諸悪のプロセス
「<レッド>が人間に取り憑くとき、とある契約を交わすのが常だ。その内容はまちまちだが、大概はこちらが条件を提示して、それを被契約者──即ち人間が了承すれば、その人間に即取り憑くことができるというわけだ。そして、039が貴様に交渉するにあたって提示した条件は、事故の存在を抹消させ、右腕も元通りに直す。そして己の態度を元来の<レッド>のそれに縛り付け、数年間存在を秘匿としておく、というものだった。幼い貴様に提示したのだから、もっと表現はやわらかかっただろうが、大方はそんな感じだったはずだ。そして、貴様はそれを呑んだ。そして、どういう結果でそうなるのかを話せば長くなって奴にいずれ見つかってしまうだろうから省くが、右腕と具現し存在を潜伏させ、今に至るというわけだ。世に蔓延る知識を吸収するのに、大分掛かるからな──まぁ、もとはこんな気さくな性格だったのだ。あの改まった態度を見たとき、今にも噴出しそうだったぞ」
「忘れろ。無意識とはいえ、かなり胸糞が悪かった」
遼太は自分の顔が勝手に顰められたのを感じた。無意識にこんな苛立った態度を見せるのは、どうも落着かない。それに、何処らへんが気さくなのだろうか。
部長は苦笑するように居座りを正すと、改めて説明を開始した。
「その目的なのだが……それは、039の過失に在る」
「……」
「時空の歪みが生じて、奴とその舎弟達が宇宙に潜伏したのは二億年前。理由は、管理者である039が脅されてパイプを繋いでしまったからだ。まぁ、過失という理由付けになっていたが、実際誰があの場に直面しても、彼奴らを追い返せるはずもなかったのだがな。そんな事も取り合ってくれない高等な精神体たちは039に奴らの駆逐を命じた。制限時間は三億年。それ以内に連行、それか殺害ができなければ、貴様も永久に宇宙内を彷徨ってもらう……、こう言われたのだな」
「あぁ」
「そうされた039は有志を募った。それがどういう因果か知らんが、まぁ、凛君のモノに宿ってしまった者や、祥吾の体に宿った者に白羽の矢が立ってしまったわけだ」
部長はそう言って肩を竦めた。それを見た『遼太』が意識の中で悪態を吐く。どうやら、意識を共有しているのはそのままらしい。かなり気持ち悪い。
「二億年掛けて、ようやくこの星を発見して、降り立ったわけなんだが──潜伏場所がこの周辺であると特定できただけで足がかりが消えてしまった。そこで、人間に取り憑いてその周辺を模索してみることにしたのだ。そしたら、次々と痺れを切らしたように飛び出してきてな。そいつらが邪魔で仕方なかったのだろう……ってどうかしたか?」
遼太は自分の目が邪険に眇められていくのを感じる。相当の悪意を持って睨みつけているらしい。その様子にようやく気付いた部長だが、特に動じた様子も無い。
それに更に苛立ちを深めたか、眉間に皺が寄っていく。
「よくもまぁ、人の生い立ちをそうぺらぺらと言えるもんだな……」
「特技だ。元々そういう仕事だったからな……」
息に乗せてそうしげしげと呟くと、部長は前置きも無く腕を伸ばすと、その黒い布に包まれた指を遼太の眉間にあてた。
「……何の真似だ」
「不愉快なら、貴様が脳内で話してくれ。例の茶番劇に馬鹿らしく思ってたのも、私も同じだ」
「辛い身分だな」
部長はもう片方の肩を竦める。
『遼太』は眉間に突き立った指を左手で引き剥がすと、右手の人差し指をこめかみにあてた。
『そんで……、今の話は呑み込めたか?』
『!?』
唐突に何処からか声が漏れてきた。声の特徴が掴めないが──展開から察するに、右腕の意思だろう。
『潜伏場所特定云々まで理解できればいい。そこで、登場するこの目の前のドス黒オヤジだが、元々は俺達の味方じゃない。あのデカブツの手下だった』
『へ……? でもさっき……』
『何故かあいつらの身内にゃ、そういうややこしいいいかたする奴がいるんだよ。察しろ。俺だって詳細は知らない。とりあえず、こいつのスペックを──刀に取り憑いた奴から聞いたスペックを教える。こいつは、偵察部員だった。人間という媒体を要さずに、宇宙内で実体化できる貴重な奴だったからな。だが、どういうわけか、心変わりしてこっちに味方してきやがったんだ』
「……え?」
驚きが意識の範囲に収まらず、声として口から零れた。
なんというか、疑問に思わず聞いていた自分もどうかと思うが、039の話を聞く限りでは、そういうことになる。
つまり?
悟った遼太に気付いたのか、部長がくぐもった笑いを漏らす。
「左様」
そんな簡素な言葉の後、部長は両腕を伸ばし、ヘルメットのこめかみ辺りにもっていき、そのまま上方向へとスライドさせ──素顔を晒した。
「…………」
絶句。脳内で右腕の鼻息が聞こえたような気がした。
そこに現れたのは、ありえてなはならないくらいの美貌を持った若い男の顔だった。キリッとした眉に、切れ目の長い目、やや高い鼻に薄い唇、頬は作られたかのように綺麗な線を描いている。夜に映えぬ黒コートだというのにかなり様になっている、文句なしの美男子。もはや漫画の世界である。
だが、例外といえば、その目は暗く真っ赤光っていた。
「謀反に走った理由が気になるようだが──そんなもの、実際に人間になってみないと分からないものだ。彼奴にはとうとう分からなかったようだが……」
──改めて聞いてみると、声も恐ろしくその容姿にマッチしている。
「気付けば粗末なものだ。人間がどうして愚直で、己の存在を懐疑するのか……私は気付いてしまった。だから、こうして私はここに居る」
「口だけは上手いな。単に女に惚れこんだだけだろうが」
「貴様はよくもやってくれた。あんな美人と同棲している者と契約してくれたのだからなっ!」
──中は外見と一致しないようだが。
『究極の女ったらしだ』
苦虫を噛み潰したような右腕の声。成る程。
「……尤も、そんなこと関係なくなるだろうがな」
「……あぁ」
そう言った途端に、部長はしんみりとした表情をする。
それから、使命を思い出したかのように、表情を引き締めると、その赤い宝石の様な輝きを遼太に向けた。
「成り行きは全て話したつもりだ。最早、彼奴に説得は不可能だろう。というわけで、これから、彼奴を殺害してもらう。……いいな?」
その真摯な視線を真正面に受け止め、遼太は頷いた。
「──今彼奴がここに攻めて来ないのは、私が撃った例の兵器の効果が持続しているからだ。奴は、爆発の存在を知らない。知らないものに対策は敷けない。そこが、完璧な奴の穴だ」
『……一世一代の賭けをするのに、生半可に行く奴なんて居ないだろう?』
部長の相変わらずである自分主観の言葉に、039が補足をする。実璃の口を介して聞いた言葉の裏付けが取れた。自身の体で感じた通り、フェネクスは最強に類する強さを持っている。
「そこで……だが、普段は使わないが、凛君の力を応用させてもらう。祥吾は居ないが……一般人の避難は必須項目だ、十分役に立ってる」
「……でも、こんな傷だらけじゃ、僕はたいしたことはできないですよ?」
「策はある……」
かろうじて、立ち上がり腕を動かせる程度である。さっきはもっと酷かったが──。
遼太の言葉に、部長はここぞとばかりに微笑んだ。きっと、フェネクスの配下に置かれて、人間として彷徨していたときも、この顔で騙してきたのか……、と遼太は漠然と考える。
『……』
だが、そんな遼太の考えに、右腕は突っ込んでこなかった。ただ、項垂れるように寡黙を守るのみ。その不気味な沈黙に、遼太は底知れぬ不安に襲われる。
だが、そんな不安を紛らわす刺客さながらに、背後から足音が聞こえた。
「先ほど連絡を入れて呼んでおいた。お陰で、彼女の裸身を拝めなかったが……」
部長の解説(後半は蛇足だが)を聞き流し、遼太が腹の底が冷える思いで振り向くと──、そこには息を切らした佐慧の姿があった。
「先輩ッ!」
「……佐貫君……どうしたのっ!?」
そう言って、身体を引き摺るように遼太に駆け寄って来る。
「……いえ、色々あって……」
「そ、そう……──」
そう相槌を打ちつつ、佐慧の視線は遼太から逸して部長に定まり──、瞠目した。
「こういう素直な反応が一番嬉しいな」
対する部長は満更でも無さそうに、口の端を歪める。
「ぇ……ぶ、部長!?」
対する佐慧は、震える声で言葉を紡ぎ出す。確かに常の変人ぶりで、この秀麗な顔立ち、というのは正しくギャグの世界である。
だが、すぐに部長は口を締めると、顔を遼太に向ける。
「……もう少し遅く着てくれればよかったのだがな。まぁいい。これも経験だ」
経験? と遼太が訊き返す前に、勝手に別の意思が働き口が動いた。
「……もう、か?」
「早い方が良い。余計な感情が芽生える前に、な」
何が、とは訊き返さず部長は相変わらずの悪魔的な微笑をその顔に貼り付けたまま、言い返す。
全く事情が呑み込めていなかった遼太だが、その言葉と流れてくる思考から、その真意を察し、背筋に悪寒を感じた。
『──主』
こめかみ辺りから右腕の声が漏れる。遼太は目を部長から背けることで、その言葉に応える。
そして、039は予想通りの言葉を吐露した。
『こいつの目玉が……最後の砦だ』
再び視線を向けると、今度は完璧な笑みをその顔に貼り付けていた。
死を目前にした人物が、ここまで毅然と笑っていられるのだろうか。
『……任せるよ』
『……そうか。──主が承諾したとしても、俺は多分やらせなかっただろうな。神経を麻痺させてでもな』
安堵の混じった右腕の言葉に、遼太は固く頷く。
すると、顔が一人でに動き、逸らしていた視線が部長に定まった。
「もういいか」
「あぁ、ちょっと待て」
部長は笑みを凍らせて、真面目な顔を作って佐慧と向き合った。佐慧に関しては、事情が察しきれないようで、しきりときょろきょろと部長と遼太を見比べている。
そんな対した動揺を見せる佐慧の頭に部長が手を載せた。佐慧は引き攣った顔で硬直し、その濡れる視線を部長に向ける。
「人間変わるものだ」
「……部長……」
──そう呟く佐慧の目に、艶が生まれ、それは徐々に水粒として具現し、目から溢れ出る。
「今日の今まで、この顔は見せて来なかったが……、なかなかの男面だろう?」
「…………」
対する部長は、口説き口調で淡々と言葉を紡いでいく。
「最初は守られっぱなしの少女が、最終的には世界を救うとはな……世界も変わった。私も最初は君を選んだことを後悔した。だが、君は私の元から逃げずに、傍にいてくれた。このことを、この国のことわざでなんというのかね?」
「……さぁ」
「……罪を犯した<レッド>が何処に行くかは知らないが、私は此処に舞い降りたことに一切の悔いは懐いていない。けじめをつければ全てが元通りというわけではない。だが、これは私の問題だ。今まで、騙していて済まなかった」
「…………」
佐慧はうつむき黙ったまま。部長はやがて、その頭から手を降ろした。
『──あの刀から聞いた話だが、この娘の能力はこいつの力の一部らしい。ったく……とんでもない奴を敵に回そうとしてたらしいな』
気を利かせたつもりか、右腕が脳内でそう囁いてから、今度は口を動かす。
「……お前が敵じゃなくて良かった」
「過ちを悔いるのは簡単だ。だが、それを償い明日へ繋げていくのには、途方の無い時間とエネルギーが要る。だが、動かなければ、永遠の悔恨が延々と心を穿っていく。その穿孔に私は勝てなかった。それだけだ」
それから部長は再びニヤケ面を作る。
「その孔に気付かせてくれたのは、ほかでもない彼女なのだからな」
佐慧の涙腺が決壊した。くぐもった嗚咽を漏らしながら、その場に蹲る。討った怨敵が、自分の知己だったことを知った戦士の様に。知った方が良かったが、知るタイミングを間違えた──後悔の涙。
「メモを残してある。後で読んでくれ──、さて、さっさとしてくれ。風邪をひきそうだ」
部長はそんな佐慧を一瞥だけすると、遼太に顔を向けた。
その真摯な笑顔に、『遼太』も顔を綻ばせて言う。
「次に会うのはいつだろうな」
「宇宙が消滅するときだろう」
「それまで長いな。また、飲みに行きたかった」
「……いつ覚えたんだか知らんが、そんなお前を見れて私は清々した……、さぁ、持っていけ」
「……くそったれ」
『遼太』はそう呟くと、腕を伸ばした。指の先まで行使するように延ばすと、その右腕の精緻な指先を部長の燦然と輝く赤い目玉に持っていき──触れて、抉った。
悲鳴は聞こえなかった。
部長の黒ずんだ亡骸と、その衣服と佐慧を残し、二つの意思を持つ遼太は疾走を開始した。
「最後に訊きたいことがあるんだけど」
「ん」
遼太は敢えて口に出して右腕に訊ね、右腕は至極素っ気無く応える。
「今までのあの口調って何だったの?」
「……けっ、あの娘のことじゃねえのかよ。全く空気読めねえ奴だな」
「……あとでいくらでも訊ける。でもお前との闘いもこれで最後だろ?」
「……そうかい。もともと<レッド>には言語なんて存在しない。存在とそれに名前のような性格みたいなもんが漠然と存在して、共存していたんだ。そんな精神のみの存在が、細かいスペックの存在するこの世界に足を踏み入れたら、その性格に近いようにスペックが加わってくんだ。上手く説明はできないが、なんとなく俺の口調から察しろ」
「……うん、で?」
「あの堅ッ苦しい口調は、俺達の長──つまるところの、最初に誕生した<レッド>のことだが、そいつのもんだ。そいつが、この世界に足を踏み入れると、そんな感じになるっていう感じだ。俺は性格が悪いから、強制的に憑依にあたっての契約にそういう条件が列なったんだろうよ」
「……へぇ。まぁ、僕はこっちの方が好きだけどね」
「……俺もそう思う」
憎悪に心を染められて、自分の欲する世界を力で手に入れようと策略し、実行に移そうとしている諸悪の根源である悪魔は、その憎しみを尚その内部に堆積させて、周囲の情景に牙を振るう。
ヒーローを気取ったつもりは無いが──これこそヒーローの立つ位置。そして、その対向には、そんな獰猛な悪の存在。
──結局、自分は何のためにこうしているのか。フェネクスの言った隠蔽された過去のため?
存在しない、記録にない過去なんて、存在して良いのだろうか? 今が今で、こうして人生として歩んでいるのに、別の人生が存在すると懐疑して良いのだろうか?
口に入る冷たい空気は喉を潤し、目は痺れて涙を漏らす。
いよいよ最終決戦。──二月中に終わらないっ!
二月の終り=受験の終了。……もっとどっちかに専念したかったですが、もうし方ありません。どちらにも追い込みをかけますよー!




