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先客万来

「ただいま」

 すっかり馴染んでしまったステンレス製のドアを開け、住み慣れた我が家の匂いを嗅ぎながら遼太は帰宅した。

 結局のところ、ただ単に連行され、その先で要領の得ない話を聞かされて、自分もその良く分からない眷族の仲間だ、ということを認識させられただけだった。部長が言いたかったこともよく分からないし、本質的な問題がまだしこりとなって残っていた。

 この義手を持った僕はどうすれば? という、素朴であるが、人生を大きく揺るがしかねない疑問。もしかしたら、本当に平穏な日常は帰ってこないかもしれない。そうなると、途端に悔やみが胸の中で彷彿してくるのだ。

 遼太は溜息をついて、玄関先に座り込むと、靴を丁寧に脱ぎにかかる。昨日の戦闘で大分泥まみれになってしまっていた。<レッド>とかいう奴の体液が付着していなかったのは、幸運といえよう。そういえば、<レッド>に関する詳細も教えてもらっていない。あの部長、名前も聞いていないし、信用できるのだろうか。少なくとも多少でいいから人の話を聞ける人間であって欲しいものである。

「りょーくん、お帰り〜」

 遼太が振り返ると、従妹の空が台所から顔を出していた。制服を着替えるのが億劫だったのか、制服の上からエプロンを掛けて手にはお玉という、何とも王道まっしぐらな姿である。遼太はそんなことを望んだりはしないが。

 遼太は靴を脱ぎ終えて立ち上がると、空がツインテールに結われた髪を揺らしながら、歩み寄ってきた。モデルだったという母親の特徴を引き継いだ、清楚な顔立ちにそのぐうを言わせぬ微笑、正に美少女そのものである。よくこのことを知っている友人に溜息をつかれる。

「今日は遅かったねぇ。何かあったの?」

 空は遼太の鞄を回収しながら、そう訊ねてきた。別に亭主関白を気取っている訳ではなく、勝手にしてくるだけであるのは理解してもらいたい。

「いや、その、部活があって……」

「部活? 遂に入ったの!? 何部?」

 遼太のうじうじした返答を聞くや否や、空は宝くじに当選したかのように目を光らせて、詰め寄ってきた。それはもう、鼻が接触しそうなほど。

「え、や、あ、えと……」

 遼太は失言を悔やみながら、どう誤魔化すか素早く思考を巡らせる。直球に『中世武器研究会に入った』なんて言っても、その後が困る。公に提出すべき、活動内容が見当たらないからである。まさか、中世の武器を担いで存在しない物を狩る部活だ、なんていえるはずも無いし、言ったとしてもすぐに精神科に連れていかれそうである。

 ──とはいえ、蒔いてしまった種はどうであれ成長してしまうのである。どうとあれ、何かしら部活名を挙げなければ……

 その時。

「天文研究会」

 口が勝手に動いた。いや、正確に言うと喉が勝手に振動した、といった方がいい。腹話術の様に、遼太の意思とは関係なく、声が発せられたのだ。

「主に宇宙、惑星、小惑星、彗星、恒星とかその辺の観察をして、色々研究する会──に入ったんだ」

 ふいに勝手に発せられた声が区切れたので、慌てて補整を加えた。

「へぇ……りょーくんそういうのに興味あったっけ?」

 空は何の屈託もなく納得したようで、意外そうに顔を緩めるとそう言って来た。

「う、うん……誘われて、面白そうだなぁ……って」

 遼太は安堵しながら、そう答えた。実のところ、涼属高校に天文研究会など存在しないのだが、空とは高校が違うから分かるまい。調べるほど暇でもないだろう。

 空は、涼属高校からそう遠くない──といっても、二十キロ程度離れている、眞夏高校に通っている。遼太の学力を遥かに凌駕する、進学校である。つくづく、遼太はこの従妹と自分が親族だということを疑ってしまう。

「まぁ、りょーくんがそういう趣味を持ってくれて良かった。休日も家に篭りっぱなしだもんね」

 空は納得の笑みを全力で浮かべた。さりげなく、キツイことを言っているが、自覚は無いのであろう。殊更その辺が遼太にとって痛いところだ。

 遼太は嘆息し、台所へ戻る空の背中を見やり、自分の部屋に戻ろうとして──足を止めた。そして、顔を空の背中に戻して、口を開いた。

「そうだ、それ関係で今日の十時に出かけるから」

「ふえ?そうなの?」

 空が驚いたように振り向いた。遼太にもその気持ちはなんとなくわかる。

「うん……そういうことだから」

 一応、嘘はついていない、と開き直りながら、遼太は自分の部屋に向かった。


「十時半集合って言ったって、どこに集合なんだよ……」

 遼太は腕時計でしきりに時間を確認しながら、闇に染まった夜道を奔走していた。いつもの通学路も光をなくしてしまえば、大分見違える。下手すると道に迷いそうである。

 先ほどの天文学云々の話は全て義手のでっち上げであった。危機(大袈裟すぎる)を察した義手が、一時的に遼太の器官を乗っ取ったとかなんとか。結果からみれば、遼太は救われたのであるが、なんとなく肉親を騙したようで後味が悪い。いつか洗いざらい話をする時が来るだろう。別にこの義手は存在を晒されても構わないといっていた。

「謁見を許可するのは我の存在に限定される。彼らの存在を晒すに至れりば、我とて責任を被れしは不可能」

 遼太の心中を見透かして、義手がそんなことを言って来たが、遼太に理解できる範疇を超えている。今までよく頷いてこれた、と感心するばかりである。翻訳者の存在が影響しているのであろうか。

 とりあえず、発生源である学校に赴く事にした。居なかったら居なかったでその時考えればいい。心の中では十中八九学校だと思っているが。

 やがて、遼太は高校が見える辺りまでやってきた。夜中に聳え立つ校舎。あの時見たままである。遼太は知らぬ間に慄きを覚える。あの時は校舎が壊れていた筈なのだが……。

 校門前まで行くと、広大な校庭の中ほどに人影が見えた。焚き火でも焚いているのか、その辺りが黄色く輝いている。

 遼太は校門を乗り越えると、その集りに走っていった。考えが間違っていなかったことに安堵しながら。

 そこには三人の人影が佇んでいた。祥吾が居ないことを考えれば、凛と佐慧と部長で辻褄が合う。

 遼太は声が届き且つ自分の姿を確認できると思われる位置まで行き、声を掛けようとして──違和感を覚えた。

 そこに居る全員違いが見られないのだ。服装、身長、挙動……。

 遼太は慌てて走る足を止めた。地面と靴底の摩擦によって、耳障りな音が響く。

 その音に反応したのか、三人のうちの一人が振り返った。頭に灰色のヘルメット(フルフェイスでない)をかぶり、作業服のようなものを着ている、壮年の男である。だが、目が光っていた。赤色に。

 マズい。これはマジでマズイ……!

 遼太は自らの六感を信じ、咄嗟に慣性に従って滑っていた靴を無理に反転させて踵を返すと、一瞬迷ってから校舎の方へ駆け出した。以前のあの見るからに分かる怪物は、あたりまえの様に校外へ進出していた。怪物にしろ怪物でないにしろ、外に進出するのは免れない。

 一応の可能性として、彼らはただの人間であったのかもしれない。目が赤く光っていたのは錯覚だったのかもしれない。振り返ったのだって、人間として当たり前の行動である。遼太が背を向けたのは全くの勘だったのだ。

 だが、どことないこの違和感は確実に彼らが人間でないことを示唆していた。この空気──昨日、あの怪物が現れたのと同じ空気が。

 銃声が鳴った。遼太からそうはなれない地面がパンっという鋭い音と共に砂を撒き散らした。

「マ、マジかよ……ッ」

 銃を携帯しているらしい。この時点で既におかしい。日本で一般人は銃を持っているはずが無いし、万が一持っていたとしても、否応無しに人に向けて発砲する筈が無い。

 かといって、それでも普通の人間であるという可能性は完全に否定できない。したがって、このまま義手を発動させることも危険だ。

 とりあえず、遼太は開いているかどうか分からないが、校舎に避難することに決めた。いや、開いてなくとも窓から飛び込んでやる。そうでなければ──

 銃声が鳴る頻度が格段に上がった。恐らくあの二人も加勢したのであろう。足元の砂が悲鳴を上げて、砂が舞い上がる。

 足元を狙っているということは、その対象の動きを封じ込めようとしているのだろうか。もしこのまま足に命中し脚が使い物にならなくなり、捕えた後はどうするのだろうか。

 そんな風に思ったとき、義手が唸った。

「我の確保」

「あ、そうか……」

 どういう因果かは知らないが、<レッド>と呼ばれる生物達は、『鍵』であるこの義手を狙っているとのことだった。凛から詳細は聞けなかったが。あのナイフもどきもこの義手と同じように人語を話すのだろうか?

 だとしたら、あの男達は<レッド>なのだろうか。だとしたら、今すぐここで義手を発動させて──。

「主」

「う、うん?」

 ピュンッと足元が弾ける。この弾幕の中、悠長に話などしている暇など無いはずなのだが、この義手にはあの弾が絶対に遼太に当たらないと思っているのであろうか。それとも、当たっても即治療するから平気だ、とでも思っているのか。遼太も自分でよく当たっていないものだと思っている。

「『発動』とは何を定義している」

「へ? や、あれ……なんていったっけ……『一体化(トランス)』だっけ。あれのこと」

「──『一体化(トランス)』の発動は主に多大な負担を掛けるゆえん、濫用は不可。七百二十三時間の休養猶予が必要。経過まで許容不能」

「な、ななひゃく…………? …………痛ッ!」

 余りピンとこない数字を挙げられて、遼太が戸惑った刹那、足に焼けるような痛みがはしった。遂に命中したらしい。そのまま夜の校庭に倒れこんだ。冷たい砂が頬を撫でる。

「ぐっ……」

 唐突な痛みに苦悶しつつ、遼太は後ろを振り返った。三人の人影がこちらに向かって駆けてくるのが暗いなか見える。焚き火の様な光は消えていた。

 遼太が絶望という字を思い浮かべた刹那、義手が唸りを挙げた。

「状況理解。我の定義する『発動』を推奨する」

 その無機質な声には、焦燥が入り混じっているのがひしと感じられた。

「あ、あぁ……、た、助かるなら頼む…………」

「了解。発動後、主のマニュアル操作となる」

 そう義手が応えた刹那、足の痛みが消え、体が軽くなったような感覚に襲われた。

 突然の現象に遼太は目を白黒させつつも、痛みを消えたのをいいことに急いで立ち上がった。そして、背後の三人組の姿を確認すると、駆け出した。

「あ、あれ……?」

 と、思ったのだが、妙に景色が流れるのが速い。足を撃たれる前とは格段に違うのが明瞭である。みるみるうちに、校舎が近づいてきたかと思ったら……気がつけば、すぐそこに校舎の窓があった。

 そして──すぐに止まることもできず、そのまま窓に突っ込んだ。耳障りな甲高い音がすぐ近くで聞こえて、すぐに硬質な廊下に倒れこんだ。それでも尚、衝撃を殺しきれずに何回か回転する。

「──身体能力の限界を凌駕させた。主の身体能力は常人を逸脱している」

 どうりで、と遼太は思った。逸脱、という言葉の前に大きく、という修飾語が必要だと思うが。

 膝をついて振り返ると、床には無残に破壊されたガラスの破片が散らばっており、窓枠は虚しく月明りを差し込ませているだけである。

 遼太は立ち上がると、三人組が追ってこないか、確認した。居た。拳銃を片手に、えっちらおっちらこっちに走ってきている。

 このまま交戦できるのではないか、と遼太は思ったが、その前に合流が先決だろう、という意見に押しつぶされて、そのまま部室に向かうことにして、廊下を駆け出した。


「あらん……?」

 佐慧は割れた窓を見つけると、訝しげに覗きこんだ。外側から割ったようで、ガラスの破片が廊下に飛び散っている。誰かがここから中に飛び込んだのであろうか。

 佐慧は持参してきた懐中電灯を取り出すと、その周囲を照らした。砂が荒れている。そして、その校庭を構成する砂の上に、赤い斑点が浮き出ている。血痕だ。

「…………」

 佐慧は何かを考えるように、その血痕を見つめていたが、やがて窓の枠に手をかけると、そこから両脚を滑り込ませ、鮮やかに校舎に侵入した。血痕はその先にも続いている。

 懐中電灯で、その血痕を照らしそれを辿っていく。

 歩を進めるに連れ、その血痕の残っている間隔が長くなっていっている。校舎を架ける廊下を渡りきった時には、血痕の間隔が二十メートルほどになり、ついには消え失せていた。

 佐慧は腕時計を見た。アナログの針時計は、十時二十分を示していた。集合時間十分前である。

 佐慧の今の服装は、『中世武器研究会』オリジナルである黒いコートを制服の上から羽織っている。その黒コートの内側に、ショルダーバックを掛けている。一応、活動するときの正装である。この黒コートには衝撃を最小限に留める効果があるのだ。

 校舎を移り、廊下を見渡すしてみるものの、血痕の続きは見られず、ただ夜の静寂に満ちた幻想的な廊下があるだけである。常人ならば、恐怖を醸す光景かもしれないが、生憎と佐慧は慣れているので、特にこれといった感情は持たない。

 教室を一つ一つ覗き込んでいくも、木と鉄で作られた机が安寧に羅列されているだけで、特に異変は見られない。

 全ての教室を見回り終えたが、特に何も無かった。いつもと変わらぬ風景である。

 佐慧は肩を竦めると、集合場所である校庭に向かおうとして──ふいと目をある場所に留めた。

 男子トイレ、女子トイレの扉が悄然として並んでいる。その男子トイレの開き戸。ドアノブがおかしかった。どうおかしいか、具体的に言えば、ひん曲がっている、へこんでる、変形している──などの様態として表記されるべきなのであろうが……違和感が無い。

 そう、普通にこのノブを掴んだら、こなってしまった、というような。

 佐慧は疑問に思ったと思ったら、すぐに行動に移した。

 躊躇せずにそのノブを掴むと、ぐいと捻る。そのまま体重を乗せるようにして押して開いた。生まれて初めて男子トイレに入った瞬間である。 

 夜のトイレ──特に異性のトイレだけあって、殊更不気味である。白い便器が立ち並び、窓に近い位置に個室便所の衝立がある。

 そんな異様な光景に慄きつつ、佐慧は懐中電灯を繰り、トイレ内を探索する。トイレットペーパーの一片が落ちていたり、小便器の上部に備え付けられている水を流すスイッチの様な物の蓋が外されていたり、と首を傾げるような要素が散乱している。

 だが、ざっと見たところ変なのはそれだけで、特に違和感も見られなく、最後に個室を回ってみることにした。

 個室を見ながら、佐慧が中学生の時、トイレに何が残っていた云々で騒いでいたのを思い出した。どうしてこうもあの年代は、小火に石油を注いで火を拡散させるのが好きなのであろうか。佐慧には理解しがたかった。

 そんなくだらないことを考えていたら、とうとう最後の個室に辿り付いた。これで何も無かったら、ただの見当違いということになる。

 佐慧は自分の性分に苦笑いを浮かべつつ、最後の個室の扉を開いて──

「きゃっ!」

 尻餅をついた。そして、佐慧の上半身があった辺りに白い閃光が迸り、天井をドーム状に抉る。

 佐慧は突然の出来事と尻餅の痛さに目を潤わせつつ、何が起こったのか突き止めようと、その個室に目をやって、殊更驚愕を深めた。

 そこには、右腕を佐慧に突きつけた遼太の姿があった。

「さ、佐貫君……!」

 佐慧が声を挙げると、遼太はハッとしたような顔になって、右腕を下げた。佐慧の見間違えでなければ、その腕はなにやら銃身の様になっていたような気がしたが──。

 佐慧は立ち上がり、遼太を真っ直ぐに見やった。暗がりでよく分からないが、酷く驚いているようだ。

「え、えと、ここで──」

 何をしてるの? と訊ねようとしたが、途中で口が動かなくなった。別に怪しげな思念が働いたわけでもなく、ただ単に遼太が口を塞いだのだ。それもひどく慌てて。

「っ!?」

 いつのまにか佐慧の後ろに回り込んで口を抑えた遼太は、小声で囁いてきた。

「し、静かにしてください……あいつらが着ちゃいますから……」

 あいつら?

 佐慧が問うよりも早く、廊下からどたどたと誰かが走ってくるような音が聞こえてきた。佐慧の口を抑えている遼太の手が強張った。

 遼太はやがて観念したように手を離した。佐慧は戸惑いつつも、遼太を見て訊ねる。

「ど、どうしたのん……?」

 すると、遼太はおずおずと頭を掻いた。

「えと……すみません、待ち合わせ場所ってどこですか?」




どもども、更新間隔がやむを得ずに伸びてしまいました、霞弐でございます。

今回は戦闘二回目、というわけで、人間さんのご登場です。イメージとしては、バ○オ4のガ○○ド的なあれかなぁ〜と思われます。戦闘員ですかね。そっくりそのままって訳じゃないですが。

この戦闘シーンは、長く続いてこれを入れて三話、くらいですかねぇ。悪いと次で終りかもしれません。

えぇ、ここで恒例のあれですが、今回はすこーしばかり急ぎだったので、推敲が走行中の車のボンネットで焼いた餅の様に適当だったので、誤字脱字誤表現が存在するかと思われます。万が一存在してしまったら……お願いします。


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