し、赤い光に照らされた姿はまさに紅の悪魔。
「……おい、こいつ、あんたと同じ……」
【そう、あれは元々私の能力よ。あのマッドサイエンティストに捕まったとき、能力を解析され、あのロボットたちに組み込まれたのよ……気をつけて!】
次の瞬間、音速で迫ったネモの拳がハルカを打ち上げる。反射的に腕で受け止めたものの、凄まじい重量に吹き飛ばされる。
金色の翼が自動で旋回し、ハルカを抱えて距離を取る。
「もう一度聞くよ、人間」
ハルカは痛みを堪えながら睨み下ろす。
「まだ帰る気はないのか。これ以上、無事でいられる保証はない」
ハルカは青い瞳を見つめ、しばし沈黙し、そして笑って答える。
「何度も言ってくれるとは、あんた悪い奴じゃなさそうだな。ネモ、だっけ?じゃあこっちからも聞くけどさ。あんたは、自分の命だけ一番大事だと思っているのか?」
ロボットは黙り込む、視線を逸らして俯いた。
「……オレに命はない。仲間もみな金属でできた道具だ。体は取り替え可能、思考は複製可能。生も死も分からない。だから答えられない」
「ふーん……でもさ、何でわざわざ私に何度も注意するの?命令といったが、ここまで私の安全を気にかけるの?」
「……きみが人間だからだ」
「は?」
「ルークが言っていた。人間はオレたちと違う、それは、たった一回のみの存在だからだ」
「……ははは!なんだよ、あんた、意外とかわいいじゃん!私あんたのこと、好きだよ!」
ネモはこの言葉に対して返答していない。
「遠慮なんていらない。来いよ。そのルークって人よくわかんないが、あんた自身で見たほうがいいんじゃない?私を」




