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逃走と困惑の二重線


せ、セーフ!


「ま、待ち合わせ場所は言ってなかったっけ?」

「聞いてません」

「もぅ……部長さんもそそっかしいんだから……」

 佐慧は不満そうに呟きつつ、コートについた埃を払った。さっき転んだ拍子に付着したものである。清潔であるはずのトイレに埃があるとは異常な筈だが、二人ともそんな些事を気にしているほど悠長でなかった。

 よく分からないが、現れても決して歓迎できないような客がこちらに向かっている様であるから。

「え〜っと……、とりあえず、今はあいつらから逃げる必要があるみたいなんで、逃げましょう。話はそれからでお願いします」

「う、うん……それでも私は構わないけど……?」

「了解しました。それじゃあさっさと逃げましょう」

 物事がいささか急に流れているが故、流石の佐慧でも状況を全て把握するのは困難らしい。あからさまな困惑を見せる佐慧を尻目に(焦っている証拠である)、遼太は窓の鍵を外し前回に開けた。外の更に冷たい風が凍える肌を撫でるように流れ込んでくる。

 一階であるから、そこまで苦労を要することもない。遼太は桟に片手をつき脚を持ち上げひらりと窓枠を乗り越える。

「──い、急いでください、あいつら銃を持ってますから」

「じゅ、銃って……ピストルのこと?」

 佐慧もその後ろを次いで窓を乗り越えた。遼太はそれを見て頷く。

「平たく言ってしまえばそうです……さっき脚を撃たれたから、先輩も気をつけてくださいね」

 と、言った瞬間にトイレのドアが勢いよく開いた。その開き様といえば、例の部長の登場シーンよりも過激といっても過言ではない。──開いたというよりも、空けた、といった方がいい。

 遼太が慌てて手を伸ばし佐慧の腕を掴むと、そのまま抱き寄せるようにぐいと引っ張った。佐慧は不意をつかれたか、驚愕の表情を見せつつも素直に遼太の腕の中にすぽん収まる。

「きゃ……ちょっと……」

 佐慧が突然の出来事に目を白黒させたが、その刹那、佐慧が居た辺りにドアが吹っ飛んできた。それも丁寧に角を先端にして、人を易々と殺めることが出来そうな程の速度で。

 飛んできたドアはそのまま地面を抉り、側転よろしく縦に転がった後、その先にある旧校舎の壁に刺さって止まった。その刺さったときの壁の悲鳴は、あらゆるヒステリーの金切り声にも劣らないとも言える。

「あ、あまり、仕事を増やさないでよねん……」

 佐慧は盛大に木の壁が吹っ飛ぶ音を聞き、その光景をリアルに思い浮かべて背中に悪寒を覚えつつそう遼太の胸に向かって呟いた。背丈は同じくらいなのだが、佐慧が前のめりになって飛び込んでいるような形になっているので、否応無しに抱きかかえられている形になっているのだ。

「あ、……す、すみません……」

 遼太は無感情にその光景を眺めていたが、やがて自分が先輩を抱いているのに気づくと、慌てて身を遠ざける。ほぼ脊髄反射で。

「あら、残念」

 佐慧は満更でも無さそうに呟いた。

 だが安穏な時間は五秒と持ちそうにない。どかどかと下品なタイルの悲鳴が近づいてくる。

 遼太はそれを聞くや否や佐慧の腕を取って走り出した。佐慧は完璧に不意を衝かれ、よろめきつつもなんとか遼太についていく。タイルの足音が硬い土のものに変わった。

「と、とりあえず、皆と合流するのが先決だと僕は思うんですね」

 走りつつ佐慧の様子を窺うように、遼太がちらりと視線をやりながら後ろの佐慧に訊ねる。

「え……え、えぇ……そ、そうねん…………ひぃ」

 『発動中』の遼太の全力疾走に、運動能力は一般人である佐慧は必死についていきながら(というか、引っ張られる力に負けけて転ばないように)、半ば悲鳴を上げるようにそう応える。

 遼太もここは佐慧にペースを合わせてやりたいところなのだが、どうにも相手が許してくれないのだ。あの旧校舎に綺麗に刺さったドアを見る限り、接近戦は分が悪いにも程があるし、遠距離ともなると拳銃を所持しているという抜かりの無さ。予備弾が大量にあるのか、もしくは無限に生み出す能力でも持っているのか、豪胆に連射してくるのだから堪ったものではない。結論から言えば、ここはいくら辛酸であろうと、逃げなければただでは済まされまい、ということである。

 銃声が鳴り始めた。閑静を貫く夜の学校に、乾いた破裂音が短く、断続的に鳴り響き、その音の音源が生み出したエネルギーによって放たれた弾丸が空を引き裂き、その牙を奔走する遼太と佐慧の背中に向ける。

 もはや、ここは羞恥やら社会的名誉云々に構ってはいられない。真剣に命の危機に晒されているというのに、ここでやらなければ、それ以上に恥ずかしく、一生償いきれない悔恨を懐くことになるのは目に見えている。

 遼太はそう心に捺印し──振り向いた。半ば引き摺られるようにして、佐慧が泣きそうな形相でついてきている。

「せ、先輩、大丈夫ですか?」

「………はひ…………ちょ……」

 帰ってくるのは壊れたペットを模したロボットの断末魔の様な声。

「はい、駄目そうですね……。それじゃ……失礼します……」

 遼太は深呼吸をしてから──佐慧の腕をぐいと引っ張った。

「へ……?」

 佐慧の体は遼太の手を軸にして華麗に夜の空に弧を描き、そのまま遼太の腕の中へ飛び込んでいった。ぽふんと、遼太の腕に軽い衝撃が落ちる。

 左腕は膝の裏側、右腕は肩の後ろをそれぞれ支えている──いわゆる、お姫様抱っこの完成である。

 佐慧の心配をしなくて良くなった今、遼太はいかりを失った船の様に無謀な行動に踏み切った。

 一歩を踏み切り体勢を刹那だけ低くする。そして、そのままバネの様に脚に走行に必要ないほどの力を加えた。途端に景色が流れ、冷たく乾燥した突風が頬を撫で、重力からの束縛から開放されたかのように体が軽くなる。

 遼太が跳躍したのだ。さながらヒロインを攫った悪役の様に。月に翳を落とすその姿は、悪とも正とも取れる、神々しく何にも表現できぬスペクタクル──

 と、客観的に見れば壮大で秀麗な光景ではあるが、主観的に見ればそれはただの恐怖でしかない。再び重力に捕らわれたとき、内臓を掌握され弄ばれるような不快感、喉が浮くような感覚に自分の心臓が悲鳴を上げるのを佐慧は克明に感じた。

 だが悲鳴は上げない。背中に当てられている手の温もりを信頼しているから。

 遼太の靴底が唸りをあげた。そして、そのままコンクリートの地面へと靴底が叩きつけられる。佐慧は凄まじい衝撃を想定していたが、思ったよりもその衝撃は椅子ごと転倒した程度のものだった。ただ、反動で遼太と一瞬だけ顔の距離が零に限り無く近くなったのは、これはまた違った衝撃。

「だ、大丈夫ですか?」

 そのまま佐慧を腕から降ろし、遼太が額の汗を袖で拭いながら訊ねた。佐慧は初めて干したばかりの布団の良い匂いが、実はダニやノミなどの死骸の臭いだと聞かされた様に、ぽかんと虚空を眺めていたが、やがて遼太の方に向き直った。

「す、スゴイ……」

 そんな言葉と共に。

「へ……?」

「あ、貴方凄いじゃない! 凄く面白かったわよ!」

 佐慧はぐいと立ち上がると、茫然とする遼太の手を自らの両手で抱擁すると、胸の位置まで持ち上げた。しかも握られた手が左手──正真正銘自分の手ということに気づくと、遼太はもうどうしようも無いほどの動悸に襲われた。

「は、はぁ……それは……どうも……」

「ま、また、いつか、またやってね!」

「……き、機会があれば……」

 目を燦然と輝かせ、意外にも強い握力で圧迫し、子供の様に詰め寄ってくる佐慧に遼太は動揺して視線を泳がせる。こう、人がふとした拍子から何かのスイッチ(ネジ)が入って(抜けて)、別人になってしまうことを直面してみると、遼太の気持ちは分からなくも無いものである。

 と、そこで佐慧はようやく自分の立場を思い出したかのように目を元の爛々とした色に戻すと、慌てて遼太の左手を握り締めていた両手を引っ込めた。

「あ、ご、ごめんなさいねん……私、こういうのが大好きで……ついねん?」

「はぁ……」

 こういうの、とは今の乱れから察するに、絶叫系のアトラクションのことを指すのだろうか。どの道、この清楚で穏やかな雰囲気を醸し出す人物にそぐわない趣味であることに違いは無い。本当に人とは外見で決めるつけるのには難がある動物である。

「んーと……ここはどこ?」

 佐慧は崩れかけた場を持ち直そうとしてか、わざとらしく周囲をきょろきょろと見渡してそう言った。

 白いコンクリートの地面。そして、いつもよりも高い景色。そして、その景色の手前には、巧い具合に闇に熔けている青色のフェンス。

 ここは第二校舎の屋上である。その地面に大きく『H』と書かれているのは、先代のいたずらである。ヘリポートのつもりだろうか。この学校が未知のウイルスに犯された後閉鎖され、そこでの生き残りを救うくらいにしか用途はなさそうだ。

「屋上……まぁ、確かによく考えればそうねん……」

「……いくらあいつらでも、今したみたいに跳んでくるわけにも行かないでしょうから、素直に階段で登ってくることになります。そこで、ここまで来たと確認したら、また跳んで校庭に行けばいいんじゃないかと思ってここに来たんですが……それで時間を稼げますし……」

 佐慧は遼太を見た。遼太は視線に気づかず、屋上への唯一の入り口である扉に目をやっている。

「ねぇ……ちょっと展開が急すぎて、訊き損ねたんだけど……さっきの……なんだったのん?」

 佐慧がそう訊くと、遼太はそこで視線に気づいたらしい。それから淡々と話を始める。

「え……。んと……あの旧校舎を抉ったのは、人間の姿を模したクリーチャーっぽいです」

「クリーチャー……? まぁ、確かにそっちの方がピンとき易いかもねん」

「超人的な力を持ってるみたいで…………勝手に行動したらマズイかなぁっと思って、こうして逃げてたわけなんですが……」

 佐慧は裾をまくって腕時計を見た。十時二十八分。たった今、集合時間になろうとしている。凛が既に来ているくらいであろうか。

「んー、やっぱり釘を刺しておいた方が良かったかしらん……?」

「……できれば、情報量を増やして欲しいですね……隠語が多くて……」

「──んー、そういうことは後で考えた方が良さそうみたいねん……」

 佐慧が屋上の出入り口である扉を見た。どたばたと下品な足音が断続的に聞こえてくる。

「それじゃあ、行きましょうか」

 そう言って遼太が手を伸ばす。それを見て、佐慧は面白そうに目を歪めた。

「ふふ……ホントにここに集まる人たちって面白い人が多いのねん」


 凛は腕時計を見た。十時二十五分。それから寒そうに首をすくめた。この時期の真夜中の寒さは殺人級である。

「うぅ……さむ……」

 涼属高校の校庭のど真ん中。凛は一人そこで侘しく他の部員達が来るのを待っている。この部活オリジナルの黒コートを制服の上から羽織っている。一応、涼属高校の冬服は厚ぼったいことで有名なのだが、それでも防げぬ寒さである……、というのは、凛の感覚であって、本来ならば快適なのだが、察しの通りこの方、極度の寒がりなのである。風が吹く度首をすぼめ(戦闘に入ることを考慮し、マフラーはしてきていない)、手袋の上から手を擦り合わせて、少しでも体を動かそうと地団駄を踏む。三日間風呂に入れず、うじうじしている潔癖症の人にも見えなくも無い。

「んん…………っくしょん!」

 誰も居ない校庭で盛大なくしゃみをかます。周囲に隔たりがないので、山彦することなくそのくしゃみは空気に溶け込み消えていく。その余韻が尚寒さを際立たせるようだ。

「んんぅぅ……いつもなら佐慧さんが居てくれる筈なのに……」

 尊敬している彼女に対して、凛は独り言等の時には下の名前で彼女を呼ぶ。少佐、とは部長が勝手に当て字で作っただけの仇名で、今はすっかり定着している。砂と佐で少佐、である。

 それはさておき、佐慧が未だに来ていないのは、少しおかしい。いつもなら十五分前にはここで待っている筈なのだが。ただ、彼女も人間であるから、多少の誤差は生まれるだろうと凛は思ってここで待っているのだが……、しかも、部長が来ないのは常としても、遼太が来ないのも変だ。あの性格からして、人を待たせるようなことはしないと思うのだが──。

 突風ではない、中途半端な強さのくせに無闇に冷たいという、ひねくれた風が頬を掠るように撫でていき、凛の鳥肌が総立ちになる。下手したら風邪をひきそうである。

「…………どうしたんだろ……」

 二十九分。そこと知れぬ不安がむくむくと胸の中で発生し始める。待ち合わせ時間に待ち人が来ないと、何かあったのだろうか、と思うのが人の性質である。その人物が遅刻常習犯であるのであれば、話は別だが。

 その時、何か大きな空気の変動を感じた。変動──動き、というか、変化。しっくりくる言葉が見当たらない。空気の質が変わったというか。

 と、思った刹那、近くでズシャっと砂場にラジコンカーが飛び込んだ様な音がした。その大きさに思わず凛は飛び上がる。

 だが、そこは手練れた凛である。すぐさま寒さの枷から解放され懐に手を入れると、ナイフを取り出した。自由自在に形大きさを変えられる、『無機生命体』。

 それを刀大の大きさに膨らませると、相手の喉元に突きつけるような態勢を取り、柄を握り締めた。ほとんど当てにならない月明りであっても妖艶に光り、酷薄に彎曲するそれは、その道の巨匠が泣いて喜び、戦国大名が国ごと交換を要求しそうな程の刀であった。迂闊に触れば、指なんて普通に落ちてしまうだろう。そんな禍々しい刀の刃先を──その落下と思われる出来事によって生じた砂埃に向けている。

 やがて、砂は重力に従うようになり、砂埃が鎮まってきた。

 凛はそこに映る人影を注意深く凝視して──と思った刹那、刀はすぐにナイフ大の大きさに戻りポケットに収まっていた。

「お、遅いっ!」

 砂埃を斬るように現れたのは、佐慧を抱きかかえた遼太だった。凛に背中を見せたまま、佐慧を腕から下ろしている。背中を見せているのは、なるべくこの姿が注視されないように──という考慮である。無用な誤解は招かんとすることに間違いは無い。

「ご、ごめん、ちょっと面倒が起きたもんで……」

 遼太は迅速に佐慧を降ろした後、ぱっと振り向きそう詫びた。

「め、面倒って……?」

 と、凛が訊いた瞬間──校舎の方から破裂音が聞こえた。銃声ではなく、窓ガラスの割れる音。

「ドア壊したり窓割ったりあんまし学習しない人達ねん……戦略だけみれば秀逸なのにねん」

「しょ、少佐っ、い、いつのまに……」

 ぬっと姿を現した佐慧に、凛が素直に驚愕の意を表す。

「……二手に分かれてくるとはねん……」

 対する佐慧は凛の反応をそっけなく流し、音の方向を見やる。割れた窓から這いずるように、人影が出てこようとしている。足を窓の桟に載せて、飛び越えるというのではなく、頭から突っ込むように這いずり出しているのだ。

「……部長じゃないですよね?」

 それを遠いながら確認した凛は、半ば茫然としてそう訊ねた。それを聞いて、佐慧は目を彎曲させた。

「ふふ……もっと厄介な人達ねん」

 部長以上に厄介な人間。遼太はそのスケールの大きさに戦慄を覚えた。そんな人間がいて、世界の均衡が取れるのだろうか。

 佐慧は遼太の方を向いた。

「それで……どうするの? 戦う? 逃げる?」

「え、え、僕が決めるんですか?」

「だって、今のところ貴方が一番強そうだもの」

 凛は目を丸くして、遼太を見た。遼太は驚いたような、困ったような、二重の感情で顔を塗り潰している。

 佐慧はそんな遼太を見て、珍しく溜息をついた。

「ほら……早くしないと来ちゃうわよん?」

 

 ──『それ』は恐ろしいほどの鈍足で、彼らとの距離を刻々と詰めていた。


……少しふざけました。スミマセンorz

行き当たりばったで書いている訳ではない物の、なんかそれらしい展開になってますねん……修行不足です。

さて、今回は焦らしますが、次からは戦闘に入る筈。恐らく、後二、三話続くと思われます。まだ全員集まってませんからね;

さぁて、今回は目標提出日の五分前に提出なので、超急ぎの投稿です。というわけで、誤字脱字誤表現が点在すると思われますが……皆まで言わせないで下さいねん☆

感想はいつでも大歓迎です。次の回が恐ろしいことになるのを見たい方は、是非是非感想をお願いします〜。

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