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秒刻みの一撃

「第一校舎……」

「……間違いないか……」

 遼太の呟きを零すことなく、右腕が訊き返してくる。

 その確認に遼太は固く頷いた。根拠など何も無いが……もし全員の目論見がそれであるならば、そこを選ばない筈が無い。

『それじゃ行くぞ……主!』

 意識内で039が咆えた。

 遼太が同意を示す前に、ぐいと脚が動き校舎に向かう。

 氷を掻き分けるように突進していき、氷以上に固い窓に体当たりをかまし、粉砕し校内へと侵入する。

 校内は、急に訪れた寒波により、ほとんどのものが凍っている。普段でもよく滑る床が更に滑るようになっているが、遼太の脚はどういう加工がなされているのか、全く滑る感覚が無い。

 階段を見つけると、すぐさま廊下を蹴り飛翔、段など無視して踊り場まで躍り出ると、そのまま壁を蹴って二階へと到着する。

 すぐ目の前の廊下に飛び出し、左右を確認すると──一つの人影があった。

 慣れない手つきで筒を肩に載せて、構えを取っている。

 遼太がそんな彼女に近寄ろうとした──が、脚が動かない。『遼太』に近づく意思が無いのだ。

『なっ……』

『馬鹿、危ねえんだよっ!』

 そう右腕が体内で叫ぶと同時に、その廊下内で爆発が起こった。

 鼓膜を千切れそうな程叩く轟音、視界一杯を覆い尽くす煙硝と同時に、何かが足に激突する。

 遼太はそれが岩か何かだと思ったが、見下ろして──愕然とした。

「いたた……って、あらん?」

 頭を脚に凭れるようにして倒れていたのは、佐慧その人だった。

 脚が屈められたので遼太は腕を伸ばし、佐慧の肩を抱くようにして立ち上がらせる。

「急げ、さっさとしないとお前の意識が持たない」

 労いなどするはずも無く、遼太の口からは荒っぽい催促の言葉が飛び出る。

 佐慧は焦点を落着かせると、こくりと頷いて蹌踉けつつも立ち上がると、階段付近の落ちている筒を拾った。それも注意してみないとよく分からないが、恐らくそれも兵器の一つだろう。先に弾頭の様なものがついている。

 彼女が駆け出すその後ろを付いていき、先ほど起きた爆発の中心へと向かう。

 爆心付近では、床が酷い煤が円状に広がっており、壁が見事に崩壊しており、校庭の様子をありありと映し出していた。そこには、交戦を繰り広げるフェネクスと凛の姿がある。

「位置についた! 行動に移せッ!」

 それを認識するや否や、『遼太』が声帯が切裂けんばかりの大声をそちらに向けて放つ。

 ──聞こえたのか、凛がこちらをちらりとみたような気がした。だが、それが気のせいだったのではないかと思える程だったので、遼太は本当に気のせいだと思いかけたが。

「大丈夫だ──時間を測定する」

 『遼太』は傍らの佐慧にそう言って、外を見た。──それから、自分の脳で高度な演算が始まったことに気付く。

「……ざっと五十メートル。それは──、RPG-7の特殊弾頭か。最初の百メートル秒速百十五メートル──だが、この氷の嵐じゃあ半分以下……最速秒速二十メートルだな。シールドの範囲とか、特殊弾頭発動時間の誤差を含めると──二秒だ」

「……っ」

 佐慧が生唾を飲んだ。なんとなく遼太も理解した。

 きっと、このロケットランチャーの弾頭には、核融合に必要な物質が詰め込まれているのだろう。それを、この位置から発射する。それが、シールドの範囲内から外に出て、フェネクスに命中し核融合、熱波が広がりきるまでの猶予が……二秒しかないということだ。

 それまでに、この校舎を覆うシールドを作らなければならないのだ。

「安心しろ、主が念じればゼロコンマゼロ秒以内にシールドは完成する。そこまでは良いが──問題は、あいつか」

 そう言って眇められた目が捉えるのは、孤軍奮闘を講じている凛。

「例の剣は重水素の塊だ。普段はつかえなかったが、新規契約によって原子の改竄が効くようになったのを、そのまま流用したんだ。本来の奴の能力だ。だが、固形を保つために、融点以下の温度にしておく必要があって、その影響でこれほどまでに気温が下がってわけだ。重水素の融点はマイナス二百五十四コンマ五度──軽く今の気温はマイナス三百度近くに達してるだろうな」

 それから、遼太はちらりと隣の佐慧を盗み見る。

「……大丈夫なのか? 俺達に免役をつけたりして。一応、有機物だぞ?」

「……十五分いくと危ないって……それまでは、大丈夫」

 佐慧はそう言いつつ笑顔を浮かべてくる。どこか違和感のある笑顔だ。悲痛、とはこのことを言うのかも知れない。

 『遼太』は逃げるように視線を校庭に移した。そこには、最後の幕降ろしに向けて奮闘する凛が居る。

 いや、奮闘というよりは、鼓舞している、という方が良いかもしれない。

 絶対零度を凌駕する物質を握り締めているというのに、全くその動きにそつが無く、むしろ揶揄するようにフェネクスの剣や拳を受け流している。

 やがて、行動に出た。

 白い氷が空気中に漂い、視界を阻み行動を遮るその状況。

 フェネクスの剣が柔らかい氷を貫き壊すように振るわれたその攻撃を受け流すと同時に、白い霧に紛れるように切迫。

 悟られる前に一歩で懐までもぐりこむと、軽業を逸脱した動きでその肩に飛び乗り、再び飛翔。

 頭部に乗り込むと、すぐに飛び降りフェネクスの顔の前に躍り出て──その剣を思いきり眼窩に向けて投げ飛ばした。

 寸分たがわず切先は眼窩の奥にのめり込み、フェネクスが硬直して動かなくなる。

 それと同時に、凛はフェネクスの腕に着地すると、足裏を爆発させて第一校舎に向けて走ってきた。

 カチャ、という音がすぐ近くでして、そちらを見ると佐慧がロケットランチャーを構えていた。狙いを定めるためのスコープがちょこんと筒に備わっており、そこを覗き込んで狙いを定めている。

「……ギリギリで行くぞ」

 凛の脚は、極限を超えた速さで行使され、第一校舎に向けて疾走して来ている。このまま行けば、三秒で到達するはずだ。

 このまま発射して、シールドが張る範囲外から出た後、凛がこちらに到達し、シールドを作り──消滅。

『いけるぞ……』

 右腕が熱くなった。気温が急速にあがってきている。固体だった剣がみるみるとけて一瞬で蒸発する。

「撃てッ!」

 撃たれた。

 筒から射出された弾道は、バックドラフトの炎を上げて、空気中を邁進し始めて──みるみる上昇する気温の最中、

「……ッしまった!」

 本来のスピードで猛進し出した。

 冷静に物事見ている右腕も、今回ばかりは焦っていたらしく、決定的な見落としてをしていた──体内の意識から、直接垂れ流れてくる。

 重水素の塊が、その主の体から離れた瞬間、それを取り巻いていた空気の温度も一気に低下し、周囲の空気は正常に近づいていく──。

 即ち、弾頭の動きも、正常に──秒速百十五メートルに近づく。

 事態を呑み込んだときには既に、校舎から飛び出していた。

 受身も碌に取らず地面に着地すると、悲鳴をあげるのにも関わらず脚を酷使し凛に左手を伸ばす。

 それを見た凛は瞠目したが、真上に弾頭が通り過ぎていくのを見て、同じくその手を伸ばした。

 高いところから飛び下りたような虚脱感が胸を通り過ぎていく。

 もうゼロコンマ何秒かすれば、ここは爆発する。跡形も残らないほどの高熱が、全てを覆い尽くし何もかもを屠っていく。

 死、と直面しているのだ。

 ──弾頭が眼窩に近づく。

 凛の体が浮いた。跳んだのだ。

 いつのまにか、目の前に迫っていた手を握り締める。

 冷たく、細い手の感触が、鮮明に掌を駆け抜ける。

 その時、目の前で見た。恐怖に塗り潰されてもなお、生き延びようと賢明に努力する、凛の、意思を──。

 ──負けて──堪るかッ!

 遼太の中で時が動き出した。

『!?』

 右腕の意識が揺らぐ。

 自分の意思どおりに脚が動いた。

 強引に凛の手を引っ張ると、その体を手繰り寄せて抱きしめ、地面を蹴って踵を返し、校舎へと駆け込む。

 そして、適当にみつけた窓ガラスに飛び込み、衝撃を感じた瞬間、腕を振りかざした。

 

 第一校舎が、硬質の膜に包まれた瞬間、空間が歪みそうな、爆発が起きた。

 爆発、と呼ぶにはその事象は苛烈過ぎる。なにかが誕生してもおかしくない、高熱波がばら撒かれ、結界のうちに残っていた全ての微生物は存在を示す原子を破壊され植物も影と化し、空気も酷く熱くなり、──どうしようもなくなっていく。

 そこに佇む一つの生命体、フェネクスは。

 業火以上の罰の権化に、悲鳴をあげることなく焼き尽くされていった。


「……危っねぇ……」

 シールドを通して訪れた、耳朶を千切りかねない轟音が消滅するまでの永遠とも思える時間の果て、『遼太』がそう呻きながら這い上がった。

 シールドの端は、足から一メートルにも満たない位置にある。本当にギリギリだったようだ。

 体内で、右腕の意識に小突かれたような感覚に、遼太は手をつき起き上がろうとした──、その時、何かが胸の辺りにあたった。それを避けるように身を起こすと、すぐさま脚が奮い立たされて立ち上がり、周囲を見渡す。

 シールドは遮光がしてあるようで、外の様子は窺えないが、恐らく地獄絵図となっているのだろう。

 地面を見下ろすと、瞼を閉じてぐったりとした凛が居た。遼太は慌てて傍らに寄ろうとしたが、唯一の移動手段である脚の行使権が無いのでそれは実現されず、ただ茫然と突っ立ってる形となる。

『例の生命体の破壊までが契約期限だったんだろう。契約が達成されて、<レッド>が宇宙外に帰るとき、契約者の意識も一緒に一時的に持ってかれるからな。暫くそっとしてやれ』

 遼太のその心配を和らげるためにか、右腕が意識内でそう解説をする。──それならば、と遼太はそれを聞いて安堵した。

 静かになった廊下では、凛の規則正しい息使いだけが聞こえるだけで、その他一切の雑音が無い。

 その静寂を切裂くように『遼太』が足を踏み出し足音をたて、壁まで寄っていく。辿り付いたところで、遼太はその目的を察して腕を上げると体が倒れ、丁度腕から壁に凭れるような体勢になった。

『──そんで主……さっきのあれは何だったんだ?』

『え?』

 不意に右腕が意識内で語りかけてきて、遼太はその意図が掴めずに訊き返す。

『さっきあいつを引っ張った時だ。いきなり脚をかっぱらっていきやがって。俺の神経の支配をぶち壊すなんて……一体何をしたんだ? そういや、度々声ももっていきやがって……くっそ、とんでもねぇ野郎だな……』

 なるほど、思い出した。事の寸前、凛を救うべく飛び降りた、あの時、枷が外れたように脚が軽くなった覚えが在る。039も驚いたように意識を揺らしていたので、彼にも予想外の出来事だったのだろう。声に関しては完全に無意識だったので、自然に右腕もそれを解釈してしまったのだろう。

 とはいっても、唐突だったので記憶も曖昧な上、何をしたといわれても何をしたわけでもない。

『……さぁ?』

 必然的にそういわざるを得ないのだが、それを聞いた途端、自分の口の端が吊りあがっていった。

『……自覚無しか。良い事を聞いたぜ……』

 その表情の真意を裏付けるように、右腕がぼやく。

『何が?』

『……いいや、何でもない。そんなことより……』

 遼太はそのぎこちない対応を怪訝に思って訊ねてみるものの、またも曖昧に返された上、話題を逸らされようとした、そのとき、廊下の奥から足音が聞こえてきた。

 顔を上げて廊下を見渡すと、佐慧がこちらに走って来ているのが見える。

「無事か?」

「う、うん……」

 到着するや否や、『遼太』がそう声を掛け、佐慧は肩で息をしつつもそれに応える。

 それを聞いて、『遼太』は今度は明白に顔に笑みを張り付かせた。

「……ようやく片がついたみたいだな」

「…………そうねん……」

 息が整ったのか、佐慧は短くそう応えると顔を背けて割れた窓から覗くシールドの内壁を見やる。

「──融合が終わったみたいだったから、破滅した有無機物共に、再生させておいたから、もう解除しても大丈夫よん」

「そうか……」

『頼む』

 口が動くのと、意思が伝えられるのはほぼ同時。

 遼太が右腕を振るうと、シールドに罅が生じて瞬く間に瓦解していった。破片は光の様に地面に吸い込まれて消えていく。

 窓外の景色が、閉鎖された無骨な色から、黒真珠の様な黒色を瞬かせる空に移り変わった。

 その情景のうち──黒い塵の山が、校庭の中央辺りに寂然と在った。一度風が吹けば、ごっそりと飛んでいきそうな、悪魔の死骸が。

 『遼太』はそれを見て、深く溜息をついた。

「……あれを処分してくる」

「うん、気をつけてねん」

 佐慧も微笑を浮かべて、重荷が下りたような明るい声で応える。

 窓の桟を乗り越えて、校庭を歩いてその死骸のもとへと向かう。放射線等の弊害も懸念されるところだが、佐慧のことだから、とっくに無害化しているだろう。それか、特別な免役がまだついているか。どの道、さっさと処分してしまうに越したことは無い。

「もう大丈夫だろう。神経を全共通にさせてもらう」

 その途中に、『遼太』がそう言うと、麻酔を打たれていたような感覚の頭と脚の神経が一気に通ったらしく、違和感が全て払拭された。

 やがて、その黒ずんだ塵芥の山までたどり着くと、『遼太』が呟く。

「こんなもん、大したエネルギーにゃならねぇが……吸収するぞ」

 そう言うと、右腕を変形させて、銃身にした。それから、空気の取り込みを開始して、掃除機の様にその屑を回収していく。

 ──だが、塵が大胆に吸収されていく最中、遼太は底知れぬ不安に襲われた。

「ねぇ……あれの本体はどこに行くの?」

「依り代を無くせば、奴は自然に宇宙外に追放される筈だ。異空間に存在するのだって、労働力が必要だしな。そういや、あいつらが出現した空間の割れ目は、<レッド>だけが認識できる四次元空間だ。異次元に飛んじまえば、地球上では絶対に見つからないからな」

「…………」

「安心しろ。奴も新しい依り代を見つけるのに相当時間が掛かるんだ。位置を知らせたから、新たな依り代を見つける前にお陀仏だろう。人間に罪人は取り憑くことはできないしな」

 そう『遼太』が言い終えて、塵の回収が済んだその時だった。

『の割にはかなり楽にもぐりこめたねー』

 脳内から頭が割れそうな程のノイズ音が流れ出した。

『あの子に僕が取り憑いてたの忘れたの? 馬鹿だねー』

 幼い口調が頭痛を催し、身体の制御が利かなくなっていく。体内を得体の知れないものが駆け巡っていき、全身が熱くなっていく。

 まるで、内部から侵食されていくように。

 最終的に、腕が勝手に変形し始めて、剣を形成した。

 その剣を見下ろして、遼太──否、悪魔は舌なめずりをする。

 赤い眼光その目に宿り、悪魔は空を仰いだ。

 汚い空は、どこまでも綺麗に澄んで見える。これが、勝利を確信した時の高揚感──。

 背後から校庭を踏む足音が聞こえる。




えぇー、三月三日に完結する! といいましたが、ちょいと言葉不足でした……。

はい、完結はしています。

ですが、UPが今日というわけではないのでした。ハハ^^;

スミマセン>< 本当に……。

とりあえず、落胆してくれた方が居ることを願って……。


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