サイレント・リボルバー
「……やっちゃおうか」
刹那、凛は懐からナイフを抜いた。瞬く間にそれは生物の成長を早回しで見ているかのように巨大化し、細身で長く、禍々しく彎曲した刀へと変貌を遂げる。
「あれ……昨日と形が違う……」
それを見て、遼太が呟いた。ただ、距離が近かったので当たり前の様に凛の耳にも入る。
「うん。自由に変えられるからね」
そう言って指を軸にしてくるくる回してみせる。パフォーマンスなのだが、迂闊に近寄れば腕切断が冗談ではなくなりそうだ。遼太は感嘆だけしておいてやる。
そんなことしている間に、遼太は遠くに居る一人が銃を懐から抜いたのを確認した。
「……銃を出しましたよ」
「随分と物騒ねん……後で護身用に一つくらい頂戴しちゃおうかしらん」
そう言うと佐慧は、こそこそと遼太の背後へと回り込んだ。
透かしを喰らったような表情が顕著になっていたのか、佐慧はくすりと笑った。
「あ、ごめんね。私、皆と違って戦闘はできないの」
「あ……そうなんですか」
それでもわざわざここに赴いているということは、結構重要な役割でも担っているのだろうか。それも、戦闘以外の要素で。
破裂音が響いた。撃ったらしい。一瞬経っても砂が立たない。痺れを切らしたか、動きと限定せずに、命を狙ってきているようだ。
「意外とコントロールがいいから気をつけてっ!」
遼太はそう叫びつつ、地を蹴った。唐突な前進に伴って、引き裂かれた冷たい空気が頬を薙ぐ。
走行状態を維持したまま、右腕を変形させる。凝縮、膨張。
右腕が意思によって変えられるようになった今、この義手が変形できる物体のレパートリーの多さに驚嘆した。そして、今変形させたのはそのうちの一つ、槍。
棒の先端が尖っているというシンプルな形ではあるが、その先端は極端に細くなっており、矛盾の盾をも貫いてしまいそうな程である。長さは腕がそのまま成っただけであるから、さして長くはない。無闇に長くても、使いづらいだけ。使い慣れているこの長さが一番適当だ。
五秒ほどで『それ』との距離を大きく縮めるが、その銃身は一向に遼太の方へ向こうとしない。執拗に凛を狙っている。
かといって、決してこちらにそのバレルが向かないとも限らないので、遼太はなるべく視界に入らぬよう、且つ音も立てぬように大きく『それ』の後ろに回りこむ。
そして、脳天を一貫。
肉片やら骨の欠片やら脳漿やらを盛大に撒き散らし、『それ』はあっさりと事切れた。腕はだらんと垂らされて、銃は音もなく校庭に落とされ、マガジンが飛び出る。生暖かい感触を伝える右腕を引き抜くと、抗う様子も見せずに屍と化したそれは地面に突っ伏した。後頭部に穴を開け、それは本当に動かなくなった。
あんまり呆気なかったので、もしや本当は人間だったのではないか、と遼太は底知れぬ罪悪感に不安を覚え始めた。徐々にどす黒い液体が、その頭部を濡らし始めている。
「後ろっ!」
ふいに凛の絶叫が聞こえた。
遼太は咄嗟に我に帰り、後ろを振り返る──そこには無感情な銃口があった。無慈悲に填められた弾丸の先端が遼太を見つめている。
いくら身体能力が高かろうが、決してスーパーマンではないので、物理的要因によっての身体への損傷は決して避けられない。万事休す。眉間に当てられた銃口は、持ち主の意思が介入しなければ、退かせることは出来ない。
──ならば、自分から動いてしまえばいいと。そんな屁理屈があるだろうか。いや、自分から、とは正しくない。自分が、動いてしまえば……誰かに突き飛ばされる様に。
不意に義手が重くなった。それはもう、慣性を無視させるほど、急に、とてつもなく。
当然のことながら、遼太はそのまま腕にかかった重力に負けて崩れ落ち──その眉間の十センチ上を銃弾が擦過した。髪が焦げたか、焦げ臭い臭いが鼻を衝く。
途端に義手が軽くなった。軽くなった、というよりは、もとの重さに戻った、といった方が語弊は生じないだろうか。
尻餅をついた状態から、右腕で思い切り前方にある膝を突いた。骨を直に砕く感覚に襲われ、その後先端が空に触れる。太腿を抜けたようだ。『それ』の苦しげな呻きが聞こえる。
遼太は血肉が顔に掛かるのにも構わず、刺さった右腕を思い切り横に振った。遠心力で足から棘が抜けた『それ』の体は大砲で撃ちだされたかのように飛び、首から着地し骨の折れる嫌な音を残して静かになった。
遼太は尻餅をついたまま慄然としてそれを眺めていたが、足音が聞こえたので顔を上げると、凛がすぐそこまで刀を担いできていた。
「大丈夫!?」
「あ、うん……何とか」
「今回は相手が一体じゃないから気をつけないとねん」
いつのまにか佐慧もそこに居る。遼太は頷いた後、立ち上がった。
「どうする? 部長が来るまで待つ?」
凛が腕時計を見ながらそう訊ねてきた。二十二時三十五分。遼太はその名を聞き、あの意味不明な容姿を思い浮かべてげんなりとする。あの人も何かしらで戦闘に参加してくれると良いのであるが。
「……部長っていつもどの位に来てるの?」
「さぁ……いつも気づいたらいる……のかな?」
凛は疑問符で語尾を上げつつ、佐慧の方を見た。
「うーん……そうかしらねん。でも、待つ、って決めて待ってて部長さんが来たとしたら、明日はムー大陸が再浮上するわよん?」
「……日本が沈むのは勘弁して欲しいので、放っておきます」
「温暖化も自重して欲しいものねん」
そう言って、佐慧は校舎を見た。左端の窓が割れている。凛はその窓に歩いていき、注意深く観察した。
「そこまで知能は高くないのかな……」
「あ、それ僕が割ったとこ」
遼太が同じく横から覗き込んで、そう言ったのを聞いて、凛は遼太を見た。一瞬目が合って、──凛は慌てて首を振った。
「ち、違うからっ! あの窓から出るときのあの姿勢はどうかなぁ……って思っただけで……」
「……へぇ」
どうしてそう慌てるのか、遼太は首を傾げつつも相槌を打った。それから、窓の抜けた枠から暗い廊下を見下ろして言った。
「……まだ残っている筈ですから、倒しちゃいましょう」
「そうねん、勝手に消失するって訳でもないし」
「…………うん」
三者はそれぞれ頷いた後、その割れた窓から侵入した。佐慧と遼太にとっては二周目である。ルートが同様になるかは分からないが。
「……来た……」
凛が闇に包まれた廊下の先を見据えながら呟いた。右手には既に刀の柄が収まっている。
遼太がその方向を見ると、確かにそれは聞こえた。体重が必要以上に掛かった様な、一歩一歩全身全霊をかけて踏みしめているような、そんな重々しく断続的な足音が。
「……僕が確認してきます。もしくはそのまま倒しちゃいますね」
と言って、遼太は走り出した。と、思ったのだが、すぐに腕を掴まれてその足を止める。その数瞬後に金属と金属が触れ合った様な、甲高い音が響いた。
「駄目っ……」
振り返ると、凛が切羽詰った表情をして、両手で遼太の腕を掴んでいた。あの刀は、と遼太はゾクリとしたものの、足元に刀が床に落ちているのを確認して安堵する。さっきの金属音は刀を落とした音らしい。
「……私が見に行くから、佐貫君はここで少佐の傍に居て」
「え……でも……」
「いいから。私は大丈夫」
「う……うん……」
大丈夫とか言う人に限って、大丈夫でない状態で帰ってくるのが常と遼太は思うのだが、こんな真剣に、しかも腕を拘束されたまま言われたのを断るほど遼太は図太い神経を持ち合わせていなかったので、渋々ながら頷いた。
それを聞いた凛は安心したよう表情を作ると、足元の刀を拾い、軽く手を振ると廊下の奥へと走っていった。
「皆で行く、という選択肢はダメなんですかね?」
遼太はそんな凛の背中を見やりながら、佐慧に訊ねてみた。それでも返事がなかなか来ないので、佐慧の方を見てみると、来ない手紙を待つ人が郵便受けを見るような儚げな目で割れていない窓から外を見ていた。その神秘的な光景に、遼太は見入りそうになったが、すぐに我に帰るともう一度問い掛ける。
「先輩?」
「え?あ、ご、ごめんなさい。どうしたの?」
すると、佐慧ははっとしたように目を見開いたのち、取り繕うように遼太に視線を向けてきた。
「い、いえ……あの……」
「大丈夫よん。凛ちゃんは一対一でそう簡単にやられたりはしないから」
「……ですよね」
根本的にはずれているものの、遼太の不安を鎮めてくれるような回答をいただけたので、遼太は少しばかり安堵する。この人が信頼するのであれば、大丈夫であろう、と。
「……どうかしました?」
気がつくと、佐慧がじっと遼太の顔を見つめていた。自分の姿が映りこみそうな程、澄んだ瞳で捉えられて、遼太はたじろぎつつ訊ねる。
すると佐慧は視線を全く逸らそうともせずに言った。
「──私はここではただの一般人って言ったけど、それじゃあ何でここに居るんだ?って思ったでしょう?」
「え、いえ、そ、そんなことは」
「別に隠さなくてもいいのよ。むしろ、正直に言ってくれないと、そっちの方が傷ついちゃうわよん?」
「……いえ、本当に思ってません」
きっと何かしらの形で貢献するのだと思っていた。少なくとも、あんな光景を呑気に見ていられるのは一般人ではないと遼太は思う。
「……本当に?」
「はい」
「ふふ、ありがと」
佐慧は安心したのか、溜飲が下りた清々しい表情になった。遼太はひたすらきょとんとして、その真意を探ろうとするばかりである。
そんな遼太の表情を面白がるように、佐慧はくすりと笑った。
「……だとしたら、あの子の言いたいことも分かってあげてね?」
「え?」
そして遼太は何か、直感的な何かに誘われるように、窓の外に視線を向けた。
──そこには、首を折って昇天した筈の『それ』の姿があった。首は異様な方向に折れ、それでも尚赤い目には生気が灯っておらず、足を引き摺るようにしてこちらに近づいてきている。
そして、『それ』はそのまま頭から突っ込むように遼太達の目の前の窓ガラスを割って廊下に飛び込んできた。ガラスが悲鳴をあげて砕け散る。遼太は反射的に佐慧の腕を取って、身を引いた。背中が壁に当たる。
廊下の窓側と教室側、距離にして三メートル程。
『それ』は目の前でよろよろと立ち上がると、厳戒態勢を敷いている遼太を知ってか知らずか、腰から拳銃を引き抜くと、躊躇いも無く引き金を引いた。
緩慢に思える動作であったが、遼太でも反応できぬ程即座に行われた動作であり、至近距離という状況もあって、遼太は咄嗟に身をよじったものの、弾丸は右肩を擦過した。直撃しなかったのはほとんど奇跡といっても差し支えない。ついさっき感じたのと同じ、神経を直接焼いたような激痛が迸り、血が吹き出る。遼太の右肩を抉り取った弾丸はそのまま教室と廊下を隔てる壁にめり込んだ。
遼太はよじった体勢を右肩を抑えつつ直して、『それ』の姿を再び視界に入れるものの、二発目が銃口から放たれた。今度は右脇腹辺りに同じような痛みが走る。
これではいけない。遼太の六感が直に語りかけてくる。このままでは蜂の巣にされてしまう。右腕はとっくに通常の腕に戻っている。今更変格させる暇などない。いくら身体能力が桁違いになっていようと、体の硬さなど変えようも無いので、心臓を打ち抜かれれば全てが終りである。ましてや、常人のままである佐慧については、弾が何処かしらに当たるだけでもそれは甚大である。
三発目が来る寸前、遼太は『それ』の持っている銃を注視した。銃口は真っ直ぐこちらを向いている。そのままトリガーを引けば、間違いなく吐き出された弾は遼太に当たるだろう。
もう何かを言っている暇など無い。即行動しなければ、射殺される──。
反射で左脚が弾いた。その反動で体が右方向、佐慧と反対の方向へ移動する。それに伴い、銃口も『それ』から見て左方向に動いて──
銃声。廊下に鮮血が迸った。
ギチ──。
特殊な樹脂が内部に縫いこまれているコートは、動作ごとにいちいち互いに擦り合い、独特の不快な音を発する。もう何年もその音を聞いているので、今更どうといったことはないのだが。
あの隻腕の少年。我々にとっての救世主となるのか、それとも悪魔となるのか。全ては彼次第なのだが──。
今日はいつもとは違う。程度も質も濃度も普段とは段違いになるであろう。その分、体に掛かる重さも普段とは格段に違う。だが目的のためなら、この程度、何ら障害にもならない。普段よりつけるアクセサリーを増やしたのと同じようなものだ。
視線を上げると、黒く曇った校舎が見える。
自然と口端が釣り上がってくる。今日は申し分ないほど楽しませてもらうとしよう。
日が追うに連れて、更新間隔が長くなっていきますね。できれば、間隔が一年になる前にけじめはつけたいものです。
このシーンでのプロットの指示が、「適当に終わらせろ」とかいう曖昧且つ投げやりで大雑把な指示だったので、ちょいとばかしグダグダな上に、普段よりも短くなってしまいました。んー、もっと計画的にやらんと……。
それでも感想は年中無休で欲している野郎です。
それでは、今週中にもう一度拝めることができたら、と思います。
それではっ。




