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プロジェクト【サハ】  作者: 諸星佑月
【第一章】箱船は終末から

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世界の真相

 美しい紅の光が槍に宿り、目にも止まらぬ速さで結晶へと突き刺さろうとした――

 が、その瞬間、右腕を誰かにがっしりと掴まれた。槍の先端はフランケンシュタインの擬似根印(ねしるし)からわずか数ミリのところで止まった。

 掴んだのは、フクロだった。

「落ち着け。悪いがこっちはまだ聞きたいことはある、処分は後にしてもらえるか。それに、ただの機械に怒っても意味がないと思う」

 その言葉で我に返ったヴラドは、何度か深く息を吸い、言葉を飲み込んだ。

 青年は数秒黙ったのち、左手を離し、槍もゆっくりと消し、無言で机の後ろに戻って座った。どうやら一応は納得したようだった。

 フランケンシュタインは彼を見つめながら、紫の瞳の中で歯車がゆっくりと回っていた。

 フクロが前に出て、一番気になる質問を投げかけた。

「フランケンシュタイン、お前は、ブリットンスを知っているか?」

 フランケンシュタインはまずヴラドに問いかけた。

「この人の質問は、答えてもいいですか、ヴラド?」

「……答えてやれ、ここの全員もな。聞かれなくても知っているのを全部吐け」

「承知しました。はい、ブリットンスは、存じております」

 ハルカとヒヨリも慌ててフクロの背後に来て、続きを聞く。

「ルークがまだ所長だった頃、トンネルを通ってやって来たブリットンスと名乗る二人の人物が、天空城を訪れました」

「何者なんだ、あいつらは。あのトンネルって一体何なんだ?」

 周囲の血族たちは話の内容に戸惑い、ぽかんとしていた。

 フランケンシュタインはゆっくりと語った。

「ブリットンスは、今私達の宇宙――この第二空間(セカンド)及び、他の世界間のトンネルを管理している組織です」

「管理……?なんの為に、何でそんな人がその権力を持っている」

「同じ目標のために協力してほしいのようです。権力を持っているより、ただ異なる世界間の連絡役の方が正確です。この宇宙は、もう余命わずかですから」

「えっ」

 あまりの急の話で、誰も素早く反応できなかった。

「どういう意味だよ、それ……何でだよ!」

 ハルカは不服に大声で反論する。

「……」

 フランケンシュタインは少女を、そして少年二人をもじーっと見つめた。

「きみたちは、トランスグレッサーですか」

 聞き覚えがある言葉だ、フクロは真っ先に問いかける。

「その言葉とは何だ?」

「自分の世界から異なる世界に無断で通り抜く者が、トランスグレッサーと呼ばれる、不法者です。そして……きみは、根印(ねしるし)無き者なら、あの第一空間(ファースト)の出身者ですね」

 フランケンシュタインはハルカに向けて断言した。

「ねし……はあ?さっきから訳のわからん話だらけだぞ」

 少女はますます戸惑う。

「そうですね、こう説明しましょう。いま、ヴラドのあの血液からできた槍、きみたちはどう呼ぶ?」

咲血(サンジェ)……だけど」

 エリザベスは依然と警戒しているように答えた。

「それが、根印(ねしるし)持つ者だけ発動できる異能力です。根印(ねしるし)は、目に見えない特別な体の器官、宇宙にも一部の生命体だけ有するものです。遠い昔から、この銀河の歴史はほぼ全て、根印(ねしるし)を持つ強者たちが作り上げたものです。根印(ねしるし)の強度や特性から発動する異能力も人によって、天地を変えられるほどの強さがあります」

 フクロは自分の手を見て、ようやく何かを理解したのようだ。

「能力を発動するために、体の根印(ねしるし)で、宇宙の広大なエネルギー、ハタを回します。根印(ねしるし)の素質も人による、同じく、場所によってハタの濃度も変わります」

「あの、待って!まさか、俺にもあるのか?その……」

 ヒヨリの問に、フランケンシュタインは頷いた。

「ええ。それに、完全に分析できませんが、きみはかなり特殊な体質ですね」

「そう、なんだ……」

「話逸れたな、で、そのハタというものは、広大なエネルギーって言っても、全然実感がないが」

 まるでわざとヒヨリの言葉を遮るかのように、フクロは無理やり話題を変えた。ヒヨリは悔しそうに彼をにらみつけたが、フクロはまるで気にした様子もなかった。

「文字通り、空気と同じくらいどこにもあるエネルギー粒子で、ほぼこの宇宙の全てが、ハタと関連していますが……例えば、この地上の環境も怪物も、ハタでできたものです」

「えええっーーーー?」

 その言葉を聞いて、部屋の中は一気に騒然となった。ヴラドさえも、慌てて立ち上がる。

「お前、あのウイルスがどういうことか知ってるか?」

「はい。当時、ブリットンスの方と、すでに調査済みでした。宇宙に存在するハタは、根印(ねしるし)持つ者たちに使われる以外、主に二つの用途に使われます。それが、世界のあらゆるものの創造と破壊です。怪物たちを生み出したウイルスは、この世界の外部から来た()()()()()が、千年前この第二空間(セカンド)のハタの均衡を崩したことで、大地に異様なエネルギーが溢れ、人の身体さえも蝕むようになったのです」

 再び、部屋の中に静寂が訪れた。

 あまりにも情報量が多すぎて、皆が頭の中で整理しているのかもしれなかった。

「……ひとつ、聞いてもいいか?」

 話しかけたのは、セトだった。

「あの外から来た、均衡を崩したものって、まだどこかにあるかい?」

 皆の視線が一斉にフランケンシュタインに向けられた。ロボットの頭部にある金属がかすかに光り、そして応答が返ってきた。

「あります。絶対とは言えませんが、均衡を崩している存在を除去できれば、ウイルスの消去も、大地の再生も、可能性はゼロではありません」

 その瞬間、人々の目が希望に輝いた。

 これは、この大災厄の中で初めて得た、未来への明るい兆しだった。

 エリザベスは嬉しさを隠せず笑顔でセトを見つめ、カインも彼らを優しく見守っていた。ハルカは隣にいたヒヨリと喜び合い、二人は手を叩き合った。フクロもその流れで、強引にハイタッチに巻き込まれた。

 だが、ヴラドだけは、何の感情も見せずにじっと立ったまま、テーブルの向こうから皆を観察していたフランケンシュタインを見つめていた。


「……ようやく、ひと段落だな」

 カインがヴラドの肩に手を置いて、笑いながら隣に腰を下ろした。

「明日休んでいいんだよ。僕に任せてくれ、ヴラド」

「ああ、ありがとう……まさかとんでもない情報を手に入れたとは、カインは正しかったな」

「さっきは、まさかフクロに一足先だったけどな」

 物心ついた頃から、カインはいつも自分のそばにいた。思い返せば、人生の中で、大きな出来事には常に彼がいた。

「いままでお前がいてくれて助かったよ。俺一人だったら、絶対ここまで耐えられなかった」

「いまさらか。僕は君についていくから、これからも安心してよ、族長」

「おお、もちろん」

 その言葉を聞いたヴラドは、まだ何か言いたそうだったが、カインは立ち上がり、笑いながら手を振ってその場を去った。

 時間はもう遅く、そろそろ休む頃合いだった。族長ともなれば広く快適な住まいがあるのだが、ヴラドは時間ができると、いつもこうして外でぼんやり過ごすのが好きだった。幼いころから、変わらない癖だった。

 自宅に向かって歩き始めたその時、誰かの視線を感じて、彼は立ち止まった。

 フランケンシュタインが、微動だにせず、ただじっと自分を見つめていた。

「……何をしている?」

「観察と分析です。これが私の最優先事項ですから」

「……前も言ったな、最優先とかが。そもそもお前、何で俺にアドミニストレーターなんて聞いてきた」

「私達は、そのために作られてきました。人の観察と分析は、私達に与えられた任務です。ただし、未だに私は、ヴラドのこと何も分析できていませんが」

 フランケンシュタインはさらに尋ねた。

「ひとつ質問があります。私への怒りと不満は、私が間違った行動をとったからですか?」

 ロボットの紫の瞳の中で、歯車が静かに回転していた。

「……ああ、そうだ。お前が何をしても、絶対に取り返しのつかない間違えをな」

 フランケンシュタインの瞳の歯車が、一瞬、激しく回転し、それきり黙りこんだ。


 様々な事情があって、ヴラドもあちこちで仕事がある、フランケンシュタインはそこに立っているだけでも他の血族たちの注意を引いてしまうのだ。最終的に、フランケンシュタインをセトの元に預けることに決めた。

 ちょうど今、破壊された家屋の修理に人手が必要な時期だったので、定例業務の一部を一時中止して、ハルカたち三人もそこへ派遣されることになった。

 昨日の話し合いの結果、やはりまずはウイルスの源を探知することからと、ヴラドはただちに調査を始めるよう命じた。

 ロボットの背後には紫色の光がゆっくりと現れ、同心円状の模様が次第に広がっていった。それはなんとか「レーダー」と呼ばれる装置らしいが、誰にも理解できなかった。ハルカとヒヨリが興味津々だったけど。

「信頼されているのは嬉しいが……ここに置かれるのもな……」

 セトは無表情に突っ立っているフランケンシュタインを横目で見ながら、髪を掻き上げた。

「質問してもいいですか」

「なんだ。答えられないかもしれんぞ」

「きみの認知範囲で答えられる単純な問題のはずです。ブルーハー血族の死亡率は、いかほどですか」

「……なぜそれを」

「参考になります。地上のハタ均衡の崩れ度合いを推測できます」

 セトは少しの間沈黙し、やがてフランケンシュタインの正面へと歩み寄った。

「ヴラドが新たな族長になってから、意外な死亡率はゼロだよ……昨日まではな。彼は非常に優秀だ、さまざまな面でね」

 フランケンシュタインは目を瞬かせた。

「だがな、彼がまだ族長になる前、死亡率は数百年来で最悪の時期だった。ピークは二十年から五年前だ。咲血(サンジェ)に目覚めた者が極端に少なく、圧倒的に人手が不足していた。さらに悪いことに、雨もその時期から完全に消えた。飢饉、人手不足、疫病……それらすべてが一気に襲ってきた。ほぼ毎月、誰かが亡くなってた」

 フランケンシュタインは黙って立っていたが、その瞳孔の動きから、しっかり聞いているらしいことだけはわかった。

「フランケンシュタインだな。こっちからも確かめたいことがある。雨の消失は、天空城の仕業だろう」

「……ご存知とは」

「いろいろあってね。どういうことか、説明してもらおう」

「はい。現所長が作り出した、()()()()という名のハタ収集装置が、ちょうど三十年前に作られました。生命、気流、大地、星々……宇宙の全てはハタなしでは作動不可能の故、雨雲の消失も、ゴフェルが原因です」

「ゴフェル?ハタ収集装置だと?その現所長が、なぜそんなものを作った」

「私にはそれを承知する権限がありません。廃棄機ですから」

「そっか……そっちも大変そうだな」

「大変?私が、一人の命を奪って、さらにここを危機に晒したのに?」

 唐突なその一言に、セトは呆気にとられた。

「……それはあんたの意思でやったわけじゃないだろう。でもまあ、ヴラドがあんたにかなり怒っているに間違えないな、なら、こっちも余計なことは言わない。カーミラのことは、あんたが責任を持つべきだと思え」

「私の意思、ではなかったのに?」

「起こったことは変えられない。あいにく、時間というものは冷血なもので、戻らないさ。大切な人の命はなおさらだ、いざその時が来たら、やり直しも来世も転生も、都合のいいことが何一つ起こらない。笑えるな……あっ、ロボットは笑えないっか」

 セトが苦笑いしながらため息をついた。

「……たとえカーミラ本人が、あんたのせいだと思わなくとも、ヴラドがあんたを許す気はない以上、その気持を背負わなくっちゃならねえ。なぜかはわかるか、ロボットちゃん?」

「……難しいですね」

「ははっ、じゃあわかるようになれ。そのために、まずしっかり、ヴラドと話してやれよ。そうだ、ちょっとコツを教えやろうっか!耳をかせ」


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