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プロジェクト【サハ】  作者: 諸星佑月
【第一章】箱船は終末から

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月の少女

 そして、武器製造区域に――爆発のような音が響いた。

 ハルカは分厚さが人の腕の半分ほどもある鉄の扉に、いきなり拳を叩きつけた。何度も殴り続け、歪んになったら、一蹴りして蹴破る。警報がけたたましく鳴り響くが、ハルカはうるさいとばかりにそれも叩き壊した。哀れな鉄扉は、部屋の中にあった巨大なガラス柱にぶつかり、いくつものひびを入れてしまう。

 中に足を踏み入れ、周囲を見回そうとした。数歩進んだところで、聞き覚えのある声が耳に入る。

「……え、ハルカ……姉さん?」

 声の方を見やると、扉のそばの隅に、ピンク色の髪をした娘がしゃがみ込み、両腕で膝を抱えていた。迷ったような目でハルカを見上げていたが、すぐにぱっと笑顔になり、立ち上がって駆け寄ってくる。

「リリス!なんだ、ここにいたのか!無事だったか?」

「うん!……うぅ……よかった……」

 娘はハルカに頭を預けて、顔を見せない。さっきまでよほど怖かったのか、声がまだ震えていた。

「ヴラドもフランも、カインも来てるんだよ。無事でよかった。まさかこんなに早く見つかるとは思わなかったな」

「みんなきてる?ありがとう!……あ、そうだ、あの……!」

 ハルカが立ち上がって戻ろうとすると、リリスが手を掴んで引き止めた。

「まだ、ここに閉じ込められてる人がいるの。助けてあげられないのかな……?」

 ハルカは振り返って、自分が蹴破った扉の向こう、ガラス柱を見やる。

 部屋自体はそう広くはないが、天井が高く、壁には乱雑に貼られた設計図、床には大小のパーツと電線が散乱している。中央のガラス柱は白く微かに光り、リリスが指差す方向を辿って上を見上げたとき——ハルカの目が大きく見開かれた。

 ガラス柱の中に、少女が一人、固定されていたのだ。

 正確には、頭部から肩までだけが外に出ており、身体は前屈みになって両腕を後ろに拘束され、柱の中に収まっている。

 しかも、柱の中の身体ほとんどは、壊れかけた機械の部品で構成されていた。十五歳ほどに見える紫髪の少女は、瞳を閉じ、微動だにしない。

 ハルカの口がぽかんと開く。

「……助けるって、これ……どうやって?本当に生きてるのか、あの人?」

「生きてるよ!わたしがここに放り込まれたとき、目を開けたもん」

 ハルカはしばらく悩んでため息をついた。そして、散らかった部品の中から、先ほどの変形した鉄扉を両手で持ち上げた。

 視界は悪く、床にはガラス片や金属片が散乱している。何度もバランスを崩しそうになりながら、彼女はガラス柱のひび割れた部分に向かって慎重に歩みを進める。

 リリスは呆気に取られたようにその様子を見つめていた。さっきの大音量に死ぬほど驚いたが、それがハルカだったとは。エリザベスからハルカがすごいって聞いたことはあったけれど、まさかあんな細い腕で、あんな重たい鉄の塊を持ち上げるなんて。

「リリス、外に出て」

 ハルカの一言で、リリスは素直に外へ走っていった。

 深呼吸一つ、ハルカは扉を振りかぶり、ガラス柱に叩きつける。

 バリィィィィン!

 瞬間、ガラスが派手に砕け散る。ハルカは力が足りないと感じたのか、さらに何度も叩きつけた。飛び散る破片から身を守るために、鉄扉を盾にもしている。

 扉の外でも、飛び出すガラス片が見えるほどだった。リリスは耳をふさぎながら扉の影で震えていた。

 しばらくして、破壊音が止む。

 リリスはそっと立ち上がり、中を覗く。

 ガラス柱は完全に破壊され、その中から少女が崩れ落ちていた。床一面に散った破片の中、ハルカは慌てて彼女を抱き留める。

 紫髪の少女の体はとても小さく、ハルカは両手で容易に抱えられる。

 そのとき、奇妙なことが起きた。

 破損していた少女の身体が、目の前で少しずつ再生、いや、再構築されていくのだ。

 金属のパーツが肌へと変化し、ちぎれていた四肢は指先まで再構築される。ほんの数秒で、少女の身体はまるで普通の人のように整ってしまった。

「な……何なんだこれは……」

 ハルカが呆気に取られていると、少女がゆっくりと目を開いた。

 淡い桜色、水晶のような瞳。ぼんやりとハルカを見て、それから周囲を見渡す。

 ばしっ!

 突如放たれた一発のビンタが、ハルカを吹っ飛ばした。

「ぎゃっ!」

 少女が床に落ちた音と、ハルカが吹き飛ばされた音が続く。

「い、痛たた……なによ……」

 紫髪の少女は背中をさすりながら、よろよろと立ち上がる。すると、彼女の身体から奇妙な粒子が現れ、それがまるで魔法のように服となって纏われていく。

 立ち上がった彼女は、すでに白いドレス姿になっていた。

「……あんた……どういうつもりだ……」

 瓦礫からハルカが怒り溢れてで立ち上がる。

「リリスが言ったから助けてやったぞ!あんた誰なんだよ!」

 少女は怯みながらも立ち上がり、ハルカを見つめて、それからそっと目を逸らした。

「び、びっくりしたんだから、仕方ないでしょう!……それに、助けてなんて頼んでないし……」

「はぁ!?なんだその態度は!」

「え、えっと……」

 リリスが慌てて割って入ろうとする。

「まって、喧嘩はよくないよ?わたしたち……早くここから逃げた方がいいと思う……」

 少女はやっとリリスのことを思い出した。

「あなたは……いま連れてこられた……あれ、まさか、あなたは下の住民?」

「え?えっと、確かに、天空城の下に住んでるだけど」

「嘘……あんな地上にまだ人が住んでいる?あんな有り得ない環境なのに……」

「っつうか、あんた誰だよ、さっきも聞いたんだが!人に助けられて礼も言わない偉そうなチビが」

 少女はむっとしてハルカに反論する。

「だから、びっくりしたって言ってるの!それに私は、ここに閉じ込められたほうがいいのよ!あなたこそ余計なお世話……」

 少女の話が止まった。

 桜色の目が、ハルカの胸にある金色のペンダントをじっと見ているからだ。

「なにこれ……なんであなたが、これを持っているの?ていうか、あれ?ええ?あなた、根印(ねしるし)無き者じゃない?しかも、トランスグレッサー?!」

 連続の問にハルカはなおさら腹が立った。

「なんだよ、これは私の大事な人からもらったんだけど」

「……これ、かなりの残刻器(ざんこっき)だよ。誰がこんなものを……」

残刻器(ざんこっき)?」

 リリスもハルカも、同時にこの発音を振り返った。

「これも知らない?もう……根印(ねしるし)持つ者たちが戦うと、どうしても武器が必要になる。しかし、ハタを大量に受け入れられる物質は極めて少ない。よって、異能力と合わせて力を発揮できる特別な、根印(ねしるし)持つ者の専用武器が、残刻器(ざんこっき)だ」

「これが武器?」

 ハルカは疑っている様子で、馴染みすぎるはずのペンダントを観察し始めた。

「少なくとも、中に凄まじいハタがあるに違えないわ。一体あなた……」

 急に、ハルカの全身が警戒し始める。次の瞬間、反射的に両腕でリリスと少女を強く押さえ込む。

「伏せろ!」

 その叫びと同時に、何かが三人の頭上を一瞬の閃光のように駆け抜け、部屋の向こう側の壁に激突した。鈍い衝撃音が響き、壁に貼られていた大量の設計図が宙に舞う。

 ハルカは素早く立ち上がり、二人の前に立ちはだかった。舞い上がった図面が静かに落ちてくる中、視線の先に、ひとりの人影が現れる。

 それは「人」ではなかった。

 姿形こそ人に近いが、細部を見れば明らかに異質。構造はどこか、フランケンシュタインを思わせるような、機械的な金属の体。

 真っ赤な短髪、そして、両目からは青白い光が発せられているロボットだ。

「座標に到達」

 少年のように力強い声。しかし、その言葉の内容は不気味なほどに冷たい。

遺産(ヘリテージ)、当機識別名ネモ。目標の駆逐を開始する」


 ヴラドとフランケンシュタインが向かったのは、住民区域だった。

 長い連絡通路を素早く抜け、この区域に足を踏み入れる。だが、そこはやはり不気味なほど静まり返っていた。

「静かすぎる……人影全くないな」

「ええ。この天空城はいま、所長一人しか生きていませんので」

「なんだと?」

 それを聞いてヴラドは信じられない顔でロボットへ向く。

「故に、気をつけるのは、クローバーだけです」

 フランケンシュタインが言った通り、人が暮らしていた痕跡は、ほとんど何もない。

 代わりに、先ほど話に出ていたクローバーの巡回機が目に入る。深い緑色のボディ、丸い肩が二つと球状の頭部を持ち、短い脚で律儀に道路を行き来している。

 生身の人は誰も見かけないのに、こいつら機械だけは妙に多い。

 もっとも、フランケンシュタインが一緒にいるおかげで、ヴラドにとってはその回避も容易だった。

「ヴラド」

 クローバーに遭遇する心配のない空白地帯に入り、二人はがらんどうの鉄の街路を歩いていた。その時、フランケンシュタインが口を開く。

「私のアドミニストレーターにはヴラドです。この権限は強制的に変更されることありません。それなのに、なぜ私を単独行動させないのでしょう?」

「信用してないからだ」

 ヴラドは振り返りもせず、短く答える。

「信用?しかし、私は……」

「いくらお前は機械でも、俺はお前の扱い方全く知らない。それに……どこか妙だ。今回リリスが誘拐されたことが……」

「……そうですか。前方、温室に到着いたします」

 フランケンシュタインの提示に、ヴラドは慎重に、しかしどうやら興味津々のようで、すこしだけ、鉄の建築の中にある部屋を覗いた。

 ひと目だけで、驚いた。

「……これ……」

 ヴラドにとって、見るのはまったくの初めてだった。

 まるで床一面に翡翠を敷き詰めたかのような畑だ。こんなにも鮮やかで美しい色、こんなにも生命力に満ちた環境を、彼はこれまで見たことがなかった。

 たとえ人工的に造られたものであっても、彼には十分すぎるほど幻想的だ。

 滴るほどの露、鬱蒼とした緑葉、清らかな空気――まるで別世界に来たような心地さえ覚える。

 天空城は誕生以来、当時の良質な土壌と大量の穀物、家畜を保ち続けてきた。需要が減った今では温室も次第に数を減らしているが、残された機械は依然として温度や湿度、果ては空気の質まで調整し、可能な限り最良の環境を再現していた。

「ここは農場で、牧場は隣です。天空城の人々はかつて、ここで採れる食糧に頼って生きていました。品質は保証されています。今は、人も少ないため、余りが多いですが」

 ――もし、こんな場所を血族に分け与えることができたなら……

「ヴラド」

 フランケンシュタインの頭部の金属が突然、数回きらめく。

「敵が全速で接近中です」

 ヴラドは声を聞くや否や、温室から街路へ飛び出した。

 だが外に出た瞬間、すでに大量のクローバー型巡回機が一帯を包囲していることに気づく。少なく見積もっても三重の包囲網だ。

 無数の黄色いアイランプが点滅し、その明滅は不快なほど目障りだった。

「どういうことだ、お前は気づかなかったのか?」

「たった今、クローバーの信号波長が一時的に変更されていた……恐らく、私がここにいることを知ってのことです」

 フランケンシュタインの声が重くなる。

「こんなことができるのは……」

 頭上から、風を切る音が響いた。

 ヴラドが見上げると、やはりそこにいたのはクローバーとはまったく異なる、フランケンシュタインによく似たロボットだった。

 背の三枚の機翼はフランケンシュタインと同じ。黒緑い短髪、左目には金属枠のレンズ、右目だけは通常の造形だが、淡い緑光を放っている。

 地面に降り立つ気配もなく、上空に留まったまま二人を見下ろした。

「座標到達。遺産(ヘリテージ)、当機識別名アルジャーノン。侵入者排除を開始する」

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