妖刀
黒い閃光と轟音が、黒赤の植生の中で次々と弾ける。
通り過ぎた場所からは木々も生物も跡形もなく消え失せ、空気にかすかな焦げの匂いだけが残った。
――恐ろしい。
先を行くフクロは、周囲にグールが近づく気配をいつも素早く察知し、正確かつ効率的にすべてを焼き払って灰に変えてしまう。
何度見ても、その異能の破壊力と使い手の優秀さには舌を巻くしかない。
……もしフクロが敵だったらと思うと、厄介の極まりだろう。
フランケンシュタインのドローン式レーダーは、二人の先導をしながら、時折目的地までの距離も表示してくれる。
ここまで歩いてすでにしばらく経ったが、表示によれば到着までそう時間はかからないはずだった。
「前から確認したかったんだが」
フクロが後ろを歩くセトに声をかける。
「お前、咲血は使えないんだな」
「ああ。どうやっても習得できないと分かった時点で、ウイルス研究一筋になった。ここで自分にできるのはそれだけだからな」
「でも、お前の成果は大きいだろ。血族全体がお前に依存してる」
「依存ね……せめて信頼って言ってくれないのかな」
フクロは一瞬言い淀み、思い切って訊ねた。
「危険を承知の上でもわざわざ同行したのは……責任感からか?」
セトは苦笑し、顎を撫でた。
「そんな立派な奴じゃないよ。カーミラとは長い付き合いってね、あいつ昔、半端なく強かったぞ。もしカーミラがまだ動けたら、ウイルスを消去できるチャンスなんてきっと見逃さないだろう。ただ、あいつの代わりにってね。他にもそうだな、例えば……エリィ。あいつの頭には、血晶が一つ埋まってるだろ」
男の視線は、灰白に死んだ空へと向かう。
「エリィがまだ子供の頃、焦って無理をした。ブルーハー血族の死亡率が最も高かった時期でな、早く役に立ちたい一心で、咲血を暴走させたんだ。血の形を制御できず、全身の血液の流出すら抑えられなかった。……あの時、命は助けたが、頭部の最大の傷口だけは処置しきれなかった。血を凝固させて塞いだのは、本人の努力によるものだ」
セトはフクロを見やり、皮肉げに笑った。
「オレみたいな人に助けを求めるなんて。ガキたちがボロボロになって戻ってくる姿を見るのは、とてもいい気分じゃない。だから……もし本当に、グールを根絶やしにできる機会があるなら、もうそんな思いをしなくて済む。ただ、それだけだ」
セトはフクロの脇を通り過ぎ、漂う偵察ドローンを追って歩みを進めた。
フクロも後に続く。
長い沈黙ののち、ぽつりとつぶやく。
「……そう……俺にはよく理解できないが」
セトはその言葉の意味を測りかねたが、結局、何も言わなかった。
目的地に近づくにつれて、グールの数は増え、より手強くなっていった。フクロは何度かセトを守りきれそうになく、警戒心をさらに高めざるを得なかった。最初に遭遇したのは骨がバラバラになりそうなほど痩せ細った連中だったが、今やほぼ完全でたくましい体躯を持つグールばかりだった。体格は一回り大きくなり、その力も侮れないものになっていた。
幸いにも、そうした連中が群れをなしていることはなかった。フクロは雷を帯びた蹴りを放ち、目の前のグールをバチバチと焼き尽くして灰にした。自分の今の限界がどこなのか、まだわかっていなかった。
前の世界では思うように審判を使えなかった。フランケンシュタインによれば、それはあの世界のハタ粒子の量が極端に少なかったからだという。異能力は人体の根印と周囲のハタの相互作用による能力である以上、彼がうまく使えなかったのも無理はなかった。
「どうやら着いたようだ」
セトがレーダーの表示地点を見て声をかけた。
繁茂していた森林は徐々にまばらになり、視界はようやく開けた。眼前には岩山の麓が広がっていたが、その一部がへこんでおり、自然のものか人為的なものかは分からなかった。そのへこんだ黒い土地の上に、今回の目的がそびえ立っていた。
それは、青い柄巻きの、細長い刀だった。ただ、静かに大地に突き刺さっている。二人にとっては珍しい形状の武器だった。
刀身は全て黒く、青紫色の不吉な霧が周囲に漂い、まるで刀身から青い水滴が流れているかのようだった。刀が刺さるその土地だけは石炭のように真っ黒だった。
「……これが、別世界からのものなのか?こんなものが……ウイルスを……」
「セト、お前はこれ以上前に進むな」
セトは複雑な表情で彼を見たが、反論せず一歩下がった。そしてこう続けた。
「ウオォ……」
それは猛獣に近い、かすれた人の声のようなものだった。
フクロは慌ててセトを連れて後ろに下がった。その直後、重々しい音が数回響いた。何か巨大なものの足音らしかった。
二人は密林の中に隠し、体を低くして慎重に葉の隙間から何がいるのか覗き込んだ。ちらりと見ただけで、瞳孔は急激に縮んだ。
八足で立ち、大きな口を持つ球体の体、蜘蛛のような怪物だった。全身に血赤色の模様が走り、まるで植生のような皮膚をしている。頭も目もなく、ただその大きな口からは不気味な液体が絶えず滴り落ちていた。その体に、何故か刀による傷跡が残っているが、大分古い傷のようだ。一体誰にやられた傷だろう。
周囲に他のグールがいなかったのも納得だった。フクロはようやく状況を理解した。こいつがこの辺りを制覇したのだろう。
「……お前はここにじっとしていろ」
セトはかえって驚いた。彼もあの怪物を目撃しており、フクロのその言葉が信じられなかった。
「バカな真似をするな!位置はもう突き止めた。あんたは強いが、今あんた一人で対処する必要はない」
「俺は正気だ、止めんな」
フクロは身を隠す気配もなく立ち上がり、そのまままっすぐに向かって歩き出した。
怪物は即座に彼に気づいた。大きな口が突然こちらを向き、不気味な液体がさらに流れ出し、ぽたぽたと地面を叩き紫色の霧が立ち上った。
セトはフクロの意図が全く分からず、言う通り隠れたまま身を伏せていたが、非常に緊張しながら見守っていた。
ほとんど瞬間のように、怪物はフクロに向かって猛スピードで駆け寄った。血に染まった大きな口はあっという間に目前に迫った。肉眼ではその残像しか捉えられず、八本の脚であの巨大な体を敏捷に動かし、黒い土埃を大量に巻き上げていた。
「審判」
フクロの身体はいつの間にか大きく低く構え、膝を曲げ、両手はほとんど地面に触れそうなほどだった。周囲には無数の火花が散り、彼の声とともに、全身を雷電の速さで駆け巡るいくつもの曲がりくねった黒紅色の稲妻が生まれ、瞬く間に巨大な怪物の背後に回り込んだ。
怪物は完全に空振りし、地面に倒れ込み、土埃が舞い上がり轟音が響いた。その体には瞬時に何本もの長い傷が走り、多量の液体を飛び散らせた。厚い皮膚が見事に裂け、尖った悲鳴が耳をつんざくように響き渡る中、黒紅の血の海で狂ったように暴れ回った。
フクロは背後でまだ倒れたまま暴れている怪物を一瞥し、刀に向かおうとした。
刀に近づくほど、ウイルスの、いや、破壊を匂わせるハタの猛威は強まっていった。フクロは恐る恐るそれに接近し、濃厚な毒霧に包まれたその場所に足を踏み入れた。
「フクロ!」
セトは自分が露見することなど気にせず、大声で彼の名前を叫んだ。フクロは振り返ったが、怪物はいつの間にか傷が完全に癒え、彼に向かって突進してきた。
毒霧に警戒しすぎたためか、後ろに迫る巨大な物音に気づかなかったのだ。
フクロは間一髪で岩場へ避け、その衝突を回避した。怪物は頭からそちらの木々にぶつかり、幹を何本も折ってギシギシと音を立てた。
まだ終わりではなかった。怪物は不器用に再び立ち上がり、大きな口をフクロの方に向けてゴロゴロとうなり声をあげた。突然、何かを見つけたかのように、血に染まった大口が急に向きを変え、セトのいるところに突進した。
「チッ……!」
フクロは歯を食いしばりもう一度攻撃しようとしたが、相手の移動速度が速すぎ、距離も遠く、逃げ惑うセトに誤って攻撃が当たるかもしれず、遠距離での精密な攻撃は今の彼には不可能だった。
一瞬のためらいは、こんな時に致命傷となる。
怪物の鋭い牙があと少しでセトの身体に突き刺さろうとしていた。フクロはセトが必死に後退しようとするのを見つめたが、恐らくもう間に合わない。
すべてがあまりに突然で、フクロは時間がゆっくり流れているように感じた。
たとえ記憶を失っても、彼は幾つかの思考を持ち続けるだろう。おそらく深く過去の自分の脳に刻み込まれているのだ。
フクロは一歩踏み出し、セトの方に全力で駆け寄るのではなく、あの名前も知らぬ刀に真っ直ぐ向かった。
そして左手でしっかりと、刀の柄を握った。
弱者の振る舞いは、決して自分には許さない。この身の深くところから、そう鳴り響いている。
だから、守るより、力を選んだ。
カンッと甲高い音が響き、千年の時を経て数多の惨劇をもたらした妖刀が大地から離れた。青黒い光の中で、眩い輝きを放っていた。
フクロはその場に立ち、両手で刀を握り、あの怪物に向き合い、腕を頭上に掲げた。黒雷が絶えず漆黒の刀身に絡みつき、そのハタの影響か、青色の火花までもが散っていた。
続けて彼は素早く怪物に向かって振り下ろした。まるで指令の合図のように、天から巨大な雷光が轟き、地面を裂いて目標に一直線に突き刺さった。それは正確無比に命中し、怪物はセトから遠く吹き飛ばされた。
「雷極!」
閃光が消え、雷鳴が静まると、八足のグールは完全に真っ二つに切り裂かれていた。切り傷ではなく、綺麗に断ち切られた断面は滑らかで、血液さえ一瞬反応することなく噴き出していた。
ぷしゅっと吹き出した黒い血がフクロの勝利を告げた。怪物は地面に倒れ、微動だにしなかった。これでようやく死を迎えたのだ。
これでフクロもやっと一息ついた。
「……この怪物もとっくに全盛期の力を失ったのようだ。簡単で済ませたな」
「簡単……ね」
たった二回の技で、敵を倒した。その怪物は決して弱くない、もしここに来たのはヴラドだったら、こんな簡単に済ませるだろうか。一回目の技で相手を試し、そして二回目で十分な出力で仕留める。桁違いの戦力だ。
やはりフクロは、百戦錬磨の戦士に違えない。その力はまだまだ底知れぬ。
なぜこのような強者が、記憶を失った羽目になっただろう。
少年は刀を握ったまま、振り切ったままの姿勢を保っていた。彼の足元には雷に打ち砕かれた地割れがあり、本人も大きく息を吐きながら、ようやく身体を起こしたところだった。
突然、フクロは全身が鉛を注ぎ込まれたかのような重さを感じた。刀から両手を経て全身に伝わる力が彼をぐっと押し倒し、膝をついてしまった。痛みが膝から上に伝わってくる。
幻覚かもしれないが、刀先から何かが螺旋を描いて飛び上がり、彼が反応する間もなく顔面へ飛び込んできた。
辿り着いたのは、彼の果てしない闇だった。
「……成功……きみの……」
……誰?
「ああ……これが……」
なに、この会話……?
「これこそが救いの……兵器……計画は正式に開始しよう」
誰だ……これは……俺のことを……?
「将来……こそが最強の支えになる」
「ドミネーターなど、たやすい者さ」
「うあっ!」
「何度言ったらわかるの!本気でやりなさい!」
エリザベスは何度もヒヨリを拳で倒し、彼が何度も起き上がるのを見てきた。
「あなたの最大の問題は、敵意がないことだ!本気で強くなりたいと思ってるのか!基本の体術ですらできないと、能力なんて教えないわよ!」
「わかってる!」
ヒヨリは慌てて飛び起きて構えた。
「こっちだって本気に決まってる!もっかいだ、こい!」




