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理不尽な人たち

「あれ……あの時わたし家って言ったっけ?ここ」

 凛が首を傾げた。遼太は首をがくがくと振って、賛意を示す。

「そっか……まぁいいや。ここも家みたいなもんだしね」

 凛はそう呟くと、中央にどでんと置いてある机に歩み寄っていき、パイプ椅子の一つをひいて、遼太に奨めてきた。遼太は素直に受け取ると、腰をかける。これも大分老朽化しているようだ。

「コーヒー飲む? 結構いいメーカーがあるんだけど……」

「あ、大丈夫」

 それでも凛はそのまま歩きだして、遼太の視界から消えた。

 とりあえず、帰ってくるまで話は聞けそうにないので、最低限の情報は集めておこうと周囲を見渡した。ダンボール箱。そして、遼太が寝ていたと思われる白いベッド。改めてみると、大分黄ばんでいるようだ。 「中世武器研究会」と称していたが、どうも研究といった重重しくロマンを感じさせる活動をしている気配がない。ただの空き部屋に名前をつけただけの様に見える。武器のレプリカや模造品は勿論のこと、レポートや資料でさえ見当たらない。遼太はひどく陰気臭いところに迷い込んでしまったようだ。

「お待たせ」

 やがて凛が戻ってきた。その手には二つのコーヒーカップ。どちらからも新鮮な湯気が立っている。

 凛はその一つを案の定、遼太の目の前に置いた。そして、自分も適当なパイプ椅子をひいて座り、目の前にカップを置いた。

「──あ、ありがと」

 欲しいとは言っていないが、一応貰ったので礼を言っておく。

「や、ん、ついでだから。ついで」

 すると、凛は慌てたように視線を逸らして言った。

「ん、ど、どうも」

 そんな凛の様子を訝りながらも、カップをとると、口に持っていった。そして、その茶色い液体を口に含もうとした、その瞬間。

「こんにちは」

 扉が開いて、長身の女子生徒が入ってきた。落着いた顔立ちに、活発に揺れる髪。すましていれば、どこかのお姉さまといった印象である。制服を一切崩さずに纏っているのに、寧ろこの方が様になっていた。制服の名札は二年生であることを示している。遼太から見れば、上級生である。

「あ、少佐。こんにちは〜」

 凛はそんな彼女を見て、片手を挙げて軽く挨拶をした。遼太はどうすればいいか一瞬悩んだ後、軽く会釈をしておいた。

 そんな彼を見て、少佐と呼ばれた少女は目を細めて微笑んだ。初めてのことに挑戦し、失敗した年の離れた弟を見るような暖かい微笑み。

「あら、あなたが新入部員?」

「へ?」

 遼太は凛を見た。そんなこと微塵にも予想していなかったので、驚いたらしい。

「まだ説明してないんです。皆揃ってから説明した方が早いかと思ったし、わたしだけじゃそんな手続きできないし……」

 凛が慌てたように補足すると、少佐は不敵に微笑んだ。

「ふふ、そういうこと。それじゃあもう少し待ちましょうか」

 少佐はそう言うと、パイプ椅子を引いてすとんと座った。

「って、え、え?入部って何?そんなの聞いてな──」

「あらん。まだそのことも教えてあげてなかったの?」

 遼太の困惑の矢に少佐がすぐさま反応し、凛の方を見た。当事者に仕立て上げられてしまった凛は、きょとんとした表情で、遼太に向けてそっけなく言い放つ。

「え……入部できないの?」

「いやいやいや、そういうわけじゃなくて……」

「それじゃいいじゃん」

「……いや、そういうわけでもなくて……」

「ははん。あなたは説明を聞いてから入部の是非を決めるってことねん」

「そ、そうです」

 少佐の推測に遼太が頷く。すると、凛は機嫌を損ねたか、むっつりと口を結んだ。

「ん、それじゃあ先に言ってくれれば良かったじゃん」

「え……あ……ご、ごめん」

 明らかに理不尽な言い分であるが、ここで食い下がることができない遼太である。

 少佐はその光景を見てから(顛末を見届けてから)、面白げに舌で唇を舐めると、口を開いた。

「一応自己紹介はしとくわねん。私は二年の高砂佐慧(たかすなさえ)。既知だと思うけど、皆には少佐って呼ばれてるの。あなたも呼んでもいいわよん」

「え、あ、それは、ど、どうも……」

 初対面の人間に極端に弱い遼太は、おずおずと下品に返事を返す。外見の割には、口調がラフなので、そのギャップが余計に遼太のその弱点を際立たせているようだ。情けない。

「あ、僕は佐貫遼太って言います」

「さぬき?なんだかうどんみたいな名前ねん」

「……はぁ……」

 固有名詞に妙な文句をつけられて、かといって変更することもままならないので、どうすることもできずにただ頷くしかすべが無い。

 佐慧はそれだけで遼太との会話を終えると、くるりと凛の方を向いた。

「祥ちゃんは?」

「病院。昨日ドジっちゃったんです」

「へぇ……じゃあ大分大きかったのねん。エサも獲物も」

「獲物もかなり大きかったですけど、エサの大逆襲がありましたよ」

「あらあら、それは物騒ねん」

 のほほんと会話を続ける二人。一応、遼太はその応酬の当事者なのだが、入り込む隙が無い。元来遼太は話に滑り込むのが得意ではないのだ。

「となると、あとは部長さんだけねん」

「ですね」

 佐慧と凛がそう頷きあうのを見て、遼太は内心意外の意を込めた感嘆を漏らす。こういう厳粛(ガサツとも言う)な雰囲気からみて、もうちょっと部員数が多いと思ったが、意外とそうでもないらしい。

「ここの生徒じゃないのに、よく部長やってられますよね」

 凛が残ったコーヒーを飲み干してから言ったのを聞いて、遼太は目を丸くした。

「へ? ここって正式な部活なんですか?」

「あら失礼ねん。非公式の部活は執行部にすぐ潰されちゃうから、こうして部室が与えられてる部活研究会同好会は全部公式なのよん?」

「そ、そうなんですか……」

「そんなに執行部が厳しいのに、どうしてこの部の部長様は無事なんでしょうかね」

 凛が分からないというように、肩を少し竦めた。遼太は彼女が言った言葉に、不純が生じているように思えたが、誰も咎めない(といっても、ここに居るのは三人だけだから無理も無い)ので、看過することにした。

「ところで佐貫君?」

「は、はいっ」

 唐突に佐慧に話し掛けられて、ぼけっとしていた遼太は上ずった声で反応した。

「あなたはこの部活に入りたいと思う? そういう説明とかそういう抜きで」

「え……ん…………」

 遼太は佐慧に直視されて、全身の血液が逆流したかのように動けなくなり、体が火照ってくるのを感じた。この現象の原因の全てが、遼太の人見知りだというわけではないということは神のみぞ知る。

「……即答はしま……せん」

「あらん。拒絶してもいいのよん?」

「そ、そんな……」

 その時、扉がとんでもない勢いで開いた。蝶番が悲鳴をあげ、扉が空気を引き裂き反る様に弧を描き、そのまま壁とドッキング。爆音を上げて、両者はぴったりとくっついた。

 遼太は驚愕を通り越して呆然としたのち、その扉に虐待を加えた人物がいるべき場所、との入り口に目をやった。そして、尚驚愕を深める。

「待たせた」

 はっきり通る男の声。その声の伝達媒体となる口は、見事に黒いプラスチックの板によって隠されていた。頭には黒のフルフェイスヘルメット。体には昨晩凛達が着ていたのと同じ黒コート。そして、そのコートのしたにもコートらしきものが見える。ズボンも無論黒である。靴は高級そうな艶を見せる革の黒靴。手には大きなアタッシュケース。そして、手袋。無論、両方とも黒色。よく分からないが、街中に居たら『馬鹿』を通り越して『変質者』になりかねない、そんな人物である。

「ぶ、部長様っ!」

 遼太は椅子ごとひっくり返りそうになった。そんな素っ頓狂な声を挙げたのは凛だった。おもむろに椅子から立ち上がると、矢の様な速さでそんな変態臭い彼の下へと飛んでいくと、すぐさま跪く。

「お待ちしておりました」

 遼太は呆然として、そんな凛を見ている。さっきから、呆然とする要素が多すぎだ。

「む、凛か。今日は土産があるぞ」

 その部長はフルフェイスを動かし凛を一瞥すると、淡白な声でそう言った。そして、その手で確保されていたアタッシュケースを自分の胸の前まで持ち上げると、開けると凛に中身が見えるようにして開いた。

 それを見た凛は一瞬驚愕の表情を見せた後、恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「……こ、これですか……?」

 もう羞恥で押しつぶされそうなか細い声。遼太からはその中身が丁度見えないので、何が入っているのか検討もつかない。佐慧は見えるらしく、何やら笑いを噛み殺している。

「高かったんだ。これからは毎日着るように」

「あ……う……は、はい……」

 凛は真っ赤になって俯いてしまった。そのまま部長はそのアタッシュケースごとその中身を渡すと、カツカツと靴の底を鳴らして、扉から一番遠い場所のパイプ椅子に座──りかけたが、くいとそのヘルメットを動かし、遼太に注目した。

「貴君が、新入部員か?」

 そして、前ぶれもなくそんな言葉が発せられる。遼太はびくりと肩を震わせた後、質問に答えんと口を震わせる。

「は、はぃ……」

 すると、部長はそれきり動かなくなり、じぃっとそのヘルメットの表情を隠している部分で遼太のことを凝視し始めた。

「……………………!」

 そろそろ逃げ出そうかと遼太が思った頃、いきなり部長の左腕が唸り、その左人差し指が遼太の鼻に向けて突きつけられた。

 そして。

「──惚れた!」

 遼太の反応は早かった。

「えぇぇぇぇええええええええええええ!?」

「ちょ、ちょっと部長さん。さぬき君は男の子ですよん?」

 流石にこの言動はどうかと思ったのか、佐慧が注釈を入れた。だが、彼女は気休め程度にしかならないと自覚はしていたようだ。

「何を言うか!今の世の中そんな古代の常識は通用しないのだ!男が男を愛して愛でて何が悪い!私は決めたぞ!貴君はたった今からここの部員だ!さぁ、さっさとここに必要事項を記入して生徒会に提出するのだ!式はその後で考えよう!」

「え、え、え!ちょっと待ってください!」

 部長はどこから取り出したのか入部用紙を取り出し、遼太の前に叩きつける。遼太の意思は全く考慮されていない。それどころか、この部長、最後の方にとんでもないことを口走っている。

「どうした、さぁ早く書け!」

 ぐいっとその黒い手袋に包まれた左人差し指で鼻を押された。遼太はなすがままに転がっている鉛筆を取り、半ば気圧されるようにすらすらと必要事項を記入していく。

 ──というのは、客観的な観測からの行動である。

 実際のところ、遼太にそんな意思は全く無く、右腕が勝手に動いているのだ。

「ちょ……」

「そうだ、これでいいだろう。では少佐、これを提出してきてくれ」

「了解〜」

 佐慧はその紙を受け取ると、パイプ椅子を蹴って部長が開けっ放しにした扉から出て行ってしまった。

 だが遼太にそんなことを確認している暇は無かった。ただ呆然として、右腕を見下ろしている。

「主がこの集団に加わることは必須。以上の判断から以上の行動を執行」

「必須……って?」

「勘」

 遼太は神に媚びるような視線を天井に向けた。無情な茶色をした木の天上がすぐ上にあるだけだったが。

「ただいま戻りましたー」

 と、遼太が杞憂に浸っている間もなく、すぐに佐慧が帰ってきた。律儀に開け放たれた扉を閉めている。それを見て、部長は再び遼太に指先を向けた。

「よし、これからは常に一身同体!これから頑張っていくぞ同志!」

「は、はぁ……」

 もはや従うほかあるまい、と遼太は諦め、素直に頷いておく。そんな遼太を見て、佐慧はニコニコするだけ。

「よし、それでは式を何時にするか」

「いっ!? 式!?」

「早めにあさってが良いか?」

「む、む、無理です!第一まだ年齢が……」

「何を言うか!愛は法律という脆い壁さえも破壊する力を持つのだぞ!?」

「そこまで発展するような愛を育んだ記憶はありません!というか、会ってまだ十分も経ってないじゃないですか!」

「そうか、まだ私の魅力に気づかないか。そうか、なら、やるか?」

「なななな、何をですか!」

 そんなしょうもない言葉のやりとりを、佐慧はニコニコ微笑みながら、眺めている。

「ふふん……凛ちゃんと同じで可愛いわねん……」

 ──やがて、遼太と部長の応酬は終焉を迎える。

「わ、分かりました……そ、それで勘弁してください……」

「うむ、では貴君が卒業するまでの後二年間、私に忠誠を誓うな?」

「誓います誓います、誓います……」

「よーし、物分りの良い奴だ」

 そんな彼らを見て、佐慧は感嘆の息をついた。

「これで三人目……本当に部長さん巧いんだから」

 部長と会って十分。遼太は既に『宣誓書』なるものに、サインを書く羽目となった。凛の二の舞になってしまうのか、と遼太は戦慄を覚えざるを得なかったが、とりあえず妙な真似をされるよりは数倍マシなので、二年間我慢することにしたのだった。

「よし……これで貴君は六代目一般研究員の称号を得たわけだな」

 その宣誓書を胸ポケットに仕舞いながら、部長は満足げに頷く。遼太からしてみれば、その生けるヘルメットはただの『変なもの』にしか見えない。なんで自分はこんなのに宣誓してしまったのだろうか……そんな悔恨が恨めしく脳内をループする。

「あらん? そういえば凛ちゃんが居ないわねん」

 そこで、佐慧が顎に人差し指をあてて、きょろきょろと室内を見渡した。それに釣られて、遼太もその狭いとも広いともいえない部室内を見回してみたが、確かに凛の姿は無かった。

「どこに行ったのかしらねん……」

 と、佐慧が呟いた刹那、部室の扉がゆっくりと軋みをあげて開いた。

 遼太は無意識にそちらに目をやり──瞠目した。

 そこには、恥ずかしそうに目を俯かせたメイド服姿の凛が居た。黒い生地にフリルだのリボンだのが適所に鏤められて、その上に白いエプロンが覆い被さっており、下半身にはボリュームのあるスカートが鎮座している。制服的な実用性ではなく、コスプレショップで売っていそうな見栄を重視した服であった。

 ──それは遼太が瞠目するに足りるほど可愛らしかった。遼太は自分の動悸が早まるのを抑えることが出来ない。

「主」

 そんな時に、朴念仁な義手が語りかけてきた。遼太は視線を逃がすように、そんな義手に目をやる。

「主が懐いた感情……『萌』とは何を定義している?」

 遼太は椅子ごとひっくり返った。




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