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もう一つの融合

 夜間の寒さが疲労が募るのを助長し、段々と動きが鈍って来ているのが分かる。

 だが、それにわざわざ乗じるように、『遼太』のテンションは上がっていく。

「どうした堕天使ッ! 鈍くなってきてるぞッ!」

 フェネクスはその挑発に乗るような素振りを見せて、その獰猛な手脚を振り回す。

 落ちてきた手を易々と躱すと思ったら、いきなり脚が折り曲げられて、頭から倒れ込むように体が浮いた。遼太が完全な反射で手を翳すと、上手く体が移動して前転をするような形になる。

 そのまま砂を巻き上げるように一転し膝をつくと、すぐさま立ち上がりフェネクスに切迫、遼太はそのタイミングを見計らい腕を薙ぐ。

 深くはないが、脚の肉が抉れたらしい。

 だが、こんな動作今に至るまで何回も繰り返してきたのだ。フェネクスも全く学習しないわけではない。怒りで本来よりもその能力が向上しているのだから、尚更。

 その怒りの拳が適確に遼太の体の脇腹を捉えて意識に鈍痛が走り、そのまま一時的に重力に背徳し空に打ち上げられる。

 だが、この嘔吐必須の鈍痛も今になっては大打撃ではない。

 紙切れのように舞う体に、フェネクスの追撃が襲い掛かる。

 大気を屠るように迫るその一撃に、あまり融通の利かない体勢の遼太はそれを一瞥すると、脚に力を込めた。

 そのまま回転する勢いで剣を突き出す。

 第二関節より下付近に、その切先がのめり込んだ。だが、それは人間で例えれば、蚊が刺した程度の痛み。拳本来の打撃エネルギーは生きている。

 そこで先ほどまで溜めておいた脚の力を生かし、思い切り指に足裏を踏んだ。

 そのまま慣性の法則に則り指に乗るようにして上昇。

 そんな情景も一瞬、怒鳴るような咆哮がしたと思ったら、拳が凄まじい勢いで横に振られる。

 敢え無く落とされる遼太だが、体重移動を上手く利かせて地面に安全に脚を折って衝撃を逃がしつつ着地する。

 そのままゆっくりと立ち上がりながら、フェネクスの巨体を見上げた。

「なぁ、あんたのあの部下、有り得ないくらい優秀だったな」

 その時が訪れるまで、煽動。

「それなのに、どうして裏切ったのか、俺には分からんが、あんたはどうなんだ?」

「…………分かる」

 ──そこでフェネクスは初めて『遼太』の言葉に返事をした。

「それは……分かる。っていうか、自分から言って来たんだもん。堂々と、反逆するってね。こちらとあいつが人間になったら、あっちから連絡がくるまで絶対に場所が特定できなかったんだけど、見事に逆手に取られたよ」

「あいつの情報吸収能力もありえないもんがあったが、変身能力は味方をも欺くってか。あのツラに騙された奴はご愁傷様だな」

『……スパイになったりでもしたら、恐ろしい能力だぜ、情報吸収なんてな。説明し忘れたが──俺は一切あいつに俺の身の上話を聞かせたことは無い。ッ──、くそっ、察せ』

 意識の言葉が終わる前に、目の前から高速のパンチが飛んできた。

 冷えて弛緩した空気を頬に浴びながら、その攻撃を躱し、穿たれたことにより生じた土に体を呈す。

 その土の雨により、悪くなった視界の先に、細長い影が躍る。

 咄嗟に脚を捻って横に跳ぶと、遼太が立っていた位置に剣が降ってきた。どうやら、剣を瞬間的にその手に握らせることが出来るらしい。

 追撃することもなく剣がゆっくりと持ち上げられる。──どう見ても隙だらけの行為にしか見えないが、どこか油断のできない雰囲気に気圧され、遼太はただそれを息を整えつつ眺める。

 やがて、その片目が一点を凝視していると気付き、背後に視線を向けると──。

 初めて見たそれを細くしたような剣を片に担いだ凛が現れた。

「早かったな……」

 『遼太』が口の中でそう呟く。

 その顔色から察するに、相当疲弊している。遠くに飛ばしたとかなんとか言っていたから、本当に遠くまで飛ばされたのだろう。

 だが──どこかその目の色が違った。

『新規契約だ……俺達の出る幕はもうない、これから裏役に回るぞ』

『え?』

 突然の右腕の言葉に、遼太は驚いたものの、なんとか意識内での反応に留まる。

 それと同時に、凛が剣を携えて弾かれたように走り出した。

『ま、マズイ……さっさと逃げるぞ』

 凛のその姿を見た右腕は怖気づいたように、身を翻し一目散にその場から逃げる。脚の行使権を持ち合わせていない遼太は、流されるように同意し、前を見る。

 校庭の見えないどころか、相当の距離をがある第二校舎の裏側までたどり着くと、『遼太』は壁に凭れた。

『あー、だるいな……あの時喰らったのが想像以上に効いてたな……』

 自嘲するように口の端を歪めると、舌なめずりをして意識内で語り始める。

『こっからは時間との戦いだ。じきにこの辺りの温度が急激に低下する。原理を語ると収まらんから云わないが、とにかく、下がる。バナナで釘が打てるレベルじゃない。恐らくは人間の捉える物理学の限界を──-マイナス273℃の世界を越える、想像も出来ない世界だ。それがあくまでほんの小さな物質の温度だったとしても、順繰り周囲に伝わっていくだろう。──それが外に出ないように結界のような膜をここの周囲に張ってるのが、例の娘だ。恐らく既に始動しているだろう。ただ、それは持続式だし、法と違うものだから、娘の活力が途切れればそれまでだ。それがまず急ぐ理由その一。

 次に、その冷却から恐らくは数分後、今度は高熱波が起こる。それも、水が一瞬で蒸発、というレベルじゃねえ。下手すれば地球が恒星になれるレベルだ。軽く四桁は行っちまう。いわゆる、原子炉の中みたいになる。そこで俺達の出番だ。この体、例の剣、そして娘だな、三人全てをその高熱からの庇護におく。それにゃ、これはともかくとして、残り二人の居場所を確保しなけりゃならん。というわけで、だ。──これからその作業に入る。娘の方は指示が通るが、もう一人はそうもいかん。色々面倒だが……手っ取り早い方法はこれしかない、が規模の大きいシールドは作れるが、ここら敷地の十分の一も作れないだろうが……。──やるしかない』

『…………』

 遼太は無言で意識の中だけで頷く。

『……というわけで、さっさと娘を探し出すぞ』

 ──そう言ったと同時に駆け出してから、数分後。佐慧はテニスコート付近の花壇に縁に座り込んでいた。

「おい!」

 遼太は、長い間共にしていた人物の死を目の前にした彼女にどう声をかけるか、色々模索していたが、結論を下す前に『遼太』がそんな乱暴な言葉を投げかける。

 遼太は心中ヒヤリとしたが──佐慧の反応は予想を反していつも通りのものだった。

 少しばかり驚いたように瞠目しているが、その声は本来の彼女のもの。

「……佐貫君、ちょっと遅かったわねん」

「悪かったな」

 未だ神経回路の支配権がそのままなので、声を操る権利を遼太は有しておらず、必然的に応答は全て右腕に委託することになるのだが、なんというか信頼という壁を越えて、緊張して成り行きを見届けざるを得ない。

「作戦は分かってるな?」

「……うん、概要なら……」

「……なら良い、お前の待機場所を決める」

 そう言って、首を回して校舎を見る。

「……一番校舎から近くて、最も安全な場所だな。何処にする?」

「……」

 その遼太の言葉を聞いて、佐慧は不思議そうな面持で遼太の顔を見上げた。

 その視線に疑問を抱いた『遼太』は即座に訊き返す。

「ん? どうかしたか?」

「……ううん、なんでもない。ごめんなさい」

 ふるふると首を横に振って言及を逃れると、質問に答えるべく口を開く。

「中庭でいいんじゃないかしらん? 校舎が崩れると少し危ないけど、結構広いし反対側の校舎に寄ってれば瓦礫に飲まれることも無いだろうし……?」

「……やっぱそうか……了解。そんじゃ、準備が整ったら、ここに戻ってくるからちゃんと居ろよ」

「うん」

 佐慧が頷くのを見るとすぐさま、遼太は踵を返し、校庭に向けて疾走を開始する。

 ──それにしても展開が急すぎた。

 遼太が全貌を理解し終える前に、事が終焉へと向けて動き出している。

『どういうこと?』

 というわけで、一片でも事を理解をしようと、遼太は意識内で右腕に話し掛ける。

『……外膜をあの娘が構成し、その中の自分たちを護る壁を俺達で作るって話だ、簡単に言うと。まぁ分かるだろうが、あの剣を持ったのが、熱波を起こして奴を駆逐する。──とかいう話なんだが、どう考えても熱波発生してが到達するまでにシールドを張るなんて無理だろう? だから、……あんましこういう言い方もしたくないんだが、俺の能力を使って時間の流れを遅くする。とはいっても、俺達が凄まじく早くなるだけだがな。そうしておいて、さっさとシールド作って、はい一件落着、だ』

『……ごめん、分かりやすい』

『悪かったな……、でも、そんな反則技、そう頻発できないのが現実だ。莫大なエネルギーが必要だ。だから、そのエネルギーの塊を狩りに行く』

 エネルギーの塊──といわれれば、あれしか思い浮かばない。

『分かってるじゃねえか、あのダミーの目玉だよ。あれ、偽物の癖に、結構詰め込まれてるからな』

 そう言いきったところで、校舎を通り過ぎ、修羅場と化している校庭が目に入った。

 剣を手に毅然と構える凛と、憤然と身構えるフェネクスが対峙していた。

 基本的に凛は専ら受けの様だ。フェネクスの振るった剣を、淡々と受け止めて弾き、後退し距離を稼ぎ追撃を再び防ぐ。

 その姿を確認すると、剣の交わる甲高い音に隠れるようにして遼太は駆け出した。

 迂回し、フェネクスの背後を取ると、思い切り脚を踏み切り飛翔。

 ──両者ともに気付かれる前に、片をつけてしまう積りらしい。

 遼太はその逼迫した039の行動から、そう察し右腕を意識する。

 肩を足をつくと、一秒も間を持たせずすぐに跳躍、大気に身を投じるようにしてフェネクスの目前へと躍り出る。

 そして、遼太は海に潜む魚に銛を打ち込むように、右腕を突き出し、手ごたえがあったところで素早く目玉を引き抜いた。

 水に浸したバターが潰れた様な音と共に、目玉が眼窩から眼漿の糸を引いて右腕の先についてきた。

 フェネクスが驚いたように身を捩らせる。

 その隙を衝いて凛が一気に接近、脚を切り刻んだ。

 遼太のそれとは比にならない一撃に、フェネクスの硬い皮膚が引き裂かれ、黒い液体が撒き散らされる。

 更に恐ろしいことに、凛は尚も脚を圧迫しつづけ──その剣で足をすくい上げた。

 遼太が着地すると同時、フェネクスの巨体が揺らぎ、倒れる。

 巻き上がった砂埃を背景に、態勢を立て直す遼太に、凛が駆け寄ってきて声を掛ける。

「──それを使う必要は無い」

 その酷薄な響きが混じる声に、遼太は背筋を泡立てるが、『遼太』は平然とそれに応える。

「……なんでだよ」

「貴方が理解している今回の作戦内容と、私達が認識している作戦内容には、齟齬が存在する。そのエネルギー塊はとっておいて。後始末に必要だから」

「……言ってる意味がわからんが……」

 『遼太』が苦しそうに呻く。遼太にもよく分からないが──作戦自体よく分かっていないので、分かるはずも無い。

 対する凛は全く態度を崩さない。

「シールド発動のタイミングには、核融合直後の余裕より、かなり余裕がある。貴方の反射神経だけでも十分適応できる」

「……よく分からんが……、とにかく、ここはお前を信用させてもらう」

 『遼太』は苦々しくそう言うと、さっさと靴裏を弾いてその場から立ち退く。

『ちょ、意味が分かんないんだけど──』

『そろそろ腕を戻しておいてくれ。それと、俺が合図したら、思い切り右腕に力を込める。俺はシールド発生のセッティングはできるが、直接的な発動は契約主であるあんたしかできないんだ……頼むぞ』

 アスファルトを蹴るように、中庭に到着する。遼太の後を追うように佐慧が移動していたのであれば、とっくにそこに居る──筈なのだが。

 そこには、建物一つ隔てた場所に修羅場などないのではないかと錯覚させられるほど、平穏な無人の中庭があるだけだった。

「…………あれ?」

 右腕が首を回して周囲を見渡すものの、それらしき人影は無い。

「なるほどな……全部あいつがやると思ってたが……」

 何かを悟ったかの様に、嫌みったらしく『遼太』が呟く。

 何が、と遼太が訊ねようとした、その時、空気が凍った。

 比喩ではない。空気が劇的な変化を遂げ、背筋の鳥肌が総立ちになる。コートを着ていなければ、心臓麻痺で逝ってしまいかねないほどの変化だった。

「始まった! 移動するぞ!」

 『遼太』が切羽詰った風に叫び、脚の向きを変えて足裏を爆発させて、校庭へと向かい始めた。その無理な脚の使い方から、相当焦っていることが窺える。

 コートがパリパリと音を上げ始めた。凍り始めているのだ。

「くそっ! フードを頼む!」

 凍るズボンの氷を蹴散らすように脚を動かし、一心に校庭を目指す。遼太は同じく凍る袖を砕きながら、フードを抑え、抵抗力を堪えて頭にそれを載せる。千切れそうな程痛かった耳が、少しばかり楽になった。本来のそれより、断熱効果にも優れているらしい。

「……露出してる目玉やら粘膜やらが凍らねぇな……あの娘の仕業か……」

 呟きと共に、校庭へと到着する。

 その中央辺りに、冷気の中心があった。白い空気の動きが、その中心を護るように渦巻いているのが分かる。

 冷気による影響など無いのか、常温とさして変わらない動きのフェネクスが、そこに剣を両手で構え突進していく。

 そして、凍った空気を切裂くように剣を振り下ろす。

 すると、そこから凛が飛び出した。冷気の膜が剣によって寸断される。

 ──だが、その凛が握っていた剣は直視できなかった。視界的都合からである。

 露店どころか再結晶の域まで達した氷が醸しだす白い霧が噴水の如くその剣からあふれ出て、ドームの様になっていたそれが吸い込まれるように凛に追随していく。

 はっきりと解る。この寒波の根源はあの剣だ。

「……なるほどな。本来なら、とっくに水滴で視界が真っ白だが、これもまた例の娘……良いように利用されすぎだが……良いのか」

「そ、それでどうすんの!?」

 この空気中から発生した猛吹雪の中、未だあの二人は交戦中。立ち止まっていれば服は凍りつき行動が困難どころか不可能になるかもしれない。

「……とりあえず、先を見据えてシールドを張る区域を確定したい。だが、あの娘が居ない……が心当たりはないか……? 訳あって近づくわけには行かない上、この体は常にシールドと外気の境付近に居る必要があるんだ」

「……先輩が居そうな場所?」

 旧校舎か? いや、違う。この体が凍りつかないことから、冷気の発生のことを知っていたのだ。わざわざ約束を破ってまで、自分のことを優先させるとは思えない。

 であるとしたら……? 他。

 それ以外で、部長の印象が強い場所。

 部長の主力武器は、兵器。ロケットランチャー類の武器。対走行車輌の武器。遠距離──。

 ──核融合?

 不意にそんな単語が脳内に弾き出された。一般人に縁も所縁も無い。

 だが、誰かがこの言葉を言っていなかったか? 思い出せないが、絶対に近いうちに聞いている。

 すると、あの冷気は? 核融合を前提とすると、あれほどまでの急激な温度の低下。物質の限界を超えて、バランスを崩しかねないこの気温は?

 あの剣は──。



わぁ……終わらない……。

え、と、とりあえず、執筆速度を加速させたいので、後書きはこれだけで勘弁を><


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