表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
27/33

黒翼の上下転換

「……それでも、そんなちっぽけな存在に寄生してるのに、ここまで粘れてるのは凄いと思うよ……?」

 フェネクスは大仰な仕草で、地面を見下ろすとそう言った。

「どんな小細工を使ったのか知らないけど、昨日は抗無機物体も倒しちゃったし。ぶっちゃけ、一匹で十分だと思ってたんだけどさ……駄目だったから、今日は六匹入れてみたのに、全滅。参ったねこりゃ」

 そう言って、フェネクスは足元に剣を叩きつけた。切先から突っ込んだ剣はそのまま地面に深々と突き刺さり、そのまま屹立する。そして、次はそれに勝る素っ気無さで片方の手に握られた槍を肩の後ろへと放り投げた。砲丸の様に飛んでいったそれは、校舎にあたって派手に瓦解させる。

「だからさ、結構期待してたんだけど……もとから僕が出てきてた方が早かったね。あっさりと片付きそうだ」

 そういって、空になった両手を合わせた。

「無駄な装飾は、邪魔なだけだよ。でもそれを趣として、好んで取り入れる人間に納得できない」

 装飾とは、武器のことか。それとも、人間の要らない思考能力のことだろうか。

 解釈に難儀する暗喩を残したまま、フェネクスは加速した。

 誇張ではなく刹那で遼太に接近すると、その獰猛な拳を遼太に向けて振り下ろす。

 逡巡の余地など無い。反撃など考えず、すぐに身を翻してその一撃を躱す。裂かれた空気の逆流が、前髪をかき回していく。

 続けざまに、サイドから掌が襲ってくるのを、勢いを利用してそのままバックステップで避ける。

 掌は虚空を掴み、地面に不時着。

 だが、そのまま追いすがるように先ほど振り下ろされた拳が再来する。

 横転して回避つつ遼太は内心冷や汗をかく。

 剣や槍を以ってしての、恐らくは一撃必殺の技にかけた攻撃は、ほぼ全部防御してきた。また、今この身体を苛んでいる鈍痛は蹴りという物理攻撃によるものだ。

 即ち、ほとんど防御の効果があがらない打撃攻撃オンリーに持ち込んできたのだ。

 きっと、あのどれかに当たるだけで人間の体は吹っ飛ぶ。空中で自由に身動きが取れる生物は居ないから、まさに逆さ吊りにされた兎のような状態になる。

 そこに、なんらかの追撃が入る──そして、屍となるまで、この状態はループしていく。

 足首を斬ったにも関わらず、全くその動きに変化は見られない。つまり、反撃として拳を傷つけたところで、火事の現場に目薬を垂らすようなものだ。

 ただでさえ、常人なら塵芥と化すであろう攻撃を何度も喰らっているので、このコートにもそう長く期待は持てない。

 ──この無限回廊を打開する道はなにかないだろうか。

 幸いにも、こっちの体躯はフェネクスのものに比べて着せ替え人形ほどにしかないので、武道系の攻撃を躱すのには有利だ。だが、そのスタミナがいつまで持つかどうか。

 視界に蹴りが飛び込んでくる。

 上半身を逸らして、必要最低限の動きでそれを回避すると、そのまま勢いでバック宙で距離を取る。

 そこに再び振り下ろされる拳。ワンパターンだが、続けざまにやられると厳しい。とにかく、シンプルに飛び退いて躱す。

 ついでに試みとして剣でその手の甲を切り刻んでみる。

 結果はその近辺の肉が飛び散り、黒い液体を撒き散らすだけ。全く動じる気が無い。

 逆にチャンスだといわんばかりに、もう片方の腕が飛び込んでくる。

 遼太は急いで右腕を引き寄せると、慌てて跳んだが──足が間に合わずに拳に攫われた。そのまま掬われるように体が浮く。そのまま地面に落ちるところだが、遼太は咄嗟に腕を伸ばし、最低限の受身をとって地面を転がった。

 だが、立ち上がるのに間に合わなかった。

 顔を振り上げると、眼を爛々とさせたフェネクスの顔と、巨大な掌が見える。

 そして、それは恐ろしい速度で遼太との間合いを詰めていき──遼太の目の前でその動きが止まった。ガチガチに凍った雪を、鉄の棒で叩いたような鈍い音と同時。

 フェネクスのその太い腕に、その手が握るのに相応しい巨大な剣が突き刺さっていた。

 その刃を辿っていくように視線を向けると、その柄の下に凛が手を膝について佇んでいる。──またこれに助けられてしまったようだ。

 それだけ確認すると、遼太は脚力を爆発させて、その腕に飛び乗った。多少無理な体勢になってしまいよろけたものの、その太い腕は却って走り易い。

 そして、図ったかのように巨大剣が姿を消し、フェネクスの頭が視界に飛び込んでくる。同時に、フェネクスも遼太の存在に気付き、腕を慌てたように引き上げる。

 掛かった。

 遼太は腕が動く勢いを足裏に乗せて、思い切り跳躍した。

 肌で空気が渦巻いているのを感じながら、フェネクスの顔へと急接近すると──、その目に向けて剣を突きつける。

 刺さった。

 眼球を抉る感覚が、鮮明に右腕から中継される。遼太はそれを敢えて楽しむように、実質慄きつつ神経を抉り取るように右腕を引き抜く。人間の子供の総量ほどありそうな血液が、目玉から噴出した。

 だが、悲鳴が聞こえなかった。

 遼太はそのあまりの静かさに戦慄して、急いで距離を置くことを試みたが、間に合わなかった。

 視界が宙に浮き、体が慣性によって酷く揺らされ、そして強烈な衝撃が全身を覆い尽くし、地面へと急降下していく。

 更に加えられる打撃。もはや、蹴りなのか殴打なのか分からない。

 分かるのは危惧していた無限回廊に迷い込んでしまったことのみ。

 最終的には、校舎の壁に叩きつけられてようやく視界が安定してきた。昨日のあの状況を彷彿させる、この状況。ただ、傍らに居るのは凛では無く、悪魔。

 体を捩ると背骨が軋む。脚は完全に壊れたらしい。応答が無い。

 地面を割るような足音が聞こえ、顔を上げると勝ち誇ったような態度を取るフェネクスの姿があった。その大木のような指で、遼太が潰した目玉が収まっていた眼窩を撫でている。

「これはダミーだよ。部下達ですらダミーを使ってるんだか、僕もダミーを使うのは当然だよね。まぁ、本物が眼窩の奥にあるわけじゃないけどね」

 単純な話だけに、遼太の自己嫌悪は深く刻まれていく。

「ふふ、君の相方の相棒は、どさくさに紛れて遠くに蹴り飛ばしておいた。だから、すぐに助けは来ない。諦めた方が良いよ」

 相棒とは刀のことだろう。ほぼ凛の戦闘スタイルはあの刀に依存している。だから、それを失ってしまっては手も足も出まい──。

 そして、かく言うフェネクスの手には剣が収まっている。完全に止めを刺す気だ。

 フェネクスは哀れみを込めた半分の視線をぶつけてくる。

「……実を言うと、君の身体を殺したところで、僕の目的は達成されないんだ。あくまで僕が恐れているのは、君じゃなくてその腕……いや、そこに在る『恒久の管理者』なんだからね」

 管理者? その宇宙外とやらは恒久をつければ何でもかんでも成り立つのだろうか?

「義手だなんて……大層な嘘を吐かれたもんだね。君には元々腕は無かったんだ。小さい頃、事故で車に轢かれてね。骨やら神経やらが滅茶苦茶になって、もう再起不能、手の施し様が無いから敢え無く切断……なんていわれてもどうせ覚えてないだろうけどね」

 体の大部分が言うことを聞かず、遼太は静かに瞠目する。だが、すぐにその言葉が虚偽であると確定し、無駄な思考を省いた。

「信じないのも無理は無いよ。そこに漬け込んだが、その……なんてったっけ? ぜろさんきゅうだっけ? 右腕になりすまして憑依して、あたかもそんな事故が無かったかのように周囲の記憶を改竄して、完璧に事実を隠蔽──でもそのお陰で僕に見つかっちゃったんだよねー、ふふ」

 その言葉を遼太の耳が捉えた瞬間、右腕に強い圧迫感を感じ、途端に寡黙を守っていた右腕が唸りをあげた。

「……否、主に憑依したのは貴様を誘き寄せる為の布石。多次元への侵入は如何なる場合でも許容されぬ行為。その罪の糾明を、侵入の目的と照らし合わせ我直々に参った次第である」

「ふふ、良い事聞いた」

 フェネクスは誘導訊問に引っ掛かった者を嘲る様にご機嫌な声を出した。

「つまりね、君は利用されたってことなんだよ。腕がなくなって生きていけるさ。五体不満足だから見える世界だってある。それなのに、このちっぽけで頑迷な精神体のいたずらによって、途方も無い嘘の迷宮に閉じ込められて、傀儡として良いように利用されてる。ふふ……もとの世界なら、もっと気概の在る生活をできたのにねぇ……こういう真実ってのは時に残酷だね……知らなきゃ幸せに生きてこれたのに……」

 腕が疼く。フェネクスの言う単語単語が遼太の内部にもぐりこみ、内側から抉り取られていくようだ。それだけその言葉には、おぞましい含蓄があった。

 遼太は何度か思った。こんな<レッド>なんてふざけた存在を知らなければ、もっと有意義に過ごせていたのではないか、と。その問いかけに自分が下した回答は覚えていないが……。

 フェネクスの言っていることが嘘であることは、この右腕の動揺の仕方からしてありえない。自身までもが不安になるような動揺を、この腕がするなどとは全く思っていなかった。想像すらできなかった。

 つまり、今のは真実。どうやってフェネクスが知ったかどうか知らないが、事実に相違ない。

 腕の無い遼太は、世界から抹消された。今居る自分は、本来の自分ではない……。

「だから、そんな精神体である039は、君が死んだら君の体から逃げ出さなければならない。でも、精神体になると、僕じゃ捕まえられない。自分の意志で精神体にはなれないからね。だから──実体化させるんだ」

 そう言うと、フェネクスは剣を振り上げて、顔の前に構えた。

 一陣の風が周辺を舞い、砂埃が舞い始める。最初はそれが剣による風圧の所為だと思ったが──違った。

 翼が。飾りの様に備え付けられた翼が羽ばたかれている。羽ばたかれ空を引き裂き風を巻き起こし、周囲のものを振り回している。

 そして──漆黒の翼が夜空に向けて全開に羽ばたかれたとき──。


 暗い世界が目前を覆った。


 容赦無い認識できない攻撃。何が何に対して攻撃を加えているのかも分からず、またそれによりどんな損害が生じたのかも分からないのに、その損害が自分を不快にしていることが解る。その未知の感覚が形容しがたいのに、痛覚と同じように回避すべきものだと理解している。恐ろしい感覚。存在しない知識が脳内に蔓延るような、そんな感覚。

 誰かの意識が、自分の意識の上に乗っている──そんな感覚。

「ぐぁあああああああああああああああ!!」

 声が出た。誰の声かは分からない。いや……自分の声だ。気持ち悪いくらい客観的に判断できる。意外と幼い声だ──。

 意識とは関係なく、体が転がる。満身創痍の体が、意識に痛烈な悲鳴を届けてきたが、遼太にはどうにもできない。

 なんだ、この感覚は──。一度体験したことがあるような感覚──。

「……ふふ、039聞こえるー? それが、君の主が味わってきた痛覚。実際はもっと辛いだろうけど、君に擬似的に感じさせるのには、これが限界……きっちり噛み締めてから死んでね」

 フェネクスが語りかけてくる。あからさまに遼太に、ではない。誰に?

「ふふー。りょーたくん聞こえるかなー。一時的に039の意識と君の意識の存在する場所を替えたんだ。だから、今君が居座っている場所は、『佐貫遼太』っていう存在の右腕──偽りの場所なんだ。分かる?」

 遼太は自分の目玉がフェネクスの顔を睨みつけていることを認識する。これも多分、本当だ。

 それで思い出した。この初めてではない感覚。

 初めてこの腕──039と出合ったあの夜(実際はもっと以前から出会っていたのだろうが)、039の言っていた『一体化』。その感覚と酷似している。

「ふふ……というわけで、今その『佐貫遼太』を殺せば、039の意識はお陀仏。りょーたとしての意識は永久に腕に残る──まぁ、火葬もかわいそうだから、僕が持っていってあげるよ。まぁ、運が悪かったと思って諦めるんだねー」

 そう言って、フェネクスは剣を持ち上げた。ギラリと刃が月光に煌き、終焉を告げる。

「……くそっ……」

 そこで、『遼太』の口から悪態が漏れた。初めて見る右腕の内情。

 遼太はそれが諦めの言葉なのかと思い、凄まじい不安に意識を覆い尽くされる。

 だが、違った。

「あいつ──くそっ……」

 そう『遼太』が言った瞬間──目の前が爆発した。火炎が踊り狂い岩盤を穿ち破片をばら撒き、硝煙を蔓延させる。

 遼太が驚愕していると、その場に影が落ちた。

 その影の主はそのまま『遼太』の襟首を掴むと、引き摺るように校舎の陰へと引き摺っていく。



 襟首が解放されるや否や、『遼太』は頭をさすりながら上半身を起こした。

「……ったく、乱暴なことしてくれる」

「貴様こそどうした。契約を破る気か?」

「真実が主に漏れれば、その時点で契約など既に紙切れだ。ったく……あいつも余計なこと吐かしてくれた……」

「……なんとなく予想はしていたがな」

「あんたが羨ましくて堪らんな……っつ!」

 『遼太』は全身の苦痛に顔を歪めて、背中から壁に凭れる。

 その体裁を見下ろすのは、遼太のあの場から引き摺りこの場に連れて来た張本人──部長その人である。

 部長は黒コートのポケットに手を突っ込むと、小さな目玉を取り出し『遼太』に突き出す。

「……私の力量で抉るのは不可能だ。貴様の主が抉り取ったダミーしか確保できなかったが我慢して欲しい」

「……こんなんじゃ全快は無理だ」

「立てるようにはならないと、困るのは貴様だ」

「……」

 『遼太』は沈黙して、部長を見上げる。その眼光は、いつもの遼太に宿っているものとは全く違う、勇ましいものであると同時に、決して通常なら見ることができない睥睨の眼。

「……お前、本気か?」

「意識を一点に共存させるのには、奴の力を利用するしかない。だが、奴がそれを使うのはその肉体が疲弊しきってからだということは明白だ。それならば、私が覚悟を決めなければなかろう」

「……」

 『遼太』は視線を落とし、歯噛みし、目玉を受け取る。

 瞬く間にそのエネルギーが体内に浸透していき、疲れと鈍痛が薄れていく──が、完治といかぬままにそのエネルギーの奔流は止まってしまう。

 まだ大きな傷を残したままだが、『遼太』は立ち上がると、こめかみに人差し指をあてて呟いた。

「主、今から主の意識を脳に取り入れる。幸いにも余白が多いから、安心してこっちに来い」

「……今の言葉はかなり失礼だったのではないか?」

「事実だ」



 目の前が爆発した後から、意識が飛んでいたようだ。誰かに呼びかけられて、意識が復活する。

 先ほどの違和感だらけの意識ではなく、クリアな本来あるべく意識。

 開いた視界の先には、部長が佇んでいた。相変わらずの無骨な黒ヘルメットが、何処か頼もしく見えるのは、どういう心情の変化だろうか。

「来たか」

 部長が遼太を直視して、そう言った。遼太はその言葉の真意を掴みかねて、何のことか訊き返そうと口を開いたが、出てきたのは意志とはまた別の言葉だった。

「あぁ、来た」

「……」

 部長はその言葉を聞くと、頷いて遼太の両目を凝視する。そして、口を開いた。

「いいかよく聞け。今貴様の体内には二つの意識が存在している。まず貴様、『佐貫良太』の意識、そして──コウちゃんの意識だ」

「……へ?」

「コウちゃんって言うんじゃねえって何回言ったら分かるッ!」

 唖然とする遼太の口が勝手に動き、雑言が飛び出した。

 それだけで部長が言ったことが理解できた。自分の声が意図もしない言葉を出すのは、この上なく不快だ。





ようやく中核が見えてきた……意外と量が多くなりました。。 下手すると三十部まで行っちまいそうです。。

最低でも後二話は続きます。戦闘シーンは激減すると思われますが……修行不足、不肖orz


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ