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プロジェクト【サハ】  作者: 諸星佑月
【第一章】箱船は終末から

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空から落とした物

 沈黙だった。

 カインはそれを予想していた。レーザーが直撃したのを見たときから、覚悟はしていたが、それでもかなり動揺している様子だった。

「……あれは、一体何なんだ」

 盆地の縁に突き刺さっている巨大な鉄塊に、ヴラドは顔を上げた。

「天空城……上の奴らは何を考えている。俺たちに何をするつもりだ」

 怒りを滲ませ、彼は鉄塊へと向かって跳び出した。軽々と登り、その表面に足をかけて立った。

 それには淡い緑の光を放つ紋様が刻まれていた。ヴラドが鉄塊を叩いても反応はなく、むりやりで破壊しようとした時、表面の紋様の光が一段と強くなり、思わず手で目を覆うほどの輝きを放った。次の瞬間、鉄塊の紋様が不可思議に動き、扉が左右に開いて中の様子が現れた。

 光が和らぎ、中にあるものがはっきりと見えたとき、ヴラドは自分の目を疑うほど驚きだった。

 それは「人」……

 いや、正確には、人のような無機物だった。

 まるで生身の人のような精巧な造形。短い白髪、頭部には緑色の輝きを放つ金属部品。耳の位置には金属ディスクと突き出た針。目を閉じて眠るその顔は、まさに人と見紛う美しさだった。胸には青く輝く結晶、四肢の関節部は深紫色で、淡銀色の装甲に覆われていた。

 それは動かず、静かに鉄塊の中に収まっていた。

 ヴラドは呆然としたまま、思わず青い結晶に手を伸ばし――触れた。

 その瞬間、それの両目が開いた。

 考える暇もなく、ヴラドは強烈な衝撃と共に地面から跳ね飛ばされ、拠点の向こうの崖へと叩きつけられた。

 冷たい金属の手が喉を締め上げ、宙に浮かされる。両腕は脚で拘束され、目の前には紫色の、瞳に歯車さえ見える――

「警告、発令」

 中性的な電子音が、それ(ロボット)の口から発せられた。

「……な、何を……」

 ロボットはヴラドを構わず続けた。

「スキャン完了。目標、進化型地上人類の可能性83.64%。観察対象として仮登録。言語、相違なし、交渉可能。最優先行動、確認。質問:当機のアドミニストレーターとなる意思は?」

 ヴラドは訳が分からぬまま、思いっきりロボットを蹴り飛ばして距離を取る。

 ロボットは軽やかに着地し、態勢を立て直した。

「おい」

 ヴラドは鋭い視線を向ける。

「話す礼儀も知らないのか。質問したいのか、殺しに来たのか、どっちだ」

「検討:警告対象の故、行動を制限するべきと判断」

「チッ……お前は何だ?上から来て何の目的だ!」

「回答不能。情報提供対象外」

「はあ?お前っ……!」

「ヴラド!大丈夫か!」

 駆けつけたのはカインとエリザベス、段々と血族たちも囲んでくる。ロボットは一切動かず、ただそこに立っていた。

「こんなのが……まさか、天空城の人は全部こんなものになったの?信じられない……」

 エリザベス含め、周りの血族たちも恐怖の目でこの無機物を警戒する。

「……しかし、本当に敵でしょうか」

 カインはかなり冷静にそのものを見詰める。

「なぜそんな風に思うんだ、カイン」

 ヴラドはなおも怒りに満ちていた。遠くない場所に立つロボットをきつく睨みつけながら、傍らのカインに鋭く問いただした。

「いま大人しそうに見えるのも罠かもしれん。こいつが一瞬で危うく拠点を潰したんだぞ!」

「一瞬でもあれ程の危害だ、こんな風にわざわざ罠を仕掛ける必要はないでしょう?」

 この言葉でやっとヴラドは改めて考えを整える。彼はもう一度、このロボットを観察し始める。

 なんの感情も見えない瞳、生命ではない。

 もし本当に、敵ではないとしたら、これは千年近くも情報一切なかった天空城を知る好機かもしれない。

 族長として、このロボットを破壊ではなく、しっかり見張るのが正確だ。

 なのにカーミラの最期は未だに鮮明で、ヴラドは歯を食い締め、思いっきり目を閉じた。

「ヴラド?」

「……」

 青黒い髪の青年は目を開き、周囲の人々を見回った。恐れている顔、戸惑っている顔、そして、自分に向けて、何かを期待している顔。

 彼は、ロボットに歩き出す。

 近くて初めて知った、この無機物は実際結構小柄だった。

「……アドミニストレーターって何だ?」

「回答可能。当機の全ての権限を得るものが、アドミニストレーター」

「何故俺に」

「回答不能」

「……お前の権限を全部得た後も、まさか同じこういう態度か?」

「否定」

 本物の()なら、ここは疑うべきだが、こんな()に対して、ヴラドは一度の経験もなく、何をどう対処すべきかはさっぱりだ。

 だがこいつを手放すにはもっと厄介なことになるに違えない。一か八かだ。

「……分かった。俺がそのアドミニストレーターになる。どうすればいい?」

「確認。五指を当機の擬似根印(ねしるし)に接触し、名前を宣言」

 擬似根印(ねしるし)……つまりこの胸辺りの青い結晶だな。ヴラドは右手を結晶に当て、自分の名を告げた。

「ヴラド・ブルーハー」

「認証成功。当機識別名:フランケンシュタイン。シリーズ遺産(ヘリテージ)に属する機体。これより、ヴラド・ブルーハーの全命令に従う」


 ブルーハー血族が亡くなったときは土葬が行われる。拠点内には墓地として使える余地はないが、それでも死者をなるべく近くに葬りたいという希望があった。そのため、盆地の外、山の中腹が墓地として使われている。

 今回の事故では、負傷者も少なくなかった。幸い、ほとんどの傷はセトの処置で大事には至らなかった。

 死者は一名。

 カーミラの遺体は皆の手で丁重に棺に納められ、ヴラドの指揮で山腹の墓地へと運ばれていった。

 墓地は拠点の外にあるため、葬儀には棺の搬送担当、親族、そしてグールに備えた戦闘員が必要となる。通常六か七名が必要とされるが、今回は異世界から来た客人たちも加わっていた。

 ヒヨリはずっと呆然としていた。棺が土に埋められていく様子を見つめるうちに、ようやく現実へと引き戻される。

 カーミラの家はほとんど焼けてしまい、リリスは住む場所を失った。しばらくの間、彼女はヒヨリたち三人と一緒に暮らすこととなった。

 夜に泣き声を聞いた者はいなかったが、朝になるとリリスの目の周りは明らかに腫れていた。

 ハルカは、泣きたいときは思い切り泣いたほうが楽になるよ、と言ったが、娘は首を横に振った。もう以前のようにはいられない、と。

 カーミラが最後の時を迎えたとき、彼女は唇を噛みしめ、声を上げて泣くことさえしなかった。

 おばあちゃんに、最後まで泣き虫で弱い子だと、心配せたくなかったから。あの時に泣かなかった。これからも泣かない。

 セトは、葬儀の後も、少しだけ一人にする時間がほしいようで、遠くそこに立って、墓に向けて何かを話しかけていた。

 ヴラドもまた、ずっと沈んだ表情を浮かべていた。

 葬儀が終わると、一行はヴラドの部屋に集まった。部屋の壁には大きな地図が貼られており、いくつものバツ印が記されている。部屋唯一の机には書類が山積みで、無造作に置かれていた。

 皆が集められたのは、無論、フランケンシュタインと名乗るロボットのためだった。

 ヴラドがアドミニストレーターとして登録されたこのロボットは、ヴラドの命令を確かに忠実に守っていた。動くなっと言われれば、指一本動かさずじっとしているほどだ。

 ヴラドは長い息をし、改めてこの無機物と対話する。

「色々聞きたいことあるが、まずその口調を変え、できるか?」

「質問」

 紫の瞳が光を灯す。

「擬似人格モードの範囲不明。カテゴリーの指定を」

「……めんどくさいな。しゃべり方を簡潔に、静かな性格にしろ」

「命令受理。擬似人格切替中」

 フランケンシュタインは目を閉じ、数秒後にゆっくりと開いた。

「……これで大丈夫でしょうか、ヴラド」

 驚いた。

 口調がずっと自然になり、怯えたような語気で肩をすぼめ、表情もまるで人のようだった。

 金属部品がなければ、顔つきは人と見分けがつかないほどの完成度だった。

「すげえ……!」

 ハルカは興奮してロボットの前に跳び出し、近距離であちこちガン見する。

「こんなのすごすぎるじゃん!生きているみたい!」

 その言葉にヴラドは一瞬だけ不快な顔をしたが、冷静に質問を始めた。

「じゃあ、順番に答えてもらう。お前は何者だ?なぜ空から落ちてきた?あのレーザーは何だった?」

 核心を突いた問いばかりだ。

「私は、天空城研究所の前任所長、ルーク・インヘリットにより開発された、自律型ヒューマノイドロボットシリーズ――遺産(ヘリテージ)の一体です。現任所長、ソロ・エターニティは、私を無価値な機体と判断し、廃棄しました。私を天空城から捨て、破壊に命じました。しかしこの状況から見ると、誤差が生じたと考えられます。本来設置の軌道なら、私はレーザーに撃ち抜かれるはずですが、ここの防護岩と衝突したことで、破壊は失敗しました」

 部屋にいた人は一斉に沈黙した。

 呼吸の音さえうるさく感じるほどの静けさを破ったのは、青黒い髪の青年だった。ヴラドはゆっくりとフランケンシュタインに歩み寄る。

「……上の連中が、こっちに向けて何か考えがあろうと思ってた。俺の自惚れだったな」

 いきなり手でフランケンシュタインの頭部を掴み、壁に叩きつけた。

 その衝撃で、部屋全体が揺れたようだった。

「ヴラド!」

 驚いたカインが声を上げた。

「……カーミラさんは」

 ヴラドはロボットを壁に押しつけたまま、うつむいていた。髪が表情を隠していたが、震える声から怒りは十分に伝わった。

「彼女はずっと俺たちを見守ってくれた人だった。穏やかで、優しくて、時に厳しくて、いつも一族のことを考えてた。子供の頃はよく昔話を聞かせてもらった。俺が間違えしたら叱ってくれる、うまくやったらかならず褒めてくれる。リリスが親を亡くした時も、全部カーミラさんのおかげだった……そんな人が、そんな人が……もういないんだよ、どこにも、これからも」

 もう一方の手が動くと、血のような赤い液体が空中に現れ、暗い紅色の槍の形をとった。

 それは、ヴラドの咲血(サンジェ)

 無機物の紫の瞳が、怒りに燃える彼を見上げていた。

「ただテメェみたいなゴミを捨てるだけで、あの人は二度と戻らないんだぞ!!!」

 ヴラドはその血の槍を、フランケンシュタインの胸にある青い結晶へ向けた。

「もういい。ゴミなら上等だ……」

「ヴラド!」

 カインの叫びが響くが、彼の耳にはもう届かない。

「ゴミらしい最期を迎えろ!」

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