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プロジェクト【サハ】  作者: 諸星佑月
【第一章】箱船は終末から

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13/30

憎む相手は

「あっ、エリザベス!待って!」

 仕事の合間を見て、ヴラドに報告へ向かおうとしたエリザベスは、不意に名前を呼ばれた。振り返ると、息を切らしながら駆け寄ってくるヒヨリがいた。

「どうしたの、急に」

「……お願いが……」

 ヒヨリは姿勢を正して、真剣な眼差しで言った。

「戦い方を教えて!」

「……は?戦い方?」

「俺、今のままじゃ何の役にも立たない!いざという時、何もできなくて……エリザベスは俺より強いだろう?前の手合わせで俺完敗だったし!毎日ちょっとだけいいから!お願いだ!」

 手を合わせて深く頭を下げる彼に、エリザベスは困惑気味だった。

「……それなら、ハルカやフクロでもいいんじゃない?私、そんなに時間ないよ。忙しいって言ったのに」

 ヒヨリは少し黙った後、彼女を真っ直ぐ見つめる。その眼差しに射抜かれるようで、エリザベスは少したじろいだ。

根印(ねしるし)……昨日フランケンシュタインが、俺にもあるって言った。それを活かしたい。だから、咲血(サンジェ)の使い方を教えてほしい!」

「ええ?たしかに咲血(サンジェ)はみんな互いに学んだり教えたりするけど、でもあなたはブルーハーじゃないし、それは……」

「やってみなきゃわかんないよ!それに、できる、絶対何があろうとも、できるから!」

 揺るぎない青い瞳が、彼の決意の強さを語っていた。

 エリザベスは、このときに初めて、この少年はこの世界に属す者ではないことを、信じようとした。

 だってこの世界、この未来がどうしても明るく見えない世界に、こんな瞳はないのだから。

「……難しいわよ」

「頑張る!必ず!」

 エリザベスはため息をつき、踵を返した。

「ついてきて」


 ヴラドはますます、自分の判断が間違っていたのではないかと思い始めていた。

「お帰りなさいませ。ご飯ですか?シャワーですか?私にご命令はございますか?」

 帰宅したヴラドを出迎えたのは、彼に向かって朗々と話しかけるフランケンシュタインだった。眉間をつまみ、怒りを堪えながら訊く。

「どういうつもりだ」

「ヴラドの機嫌を少しでもよくしたくて、セトに相談し、男性の気分を高揚させる方法を調査して行動しました」

 ……どういう前提の提案だよ。

「やめろ。俺はそういうのは好きじゃない」

「了解しました。それでは、ヴラドの機嫌を良くするにはどうすればよいでしょうか?」

「……お前、何がしたいんだ。また観察か?」

「そうですね。私の第一観察対象は、アドミニストレーターになります。それから……」

「なんの目的だ。任務とはわかっているが、ロボットにそんな任務に与えてなんの意味がある」

「……前所長が、私達に、人を理解したかったです」

 ヴラドは思わずその言葉に腹が立った。

「お前みたいな奴に?鉄の塊が?血も涙もないクセに?とんだ馬鹿な人だな」

「……ルークは、馬鹿ではないと、判断しています」

 青年はフランケンシュタインのすぐ近くまで歩み寄る。壁際にいたロボットは、あっという間に壁に追い詰められた。ヴラドは壁に手を突き、相手を閉じ込めた。

「じゃあお前、昨日自分が何をしたのか、わかっているか?」

「……人の、命を奪ってしまいました」

「生死とはなんなのか、お前に説明できるか」

「……」

「できないだろう。お前に限っては絶対わからない。温もりのない、笑えさえできない機械に、命の重さを理解できるはずがない」

 震えている声だった。

 それは怒りだけではなかった。一回交わしたこの契約のような繋がりから、混乱、データの交錯、擬似根印(ねしるし)の過熱。そして、溢れかえる――行き場のない悲しみ。

 そうか。

 無機物は、何かを理解したのようだ。

「……ヴラドは、私を責めているわけじゃないですね」

 ヴラドは驚いて、目の前の瞳を見つめる。

「ヴラドは、本当はきみ自身を責めています。私のことを憎んでいると見せかけて、ヴラドは、きみ自身を憎んでいます。だってヴラドはみんなの族長、ヴラドは自分を嫌うことができないから、無理やり私のことを嫌っていますよね」

 フランケンシュタインの紫の瞳で、歯車が静かに回っていた。

「分析結果が、一つできました。私を作った天空城のせいで、私が廃棄され墜落したせいで、私が命もわからないせいで……すべての元凶は、私です、私にしてください。私は、傷つきませんから、私を憎めば、ヴラドは、きみ自身を憎まなくていいのです」

 静まり返る、広い部屋に。

「……無意味だ」

 ヴラドはそう呟き、背を向けた。振り返らずに。

「もう誰を責めたって、憎んだって、死んだ者は戻らない。意味なんてないんだ」

 彼は寝室の扉を、音を立てて閉じた。

 フランケンシュタインは、ただその場に立ち尽くしていた。


 朝早くから、訓練場では声が響いていた。まるで昨日の繰り返しのように、エリザベスはヒヨリを豪快に投げ飛ばした。

「立て!体術は基本中の基本!あなた、スピードもパワーもあるんだから、ちゃんと私の動きを見なさい!」

「はいっ!」

 顔から地面に落ちても、ヒヨリは大声で返事をした。

 その訓練の様子を一番近くで見ているのは、ハルカとフクロだ。

「顔はやめてあげなよ……いい顔だぞ……」

 ハルカは泣きそうにブツブツ言っていた。

「お前、今後戦う相手が男だったら、顔を気にして手加減するなよ」

「わかるけどなーー」

「冗談じゃないぞ」

「まあまあ、やけに機嫌悪そうだねフクロ?あ、今日の出かけ、あんたしなくていいの?」

「外に出るメンバーは毎回違う。シフトがある」

「え?てっきり一緒に動いてると思ったけど」

「効率のため、カインの指示で分散して探査する、外部でも一人ひとりが単独で動いてる。そもそも、他の三人がどんな戦い方するのか、俺にもまだ知らない」

「ふん……そういえば、リリス見た?」

「いや。起きた後にはもういなかったが……」

 リリスのことだ。誰かに頼まれて手伝いに行っているのだろう、特に気にするつもりもなかったはず――

 その時だった。防護岩の上に、二つの黒い影が現れた。

 ハルカは瞬時に警戒態勢に入り、フクロもその視線を追った。

「ちょっと……あれって、前に見たアイツらじゃない!?」

 見覚えのある姿だ。

 丸い肩、尖った頭部――ハルカの故郷で彼らを妨害した、黒い機械兵士だった。多少形状は違うが、確かに同じ系列だ。

 その機械兵士たちが、上空を飛び去っていくが、それだけではない。

「……リリス!?」

 ハルカが叫ぶのと同時に、周囲の血族たちも視線を上げた。

 機械兵士の腕に拘束された娘が、必死に身を捩っていた。

「放して!放してよ!誰か、助けてーー!」

「大変だ!」

 その声とともに、カインが、いつの間にか彼らに走ってくる。

「天空城……天空城が、リリスを連れ去った!」


 ほとんどの人が空の異変に気づく前に、二体の黒い機械兵士はすでに遥か遠く、黒い点のように見えなくなっていた。

「……あれは……飛行能力を持つ偵察機、機種はスペードです」

 ヴラドはその声を聞くと同時に、最速でフランケンシュタインと共に空中の標的を確認した。だが、あの距離ではリリスを巻き込まない保証はない、異能力使う訳にはいかない。彼は悔しげに歯を食いしばり、娘が高く浮かぶ天空都市へと連れて行かれるのを、ただ見つめるしかなかった。

「どうしてリリスが連れて行かれたんだ?防護岩は機能してなかったのか?」

 血族の拠点を囲む巨大な赤い岩、それが彼らの言う「防護岩」だ。これはかつて、ある血族の長が持っていたの能力によって生成されたもの。岩の外側からは、拠点全体がただの普通の山にしか見えず、その内部に入って初めて、本当の姿を見ることができる。天空城の住人がこれまで血族に気づかなかったのも、この岩の効果によるかもしれない。フランケンシュタインが落ちてきた時に一時的にその効果が破られたが、修復済みのはずだった。

「今朝、リリスが一人で拠点の外に出たのを見かけた。あとをつけてみたら、彼女は墓地へ行ってた」

 カインは自分の目撃情報をヴラドに告げた。

「突然二体のロボットが空から降ってきて、僕が駆けつける前に、彼女は捕まってしまった」

「何のためにリリスを?おい、フランケンシュタイン!」

 しかし、フランケンシュタインは首を横に振った。

 ただの廃棄機に、知る余地もないだろう。

「……どうする?」

 カインも焦りながら尋ねた。

 スペード二機の姿は完全に消えてしまい、拠点内では人々の不安が膨れ上がっていた。数百年の時を経て、ついに「上の連中」が地上の生存者に手を出してきた。今回はリリスが攫われたが、次は誰が標的になるかわからない。

 リリスを放っておくわけにはいかないが、しかし――

「じゃあ、今度こそ私を行かせな、ヴラド」

 ツインテールの少女が、勇敢に名乗りを上げている。

「……行かせるって……どうやって……」

「だって、フランケンシ……ああもう、フランなら飛べるでしょ!連れてってもらう、私は、天空城に行く!」

「……フランとは、私のことですね。私から説明はしなかったのに、なぜ私に飛行能力を持つことを確信しているのでしょう」

「直感!あのロボットたちさえ飛べるし、あんた見れば作り込みがすごいって、丁寧に作られたってわかっちゃうし、絶対同じことできるだろう」

「……そうですか。はい、確かに可能です」

「ほらね」

 ハルカはドヤ顔でヴラドを見つめた。

「今回は、私を止めないで。リリスは、私が連れ戻してくるよ」

 ヴラドは止めようと口を開きかけたが、危険という言葉が、目の前の少女には通じないことを思い出した。彼女を拠点に留めていたことで、忘れるところだった。

 エリザベスとは簡単な手合わせしかなっかたから、自分はまだこの少女の実力を把握していない。

「……いいだろう、お手並み拝見と行くか、ハルカ」

「やっっった!」

「だが、一人では行かせられない。フランケンシュタイン、お前が連れて行けるのは何人までだ?」

「三人までです。そして、もう一つ。先ほどレーダーから、ハタを乱す物体が発見されたという報が入りました。位置、確定しました」

 それは朗報だ。両方に合わせ、ヴラドもすぐに人選を決めた。

 天空城へは、ヴラドとカイン、そしてハルカ。

 ハタの異常を引き起こす物体の調査は、グールの巣に入る必要がある。最初はフクロとエリザベスを派遣するつもりだったが、まさかセトが同行を申し出た。ずっとウイルスを研究しているから、自分の目でその源を確認したいという。

「人数が多いとグールに見つかりやすくなる。俺とセトの二人で十分だ。拠点になんの戦力もないのもよくない」

 フクロのその提案に最初ヴラドは難色を示したが、エリザベスが「今回は偵察だけで十分」と助言し、フクロの能力とセトを信頼して任せることにした。

 全てが決まると、フランケンシュタインも準備を始めた。

 ロボットの背中に紫の光紋がゆっくりと流れ始め、美しい光の中から、白い外装と光の翼三つが現れた。まるで無から生成されて、その光景は何度見ても感嘆せずにはいられない。

 こんなのが作られたものとは――ヴラドは内心で感慨を覚えた。

 三つのうち二つは彼の背中から自動的に外れ、宙に浮かびながら軽いエンジン音を立てていた。それらはハルカとカインの背中に取り付けられた。ヴラドはフランケンシュタインが抱えて飛ぶ形となる。

 光翼がカシャリと音を立ててハルカの肩に装着され、彼女は目を輝かせながら「おおお……!」と感嘆の声を漏らしていた。

「ハルカ、気をつけな。待ってるぞ」

 ヒヨリが声をかけた。

「うん!任せて!ちゃんとリリスを連れ戻すっから!」

 ハルカは自信満々に答え、肘でフクロを突いて、何か言ってくれとアピールする。

 フクロは困ったようにため息をついて言った。

「……まあ、死なない程度にしろ」

「ヴラド、カイン、気をつけてね」

 エリザベスも前に立った。

「油断するなよ。ヤバそうならすぐ撤退しろ。無理に戦うな」

 セトはカインの肩を軽く叩いた。

「……」

「どうしました、ヴラド?」

「……いや、何でもない」

 青年は諦めたように背を向け、フランケンシュタインが背後から抱きつきやすくした。ロボットは前に出て、腕を回し、力いっぱいヴラドの身体を包み込む。体格差のため、ようやくヴラドを抱える程度で、顔はちょうどヴラドの背中に埋まる形となった。

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