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宇宙概念

「さて……と。御託が済んだところで本題に入るとするか」

 早くも従者と化した凛に対する初命令ということで、注いできてもらったコーヒーをスプーンでかき回しながら、部長がやれやれどっこいしょといった感じでパイプ椅子に腰掛けた。そして、申し訳なさげに凛がその傍らに立つ。

 今までのアレらは全て御託だったのか、と遼太は両掌と脛を地面につけたい気分になる。しかも、遼太を部活に勧誘(拉致)するのが本題ではないらしい。もはや戻れないところまで来てしまったらしい……と、何度思ったか分からぬ言葉を再三反芻させ、戦慄する。佐慧の表情も緩やかなままだが、先ほどと比べれば大分引き締まっている。──凛は恥ずかしそうな顔をしつつ、内心では嬉しがっているのを隠せていない。

 部長はそのフルフェイスを遼太に向けると、今度は右腕をしならせてビシっと人差し指で遼太の右腕を指した。

「まずはその義手とやらを見せてもらおうか」

「は、はぁ……」

 他人に晒しても構わないと言っていたから、特に差し支えは無いだろうと、遼太はおずおずと頷きつつ、右腕の裾をまくろうと左腕を動かした。

 だが、そこでかかる部長の淡白な声。

「おっと、仮にでも貴君は新入部員だ。いきなりの重労働は酷というものだ。凛君、頼んだ」

「え……は、はい」

 どう考えても重労働ではないし、そこまで言うなら自分がやれば、と突っ込みはできるものの、どうやらこの部長、メイドと化した凛をやたら遣いたがっているようだ。新しい消しゴムを買った子供の思考とよく似ている。

 凛は遼太のもとまで歩いていくと、義手を晒さんとしてその袖に手を伸ばした。

「あ、だ、大丈夫だって……」

 だが遼太はそのまま従っていたら大事な何かが欠落しそうなので、慌てて自分も左腕の動作を再開させる。

 が、凛はそんな遼太の左手首をパシっと掴んだ。

「……へ……?」

 遼太は再三呆然として、凛を見上げた。

「へ、平気だから……ね?」

 凛は羞恥に伴った赤い顔をしているわけでもなく、意外といつもと同じ表情で、遼太にそう言った。そして、遼太の右腕の袖を剥がしにかかった。間近に凛の顔が迫り、遼太は思わず視線を逸らす。新品の服なのか、仄かな香りが鼻腔をくすぐる。

「よし、凛君ご苦労」

 遼太の義手が完全にその姿を露見させると、部長は満足げにそう言った。健気に作業に徹する凛をどういう視線で見ていたかは定かではないが、世間が認める視線で見ていなかったのは確実である。

「さて、名前を聞かせてもらおう」

 部長は姿勢を一切変えずに、義手を凝視し、言った。遼太は義手がどんな反応をするか、冷や冷やしながら黒い我が腕を眺めている。

 やがて、何かの起動音の様な音がしたのち、声が聞こえてきた。

「──発声許可が必要」

「……ほぅ。これは精密にできているな。佐貫君、彼の発言許可を与える」

「え……? ……はぁ……」

 遼太は妙な突っ掛かりを覚えたが、確定できなかったのでとりあえず追求はせずに義手に語りかけることにした。

「きょ、許可を……与える?」

「了解」

 義手が自立した。遼太の神経が一時的に切断されたのか、右腕の感覚が無くなった。

「我の固有名詞の存在は否定されている。呼称は『R039』と銘される記憶在り。主に『恒久の義手』と称されていた」

 部長はそれを聞くと、バっと立ち上がり、再び遼太の鼻面を左人差し指で指した。どうやら、人を指で指す癖があるらしい。

「やはりな!貴君は尊大な人間だということが、今この場で証明された」

「え、えーと……それは、どういう意味で……?」

 遼太がおずおずと訊ねると、部長はすとんとパイプ椅子に腰を戻した。そして、酷く真面目な声で接いだ。

「話せば長くなる。この集まりがある意味や、それに関連して世界の存在についても説明せねばならん。それを全て享受することができるか?」

 いきなり畏まった口調になった部長に慄きつつも、遼太は首を縦に振った。すると、部長はヘルメットを僅かに下に傾けた。

「そんな野暮な論理を聞きたくないとならば、飛ばせばいい。それだけだ」

「?」

「なんでもない。あちらの話だ」

「は、はぁ……」

「──さて、貴君は宇宙の外に言ったことはあるか?」

「宇宙の外?」

「うむ。今も飽きずに膨張を続ける我々の祖となる空間の外部だ。言ったことはあるか?」

「あ、あるわけないじゃなですか」

 遼太が当然の様にそう言ったのを聞いて、部長は面白そうに持っていたスプーンを指の上で回転させた後、コーヒーに突っ込むと、そのカップを傍に佇む凛に渡した。凛はそれを見て、疑問符を浮かべたが、すぐに慌ててそのカップを受け取った。ヘルメットが邪魔で飲めないから、片付けろ、ということなのだろうか。

 遼太がそんな風に考えていたが、部長はすぐに何もなかったかのように遼太の方に向き直った。

「確かに我々の意識が存続するうち、と限定してしまえば、基本的に宇宙の外に飛び出すのは論理的に不可能だ。だが、そんな意識が削ぎ取られてしまった場合──一番身近なのは睡眠中だが、その時意識は何処に飛ぶ? よく夢の中だのと揶揄されるが、それは違う。現実逃避もいいところだ」

「……はぁ……」

 いまいち言いたいことが汲み取れないので、相槌も適当についてしまう。そんな遼太を見て、部長は首を傾げた。

「答えは至極単純だ。意識がないのだから、『無い』のだよ。意識が自分の物ではなくなる。それはどういうことか……私はこう推察する。宇宙の外に行っているとな」

「はぁ……とっても……夢がありますね……」

「分かるか。それなら夢の中の自分が思い通りに動かないのも納得がいくであろう。その意識は己のものではないのだからな」

「……なるほど……」

「だが、違う。宇宙は宇宙で独立していて、外などない。宇宙は宇宙でそれ以外の何物でもないのだ」

「…………はぁ……」

「つまり、どういうことか分かるか?」

「……………………全く」

 部長は深々と息をついた。溜息に聞こえるが、これはただの息継ぎである。

「貴君は昨日の晩、『在らぬもの』を見たはずだ。奴らは様々な形容をしているが、大抵はああいったグロテスクな容貌をしている奴が多い。その次が二足歩行だ。我々は通常奴らのことを<レッド>と呼んでいる。『赤い眼』が奴らが共通して持っているものだからだ。凛君は君の右腕を<レッド>と勘違いして襲ったらしいが」

 凛は顔を赤らめつつ拗ねたように視線を逸らした。彼女は大分あのことを気にしているようだ。

「まぁ、それは追々説明するとする。さて、その<レッド>とやらが、何処から発生し、何処に居住しているのか──奴らを見た瞬間、私は確信したのだよ。宇宙はもう一つある、とな」

「……へ?」

「──我々が持つ能力は全て、宇宙の因果法則を悠に捻じ曲げるものだ。私のものは勿論、少佐や凛君、祥吾や貴君のもの、全てだ。凛君を例にあげると、肉眼で元素を見ることなど序の口、そのまま元素の構成を反応無しで行い、挙句の果てには原子をまた別の原子に変えるという恐ろしい能力を持った、居てはならない存在なのだ。見たと思うが、彼女の持つ剣が巨大化したのは、酸素原子を組替え鉄原子とし、それを反応無しに剣と融合させたからだ──それに君は見ただろう。その義手の能力を。強大な力を持つものに対抗するには、とにかく等しいだけの力が必要だ。それと同じで、在らぬものに対抗するのにも、在らぬもので対抗するしかないのだ。我々はその『在らぬもの』を与えられ、『在らぬもの』を討伐する存在。均衡を保つために創造されたのだ。この部活はそういった人間たちの集まり。分かったな?」

「……………………」

 途中から何を言っているのかさっぱり分からなくなっていたため、反応に困った遼太は、部屋の隅に居る佐慧に視線を向けた。佐慧はすぐに遼太の視線に気づくと、ひっくり返った亀を見るように微笑んだ。

「要約すると、『この部活は特殊な能力を持った人間たちの集い』ってことねん」

「……まぁ、そういうことだ。だが、その『在らぬもの』と定義づけられるのは、我々が存在する宇宙を基盤としての考え方だ。ここで<レッド>の疑問の回収ができる。奴らはこの宇宙に存在するものではない。宇宙ではない、宇宙の外側から着た生命体だということだ」

「え……? でも宇宙の外など無いって……」

「ここまでスケールの大きい話になると、外側内側のボーダーラインはただの呼び名になってしまうのだよ。宇宙は独立していて、それが一つの単位だ。我々は宇宙の特殊な条例によって、この宇宙から出ることは出来ない。地球上を地平に沿って走りつづけるのと同じように、永遠に同じ場所を回りつづけるだけだ。それは分かるだろう。それなら、我々に外側は存在しない。外から南京錠の掛かった体育倉庫に閉じ込められているようなものなのだ」

「でも、その喩えを流用するとするのであれば、外からの新入は可能。ということねん」

 そこで佐慧が、口を挟んだ。その言葉に、部長は頷く。

「外から南京錠を外すことは動作なくできることだからな。だから、外からの新参は介入できる。よって、我々にとって宇宙に外側など存在しないが、外に居るものにとっては宇宙の外側、というわけだ」

「え……? じゃあ、結果的に外はあるってことですか……?」

「これは難しい話なのだよ。この話題を学会に提出したら、学者が何百年議論するか分かったものではない、そんな話なのだ。まぁ、それは外からの訪問者が居るという仮定の話……なのだが……<レッド>は察する通り、宇宙の外側からの来訪者だ」

「…………?」

「えぇと……要するに、<レッド>は宇宙人から見た、異界人っていうわけねん」

 目を点にして、思考を巡らせる遼太に、佐慧が優しく補足を加える。遼太が納得したのを見て、部長は問い掛けるように言った。

「──外から南京錠の掛かった体育倉庫といったが、もし新参者がその南京錠を外して宇宙に新入してきたとしよう。そしたら、その南京錠はどうなる?」

「え……でて来れないのであれば、普通に開けっ放しじゃ……」

「それが今、我々がここに存在する理由なのだ。外から何物かが宇宙へ侵入した。それによって、外の『在らぬもの』が流れ込んできた。それだけの話だ。だが、体育倉庫の喩えだけでは説明のつかない点もあるのだ。宇宙とその外とは、一つパイプで繋がっていてどこか一つに港のようなところがある訳ではない。宇宙と外は常に密着しているのだ。かといっても、全ての場所に密着しているというわけにも行かず、勿論一部が扉のように外と一方通行だが繋がっている。そして、その扉がこの涼属高校の校庭に存在するのだ」

「えぇと……こればかりは三次元を使っての説明は難しいわねん。とりあえず、その体育倉庫に入った瞬間に、時限操作でワープさせられちゃうって思えば良いかしらん」

「──とやまぁ、これでこの部活の存在意義とその活動内容に関して概ね理解できただろうか」

 部長はそこで、コーヒーのカップを机に置いた。中身は空になっている。

「……粗方は……」

 遼太はコーヒーの消失を訝りながら、曖昧に頷いた。とりあえず、人間の理解の域を越える存在を享受せよ、ということなのであろう。それならとっくに覚悟はできているので、今更である。

「そこで、この義手が介入してくる。そして、更にややこしいことになってくるのであろうが……私は説明に飽きたから、後は任せる」

「え……私ですか?」

 と、いきなりそこで部長が役を放棄したので、佐慧が驚いたようにそう反応した。だが、部長はそんな佐慧を見て、ヘルメットを否定の意を込めて揺らした。そして、緩慢な動きで人差し指を伸ばした。遼太の義手に向けて。

「039さんに、だ」

「……承知」

 驚く遼太をよそに、義手が応えた。

「我の存在は、そなたらの比喩する閉鎖空間を閉鎖状態に陥らせる鍵に値する。宇宙を巡視す門番と謂えど差し支えない」

「うーん……つまり、体育倉庫の南京錠を開くことができる唯一の鍵がこの《義手》さんってことねん」

 相変わらず佐慧は翻訳係である。よくそんな簡単に理解できるな、と遼太は感心する。

「我が媒体とす、空間の狭間の閉塞の解禁は人間の単位で二億年遡行した時空で屹立。我の核はその反動で宇宙を彷徨、結果今に至る」

「二億年前に、その鍵が外されて宇宙が解禁されたんだけど、この義手さんはその影響で宇宙に流れ出ちゃったんだって。そして、その流れに従って、気がついたら今こうして私達とお話をしている、というわけねん」

「ふむ……」

 部長は体を反らしパイプ椅子を軋ませた。

「では、宇宙空間に放りだされた後の記憶は今まで飛んでいるということか。その義手なら知っていると思ったが……これは大分厄介そうだ」

「……何がですか?」

 部長が重重しく呟くのを聞いて、遼太は思わず訊ねていた。そんな遼太を部長は一瞥する。

「……貴君は昨日『在らぬもの』襲われた。それは理解できるな?」

 遼太は頷く。

「しかし、何故奴らは貴君を狙ったと思う? 鍵を取り戻そうとしてか? 貴君も察する通り、『在らぬもの』はその名の通り、宇宙では非常識の存在所以、宇宙を乗っ取ることが可能なのだ。だが、奴らはそれをしない。それだけの知能が発達していない、という説明もできるが、それならば宇宙への鍵を開けることなど不可能なのだよ。だとしたら、何ゆえか? 答えは簡単だ。

 『在らぬもの』には意思が存在する。そして、『在らぬもの』には組織が存在する。さすれば、全ての事柄について説明が容易にいく。昨日の件も、凛君や祥吾が弱かったといわけではない。我々が甘くみていたのだ。そうだと貴君も思うであろう? いつも我々が駆逐しているのは、もう一回り小さく弱く脆い奴らだったのだが……君を捕らえるために、格段に大きく強くタフな輩を寄越してきた。この結果から、私は宇宙外には、『在らぬもの』の組織があると確信したのだ!」

「えぇと、標的によって、送り込む刺客の格を変えた、というところから、部長さんは組織と知的生命体の存在を確信したのねん」

 眠ってしまいそうなほど滑らかな髪を揺らし、佐慧が恒例の様に翻訳する。

「そして、そんな強大な刺客を送り込んできたということは──039氏はよほどの重要人物なのであろうか?」

「──不明。記憶無し」

 義手が無愛想に答えた。確かに、昨晩寝る前もそんなことを言っていたような気がする。

「ふむ……だがまぁ、いずれ答えは出るであろう」

 部長はそう呟いてから、もう終りという意味なのか、立ち上がろうと手を机につけた。

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」

 遼太は咄嗟に、そんな部長を呼び止めた。ほとんど脊髄反射といってもいい。気がついたら、遼太の方が先に立ち上がり、部長の風変わりな容貌を凝視していた。

「何かね。サインなら後でマネージャーを通じて──」

「なんでこの義手がエサになると知ってたんですか?」

 義手は自分がどのような存在なのかを知らない。そして、部長は義手に対する寛大な拉致体制が『在らぬもの』の組織の中に敷かれているのは確かだが、その理由は分からない、といった。

 ならば、どうしてこの義手が『亜種』であるのであれば、大きな獲物が食いついてくると予測できたのだろうか。

「ふん……?何のことだ……?」

 しかし、部長の反応は予想外のものだった。隠す様子も無く、露骨に疑問視を浮かべる。

「え……だって……」

「あの、それはわたしが『これ』から聞いたんだですけど……」

 予想外の反応に遼太がおどおどしていると、今まで話を聞いているだけだった凛が口を開いた。遼太は少し抵抗を覚えながらも、凛の方を向くと、『これ』と称されたそれが手に握られていた。

 ──凛の片腕。あの大剣へと変貌を遂げた、黒いナイフが。

「ふむ。だそうだ。それならばいいではないか。疑問は解決だ。良かったな。では私は帰る。後の処理は任せた。今日は十時半からだ」

 それを聞くや否や、部長は蚊一匹入り込ませる余地を与えずに投げやりな言葉を羅列し、そさくさと立ち上がると、さっさと扉へ向かい始めた。

 そして、そのままドアノブに手を伸ばしかけ──振り返った。

「039氏よ」

「何用」

「記号で呼ぶのは面倒だから、『コウちゃん』と呼んでも良いか?」

「愚案」

「分かった。明日からそうさせてもらう。では、諸君、さらばだ」

 佐慧は面白そうに目を細めた。




はい、シリアスな癖して、意味のワカラン造語も含まれるような言葉の羅列が延々と続きました。お疲れ様です。どちらかというと、後書きのほうがいいかな、というわけで、こちらに書かせていただきますねん。

ここは設定の説明でありますが、メモをとりきれなかったので突発的な思いつきで説明した節がほとんどです。そのため、部長の言ってることが支離滅裂になっていますが、彼の性格として考えていただければ本望でございます。

まぁ、戦闘だけを楽しみたいという方は、中で部長が言った通りに、飛ばしてくださって結構ですので……はい。ほとんど関与しませんからね。終盤でするかもしれませんが、プロット上ではその様な記述は一切ございません。


えぇ、長くなりましたが、今回は例のアレは省略します。

ただ、感想はいただけると本当に嬉しいです。今回の様に加速します。二日で書き上げるなんて、どうしちゃったんでしょうかね……宇宙の神秘です。

というわけで、次回もお楽しみに……

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